【IF】和泉ENDだったら
「お前ってさー」
ベッドに寝転がっている俺に、雑誌を眺めながら和泉が言った。
視線を向けるとポテトチップスを噛む音がした。三葉くんに合わせて和泉も一人暮らしをはじめたのは、高等部に入ってからなのだという。
「本当に好きな奴いないの?」
いつもの通り、何でもないことのように聞かれた。いないよ、と、即答できればいいのだろうが、今の俺にはそれができない。しかし俺を異性愛者と信じている和泉に気軽に言えるような話でもない。言えば、俺たちの関係は最悪終わる。だからこういう時に打てる手は。
「どうしたの、和泉。和泉はいるの?」
疑問に疑問で返す。小賢しい手ではあるが、しかたあるまい。俺はベッドの箸に座り直し、足を揺らした。そしていつもどおりの、『俺もいない』という返事を待つことにした。だがそれは帰ってこなかった。
「いるよ」
「え」
正直驚いた。驚いただけであれば良かった。ざくりと胸にクナイでも突き立てられた気分になる。断じて俺は忍者ではないんだけどな!
和泉はモテる。だけど和泉の側からは、これは2度目の恋ということになる。
1度目は良かった。俺にはまだ恋などという概念はわからなかったからだ。
だけど今回は違う。じくじくと痛み出し、感情という名の血液をたれながし始めた心臓が煩く啼いた。――親友だから、一番最初に教えてくれる。突き刺さるその事実は果たして喜ばしいのか。
向き直った和泉が俺の正面に立った。距離が近い。それだけでも俺は、最近では菩薩を召喚しなきゃならなくなるほどに、和泉のことを意識しているというのに。スッと頬に触れられて息をのんだ。これはいつもあることではない。
「俺は誉のことが好きだ」
世界中の音が止まるというのはこれか。俺は微笑したまま硬直した。
和泉に限って俺をからかうということはない。両思い……? 嬉しさと困惑がないまぜになった心境でいると、正面から抱きしめられた。力強いのに、そのぬくもりは非常に優しかった。
「僕も……」
言わなければ。
「好きだよ」
「それは」
「うん」
「友達としてか?」
わからないと、言い訳してしまいたくなった。曖昧に濁した関係にして主導権を取りたいとも思う。だけど和泉に対して、俺は嘘をつきたくはなかった。この衝動の理由は知らない。多分恋の一部なんだと思う。
「違うよ。僕も和泉のことが好きなんだ」
「良かった」
それからしばし二人で抱き合って、気づいたときには唇を近づけられていた。
進展が早すぎる! なんてどこかで思うのに、和泉の手があんまりにも自然だったから抗えない。そのまま唇を重ね、俺たちは触れ合うだけのキスをした。
それから、学校帰りに時間があるときは、和泉の家に立ち寄るようになった。
和泉は本当に香水が好きだ。
夏から始まった俺たちの関係は、順調にこの冬まで続いている。はじめはちょっとした騒ぎになった。そりゃあれほど目立つ和泉のペンダントの宝石の色が変わっていれば、皆が驚くだろう。和泉の信者は多い。だが不思議と祝福された……のか? 俺に面と向かって何かを言ってくるものはいなかった。変化はといえば、俺はこれまでサロンのみんなと昼食を食べていたのだが、週の半分は和泉と食べるようになったことである。今日もそんな日の一つだ。
ところで俺にはずっと聞いてみたいことがあった。空に向かって香水を吹いている和泉を見る。
「ねぇ和泉」
「ん?」
「どうしていきなり告白したの?」
「いきなりだったか?」
「うん」
「俺はずっと好きで、それを出してたつもりだけど」
振り返った泉は、そう言うと両頬を持ち上げた。
「なぁこの匂い、すごくいいだろ?」
確かに嫌いではなかったので頷くと、和泉が肩をすくめて続けた。
「相手をその気にさせる香りなんだってさ」
「え?」
「今日も家よってくんだろ?」
その気ってなんだよ。そう思いながらも、俺の頬はじわりじわりと熱くなっていく。
和泉の一つ一つの仕草、声、そういった全てのものが好きになっていく毎日。それはとても幸せだったけれど、同時に辛くもある。
いつかこのぬくもりがなくなったらと考えることがある。
俺には難しいことは考えられないんだけどな。穏やかすぎる幸せが時に怖くなるのだ。
そもそも無いことがあたりまえだったものが、日増しに増えていくこの感覚。
いまさら手放すことなんて絶対にできない気がした。
そんな複雑な胸中を押し殺すために、俺は笑うことにした。菩薩よ俺に舞い降りろ!
すると和泉が引き気味な笑みを返してきた。
「手、出さないから、そんなに嫌なら」
「え?」
「なんで暗黒微笑? ダメ? 俺そんなにダメ?」
「暗黒微笑って何? どういうこと?」
首をかしげると、和泉が両腕で体を抱いた。なぜそこで震え出すのだ……?
「ま、まぁ俺は誉のそういう顔も好きだけどな」
なんだかよくわからない告白をされた。
そしてこの日も俺たちは、一緒に帰ることにした。
こんな毎日も、俺は嫌いじゃない。今後のことは楽観視。それに限る。
俺は毎日菩薩に祈るのだ。これからも二人で幸せでありますように!