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エジプトに行く前。俺は、家まで迎えに来てくれた砂川院家の車に乗り込んだ。
乗っていたのは、楓さんだった。
運転しているのは別の人である。
「こんにちは、誉くん」
「こんにちは、楓お兄さん」
砂川院楓は、ローズ・クォーツのツボミにも何度か顔を出してくれている高校生だから、何度か話をしたことがある。初等部にも噂が聞こえて来るくらい、学園で絶大な人気を誇っている。らしい。すごい!
彼の存在感があるから、砂川院とローズ・クォーツの縁が途切れたとは誰も感じないのかもしれない。一応、来てはいないが、三葉くんもメンバーだし。
「三葉の事だから、いきなり誘ったんだろ? ごめんな」
「いえ。楽しみにしていたので、その」
「まぁ、そう固くなるなって。よろしく、誉くん」
「よろしくお願いします」
それからは、学園のお話を聞かせてもらいながら、長野まで向かった。
すごく話がうまくて、面白い。
これは絶大な人気も誇るだろう。
しかも容姿端麗な上、成績優秀で、運動神経も抜群なんだとか。ゲーム設定以上のスペックだった。寧ろ楓さんが攻略キャラの方がいいのではないだろうか。ちょっと嫌味すぎるほど全て揃っている。髪と目の色は三葉くんそっくりだが、切れ長の瞳は涼しい。
「おじゃまします」
楓さんに促されてコテージの中に入ると、横切ろうとしていた少年が足を止めた。
「誉くん、だったよな?」
「うん。こんにちは、和泉くん」
「……どーも」
和泉くんは、パーティで会った時とは違って、特別笑ってはいなかった。こうして見ると、楓さんとよく似ている。叔父と甥なのだから当然か。
「和泉。三葉は?」
「兄貴なら株」
「またやってるのか。誉くん、ごめんな」
株? 確かにシナリオ設定では、三葉くんの趣味は投資だ。
しかしこの年齢から……?
呆れたような顔をして歩き出した楓さんを追いかける。和泉くんも一緒だ。
階段を上がり、角の部屋に行くと、三葉くんが書類の散らばる白い部屋で、座り込んでいた。白いシャツで、下はパジャマだった。片膝を立て、両手でしっかりとタブレットを持ち、画面を覗き込んでいる。真剣すぎる眼差しだった。
我ながら免疫のあると思う俺ですら凍りつくのではないかと思った。
え、な、何? ま、まさか使いすぎて倒産とかじゃ……?
「アポカリプス・マンデー! すごすぎる!」
その時、三葉くんが声を上げた。
始めて聞く嬉しそうな声だった。
見れば頬は蒸気し、目は輝いていて、初めて見る笑顔を浮かべていた。キラキラしていた。か、可愛い。思わず目を奪われた俺の前で、楓さんが扉を閉めた。
「ごめんな、誉くん。ああなると、三葉はしばらく戻ってこないんだ」
「え? どこから?」
「あー自分の世界から」
俺は何も言えなかった。なお、この後、アポカリプス・マンデーと通称される株価の一大事件は、教科書にも載るのだが、シナリオではそんな設定はなかった。
それから俺は、和泉くんと一緒にソファに座って、お茶をいれてくれるという楓さんのことを待っていた。驚いたことに、護衛の人はいるが、お手伝いさんはいない。俺がやると言った方がいいのだろうか。しかし一応俺は客でかってもわからないし、今世では自分でお茶をいれたことはない。前世ではティパックのみある。だが紅茶の茶葉のいれ方は知らないんだよね。
「そう、気まずそうにするなよ」
すると、唇を尖らせるようにして、ぷいっと和泉くんが顔を背けた。
「だってお茶を待ってるのが申し訳なくて」
「俺と二人だからだろ」
「まさか」
それはないと思って笑いながら、キッチンの方を伺っていると、和泉くんが驚いたように息を飲んだ。
「――良いんだよ。自主性の尊重と世界の学習のために、砂川院は個人が全部やることになってるんだ」
「え? そうなの?」
「うん。本当は三葉が俺と楓のことも招待したんだから、全部やるんだ」
和泉くんが呆れたような顔をしていた。
実は真っ先にお茶を入れに行こうとしたのは和泉くんで、楓さんが、自分が行くからここにいるようにと彼に言ったのだ。
「だから、何も気にしないで良いんだよ。誉くんは」
「ありがとう、和泉くん」
「和泉でいい」
「分かった。僕のことも誉でいいよ」
それからお茶を持った楓さんが戻って来た。
お茶を飲みながら、俺たちは夕食時にシェフがくるまでの間、トランプをして過ごした。前世知識も駆使したが、ルールが若干違うからではなく、楓さんには一勝もできなかった。
そして、どうして俺が呼ばれたのかわかった。率直に楓さんに聞かれたのだ。和泉の存在をどこで知ったのか、と。しかたがないので、秘密で貫き通したが、だからと言って彼らが俺に冷たくなるということもなかった。ただし結局三葉くんは株に釘づけで、一回も俺は話す機会がなかった。避けられたのだろうか……。その割りに、和泉とは仲良く慣れた。この子、すごく気が利く。
その後エジプトへ行き、家族旅行ではオーストリアに行き、そうして夏休みが終わろうとしていた頃のことだった。
「すぐしたの弟のエドです」
レイズ先生が、中学一年生の年齢に当たるという弟を連れてやってきた。
エドは次男。
ルイズを名乗っている我らが風紀委員長は、三男らしい。
エドはレイズ先生そっくりだったが、若いからなのか、テンションが大変高かった。黒いサングラスをかけていて、とても十三歳には見えなかった。
こちらもまた見目麗しい兄弟である。
そんな夏休みだった。