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 六月に入ると、俺はスイミングの大会に出ることになった。

 これが終わったら、俺はこの習い事をやめて、代わりに書道を習うことになる。
 フェンシングはもう少し続けるが、あちらはそのうち乗馬になるらしい。
 習い事も大変だ。

 梅雨の時期だからなのか、空調が抜群の広い温水プールで、大会は開かれた。
 平泳ぎで、俺は二位だった。


 そしてまた夏休みが来ようとしていた。
 今年の夏は、家族旅行では、スウェーデンに行く。今年こそは侑?くんと葉月くんは誘ってくれるんだろうか……未だにその気配はないが。ちらちらと北海道に行くらしいことは伝わってくるのに。ここは俺の方から、お願いしてみようかな。

「あ、あのね、」
「誉! 今年は、カンボジアに行くぞ! アンコールワット!」

 扉の音を立てて入ってきた存沼の声で、俺の言葉は遮られた。
 存沼よ……お前は遺跡を制覇するつもりなのか……?
 そして今年も一人旅なのか……。

 クラスの人の目もあるし非常に断りづらい。俺は作り笑いをした。

「もうチケットは予約したから。じゃあな」

 出て行く存沼。
 クラス中は、目をキラキラさせていた。

「さすが誉様ですね! 今年もお誘いいただくなんて!」

 なんだか囃し立てられている気分だ。大体存沼に誘われたからと言ってなんだというのだ。俺に日本崩壊の危機を止めろとでも暗に言っているのだろうか? 存沼を怒らせるなと、そういうことか。

「楽しんでくるね。またお土産を買ってくるから」

 とりあえず俺がそう言って場を濁すと、なぜなのか皆頬を桃色にした。何故だ。


 そして夏休みになる三日前、和泉がお昼休みに俺の教室に来た。

「あ、誉。ちょっといいか?」
「うん。どうしたの?」
「良かったら、今年も別荘に来ないか?」
「いいの? ありがとう」
「今年はバーベキューとかしような」
「うん、楽しみにしてる!」

 こうして俺の夏休みの予定は着々と埋まって行った。
 だが、北海道には誘ってもらえなかった……。

 夏休みに入ってすぐには、社交ダンスの大会があった。
 俺の相手役の子が急に熱を出したから、出場しなくていいんだとホッとしていたら、代打でルイズがやってきた。女の子側を踊れるのだろうかと驚いていたのだが、余裕綽々で踊っていた。俺には、だんだん”我らが風紀委員長”のことがよくわからなくなり始めた。

 それから宿題を終わらせて、僕は和泉が誘ってくれた砂川院家の別荘に遊びに行くことになった。――米国にあった。

「三葉くん、ひさしぶり」
「うん」

 最初の行き先地は、本場、ニューク証券取引所だった。
 瞳を輝かせ、自分の世界に旅立った三葉君の頬はやはり紅潮している。

 どれだけ株が好きなんだろう。何度か話しかけようと試みたが、ことごとく失敗に終わった。

 そして別荘がまたすごかった。白亜の大豪邸で、プールまでついている。

 南国にありそうな木々が見え、いかにもセレブだという感じだった。
 びっくりするような豪邸だったが……これが別荘なのか……。
 これは高屋敷家でもついていけない。

「バーベキューしよう」

 和泉の言葉に俺は頷いた。三葉くんはSPの人に見守られながら、まだ帰宅していない。今回も、子供しか来ていない。楓さんも、今年は受験だからという理由で来なかった。?生には付属の大学があるのだが、完全なる持ち上がりというわけでもないらしく、勉強す
る人はしっかり受験に備えて勉強しているらしい。行きたい学部や学科によっては、難易度も変わるらしい。

 焼いたお肉は美味しかった。

 その後すぐに、俺は存沼とカンボジアに行った。
 ちなみに新学期になってから聞いたが、今年も存沼と三葉君夏祭りに出かけたらしい。


 秋になると、学校行事に、習い事の発表会と、去年と一緒で相変わらず忙しかった。そんなある日、高屋敷家主催で、紅葉狩りが行われることになった。

 緋毛氈や傘が用意され、お母様がお茶を点ててくれることになった。
 俺は前世でも一度も来たことがない袴姿だ。今世では七五三の時にきたが。

 そこに――三葉君がやってきた。一人だ。
 すごく珍らしいなと思いながら、俺は声をかけた。

「体調は大丈夫?」
「ありがとう。平気だよ」

 三葉君は俺なんかとは全然違って雰囲気があった。今日は怜悧な表情で、自分の世界には逃避していない。

 相変わらず頬に触れて見たくなるが、それは許されそうになかった。
 そこでふと疑問に思っていたことを聞いた。

「三葉くんは、ローズ・クォーツのサロンには来ないの?」

 そもそも学校に来ないわけではあるが、彼は間違いなく一員だ。

「――今度行ってみる」
「うん。一緒に行こうね」

 やっぱり三葉君は可愛い。気まぐれな猫みたいだ。気位が高い感じの。
 だけどおもちゃやマタタビに反応してしまうような。


 そして冬休みになった。
 冬休みには、和泉と俺で、スノーボードをやりに行った。
 インストラクターを雇って、俺はよろよろと滑っていたのだが、和泉はくるくる回っていた。設定で、そういえば和泉はスポーツ万能だったな……。

 ちなみに、三葉君は頭がいい設定だった。
 当然存沼はどちらもずば抜けている設定だった。高屋敷誉はまぁ、安定した当て馬設定だったな。設定からして当て馬って……。

 こうして順調に二年生は過ぎて行き、とうとうクラス替えのある三年生になった。
 俺は、存沼と同じクラスになった。
 先が思いやられる。

 どんよりとした気分で教室に入ろうとした時、窓際の一番前の席で、無表情で立っている存沼を見た。周囲は、また同じクラスになれたね、なんて喜んでいるのに、存沼は一人っきりだ。誰も周囲に近づいていない。

 周りの生徒は恐れおののいているんだろうと思ったが――これって軽くイジメに見える。もしかして存沼は、これまでずっとああやって一人で過ごしてきたのだろうか? そう思うと、不憫に思えてきた。

「マキくん!」

 俺は精一杯明るい声と笑顔を心がけて歩み寄った。

「同じクラスだね! 良かった、友達がいて。マキ君と一緒ならきっと楽しくなるね!」
「誉……お、おう! あたりまえだろ!」

 存沼が、いつもの存沼に戻った。やっぱり存沼はこうじゃないとな。

「俺についてくれば運動会も負けなしだ!」
「あはは」
「何だよそのから笑い!」
「心強いなって思っただけだよ」

 俺たちがそんなやり取りをしていると、次第に教室じゅうの空気も柔らかくなってきた。隣の席の結城くんが、存沼に声をかけた。

「よろしくお願いします、雅樹様」
「ああ」

 このようにして、俺は無事に新学期を迎えたのだった。