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 帰りの車は、存沼が呼んだ。丁度良く、運転席と後部座席の間は仕切られている。これは質問するには絶好の場所だと思った。俺は相変わらず笑顔の存沼の横顔を見る。何故なのか、存沼は非常に嬉しそうに笑っているのだ。三葉君達の仲を知っていて、応援でもしていたのだろうか? それはともかく。

「ねぇマキくん。改めて聞くけど、何であんな悪戯をしたの?」

 すると存沼が俺を見た。

「少し前に、存沼グループの株式を押さえてきた人間がいたから探っていたんだ。調べた結果、西園寺だと分かったんだけどな、資金の出所が分からなかった。株で少し儲けたくらいでは、買収なんてできっこないからな。存沼家の人間として見過ごせなかった」

 思いの外まっとうな答えが返ってきて息をのんだ。それに西園寺の行動も不自然だ。

「どうして西園寺はそんな事をしていたんだろう?」

 俺の家の株も入っていたことを思い出して怖くなると同時に、一応存沼も考えて行動していたのだなと驚いた。全然知らなかった。ただのお子様だと思っていたのだ。俺の知らないところで大人になっていたようだ。それが少しだけ寂しい。

「風紀委員長として、ひどい問題を起こした生徒がいた場合に、脅迫できるように備えていたらしい」

 それを聞いて俺は気が遠くなりそうになった。確かに西園寺は、風紀委員の仕事に熱心だとは思うが……風紀委員が脅迫しては駄目だろう!

「まぁそういうわけで、さぞ資金のある家柄なんだろうとふんで探っていたんだが、全く分からなかった。そこで、悪戯と言うことにして、探ったんだ」

 そんな裏があったのかと、俺は一人で何度も頷いた。あの悪戯には、きちんと意味があったのか。これは存沼が悪いとばかりはいえないな。単純な好奇心から素性を探ったわけではなかったのか。

「そのほかにも理由はある」
「まだ何かあるの?」

 もう俺はこれ以上聞くのが怖かった。まだまだ何か待っているというのだろうか。

「西園寺も三葉も和泉も、まぁ和泉に関しては今日の状況で今後の対策はなくなったけどな、兎に角全員が駄目だって伝えたかったんだ」
「何が駄目なの?」

 意味が分からず俺は首をかしげた。みな一癖ある駄目な性格をしているという意味だろうか? それは存沼自身も負けていないと思うぞ。しかし俺の予想とは違う答えが返ってきた。

「恋愛対象として駄目だと言うことだ」

 恋愛対象? なおさら何の話なのか分からなくなった。素直に聞くしかない。

「誰の?」

 もっとも存沼が心配するくらいなのだから、当然有栖川君の事だろう。そういえば有栖川君は生徒会にも入ろうとしていたし、少なくとも和泉とは接点がある。また、俺の知らないところで、西園寺や三葉君とも仲が良かったのかもしれないな。

「お前以外の誰がいるって言うんだ」

 存沼が俺を見据えたまま、真顔になってそう言った。――は? なんだって? 俺はその言葉の意味に理解が追いつかず、存沼の顔を凝視した。

「誉は俺のものだからな」

 なんだと……? いつ俺が存沼のものになったというのだ。俺は所有物ではないぞ。意味がはかりかねる。

「え、いや、あの……?」
「好きだ」

 俺はポカンとするしかなかった。思わず何度か瞬きをして、これが現実であることを確かめる。――好きだ? 何だ急に。友達として好きと言うことか? いや、この流れでそれはないよな。俺のものだとか言っているんだから。だが、断ろうにも、その前に非常に気になることが一つあった。

「待って、待って、ねぇ待って。有栖川君は?」
「中等部最後の学園祭の時に別れた」
「え、そんなことは一言も聞いてないけど」

 だって最近会っている頻度が減ったとはいえ、有栖川君と大変仲が良さそうにしているではないか。俺はそれを毎日のように見ていたんだぞ?

「お前の嫉妬心をあおりたくて、そのまま付き合っているフリを続けてもらったんだ。お前は動揺すらしなかったけどな。どころか逆に応援されるとはな。西園寺まで信じていたのは少し意外だった」

 嫉妬? 俺が嫉妬? 思わず眉間にしわが寄りそうになるが、こらえた。

「瑛に、『俺のことが好きか』と聞いてもらっても、好きじゃないというしな」
「いや普通、付き合っていると思っているんだから、当人には言わないよ」

 そもそも恋愛感情など持っていないのだから、『好きではない』以外の回答は存在しない。

「そう思って周囲にも聞いてもらった。それでもお前の答えは、『好きではない』だったな」

 事実なのだから沈黙するしかない。ただ周囲が、存沼との仲を聞いてきた理由が、やっと分かった。妙な噂のせいだけではなく、存沼に聞いてこいと言われたのだろう。だがそれにしても信じられない。

「だってさ、有栖川君とキスしていたよね?」
「あの頃は、本当に瑛のことが好きだと思っていたんだ。もうお前以外には二度とキスをしないと誓う」

 いや、そんなことは誓わなくていい。そんな誓いはいらない。そもそも、俺以外って何だ。俺は存沼とキスをするつもりはないぞ。

「……何が原因で別れたの?」

 仕方がないので、俺は話を戻すことにした。キスの話題など長引かせたくなかったのだ。しかし俺は、話題の選択を間違えたらしい。

「ヤろうとしたら、お前の頭が過ぎって出来なかったんだ」

 な、何を? なんて愚問だろう。おい存沼、何故そこでお前の頭は、俺を過ぎらせたんだ! 冗談じゃない。キスよりも濃厚な話になってしまったよ……!

「今思えば最初から気になってたんだよ、葉月と高崎の仲を取り持つ代わりに、お前の好きな人探らせたりして」
「え?」
「初等部の修学旅行の時だ」

 そういえば帰りの飛行機で、葉月君に「サロンに行く時ですか」とか言われたな……。

「俺はあの頃、お前は俺のことが好きだと思ってたんだ。その後も、どこかでそう思っていたんだ」

 何という勘違いだ。その自信はどこから来るんだよ!

「だから前に、初等部のツボミのサロンに行って、お前の口から『好きじゃない』というのを聞いて、正直衝撃を受けたんだよ。好きじゃないってはっきりと確信した時から、お前を見るたびに動機が止まらなくなったんだ。その時の俺は、理由が分からなかったんだけどな、今なら分かる。俺は、お前のことが好きだったから、胸騒ぎがしたんだ。たとえお前の弟であろうとも嫁になんてやれない。誰にも渡したくはなかった」

 存沼がそんなことを考えていたとはつゆ知らず、俺は菩薩を召還するのも忘れて、ただ呆然とそれを聞いていた。

「それにだ。お前が鷹橋先輩にキスされそうになっていた事は、今思い出しても頭にくる」

 それは俺も頭にきている。

「他にも卒業式で告白されているのを見た時なんて、焦ってしょうがなかった。断ったと聞いて安心した」

 そうだったのか……俺はてっきり、俺が異性愛者だと分かってくれたのだと思っていたよ……。

「それに、だ。お前と一緒にいると安心するし、たとえば告白されているのを見れば心配にもなるし、そばにいてくるだけで最近はドキドキする」

 そういえば存沼は真実の愛を探していたな。あれって俺のことだったのか……。まさか、本当に? 本気か? 何で俺なんだよ。

「そ、そうだ、三葉くんとの夏祭りは?」
「ああ、巷で言う所のたこ焼きとやらを食べに行こうという話しになって行ってみたんだ。以来、毎年夜店に行って食べてくるんだ。焼きそばも思いの外おいしいぞ。お前も行くか? どうせ食べたこと、無いだろう?」
「いや、うん、まぁ……」

 確かに食べたいが、それとこれとは話が別だ。

「ちなみにお前の父親には、もう嫁にもらう承諾を得ているからな」
「は?」

 あんなのただの冗談だろう……? 大体俺は男だから嫁になどなれないぞ? なる気もないが。

「なお言えば、他にも俺は色々とした。まずは外堀を埋めようと思ってな」

 存沼が鼻で笑った。何をしたというのだ。外堀とは何だ。

「たとえば俺とお前が恋人同士だという噂をあおったのも俺だし、お前が俺に恋をしているという噂を流したのも俺だ」
「え?」
「恋人同士だと知れば、お前への告白は減るだろう? 片思いとなれば、周囲がお前の応援をするだろう? そういう計算だったが、うまくいった」

 自慢げに存沼は笑っているが、その事実に俺は衝撃を受けていた。

「なんでそんな……」
「まぁ、瑛に付き合っているフリを続けてもらった理由を言うなら、そうだな。そもそもは誉の同性愛嫌悪を払拭して、男同士でも恋愛が起き得ると知ってもらいたかったのもある。俺が同性愛者だってはっきり知ってもらうことも必要だったしな。別に女性が無理だと言うことではない。俺はお前が良いだけだ」

 確かに俺は現在では、男同士の恋愛への拒絶感はなくなりつつあるのは間違いがない。だがこれでは……腹黒キャラは俺ではなくて、存沼なのではないのか? 史上最悪なのは変わらないが、俺様と言うよりもただの策士だ!

「色々なことを考えたんだ、俺は。そしてやっと気づいた。やっぱりずっとそばにいてくれたお前のことが好きだってな。はっきりと分かったんだ。そういうわけで外堀はもう全部埋めたんだ。絶対に逃がさないからな」

 いや、やっぱり俺様臭も残っているな、これ。だが発揮する相手が違う。何故俺相手にそれを発揮するのだ! この際設定ヒロインでも良いから、誰か現れてくれ!

「もう俺は、お前がそばにいないなんて考えられない。誰のことを考えていても、気が付けばお前のことになっているんだ」

 存沼は、本気でそう思っているのか? この言葉自体も、俺をドッキリさせるための嘘偽りではないのだろうか? ドッキリを一度やられているんだから、もう引っかかりたくないぞ!

「お前がいるって思えるから、俺は今までも恋をできたんだ。戻れる場所があると思って。だけどな違った。勘違いだった。俺はお前の隣にいたいんだ。なぁ誉。お前の宝石を俺にくれ」
「急にそんなことを言われても……」
「答えは急がない。だが高等部を卒業するまでには、絶対に俺のことを好きにさせてみせる。そしてお前のことは俺がもらう」
「もらうって……」

 俺が存沼の言葉を繰り返して呟くと、存沼が口角を持ち上げて、俺を見た。笑っているというのに、狩りをする肉食獣のようなまなざしをしていた。その迫力に圧倒されたが、思わず俺は目が離せなくなった。それから、出会った頃に、聞いたせりふが響いてきた。

「俺は好きな奴は全力で自分でもらいに行くんだよ」


 このようにして――……俺たちの関係は少し変化を見せた。俺たちの恋が始まるのは、そのすぐ後のことだった。今世初の俺の恋路は、存沼とともに歩むことになった。

 今でも俺は何度も考える。俺のせいで折れまくったフラグは、結局良い結果をもたらしたのか否かを。

 ただ、いつしか存沼にほだされ、存沼のことが恋愛的な意味合いで好きになっていく俺が確かに今はいる。そんな日々は幸せだった。だから俺は、これで良かったと思うことにする。

 俺はもう、高屋敷誉本人なのだから。