【1】悪役ですが何か?



ここは、新東京府新宿区。
旧山手線の駅で言うならば、高田馬場駅、早稲田口側だ。

「助けて、誰か……!」

巨大なゴーレムの手が、一人の少年を握りしめた。
赤茶けた四角い石で構築された≪魔物≫である。比較的メジャーな”異邦神”だ。
瓦解していく、時計台。
辺りには砂埃が舞い、人々が逃げまどう。
場を離れようと走る者達の波に逆らうように、たった一人の青年だけがゴーレムの方へと向かう。――全く間が悪い。

「その手を離せ」

凛とした声が響いた。
荒ぶるゴーレムの前に立ち、眼を細めて言い放ったのは、チョコレート色の髪をした青年だった。要するに――俺である。ちょっと、”実況者”である≪ラグナロク≫の【ロキ】風に思考してみたのだが、飽きてきたので止める。

「うごがぁああああ○×▲あせfg(ry」

日本語でおk!
そんな心境であるが、ゴーレム相手にそんな事を言ってもしかたがない。
俺は夏の快晴の最中不似合いなお洒落長靴でアスファルトを踏みしめてから、片手に持っていた傘にしか見えない杖を勢いよく振り下ろした。有り体なビニ傘である。ビニール傘の略であり、決してコンビニ傘ではない。

瞬間、ゴーレムの体躯に亀裂が入り、真っ二つになって石の化け物は、瓦解した。

地を蹴り、俺は、捕まっていた少年をお姫様だっこした。
「怪我は?」
「平気です、流石は正義の味方――……じゃない!?」
「おぅ」
「離せ!!」
「――なんだ、俺が誰だか知っているのか、なら、話が早いな。悪いが、少年。”正義の味方”を釣るための餌になって貰う!」
「お断りだ! 誰が”悪の組織”に協力何てするか!」
「痛、痛いから! ちょ、暴れるな、地面に叩きつけられたいのかよお前は!」
鳩尾に小学生らしき少年の拳と蹴りを食らい、俺は体勢を崩しつつも、何とか地面に着地した。リン、と、俺の纏う悪の装束の特徴である首元の鈴が鳴る。
途端俺をビンタして、少年が走り去ろうとした。
「そうはさせるか!」
「離せ!」
「大人しくしていろ、人質」
少年の服をガシッと掴み、俺はよろよろと立ち上がった。

俺は、悪の組織≪靴はき猫≫の幹部である。【アイス】と言う名だ。

今日も今日とて、正義の味方である≪Oz≫を名乗る三人組を狙って、出没箇所であるこの高田馬場で張り込んでいたのであるが、運悪く、”異邦神”に遭遇してしまったのである。ちなみにちょっと盛った。単に学校の最寄り駅が高田馬場だというだけで、張り込んでいたわけではない。猶言えば、あいつらよりも、俺の方が高田馬場にいる率はきっと高い。しかし――この少年は、良い奴だ。何せ、誰もが知る正義の味方である≪Oz≫の連中は兎も角、数多いる悪役の中でも、別に目立つような目標(例:世界征服)を持たない≪靴はき猫≫の事を知っているだなんて。
少年は、柔らかそうな麦色の髪を揺らし、大きな目を歪ませて、俺を睨んでいる。
小学校中学年くらいだろう。
捕まったのが俺で良かったな。
あのままゴーレムに捕まっていたならば絶命していただろうし、もし仮にここにいたのが俺ではなく、俺の同僚である”おねショタ”好きの≪鼠(魔王)≫だったら、今頃ハァハァされていたはずである。ちなみに俺は、≪長靴を履いた猫≫と呼ばれている。だから長靴を履いていて、鈴付きのローブっぽいものを着ているんだけど、まぁそれは良い。

ちょっと整理してみると、

ゴーレム=異邦神=魔物
少年=一般人
俺=悪役=≪靴はき猫≫の≪長靴を履いた猫=通り名≫で【アイス=名前】
少年が待っていたらしい奴=俺の敵=正義の味方=≪OZ≫=三人組の”正義の味方”

である。

平行世界パラレルワールド≫間での往来が可能となり、様々な”日本”から人々が集まるようになったのは、もう六年ほど前の事だ(再び【ロキ】風に思考しよう)。
そんな中、”第三種特定異世界”と分類される”特定日本”から侵入してくる”異邦神”と称される≪魔物≫を退治するために、”人類”に分類される者達は、≪正義の味方システム≫を作った。”異邦神”を倒す毎に、ポイントが加算されていき、高ポイントを叩き出した”正義の味方”は、何かと優遇措置を受けられる(例:地下鉄の利用料金が無料)。いつしか、正義の味方は、魔物退治だけではなく、治安維持にも一役担うようになってきた。――結果、正義の味方を邪魔に思う者達も、増加した。

≪正義の味方システム≫は、討伐を初めとした”依頼”をこなせば、こなした者にポイントを付与する。その為、特定の正義の味方への活動妨害も、報酬さえ支払えば、依頼できるのが現状だ。中には、ライバルである、別の正義の味方集団を蹴散らせようとする人々もいる。
今となっては、魔物退治や治安維持はおろか、妨害、に限らず、今日ちょっと部屋の掃除をしたいから人手が欲しいんだよねぇなどと言うような、雑多な依頼が、≪正義の味方システム≫によって行われるようになった。それに伴い、正義の味方の形も、様々に変化している(何でも屋じゃないかとは言わないのがお約束だ)。

例えば、俺みたいに、他のポイントGET者――即ち正義の味方の妨害を専門にしたヒーローも生まれたわけだ。しかし残念ながら、俺は、ダークヒーローではない。ただの悪役だ。俺が属する≪靴はき猫≫は、正義の味方の中でも存在感No.1の、≪Oz≫をつけねらっている悪の組織だ。
ちなみにポイントは現金に換算できるため、俺は、この悪の組織の幹部のバイトで、生活費と学費を捻出している。はっきり言って俺は、≪Oz≫に恨みなど無い。

「そこまでです、手を離しなさい」

響いた声で、俺は我に返った。
正面を見ると、≪Oz≫のリーダー(?)である、≪能無しカカシ≫ことクオンが立っていた。金色の髪に、金色の瞳。彫りの深い顔――日本人っぽいと言えば日本人ぽい顔でもあるが、何人なのか不明。俺が知っているのは、母国語がとりあえず日本語じゃないらしいコイツが、必死に日本語を覚えた結果、似非敬語で会話をしていると言う事くらいである。俺が脇役だとすると、コイツは、主人公だ。現在の、新東京府新宿区における、存在感No.1ヒーロー。十人中十人が振り返る美貌の持ち主で、振り返らない人間は、眼科or精神科に連行されると専らの噂である。
そもそも俺が所属する≪靴はき猫≫は、クオンを打倒すべく、組織されたらしい。
俺はバイトなので詳しい事は知らないが。
――一橋久遠。
素性を隠す正義の味方が多い中、顔も名前も晒しているヒーローだ。

「はっはっは、返して欲しくば、この俺を倒す事だな!」
「……悪いけど、もう取り返してる」
「え」

哄笑した直後、俺は、不意に腕から消えた重みと響いた声に呆然として瞬きをした。
見れば、サクッと俺の腕から少年を奪還し、黒衣の青年が正面に降り立った。
≪Oz≫のセカンド、≪ブリキの木こり≫と呼ばれる魔術師だ。
トーヤって名前だったはず。
深々とローブを被っているため、顔は見えない。
ただ、ゾクリと腰に響く声をしていると評判だ(断言して、俺の腰にキた事はない。何せ男だ)。たまにローブが取れても、目から下を覆うハイネックを着込んでいる。とりあえず、黒髪黒目だと言う事は分かる。全てのパーツを一気に見た事がないので知らないが、久遠が規格外として化け物だとすると、こちらは多分、平均的に、イケメンって奴なのだろう。イケメンとか滅べばいいのにな。嫌案外、全部を一気に見たら、位置が福笑い的にずれていて面白いかも知れない。

「トーヤ流石です」
「……別に」
「コレで思う存分、≪長靴を履いた猫≫を葬れますね」

あ、なんかヤバイ★
かなり俺にとって不穏な声が聞こえてきた。
俺は引きつった笑みを浮かべてしまった。

「待てよ、お前ら。理由はどうあれ、アイスは、人助けしたんだし……!」

そこへ、二人のヒーローの後ろから、おずおずと、三人目の≪Oz≫である≪臆病なライオン≫が声をかけた。確かヤヒロという名前だった。黒い髪に緑色の瞳をしている。俺の中で奴は、≪Oz≫で一番空気が読める男という高評価だ。
何でそう言う評価なのかというと、学校の友達にそっくりだからである。
多分本人だと俺は確信している。
そして学校の奴も大抵それを知っている。だが、本人が隠している風なので、直接触れる事は誰もしない。勿論俺もしない。
ちなみに俺は、≪認識攪乱魔術≫を使用しているため、術を破られない限り、素顔のままで生きていても、悪役OFFと悪役ONの時に同一人物だと悟られる事はない。

「≪臆病なライオン≫か。気安く俺の名前を呼ぶな」
俺は溜息混じりにそう言った。
俺のことを、≪長靴を履いた猫≫以外の名で呼ぶのは、仲間の悪役でない限りは、こいつだけだ。いつから俺とお前は、名前呼びする仲になったのだと殺意を込めて言ってやる。
「は? アイスお前なぁ、庇ってやってるんだから、空気読めよ!」
「誰がそんな事を望んだ!?」
俺とヤヒロが言い合っていると、いつの間にか気配なく、クオンが歩み寄ってきた。
「ほぅ。せっかくの、ヤヒロの好意を無駄にすると言うのですね」
「え、いやあのその」
「目障りです。消えて下さい」
「っ」

次の瞬間、俺はクオンの手で吹っ飛ばされて、お星様になりました★