【12】悪役は正義の味方に倒され捕まるものです!★


俺は目をさますと、病院の白いベッドの上で寝ていた。
その左手を、ぎゅっと、蓮二君が握っていた。なんでだよ?
困惑しつつも、俺は一本一本その指を剥がし、自由の身になった。
それから服を着替えて、入院費のことなどはきっと兄さんがどうにかしてくれるだろうと判断し(他人任せ)、蓮二君とは言葉を交わさないまま、病院を後にした。

我ながらビックリだ。

何がビックリだったかって、コーンフレークを見ただけで気絶したことだ。
これじゃ実習でパフェを作るとき困るじゃないか!
まぁそんなこんなを経て、俺は、コレまで通り狭いアパートと学校を往復する生活に戻った。時折≪靴はき猫≫のバイトはしているが、現在では、本当に顔扱いで、スナップ写真とか取るだけで、バイトを終わらせて貰っている。而して俺の写真見て楽しい人がいるんだろうか。
というわけで、前みたいに、≪Oz≫の前に行ってワッハハハハハと悪役をやる機会はない。蓮二くんも、全然隣の部屋に帰ってこないので、ある意味俺の生活は平穏だ。
だから俺は――あの時病院で、俺の手を握りしめてくれていた蓮二君の体温を、心のお守りに生きている。我ながら気持ちが悪いのは分かっているんだけどな!
他に接点もない。
失恋したとはいえ、やっぱり今でも、蓮二君は――≪ブリキの木こり≫であるトーヤは、俺にとって特別だ。
会いたい、と言わないのは嘘だ。
だけど会ってどうすればいいのかも分からないので、やはり会わないままで良いと思うのだ。

「おい、アイスー」
本部に行くと、総帥に呼び止められた。
至極珍しい。
「悪いけど今日の相手は、≪Oz≫で頼むわ」
「え”」
しかし幸運とは長くは続かないものである。
そんなこんなで、本日俺は、ユウトと共に≪Oz≫の相手をすることになった。

「愛してるぞユウト!」
「俺も!」

何か違う。
しかし相思相愛の二人に異論を挟むのが辛くて、俺は顔を背けた。
敵味方で恋人同士ってどうなんだよ。

「覚悟しなさい≪長靴を履いた猫≫」

その時クオンに言われ、俺は我に返った。
「誰が! 覚悟をするのは貴様だ!」
そう宣言してやった時だった。
「ううん。覚悟するのは君だよ」
「え?」
気がつくと俺は、後ろから誰かに抱きすくめられていた。
普段だったら、変質者だと思って殴り飛ばすところであるが――その体温があんまりにも心地良かったものだから、困惑しながら振り返る。
すると右肩に、≪ブリキの木こり≫であるトーヤの顎がのっかっていた。
普段は深々と被ったローブのせいで、彼の顔は見えない。
だけど振り返り見上げた俺の目には、そこに、確かに端正な蓮二君の顔が見て取れた。
「え、な、――っ、なんで」
「なんでって、こっちの台詞なんだけど。いきなりいなくなるし、その前も避けるし、伊織さん酷すぎ。鬼畜なの? ドSなの?」
淡々とした蓮二君の低い声が、耳元で聞こえた。
それだけで俺の体はびくりと震えた。
「え、や、あ、え、え、ええと……」
思わず顔を背ける。
「ちゃんとこっち見てよ」
すると蓮二君に顎を捕まれ、強制的に、正面から視線を合わせられた。
「……っ」
「俺の顔を見るのも嫌なの?」
「ち、違」
「じゃあ、ちゃんと見てよ。俺、コレでも、結構きつい」
何故なのかそう言うと、蓮二君が顔を歪めた。その様子に慌てて俺は、両手を彼の頬に伸ばして、支える。
「ま、待ってくれ。あ、あの」
「何?」
「違うんだゴメン俺、俺その、蓮二君が俺のこと監視してたとか何にも考えて無くて、それで、迷惑かけちゃって、だから、その、本当ゴメン」
「え……?」
「気持ち悪かったよな、ゴメンな?」
「……」
「ずっと、謝りたかったんだ」
俺はそう言った。ちなみに謝るほかに、わざわざ病院で着いていてくれたお礼も本当は言いたいのだが、あんまり言ったら、気持ち悪いだろうと自制する。
「伊織さん、その、っ」
「ん?」
「……俺、伊織さんのこと好きなんだけど」
「お、俺も蓮二君のこと好きだよ?」
「違、だから、あの」
「え? 違うのか? ごめん」
「いや、違わないんだけど……だ、だから……好きってその……愛してるんだけど」
その言葉に、虚を突かれて俺は目を見開いた。
蓮二君が、俺を愛している?
愛している、だと?
え、ええとそれはつまり、ええと。ええと?
「伊織さんにキスしたのも、それ以上のことしたのも、好きだから何だよ。魔力とか、関係ない」
「な」
「ごめん」
「え、あ、あの」
「嫌ならもうしない。だけど嫌じゃないんなら、嫌じゃなかったんなら――俺の恋人になってよ。ちゃんと」
「!」
その言葉に、思わず俺は泣きそうになった。
だって、だってだ。
普通、こんな、両思いになる日なんてきっと滅多に来ないよな?
「よ、よろしくお願いします!」
反射的に俺はそう告げた。告げていた。胸が高鳴ってしかたがなかった。

こうして、俺には恋人が出来たのだった。


「ん、ぁ、ァ……ひ」
ゆるゆると後孔で指を動かされ、俺は背を撓らせる。
「あ」
「きついよ。もうちょっと、力抜いて」
「む、無理だ……んぁあッ」
2本に増えた指が縦横無尽に動き回る。
それから肩で息をし、涙を無意識にこぼしていると、蓮二君の体が入ってきた。
「ああっ、う、ああア――!!」
深く貫かれ、俺の体がのけぞる。背骨が軋んだ気がした。
「辛い?」
優しい声で耳元で囁かれる。
だけど彼の手は容赦なく俺の前を扱いていて、快楽の奔流を促してやまない。
「っ、ぅ、ァ……ああ!!」
腰を激しく揺らされ、俺は思わず声を上げた。
逃れようと、シーツを掴むのに、そうすると、腰を捕まれ、身動きを制限される。
「や、やだぁッ」
「まだ、大丈夫でしょ?」
何を根拠に言ってるんだよと思いながら、俺は頭を振る。
ガクガクと太股が震えた。
「ん、ン――ひ、ぁ」
強く腰を打ち付けられ、深く進められ、目を見開いた。
「――愛してるよ」
本当に愛してるんならこんなに激しくするなよ、何て思ってから、だけど、俺は気がつくと、涙をこぼしたまま笑っていた。
「俺も」



「わーはははははは、ひざまずけ、愚民共!!」
紆余曲折を経たものの、≪靴はき猫≫は悪役に戻った。
だから俺は高らかに宣言する。
そうすると聴衆が霧散していった。
うん、実に気分が良い。
そう思っていたら、不意に後ろから、誰かの腕が俺の首に回った。
「楽しそうだね」
「え、あ、ああ、まぁな……?」
聞き覚えが在りすぎる声に恐る恐る振り返ると、そこには、黒づくめの≪ブリキの木こり≫の姿があった。
「!」
「悪行はすぐに止めなよ」
「な、な、なんでここに……!」
「悪役は正義の味方に倒され捕まるものでしょ?」
ローブの下、意地悪く笑った口元だけが見えた。
こうして俺はその日、トーヤに捕まったのだった。



そんなこんなで。
平行世界との往来が可能となったこの日本で、今日も俺は生きている。
途中には色々なことがあったし、悪役になるまでも、悪役になってからも色々とあった。
だけど今は、愛する人が出来た。
だからこれはこれで良いんだと思う。
きっと、初めての友人である快晴も、弟佐織も、そんな俺のことを見守ってくれていると思うのだ。例え俺が地獄に堕ちようとも、二度と彼等に会えないとしても、ただ少なくとも現在の俺は幸せだから、それで良いと思おう。
側に、トーヤが、蓮二君が、稲屋蓮二がいてくれるっていう事実が俺にとっての幸福なのだ。それで本当に十分なんだ。

ぱっぱっぱ、ぱーぱぱぱぱ!

例えばそんな擬音で彩られる、大変楽しい気分で、今俺は生きている。
だから。
この世界に、世界中に、お礼が言いたい。


有難う!

Thank you very much!!