20:レガシーと二人の休日
建国記念日までは、あと二週間もない。
仕事も子細を詰める段階に入ってきていて、佳境だと言える。
その傍ら、僕はイライライライライライラしながら、≪思念魔術≫を使用した人間を捜索していた。まず、僕を『フェル』と呼ぶ人間をピックアップした。勿論、ゼルの事もジークの事も陛下の事も除外していない。この際魔術が使えるか否かは重要ではない。魔術部分だけ、他の誰かに依頼した可能性もあれば、無意識に魔具にでも触れて発動させてしまったのかも知れないからだ。唯一除外したのは、弟のレイだ。勿論スイは、僕を敵視しているので、犯人候補に入っている。入っているのだが――……。
「残念だけど、私じゃない」
さも我が家であるかのように、帰宅するとソファでダラダラしているスイが言った。
本当にこの神官長、殴り飛ばしてやりたくなるが、僕はそんなキャラではないので、作り笑いで静かに頷いて見せた。明日は久方ぶりの休日であり、ソレを逃すとどう考えても、建国記念日が終わるまで忙しない日々となるので、今日僕は定時に帰宅した。我が家にも、やはり、来賓客を泊める事にしたため、レイとその件で相談がしたかったと言う事もあるし、古代魔術に分類される≪思念魔術≫について調べるとすれば、自宅の図書館の方が都合が良いというのもあった。
「だけど天下の宰相閣下の後ろの穴を狙うほどの古代魔術の使い手なんてソレこそ、宮廷魔術師長くらいのものだと思いますけど」
僕も何度か考えたゼル犯人説を、スイが繰り返した。
この前自宅で解析作業をしていたら、家はいなく後ろに立っていたスイに、見られてしまったのである。
「貴様、その件本当に他言無用だぞ。漏らしたら、分かっているな?」
「ええお義兄様」
「誰が義兄だ!」
「それにしても古代魔術か。要するに、アスカの≪魅了魔術≫と同じ種類って事ですよね。そういえば、アスカも宰相閣下の事、『フェル』って言いますね」
「!」
虚を突かれて僕がスイを見ると、スイは流しに立って料理をしているレイを眺めていた。その恍惚とした表情が気持ち悪いので吹っ飛ばしてやりたくなったが、思っただけで止めておく。
「アスカが古代魔術を発揮する原理は分かっていません。ソレこそ勇者補正とでも言うしかない。ただ、≪魅了魔術≫を制御不可とはいえ垂れ流しているのですから、他の魔術が使えても不思議はありませんよね」
「……いや、待て。確かに可能性はあるが、勇者殿は、見るからに”つっこまれる”側だろう? いくら何でも、我が輩に”つっこみたい”などと……」
「お上品な閣下の口から、”つっこむ””つっこまない”なんて言う卑猥な単語が聴けるとは思いませんでした」
「黙れ」
「確かにアスカは、”つっこまれる側”として大人気ですが……本人の性癖もそうとは限りませんよ? 何せ男ですから。彼もまた、ね」
スイの言葉に、それもそうかとは思ったが、何となく気分が悪くなって眼を細めた。
「だが我輩は、もう暫く勇者殿の顔など見ていないぞ」
「だからこそ思いの丈が余って、古代魔術が暴走したのかも知れません」
「ふむ」
確かに筋は通っている。
そんな事を考えていたら、レイが夕食を運んできてくれた。
「しかたがありませんね。これも愛するレイの家族の悩み。私が力を貸しましょう」
「貴様が?」
ナプキンを手に取っているスイを睨め付け、僕は首を傾げた。
「古代魔術――というよりかは、≪召喚勇者≫に関しては、四大侯爵家の一つに数えられるエルグランド侯爵家が詳しいはずです。当代当主は引きこもりですが」
「ああ」
「貴方は建国記念日絡みで多忙になるでしょうから、私が直接エルグランド家に出かけて調査してきましょう」
「お心遣いは有難いが、くれぐれもこの話を広めてくれるなよ。第一、侯爵家にツテなど在るのか?」
「平気ですよ。エルグランドは、私の母方の親戚です。私は借りは返す主義なのです。レイとこうして愛し合える環境を頂いた以上、お返しはしなければ」
「ほぅ。精々頑張る事だな」
そんなやりとりをしてから、僕は食卓に着いたレイを見た。
本当に嬉しそうに食事を作っている。
僕と二人きりだったときだって、決して嫌そうと言う事はなかったが、明らかに今は、スイに食べてもらえるのが嬉しくてしかたがないという顔をしている。
「そうだ、フェル。明日はレガシー侯爵家にお招きいただいているんだよね?」
「侯爵家に行くのかは分からないがな。レガシーと待ち合わせをしているのは、街中だ」
レイにそう返してから、僕は銀器を手にとった。
スミス&ナイトレイ商会で先日購入した、質の良い私服を身に纏い、僕は城下街の中央にある”冷虹の噴水”の前に立った。時刻は、朝十時。宰相たるもの時間は守る。本日はレガシーと約束していた、レガシーの家に行く日なのである。
わざわざ外で待ち合わせというのが何ともだが、まぁ良い。
最近忙しかったのだし、時には息抜きをしなければ。レガシーが相手ならば、侯爵家の人間とはいえ、気楽に過ごして問題ないだろう。それこそレガシーが無理難題を僕に頼み込んでこない限りはだけどな!
待ち合わせ時刻丁度に姿を現した僕に、ハッとしたようにレガシーが顔を上げた。
――なんだ、格好いいではないか。
流石、若者! 僕なんか必死で流行を確認しているというのに、すんなりと最先端にいそうな私服である。レガシーのくせに、と、ちょっとイラッとした。
「待たせたか?」
「い、いえ……っ、あ」
「なんだ?」
「閣下って……私服に合いますね」
当然だ。当然である。僕の魅力を引き立てる服を選びに選び抜いているのだからな!
「惚れ直したか?」
意地悪く笑って言ってやると、レガシーが咽せた。若干顔が赤い。
「で、何処に行くんだ?」
「――何処か行きたいところ在ります?」
「あれば一人で行っている。わざわざ貴様のために時間を作ってやったんだ。遠慮するな。精々我が輩を懐柔するためにもてなすが良い」
「え、う、あ――……普通にデートしたいんですけど俺!」
「デート?」
「閣下と街を回って、一緒にいる時間を楽しみたいんですよ。笑って下さい」
やけになるようにレガシーが叫んだ。
?
よく分からないが、多忙な僕のために、気分転換に誘ってくれたと判断して良いのだろうか、コレは。それで油断させて自分の望みを突きつけると?
まぁ良いだろう。
望みに関しては叶えられるかは分からないが、僕は気分転換をしないと倒れるタイプなのだ。せっかくの機会を無駄にする必要はない。
「我輩は王都に詳しくない。案内してくれ。行き先は任せる」
何せクラフト伯爵家の領地は遠方だ。城仕えをしても、城の中と、それこそ一部の店に詳しくなるだけで、何処に何があるか何て知らない。
一方のレガシーは侯爵家の人間なのだから、領地よりも、王都にいる時間の方が人生では圧倒的に多そうだ。コレが跡取りだったらそうも行かないだろうが、そうでなければ、穀潰しと呼ばれながら王都で育ってきた確率が高いはずだ。
「じゃあ……その、おすすめの魔石店があるんですけど」
「ほぅ。魔石か」
僕は興味が惹かれたので、頷いた。
各地で産出される魔石には、魔力が宿っている事が多い。最もその威力は小さい者から高位の者まで様々だったが、魔石が並ぶ店にはそれ自体に独特の気配が漂っている事が多いから僕は好きだ。
「行くか」
隣に立って声をかけると、何故なのか頬に朱を指して、レガシーが目を逸らした。
レガシーの方が背が高いんだなと改めて気がついて、なんだかムッとした。
僕だって決して背が低いというわけじゃない。
だが僕の周囲の人間は、平均よりも身長が高い者が多い。
街はまだ朝が早い時間だったが、それなりに人混みがあった。
地理に不慣れな僕は、いざとなったら魔術で地図を出現させて、レガシーを追尾しようと決意する。決意したのは、歩き出して一分で、僕とレガシーの間には、数人の人波が入り込んだからだった。ああ、面倒くさい。僕はあんまりにも人が沢山いる場所が、好きじゃない。
「閣下」
その時、手首をぎゅっと掴まれて、僕は目を見開いた。
視線を向けると、僕の手を握り直し、若干照れたような顔をしたままレガシーがこちらを見ていた。
「何であんたそんなに悠長に歩いてるんだよ。いつものせわしなさは何処に行ったんだ」
「悪い、遅かったか?」
どうせ貴様より足が短いんですよ、と、半ば僕はやさぐれた。
「……心配だって言ってるんだよ。はぐれると悪いから、その……」
レガシーはそう言うと、今度はしっかりと僕と手を繋いだ。
自分とは違う体温に、なんだか変な気分になったが、不思議と悪い気はしない。
そのままレガシーに連れて行かれた魔石店は、一見すると普通の露店だった。
布の天蓋があり、奥に進むと、飴色の木でできた、一階建ての店舗が姿を現した。
数多の棚があり、様々な大小の魔石が煌めいている。
丸く加工され、銀具が絡みついた”パワーストーン”がメインの商品らしい。
しかし僕のように魔術に浸って生きてきた者から見ると、オブジェとして偽装されているような、掘り出したままの、水晶のような魔石の数々の方が興味をそそった。
これは、その辺の商人が卸している品よりも、ずっと質が良さそうだ。
暗い室内で、僕は周囲を一瞥し、気づくと頬を緩めていた。
「良い店だな」
「っ、ああ。今恋人達に一番人気の店だからな」
「恋人達? 魔術師連中に一番人気の店じゃないのか?」
「魔術師は、こんなイミテーションの硝子玉に興味は示さないんじゃないのか?」
「――なるほど、その硝子玉とやらに気を取られて見落とすんだろうな。我輩のように高位にならなければ、真価が分からないように設定されているとは、中々良い店だ」
気分が良くなりながら、僕は剥き出しの珊瑚にしか見えない淡い緑色の結晶を一瞥した。
そこでふと疑問に思った。
「価値が分からない恋人達とやらは、では何をしにここに来るんだ? 一番人気とは?」
「互いの無事を祈って、愛を込めて、パワーストーンを買うんだよ」
へぇ、と僕は思った。
ま、病は気から、だとか、気分で色々撃退できるような事も言うしな。
「この空色の球、綺麗だよな」
レガシーがショーケースの中を一瞥する。
銀が絡みついた、丸い水色の魔石だった。確かにレガシーが言うとおり、イミテーションの硝子玉だと分かる。本物の魔石ではないだろう。だが、彼の言うとおり、不思議と目を惹く。随分とレガシーが熱心にそれを見ていたから、彼の横顔と柔らかい麦みたいな色の髪を暫し見据えた。
「一つくれ」
僕がそう告げ財布を取り出すと、レガシーがあからさまに息を飲んでから、勢いよく振り返った。
「え? いや、あの、ここは俺が買――」
「? 買ってやる。そんなに物欲しそうに見るな」
何か言いかけているレガシーを制し、僕は店主から、パワーストーンと、それに付属する銀の鎖を買った。きっとこいつは、欲しいが手が出る額ではなかったため、今まで来店する度に眺めてきたのだろう! たまには労いを込めて上司である僕がかってやっても良いかもしれない。何て素敵な上司なんだ、僕!
「……っ、はぁ。オーナー、もう一つ同じのを、閣下に」
「はいはい、毎度あり」
しかし何故なのか、レガシーは同じ品をもう一つ購入した。
何だ、自分で支払えるのであれば、さっさと買えばいいのに。
「コレ、あんたに」
そう言ってレガシーが、僕にパワーストーンを一つ渡した。
「ふむ」
別にいらないが、折角なのだし受け取ろうかと手を伸ばすと、手を引っ込められた。
「やっぱり、俺につけさせてくれ」
「?」
それの何が楽しいのかさっぱり分からなかったが、僕は素直に、レガシーに首飾りをつけて貰った。
「お、おそろいだな」
レガシーの声が続いた。
首元に触れる彼の手がくすぐったかったが、僕は困惑して首を捻った。
「基本的に同じ文官だから、服もお揃いだろう? なんだ、急に」
「いやもういいや。いいです。なんでもありません」
「所で用件はコレの買い物で終わりか?」
「え、いや、あの……」
「まだ貴様は我輩を楽しませていない」
「っ」
「しかし我輩は、最初から貴様に期待などしていない」
「な」
僕の声に、目を見開いたレガシーが泣きそうな顔をした。僕はやっぱり上司として、厳しくすべき所は厳しくすべきだと思うので本音でぶつかろう。なにせレガシーは見所がある部下なのだからな!
この休日を逃せば、僕もレガシーも休みが暫く無くなる。なのだから、準備に時間がかかるかも知れないのだし、先に用件を聞く事から始めようではないか。
「回りくどい事は無しだ。我輩は、約束通り貴様の望みを聞いてやる。場所を移そう。何が望みなんだ? 移動が終えるまでに、よく胸中を整理しておく事だな」
――副宰相か?
――主席宰相補佐官か?
僕はいやみったらしく笑ってやった。
後者は現在、実質レガシーがその役割を果たしているのだが、役職名として名乗る事は許されていない。
「たまには部下を労う事も、良い上司としての使命だからな。特に予定がないのであれば、我輩に身を委ねろ」
「う、あ」
「悪いようにはしない」
そう言って微笑みレガシーの手を取ると、何故なのかレガシーが真っ赤になった。
何だろう、最近暑いから熱中症だろうか?
それとも僕のあまりの格好よさに参っているのだろうか?
何とも僕は罪作りな男である。
そんな僕が、僕は大好きだ!