22:建国記念日(1)
なんだか色々と疲れた日々を終え、ゼルとの約束は、建国記念日後の休暇の日へと先送りにして貰い、僕は無事に建国記念日まであと二日という節目の日を迎えた。
明日からは前夜祭があるから、もう裏方作業をしている時間はない。宰相として表舞台に立たなければならなくなるのだ。要するに、今日が一連の建国記念日前最後の調整日である。僕が魔術で吹っ飛ばした一件から、レガシーは大人しくなった。と言うか大人しくしていない場合、僕が魔術で威嚇するようにした。毎日毎日執務室へとやってくるジークに対しては、僕の半径一メートルに入った瞬間感電する魔術をかけてある。不可抗力で微妙な関係になってしまったゼルに関しては、あちら側からの不審な動きなど無いため、保留としてある。ゼルは空気が読める男だ。
さてここでちょっと建国記念日について説明しよう。
この世界には、≪リリスの創世神話≫という伝説がある。これは、元を辿れば、クロックストーン国教会の基盤であるとも言える、お伽噺だ。幼子だって、乳母車の中で耳にするくらい有名なお伽噺である。簡単に言えば詳細は省くが、紆余曲折あって神話の神々が生まれ、各国が建国されたという流れだ。詳しく見るならば、例えばアシュタロテ帝国の始祖はここではない別の異世界から来たらしいなどと読み解く事もできるが、そんな物は研究者に任せておけばいいだろう。そんな中我がクロックストーン王国の出自にだけ触れよう。
クロックストーン王国は、嘗て”時の奇術師”と呼ばれる、一人の魔術師が、寂しくならないように建国されたのだという。たった一人、時間移動魔術を駆使できたその魔術師は、何処にでもいて何処にもいなかった。要するに、彼と同じ時間を生きる人間が一人もいなかったため、大変寂しい生活を強いられていたのだという。反面、嫌な出来事が在れば過去や未来に遡って歴史を改変できた実力者であるらしい。ようは、ものすごい古代魔術の使い手だったのだろう。それをどうやったのかは分からないが、一緒に暮らそうと言って、一緒に暮らすために国を作ったのが、この国の王族だったらしい。時の奇術師の弟子達が、現在の魔術師系貴族の始祖となった。時の奇術師と王族の友人達が、侯爵家の祖先となった。まぁ、そんな話しである。嘘か誠かなど僕は知らない。というか、どっちでも良い。そして似たような類似の神話を持つ各国がある。あからさまに、異世界人の手で作られたというお伽噺を持つアシュタロテ帝国は異質だが、どちらにしろこの大陸の各国は、異世界とやらと、神話の場面で邂逅している。それは取り置くとして、この国の建国記念日。
それは、同時に等しく――この大陸が時間という概念を取り入れた祝い、ともされる。
その為、クロックストーン王国の建国記念日には、全ての国の、全ての領地の、名だたる人々が集まり、お祭り騒ぎをするのが常となっている。年に一度の理だ。
そして明日の前夜祭からその喧噪は本格化する。
今日が実質最後の調整日問という事もあり、僕はカリカリしていた。
宰相たる者失敗は許されない――!
僕はそう決意しなおして、先に到着した他国の宮廷魔術師の集団を一瞥していた。
「あれ、フェル?」
その時不意に声をかけられて、僕は虚を突かれた。
振り返るとそこには、紫色のフードを纏った、一人の青年が立っていた。
「ナガト」
僕が唇を動かすと、猫のような目をした少年が微笑んだ。
紫色の目と髪をした彼は――僕のイトコだ。
僕の母はアシュタロテ帝国の貴族だったので、アシュタロテにはこうして知り合いもいるのである。
「宰相になったって、本当だったんだ」
建国記念日の祝いは、国外向けには五年に一度しかやらないため、このようにして公式の場で顔を合わせるのは初めての事だった。
「ああ。久しぶりだな」
「今日から、クラフトの家に泊めてもらえるんだよね?」
「勿論だ。歓迎する」
僕は、笑って頷いた。
思案した末、そうだ、親戚ならば僕の家がボロボロだろうとも公言しないだろうと判断した結果だった。何せ僕の親戚は皆見栄っ張りだからな!
「二人泊めてもらえるんだよね?」
「ああ」
僕がナガトに打診した時に、二人連れでOKならばと言われていたので、僕は頷いた。
「じゃあ約束の時間には行くから」
そんなやりとりをして僕たちは別れた。
それから僕は、英霊の宮殿へと向かった。
「悪いな……」
僕は、ゼルに呼び出されたので腕を組んだ。
本日までに、勇者アスカの魅了解除をしようとしたのだが、ソレは失敗に終わったのである。ゼルが僕に謝るなど、まれに見る事態である。
――なるほど、それほどアスカの魔力は強いのか。
僕が淡々と勇者殿を見ると、アスカが首を傾げた。
「なんだよ急に。俺に会いたいなら、そう言ってくれたらいつでも行くのに!」
「勇者殿のお時間を取らせるわけには参りません」
作り笑いでそう言った後、僕は強引にゼルの腕を引いて外へと出た。
「なんとかして、この場で監禁できないか? 外に見せるのは危険だ」
「分かってる。監視――護衛をつけて、軟禁しておく」
頷いたゼルを見て、僕は深く同意を返した。
正直他国の人々を、勇者の魅了魔術に罹らせるのは忍びない。
勇者には悪いがコレも国のためなので、我慢して貰おう。
「所でフェル、クラフト伯爵家にも、客人を泊めるらしいな」
「当然だ。他の貴族にだけ強制して、宰相の生家たるクラフト家が逃れるわけには行かんだろう」
「……でもな、アシュタロテの宮廷魔術師と知り合いだったなんて聞いてないぞ」
まあ言っていないからなと思いつつ、僕はゼルに向き直った。
ゼルの眼差しは、想像していたとおり険しい。
それはそうだ。国の要人が、他国の宮廷魔術師と親戚関係にあるなどと、防衛的に宜しい事態ではない。
「安心しろ。寧ろアシュタロテの宮廷魔術師の中で最も力在る≪ゼブラ一族≫の当主をみはっておいてやるんだから、感謝して欲しいものだな」
「ゼブラは、お前のクラフト、俺のワインレッドと並ぶ、魔術師の旧家だ。はいそうですかと見逃せるような家柄じゃない。なにせ、アシュタロテ帝国皇帝閣下とも親戚関係にあるんだぞ」
「分かっている。だからこそ――問題がないと俺は言っているんだ。俺が信用できないか?」
「っ」
「悪いようにはしない」
僕の言葉にゼルが唇を噛んだ。
きっとゼルは僕が他国の力をすら制御下に置き、この国内での威光をバッチりにする事に不満を持っているのだろうがそんな事は知った事ではない。使える者は何でも使う。ソレが僕だ。
このようにして調整日は終わりを告げたので、僕は帰宅した。
「フェル会いたかったよ――――!!」
「ぶ」
真正面から抱きつかれ(? エルボーをくらい)、僕は何とか足で踏みとどまった。
抱きついてきたのは本日から我が家で泊める、アシュタロテ帝国の宮廷魔術師であるナガトだ。彼の後ろには、金髪赤眼の、端正な顔をした青年が立っている。僕は知っている、彼は、アシュタロテ帝国の第三王子だ。ナガトに惚れているらしいと言うところまでは掴んでいるので、この体勢どうにかなら無いモノかと思う。第三王子殿下とは言うが、神話で有名な”時の奇術師”の加護を色濃く受け継いでいるという噂だ。
「ぶっちゃけ、魔王倒したのフェルでしょ?」
「そんな話は後でしよう。それよりもナガト。ヴェルダンディ第三王子殿下を紹介してくれないか」
僕の声に、ナガトが姿勢を直し、つまらなそうな顔で振り返った。
「ヴェルに興味在るの? 趣味悪っ」
「何の外交の役にも立たない貴様よりは余程な」
思わず本音を漏らすと、ナガトが肩を竦めた。
「流石は宰相! いいね、いいねぇ、僕そういうの応援しちゃう!」
面倒くさい愉快犯なイトコを一瞥してから、僕は、第三王子の前に立った。
「ご無礼をお許し下さい、殿下」
「いや……」
「ごゆるりとお過ごし下さい」
それだけ告げてから、僕は後ろで畏まっているレイを見た。
兄の僕から言うのも何だが、レイは大変常識人である。普通、他国の、それも王族なんかを目にした日には、レイくらい縮こまるのがしかるべきだ。久方ぶりに伯爵としての正装をしたレイは、時折背後にいる、珍しくフルタイムで働いて貰う事にした使用人達に目配せをしている。
「夕食は、二時間後です。それまでは、体を休めて下さい。何か不足している物がございましたら、いつでもお申し付け下さい。我輩は城の責務が残っておりますため、少々席を外しますが、このクラフト伯爵家の実質当主である弟のレイブンズ・クラフトが後はご案内いたします」
僕はそれだけ言うと、一礼して部屋を出た。
これで頭が痛かった、客を我が家に迎えるというのも何とかこなした。
残るは、明日からの接待である。
本当、面倒くさいな!
今日はもうゆっくり休もうと、僕はお風呂にはいる事にした。
実際地獄は、翌日の朝から始まった。
今日からが建国祭の本番だ。
十五分おきに、他国の要人、国内の重鎮と会談が行われたのである。
親交を深めたり、議案を纏めたりするような代物ではない。
強いて言うならば、名刺交換会に近いだろう。
「――レガシー……後何人だ?」
「二位百三十二名です」
辟易しながら、人波が切れたのを良い事に、小さなガトーショコラを一つ食べる。
本日は昼食が抜きだ。
夜の晩餐会まで我慢である。
「勇者殿の動向に不審な点はないだろうな?」
思い出して、レガシーに尋ねてみる。
どうせこの期間は我が家に入り浸る事は不可なので、神官長のスイに、勇者アスカの監視を一任したのである。
「久しぶりの神殿を謳歌してるみたいです」
「それは良かった」
ここまで色々と順調だ。このまま順調に建国祭が終わって欲しいと僕は願った。
終わって貰わないと困るのである。