【1】リアルライフオンライン







 俺は、別にゲームが好きなわけじゃない。ただ有り余る時間を潰す為に、他にやる事も見つけられず、ゲームをしてきただけに過ぎない。

 ゲーム。
 一言で表現するならば、これしかない。他に言い様がない。
 しかし、MMORPGという代物は本当に不思議で、関わったプレイヤーの数だけ、人生に触れる事が叶う。体を壊して寝台に寝たきりの俺にとって、数多いるプレイヤーの日常の話をチャットで聞く毎日は、相応に楽しかった。

 そんな、時間だけは有り余っている廃人の俺であるが――本当にその名の通り、時間だけ廃人である。本物の廃人……ガチ勢の足元にも及ばず、しかしながら課金力と時間で高レベルと適切な装備が最低限はある、そんな、在り来りなプレイヤーが俺だ。

 趣味は初心者のお手伝い――支援活動だ。慣れてくれば、一人(即ちソロでも)余裕のクエストを、パーティを組んで手伝う俺。そんな時、初心者達は、俺をキラキラした瞳で賞賛してくれる。純粋に頑張るプレイヤーさんを見ていると、応援したくなってくる。

 鶏口牛後と称してくれて良い。俺はガチ勢に片足を突っ込むも時間だけなので上には決して行けない――そんな上を目指す集団は早々に抜けて、俺未満のプレイヤーの前で善人のふりをして崇め奉られる道を選んだだけである(ゲームには俺の同志は意外と多い)。

 ……ガチ勢に片足を突っ込むのは、棺桶に片足を突っ込むのと大差ない。モチベーションたっぷりに最強を目指している間は楽しいが、それが叶わなかった時の挫折感といったらない。ゲームであっても、努力したら全てが叶うわけではないのだ。

 俺はそんな事を考えながら、ゲーム機を見た。ノックの音がしたのは、その時の事である。

「入るよ」
「先生、もう入ってますよね」

 俺はギルドチャットに、『落ちます』と記して、ログアウトを行った。俺の病室に入ってきたのは、種田(タネダ)先生――俺の主治医だ。

 俺と種田先生の互角の部分(?)を挙げよう。二箇所ある。まず年齢。お互いに三十二歳だ。次に身長。俺は175cm、先生もまた175cm。同じである。

 尤も、十年前から入院している俺とは異なり、この十年で専門医の資格を取るなどしてきた医師の先生は、俺よりもきちんと三十二年間を生きてきたと思う。俺は呼吸に必死だが、先生は知識の吸収に必死のようだ。また身長も同じだが、ガリガリの俺と違い、先生は筋肉がある。白衣の腕をまくっている姿を何度か見たが、綺麗な筋肉がついていた。

 種田先生は、黒い髪と瞳をしていて、控えめに言っても、イケメンである。さぞかしモテるのだろうな。

「今朝、全然食べなかったみたいだけど、食欲が無いの?」
「いえちょっと、ボスの連戦をする予定があって、時間が無くて」
「真面目に聞いてるんだけどな、僕」
「俺も至極真面目にご回答を!」

 俺が笑顔を浮かべると、種田先生が虚ろな目をした。先生は歩み寄ってきて俺の隣に立つと、今度は目を細めて、俺に言った。

「礼人(れいと)さん」
「はい」
「ゲームと命、どちらが大切だと思う? ん?」
「命です!」
「……本心、で、良いんだよね?」

 高杉礼人(たかすぎれいと)と言う自分の名前よりも、確かにゲームのキャラクター名であるレートの方が、俺にとっては馴染みは大きいが、命があるからこそゲームもできるわけなので、本心だ。

「なんですか、そんな、急に。俺、死にそうな具合なんですか?」
「食欲がこのまま戻らないならば、体力が落ちていくのは明らかだね」
「昼は食べましたよ?」
「お味噌汁のみ、だったかな」
「十分じゃ?」
「不十分だね」

 種田先生は非常に呆れたような顔をしている。しかし俺は、食べていないとは思わないので、反応に困った。食べ物といえば、ゲーム内には生産機能があって、俺は六種類の中で調理のみレベル上げをしているというニワカっぷりなのだが、一応調理スキルはカンストしている。

「このまま、食欲が戻らないようなら、ゲームに制限をかけるよ」
「そ、それだけは……」

 三十二歳にもなって情けのない話であるが、俺は涙ぐんだ。ゲームが無い世界なんて、そんなの無理!

「そんなに、【クラウゼンフェルド】が好きなの?」
「そうですね!」

 ゲームのタイトルが先生の口から飛び出した。先生は親身になってくれるタイプのようで、俺がどんなゲームをしているのかも聞いてくれた。現在500レベルまで、レベルを上げる事が出来るRPGで、俺は『魔術師』をしている。

「先生も試しにやってみたら、楽しさが分かると思うけどなぁ!」
「……」
「あ、でも、仕事忙しくて無理か。このゲーム課金だけじゃ強くなれない時間拘束ゲーだし」
「……」
「それより先生。俺、そろそろギルメンとの待ち合わせ時間だから、ログインしたいんですけど……」

 俺が告げると、沈黙していた先生が、深々と息を吐いた。

「夕食はきちんと食べる事」
「はーい」

 俺は適当に頷きながら、ゲーム機を見た。それから――立ち去る気配の無い先生を、ちらりと見た。

「あの、ゲームするんですけど?」
「したら?」
「先生……そこに立っていられると気になるんだけどな……」

 ログインしながら、俺は顔を引きつらせて笑った。先生は俺を無表情で眺めている。
 しかし、約束は約束――待ち合わせがあるのだ。俺はチラチラと先生を見つつも、チャットで挨拶をした。

『こんにちは!』

 するとギルメン達から、返答がある。このゲームは、いつでも誰かがログインしているのが楽しい。病室で一人の事が多い俺であるが、ゲームをしているだけで、周囲に大勢の人がいる気分になるから不思議だ。

 その後俺は、キャラクターを操作して場所の移動を行い、【酒場】へと向かった。俺の意識が、外界を遮断し始める。ゲームの事しか考えられなくなっていく。

『時間通りだな、レート』
『まぁな』

 そこで待っていたのは、俺のギルドのマスターである、ガチ勢の廃人さんだった。ティラミスさんである。女性キャラクターを操作しているが、別にネカマというわけではない。ちなみにサブマスターは俺である。俺のギルドは、初心者支援ギルドだ。

『それで次のギルドイベントの相談なんだが――』
『またスクショ撮影でいいんじゃないか?』

 キーボードを表示させて、文字を入力していく。俺はその後、打ち合わせに没頭し――種田先生の存在を暫く忘れていた。気づいたのは、横から画面を覗き込まれた時の事である。至近距離で、先生の柔らかな髪が俺の頬に触れたのだ。

「わ!」
「随分と真剣な顔をしているから何をしているのか気になったんだけど……本当、何をしているの?」

 先生が俺をチラリと見た。俺はネタ装備を身につけているキャラクターと、先生の顔を交互に見る。現在の俺のキャラクターは、バニーガールのコスチューム中だ(男キャラである。ネタだ)。

「いや、あの、こ、これは、どんな装備でスクショを取るかという話し合いの最中で……」
「ふぅん」
「本当に、俺、別に女装趣味があるとかじゃないんで! ほ、ほら! ネタだから」
「そう。ところで、そろそろ夕食の時間になるけど、まだゲームを続けるの?」
「……そろそろ話し合いも終わるので、ログアウトします! 制限だけは止めてくれ!」

 このようにして、比較的よくある俺の一日は流れていった。