【4】告白と宅配




 すると折り返し、俺の電話にティラミスさんから連絡が入った。

『今日は、三本橋地区のタワマンで強盗役を頼む。住所を送る』

 表示されたメッセージを確認してから、俺は種田を見た。

「ここ、お前の家の住所か?」
「うん」
「何か悪いな……ええと、強盗ごっこも実際にした方が良いか?」
「大丈夫だよ。それよりお腹は減ってない?」

 種田はベッドから降りると、俺をちらりと見た。二日酔いというわけではないが、元々一日に一食をドカンと食べる事の多い俺としては、そんなに空腹ではない。

「俺は平気だ」
「……現実でも食が細いの?」
「いいや? 人並みだ」
「でもどちらかといえば痩せてるよね?」
「そうか? こんなもんだろう。男の一人暮らしで、点滴栄養じゃなけりゃ」
「本当に生きてるんだよね?」
「は?」
「……正直、死別があんなに辛いとは思ってもいなかったんだ」

 種田が急に、苦しそうな顔になった。瞳が虚ろだ。

「もう僕は後悔したくない。一昨日までの僕は、告白して失敗した時、その後二度と会えなくなる事が怖かったんだけどね、死別の方が辛いって気がついた。僕は馬鹿だった。失恋しても会えるけど、死んじゃったら、会えないんだよね」
「種田?」

 種田が何やら語りだした。医師という職業に没頭していたようだし、死生観についても何か感じ取ってしまった可能性はある。

「礼人さん、あのさ」
「ん?」
「ずっと好きだったんです。僕と付き合って下さい」
「え?」

 俺は何を言われたのか、上手く理解できなかった。現在この世界では、性別を問わない恋愛が主流であるが、過去、俺は男と付き合った事はない。が、それを言うなら、女の人とも付き合った事はない。……。

「本気で言ってるのか、種田」
「うん」
「ずっとって具体的にはいつだ? 具体例として挙げると、地球が何回くらい回った何時何分頃? 何年何月何日何曜日何時何分何秒から?」
「ごめん、気がついたら惹かれていたから、そこまで具体的には覚えてないんだけど……何かな、その問いは冗談だと思ってるか、冗談で流そうという試み?」
「だ、だって……種田、お前は種田だぞ? どうして俺を好きになってしまったんだ? 釣り合わないだろうが!」
「確かに礼人さんはちょっと高嶺の花だとは思うけど、そこまで言う?」
「逆だ! お前が見えないくらい突き抜けた崖の上に咲いてる!」

 種田とこのように雑談をするのは、考えてみると、ゲームの中を除けば、小学生以来である。一瞬だけ職種もかぶった事があるが、その時はあまり接点が無かったのだ。お互い、別の仕事を抱えていた。

「お互いに高嶺の花だと思っているんなら、僕達は釣り合うって事でいいんじゃないかな」
「そ、そうか? ま、まぁ、お付き合いというものは、釣り合う釣り合わないで決めるものではないから、釣り合っているからと言ってどうという事も無いけどな」
「それは遠隔的な断り文句?」
「う、うーん……正直、いきなり過ぎて信じられない」

 素直に俺が答えると、種田が嘆息した。

「信じてよ。それで、答えを下さい」
「……そ、そう言われても……――少なくとも即断出来ない程度の好意しか俺側にはない。だから、うん、ごめんな……」

 俺が告げると、種田が小さく二度頷いた。

「知ってるよ」
「……」
「ずっと見てたし」
「どこで? ゲームか? 俺だって、ゲームごとに違う性格で育成する場合もあるぞ?」
「どんなに忙しくても、週に一度は会いに行ってたと思うんだけど、僕」
「?」

 そんな記憶はない。俺は首を捻った。すると種田がテーブルの上にあったミネラルウォーターのペットボトルを手に取りながら、深く吐息し肩を落とした。

「ハートネットの違法行為を取り締まるという形でだったけど」
「確かにお前はまるで俺が仇敵か何かなのかと疑うレベルで、ピンポイントで俺の摘発に来てたな! 俺、嫌われてるんだと信じてたぞ!」
「他に礼人さんの視界に入る手段が、それこそゲームしかなかったからね……」
「普通に誘えよ! 俺の連絡先変わってないし!」
「誘っていいんだ? これからは誘う事にするよ」
「え……ええと、ま、まぁ、そうだな。たまに飯を食うくらいならな」
「たまに、か。頻度を上げる努力をさせてもらう」

 そう言うと種田が水を飲んだ。喉仏が上下するのを眺めていた俺は、それからふと思いついた。

「俺はともかく、種田は、朝ごはんは?」
「僕は食べるよ。礼人さんも一緒に食べよう?」
「だってお腹空いてないし……」
「健康に悪い――強盗を演じる代わりに、一食くらい付き合ってくれてもいいと思うんだけどな」
「あー……わ、分かった」

 そのまま押し切られたので、俺は種田と共にダイニングキッチンへと向かった。種田は宅配サービスのメニューを起動している。ちらりと覗き込んだ俺は、その履歴に残る高級料理店の名前の群れに、くらくらした。俺の稼ぎでは、とても一食に用いる額ではない。俺も過去に一時期、警邏官をしていて、その頃は多少は豪遊可能だったが、今は無理だ。

「何が食べたい?」
「あっさりしたものか肉」
「……肉はあっさりしてないと思うんだけど、あっさりした肉料理という事? それとも大雑把な二択?」
「大雑把な二択だ。あっさりかガッツリがいい」
「だからどっち? 多くの料理は、二分出来る気がするんだけど」
「つまりなんでもいいという事だな。種田に任せる」
「じゃあ適当に頼むよ」

 種田がメニューの操作を始めたので、俺は頷いておいた。
 それにしても、ソファの座り心地が本当に良い。俺はそれから、じっと種田を見た。種田は本気で俺の事が好きなのだろうか……? ちょっと予想外だった。思い当たる節は全くない。

「なぁ種田」
「何?」
「あ、あのさ……本当に俺の事が好きだとすると……その……」
「うん?」
「……ヤりたいとか、その……思うのか? その……あの……その……」

 思わず疑問が浮かぶがままに俺は聞いてしまった。すると種田は、メニュー操作を終えたようで端末をテーブルに置き、顔を上げた。

「体だけが欲しいわけじゃないから」
「……あ、あの……方向性として、今の所は、俺としては、体も心も譲渡予定は無いぞ?」
「今の所と聞いて安心したよ。これからは分からないよね?」
「そりゃあ、可能性は何事もゼロじゃないからな」
「うん。今日礼人さんが死んでしまう可能性もゼロじゃないしね」
「やめろよ、縁起でもない……お前、リアルライフオンラインを引きずりすぎだぞ? 俺、生きてるから! 元気だからな。会社の健康診断でも異常なしだったし」

 そんなやりとりをしていると、宅配ボックスが空中に出現し、一瞬光った後、テーブルの上に料理が展開された。

「……多くね? この量」
「残していいよ。礼人さんが気に入るものがあると良いんだけど」

 俺はテーブルに並ぶ様々な料理を見て、顔を引きつらせながら笑った。目算だが、一食につき、種田は二億円前後を使っている。インフレがすごいご時世とはいえ……俺ならその額で生涯の食費を賄う事も可能だ……。ちょっと生活水準が違いすぎるから、やはりお付き合いはしない方が良いだろう……。

「気に入って欲しくて頼んだだけだから、ひかれると焦る」
「え、あ、ご、ごめん! リアルにひいちゃってた!」
「結構顔に出るよね。これらを頼んだ理由は、単純に、純粋に、礼人さんの好みが知りたいから。どういうのが好きなの? これだけ頼んだらひとつくらいは好みに合わないかな?」
「俺貧乏舌だから、全然、普通のお惣菜のパックとかを美味に感じるタイプ! え、えっと、頂きます!」

 俺は慌てて手を合わせた。冷や汗がダラダラと浮かんでくる。しかし箸を用いて、バンバンジーを食べた結果、俺は目を見開いた。あんまりにも美味しすぎた。俺の語彙力……俺の語彙では美味しいとしか表現できないのだが、本当にそりゃあもう美味しかったのだ!

「種田……さん」
「何? 距離が空いた感じの呼び方になってるから気になるんだけど」
「俺毎日でも種田さんとゴハン食べたい! いつでも誘って! 割り勘は無理だけどな!」
「餌付けの予定は無かったんだけどな……ああ、もう。お酒は弱い、美味しいものにも弱い、そばにいると隙だらけ……大丈夫なの? 僕は先が思いやられる……」
「俺、種田さんについてく!」
「僕が欲しいのは信仰心じゃないからね? 分かってる? 種田でいいから。いいや――できたら、桐って呼んで欲しいかな」
「慣れないから無理。種田は種田!」
「とりあえず、それでいいよ。今は。押しに弱そうで譲らないところは、本当譲らないよね……難攻不落過ぎる……」

 そんな事を言われても困る。俺はその後、ニコニコしながらバンバンジーを、ほぼ一人で食べきった。他の料理も美味しそうであるが、俺の胃袋的には、かなり食べた方である。