【4】学級委員の選出




 それから歓迎会の間までは、俺の部屋で雑談をしながら過ごした。
 歓迎会は寮一階の大食堂で行われるとの事で、三人で移動し、適当な席を探した。ビュッフェ形式だったので、皿に料理を取りに立ち上がる。ここに来ると、殿下が囲まれ始めた。上級生達が、殿下に挨拶に訪れたのだ。俺は鶏のトマト煮込みを取りながら、それとなく輪から逸れる。先輩は同級生に声をかけられて談笑している。

「ん?」

 その時俺は、壁の端っこで、一人俯いている少年に気がついた。同じクラスの、ゲームには出てこなかった平民の一人である。ユードという名前だったと思う。恐らく貴族ばかりで、慣れないのだろう。

「ユード」

 俺は歩み寄って声をかけた。するとハッとしたようにユードが顔を上げた。痩身のユードは、長めの前髪を揺らすと、俺を見て、おどおどと唇を開閉した。

「これからよろしくな」
「は、はい……あ、あの、僕全然慣れなくて……そ、その……」
「俺も緊張しているんだ。まぁ、まったり頑張ろう」

 俺が微笑すると、ユードがホッとしたような顔になった。その後俺はユードと雑談しながら、歓迎会の夜を過ごした。

 さて――翌朝。
 本日から本格的に授業が始まる。即ち、毎日姫に会える。アニス姫の姿が見られる。そう考えるだけで俺の頬は緩みそうになった。必死で身支度を終えた俺は、早めに部屋を出て教室へと向かった。

 教室には、誰もいなかった。
 俺は窓辺に歩み寄り、植木鉢を見た。お水でもあげようか。そう考えて、水道へと向かう。そうしてお水をあげていると、クラスメイト達が集まり始めた。

「おはよう」

 最初に来ていたので、俺はみんなに挨拶をした。みんな挨拶を返してくれる。
 なんだか、このクラスならば、上手くやれそうだ。

 そんな事を考えた後――その後の俺は、クラスで模範生のような生徒になってしまった。クラスメイト全員と会話が可能で、ちょっと孤立気味のユードとも唯一親しく、遠巻きにされている殿下とも喋れる、なんというかコミュ強になってしまったのである。侯爵家出自の騎士というのも手伝ってなのか、ゲーム内でも屈指のイケメンだった事も手伝ってなのか――俺は非常にモテるようになった。女にも、男にも。姫に釣り合う人格者になりたいと思って、徹底的に紳士でいるよう心がけた結果だ。だが、俺はアニス姫一筋である。

 今の俺なら、アニス姫も、もっと俺を好きになってくれるに違いない。俺はアニス姫に相応しくなるのだ。そう決意を新たに本日も爽快な気分で、俺は教室へと向かう。

 本日も一番乗りで、お花に水をあげていた。
 すると暫くして、女子生徒に囲まれて、アニス姫がやってきた。

「おはよう、アニス姫」
「おはようございます、ロイル様」

 アニス姫は、今日も本当に可愛い。うっとりしてしまい、俺は微笑を浮かべた。すると姫を含めて周囲の女子生徒達が頬を染めた。イケメンって得だな……前世では決してなかった反応である。ゲームキャラを見てうっとりしていたら、妹には奇っ怪な顔をされた記憶しかない。俺はアニス姫が座る椅子を引いて、それとなく隣に立った。

「今日の昼食は、一緒にカフェで食べないか?」
「ええ……嬉しいです」

 俺の言葉にアニス姫が満面の笑みを浮かべた。最近の俺は距離を縮める事に熱心で、なるべくご飯等に姫を誘っている。クラスでも俺達は、既に公認カップル扱いだ。許婚であるし、構わないだろう。

 さて、本日の一時間目は話し合いの時間だった。

「そろそろ学級委員長を決める。好きな生徒に一票を投じるように」

 担任の先生はそう言うと、紙を配り始めた。好きな生徒? そんなものアニス姫しかいない。アニス姫なら人望もあるし、学級委員長にも向いているだろう――というか、ゲームでは、アニス姫が学級委員長だった。それもあってメインヒロインの友人役になるのである。平民出身のユミフェに、何かと気遣って声をかけてあげるのだ、本当優しい。俺は紙に大きく『アニス姫』と書いた。

 さて、先生の元に紙が集められて、集計が始まった。このクラスには、二十人の生徒がいる。結果は――アニス姫一票、俺十七票、カルエ二票。え。

「頑張れよ、ロイル」

 一票は俺がいれたものだろう。俺は俺以外のほぼ満場一致で学級委員長になってしまった。え? ゲームと違うんだけど。

「ロイル様なら最適です」

 アニス姫が俺を見て微笑んだ。胸が疼いた。姫にそう言われたらやるしかない!

「副委員長はカルエだな」

 担任の先生が続けた。カルエというのは、ゼルディア伯爵家の次男で、入学式で新入生代表を務めた秀才である。彼もまた攻略対象であり、こちらはゲームでも副委員長だった。折角なら、姫と揃ってやりたかったなぁ……。

「くだらない」

 カルエはそう吐き捨てると、海色の瞳を揺らして俺を見た。どこか斜めに構えていて、態度は若干不良っぽい所もあるが、彼は頭が非常に良い。宰相閣下の御子息だ。

「よろしくな」

 だが態度に反して悪い奴ではないと俺は判断しているので、笑顔を向けた。すると呆れたような顔でカルエが頷いた。

 そこからは俺が仕切る形で、ほかの学園での委員会の所属の決定が行われる事となった。カルエと共に教卓の前に立ちながら、保健委員やら図書委員やらを決めていく。一人一つ、委員会には所属する形らしい。学級委員と副委員長は、中央委員会という生徒会の下部組織に自動的に入る事に決まっているようだった。アニス姫は美化委員に入っていた。綺麗好きなんだなぁ。可愛い。

 さて、その日の昼食を迎えた。一階にある学生ラウンジの隣のカフェに、俺はアニス姫と共に向かった。姫の歩幅に合わせて、俺はゆっくりと歩く。すると姫が俺を見て、少しだけ苦笑した。

「ロイル様は本当にお優しくて、みんなの人気者で――みんなに優しくて……」
「そうか?」

 実際俺は、自分でも人気者のような気がしていた。人気者というか、コミュ強なのは間違いないだろう。ここがゲームの中だとどこかで思っているせいなのか、過去の俺よりものびのび生きている気がする。それにみんなに人気で優しい方が、姫だって鼻が高いはずだ――と、俺は信じたい。俺はとにかく姫に好かれたいのだ。下心ばっかりだ。

「私の事をすごく愛して下さっているのも分かります」
「ああ。俺はアニス姫が好きだからな」

 歩きながら、俺はさらりと述べた。するとどこか苦しそうにアニス姫が伏し目がちになった。

「……私も、ロイル様が好きです」
「有難う」
「ただ、たまに不安になるのです。ロイル様は私以外のみんなにも優しいものですから」「え?」
「――なんでもありません」

 そんなやりとりをしながら、食堂についた。俺は姫の言葉を上手く咀嚼出来ないままで、メニューを見る。確かに俺は姫以外にも優しいが、それは姫のためだと信じていた。俺の優しさは、姫を不安にさせていたのか? なんという事だ……。

「アニス姫、俺は――」
「私はエビクリームパスタに致します」
「……俺はバジルソース」
「私は、優しいロイル様が大好きですよ。お気になさらないで下さい」

 姫が気を取り直したように笑った。俺は、何とも言えない心境で、そのご注文を終えた。その日食べたパスタは、味がしなかった気がする。俺はもっと姫を大切にしなければならないだろう。