【2】美醜観念?



 とりあえず俺は、旅支度を整えて、隣国――メルヴァーレ帝国へと潜入した。キョロキョロと周囲を見渡して、俺は不思議な気持ちになった。自国だと皆、俺よりも背がずっと低いので、俺は一斉に視線を集める事が多いし、遠くまで見渡せる事が多い。



 しかしこの国では、俺の背丈は、平均的か少し低いようだった。目立つほどでは無いだろうが、肩幅や腰周りも、俺はどちらかというと細身に分類される気がする。腕力に差があるという事だろうと判断し、背筋を冷たいものが走った。



 また、違った意味で、視線がチラホラ飛んでくる。これは、これまでには未知の視線で、何故なのか顔面をチラ見されている気がしたのだ。最初は、見知らぬ旅人の顔を物珍しがっているのかと、俺は思った――が、時折恍惚としたような眼差しを向けられるので、俺は戸惑ってしまった……。この視線の意味は、何だ? 服装は帝国と交流がある商人から購入したから変じゃないと思うんだけどな……。



「うわぁ、美人」



 そこへ、不意に声がかかった。大きな声だったので振り返ると、一人の青年が俺に対して満面の笑みを浮かべて手を振っていた。そしてその傍らにいる――帝国の宮廷魔術師の正装であるローブをまとった青年に、頭を叩かれていた。



「?」



 俺が首を傾げていると、二人が俺へと歩み寄ってきた。



「お兄さん、どこの貴族? 貴族だったら、こんな美人がいたら僕が知らないはずはないけれど、初めて見るなぁ」

「――ギース殿下、彼が困惑しているだろう。申し訳ないな、友人が迷惑をかけて」

「けどさぁ、ルイド? ここまで綺麗なお兄さん、あんまりいないだろう?」

「……だ、だから、困惑させては失礼だろう」



 俺はといえば、ルイドと呼ばれた宮廷魔術師を思わずじっと見てしまった。なにせ、俺の目的は、弟を誘拐した宮廷魔術師の捜索だ。つまり眼前にいる人物は敵の同僚である可能性が高いし、宮廷全部による画策だったならば、彼もまた敵だ。



 ルイドという人物は、黒い艶やかな髪に、紫色の瞳をしている。背丈は俺と同じくらいで、俺よりも華奢だ。顔面の造形は――……俺の国でも、美しいと評される事は疑えない。身長以外は、全て俺の国の美的基準でも、完璧な造形だった。まずい、麗しすぎて思わず値踏みしてしまった。思考がずれた。



 続いて俺は、『殿下』と呼ばれていた、ギースというらしき人物を見る。こちらは俺から見ると、巨人だった。思わず見上げた。俺より頭一個分は背が高いし、俺が二人入りそうなほどの肩幅をしている。なるほど……これは、なんか、すごい。金髪碧眼のギース殿下は、俺を見て今もなお笑っている。



「ルイド、安心しろ。僕には、お前だけだから」

「戯言はやめてくれ、殿下」

「――ルイド、こちらのお兄さんみたいな美人が好みなのか? 美人同士? えー?」



 繰り返された『美人』という語に、俺はハッとした。俺の国と帝国では、美的観念が違うとは聞いていたが、別に醜いとされるわけではないのかもしれない。もしかすると、自国とは異なり、俺はこちらでは、見目麗しいのかもしれない……! 俺、みんなとは違うけど、鏡を見る度に、結構俺って格好良いって思っていたから、帝国の方が、価値観合うんじゃないか、これ……?



「それで? お兄さんは、ここで何を?」



 ギース殿下に尋ねられた。そこで俺は思考を引き戻し、表情も引き締める。



「――このメルヴァーレ帝国では、現在魔物討伐のために、冒険者を募集していると耳にした。俺は、腕試しも兼ねて、宮廷で募集しているというその部隊に、志願しに来た、流れの冒険者だ」



 用意してきた理由を俺は述べた。何度も暗唱してきたので、すらすらと口をついて嘘が出てくれた。俺、顔に出やすいから、焦りかけたけどな。



 するとギース殿下は虚をつかれた顔をし、ルイドは息を呑んだ。



「そんなに華奢なのに? ルイドなみに細いのに……」

「――その細さで、冒険者が務まっていたのか? とすると、魔術師か?」



 やはり帝国基準だと、俺は細いらしい。少し困ったので、俺は苦笑して誤魔化しながら続ける事にした。



「剣士だ」



 実際、騎士を務めてきて、腰に剣を携えて立っている人生だったのだから、嘘ではない。何かをぶった切った経験はゼロだが、素振りは頑張ってきた。



「「……」」



 二人が沈黙した。そして何故なのか、俺を見て頬を僅かに染めた。

 ――?

 剣士には見えなかったのだろうかと不安に思い、俺は苦笑をさらに深くした。すると今度は、二人が本格的に赤面してしまった。



「あ、あ、案内する、するから! 僕の育った城で募集しているし!」

「そ、そうか、剣士か。俺は魔術師であるから、前衛が増えるのは心強い」



 二人は口々にそう言うと、俺を宮廷へと連れて行ってくれる事になった。

 どうやって侵入したら良いのか悩んでいたので、流れはよく理解出来なかったが、心底ホッとした。



 到着すると、面接があった。しかし面接官は俺を見て、真っ赤になり、口をポカンと開けているだけで、特に俺の個人情報について質問する事は無かった。



 ……?

 メルヴァーレ帝国の防御、柔らかすぎないか? もしかして、何か、罠?