【7】「く、ッ……殺せ!」



 本日の俺は、皇族の皆様に近づいてみる事に決めた。まずは顔を知っているギース殿下を狙う。時間停止の能力で俺は、部屋に忍び込んだ。すると停止している状態の殿下と――ルイドの姿が目に入った。



 ……抱き合っている。正確には、ギース殿下がルイドを抱きしめている。



 イラっとした。しながらも、身を隠して、能力を解く。



「愛しいルイド。無事の帰還、何よりだ!」

「殿下、戯言は結構だ」

「つれないなぁ」

「愛をお返しできませんので」

「――最近、ナジェスと仲が良いという噂は本当か? 僕、辛いんだけど」

「……」



 俺の名前が出た。しかしルイドは何も言わない。無反応、無表情。

 ちょっとくらい、動揺しろよ! 二人きりの部屋では、あんなに意識し合ってたじゃないか! そもそも、殿下の腕を早く振りほどけ! お前は誰のものなんだよ!



 と、俺はなぜなのか内心でイライライライライラしてしまった。ルイドが俺を好きなはずなのであり、俺は最近ちょっと好きだと思い始めただけのはずなのだが、イライライライライラしてしまう。とにかくイライライライライラした。無性に苛立った。俺を好きなくせに、他のやつの腕に収まるってどういう神経をしているんだ……!



 とりあえず、この部屋には、弟はいないようだ。では、どこにいるのだろうか?

 悩んだ末、俺は王宮の奥にひっそりと存在している、塔に目をつけた。

 毎日、料理が運び込まれている場所を調べていき、たどり着いたのである。



 次の休日を、俺は待った。



 余念なく通路を調べ上げて、夜になってから、俺は塔へと向かった。一階の木製の扉を開けると、思いのほか大きな音がしたから焦ったが、人気はなく、長い螺旋階段が見えるばかりだ。どうやら食事は、この一番上の部屋に運ばれているらしい。使用人の出入りの時間と、階段を目算した結果として……。



 俺は唾液を嚥下してから、階段を暫く登った。二階、無人。三階、無人。四階、無人……だが、どうやら霊安室らしく遺体だらけ……。五階、無人。



「本当にいるんだろうか……無事でいてくれよ……」



 呟きながら、六階へと向かおうとした時の事だった。



「っ」



 後頭部に衝撃を受け――俺の意識は暗転した。





「ん……」



 次に目を覚ますと、周囲が光に溢れていた。手を動かそうとした時、ギシと鎖が高い音を立てたので――そこで初めて、俺は自分が拘束されている事に気がついた。両手首には手錠がつけられていて、首輪と足かせもある。息を飲んで俺は目を見開く。



「気がついたか」



 すると正面には、非常に冷たい顔をしたルイドが立っていた。宮廷魔術師の正装姿で、腰には長い杖、右手には珍しく細長い剣を持っている。その鋒を俺へとルイドが向けた。



「何が目的で、部外者立ち入り禁止の、この塔へと入った?」

「……」

「愚問だったな。その顔立ち、考えてみれば、トールバール王国の出自であるのは明白だ。かの国の人間は、この塔で幽閉しているエール殿下も含めて、皆麗しいからな」

「……? 醜いんじゃないのか?」

「王国の人間は、帝国の人間を醜いとするようだが――帝国人は、王国の人間に対して、そういった人種的な差別はしない。寧ろきちんと大陸における保護条例に則り、干渉もしていないだろう。守られるべき小さなものが住むという、姫騎士の国には」



 それを聞いて、俺は思わず、ルイドを睨めつけた。



「干渉をしているだろう。エールを帰せ! 誘拐しただろうが!」

「――敬称を付けずに呼ぶのか」

「へ?」

「お前自身もどうやら、高貴なお立場のようだな?」



 俺は迂闊な己の口を呪った。それでも悔しいので、ルイドを睨むのはやめない。



「歴代の王族からは、姫騎士の任につく者がいるというからな」

「……――俺はエールの兄だ。トールバール王国第二王子のナジェス=トールバールだ。だからなんだ! そんなことより、エールは無事なんだろうな!?」

「自分が、今どういう状況なのか、理解しているのか?」

「え?」



 冷たいルイドの声を聞き、より近づいてきた剣の先を見て――俺は唾液を飲み込んだ。そうだ、俺もまた、捕まっているようだ。し、しかし、だ。これまで意識し合ってきた仲であるし――ルイドは、俺の事が好きなんだよな?



 その時だった。ルイドの剣が、俺の服を切り裂いた。



「これまで、俺を騙していたのか? 楽しかったか?」

「な、ち、違……」

「どう違うんだ?」

「楽しくなんて……え? お、おい?」



 俺は一気に心細くなった。するとグイとルイドが俺に顔を近づけた。



「ナジェス。この城は、お前を汚したがっている人間で溢れかえっている。それは理解しているな?」

「え」

「――姫騎士は、伝承によると、綺麗な体でないとなれないらしいが」



 確かにそれは事実だ。よって、俺は童貞だ。だからこそ――ルイドの事を意識しっぱなしのあの期間だって手を出さなかったし、押し倒してしまいそうになった一回も回避したのだ。



 ……姫騎士には、加護がつくという。なお、一発でもヤってしまったら、俺からは加護が消えるらしい。加護を実感をした事はないが。あるいは、スライム達を簡単に倒せるのが、加護の結果だったのかもしれない……あれは、あの弱さは、他には理由が思いつかない。



 俺はここに来て漸くルイドの言葉を理解した。このままだと、陵辱される可能性がある。エールを助ける以前に、俺は自分を助けなければならない状態らしい。しかし、鎖のせいで、動けない……。け、けど、ルイドは俺の事が好きなんだよな? 酷い事、しないよな? こいつ、冷たいけど、本当は優しそうだし……大丈夫だよな?



 そう思いつつ、混乱のあまり、俺は叫んだ。



「く、ッ……殺せ!」