【24】心配心




 それから数日間は、俺は体を休めた。じっくりと睡眠をとり、ゆっくりと食事をし――そうして体調は万全となり、目の下のクマも消えた。

「いってくるからな」

 俺はこの日、ハルレさんの腕の中にいるイゼルの額に口づけてから、久方ぶりに家を出て、裏門へと向かった。今日から冒険者としての活動を再開する予定である。

 冒険者ギルドへと行くと、ディアスさんが俺を出迎えてくれた。

「久しぶりだなぁ! 元気にしていたか?」
「は、はい!」
「それで魔法薬は無事に完成したのか?」
「あ、はい! おかげさまで――その節はお世話になりました」
「気にすんな。いやぁ、Sランク用の依頼も溜まってるし、来てくれて良かった」

 ディアスさんはそう言うとカウンターの方を見た。するとガゼルが顔を上げた。そしてこちらも笑顔で俺に依頼書の束を見せてくれた。

 受け取った束を片手に、俺は近くの椅子に座る事にした。ペラペラと紙を捲りながら、依頼書の内容を確認していく。日常が戻ってきたという不思議な感覚がした。だが、日常という言葉が正確なのかは分からない。俺にとってはイゼルとユフェルとの暮らしも既に日常だと言える。今も依頼内容と平行して、頭の中にはイゼルの姿が過ぎる。

 ……今頃、泣いていたりしないだろうか?

「……」

 一気に不安になってきてしまった。しかし父親としてこれではいけないだろう。俺はバリバリと働く格好良い父親になりたいのだ。

「……」

 と、同時に、世話をしたいようにも感じている。
 こう考えて行くと、俺の世話をしながら畑仕事(モンスター討伐)をしていた祖父を、本当に尊敬してしまう。

 ダメだ、心ここにあらずになってしまう。
 俺は嘆息してから、依頼書をまとめ直した。

「今日は引き受けていかないのか?」

 カウンターに向かうと、ディアスさんに声をかけられた。俺は苦笑する。

「明日また来ます」
「そうか。いつでも来てくれ」

 こうして俺はディアスさんとガゼルに見送られて、冒険者ギルドを後にした。チラチラと舞い落ちてくる雪の中を進む内、気が付くと俺は早足になっていた。裏門が視界に入る頃には、イゼルの事ばかり考えていた。

「おかえりなさいませ」

 俺が戻ると、アーティさんが声をかけてくれた。まだお弁当さえ食べていない時間である……。しかしイゼルの事が気になって仕方が無いのだ。

「ただいま。イゼルは?」
「ユフェル殿下が抱っこしておられます」
「――へ?」

 返ってきた声に、驚いて俺は目を丸くした。すると俺を居室に先導しながら、アーティさんが嘆息した。

「イゼル様が心配だと、仕事を急でないものは切り上げて、お戻りになられました」
「ユフェルが?」

 びっくりしていると、アーティさんが頷き、扉を開けた。中を覗き込むと、ユフェルは膝にイゼルを抱いて、書類を眺めていた。

「カルネ、早かったな」
「ユフェルこそ、仕事は良いのか?」
「監視結界の展開は、宮廷魔術師が元々俺から代わる予定であったから、それを少しはやめてもらって、俺がいる内に実務として取り扱う事になったんだ。よって俺の仕事は公務と書類仕事が主になってな。書類は、家でも片付けられる」

 それを聞きながら歩み寄り、俺はイゼルの頭を撫でた。そしてイゼルを抱き上げると、ユフェルが俺を見て両頬を持ち上げた。

「何より、イゼルの事を想うと仕事が手につかなくてな」
「俺もなんだ……ずっとイゼルの事ばかり考えちゃうんだ」
「俺はカルネの事も考えていたぞ?」
「――ユフェルの事も何度かは、多分考えた」
「俺も進歩したな」

 冗談めかしてユフェルが笑う。俺はイゼルを抱きしめながら、照れくさくなって視線を逸らした。

 その後、ハルレさんが入ってきて、こちらを見た。ミルクを上げるというので、俺は寂しかったがイゼルを預ける。俺がミルクをあげようかと悩んだが、吹き出された。ハルレさんから見ると、俺とユフェルは心配性すぎるらしい。

 ハルレさんがイゼルを連れて出て行くと、居室には、俺とユフェルの二人きりになった。万年筆を手に取り、くるりと回したユフェルは、俺をまじまじと見ている。

「昼食はとったか?」
「まだだ。お弁当をもって帰ってきちゃったんだ」
「カルネがイゼルを気にかけてくれて、俺は嬉しいぞ」
「俺の子供だからな」
「俺達の子供だ――では、一緒に食べるとするか」

 そう言うと万年筆を置いて、ユフェルが立ち上がった。俺はお弁当の入った鞄を見る。折角作ってもらったのに、無駄にするのは申し訳ない。

「俺はお弁当を食べるよ」
「ダイニングに行こう」

 頷いて、俺はユフェルと共に居室を出た。一緒に廊下を歩いていると、ユフェルが俺の腰に手で触れた。

「今日はゆっくり休めるのか?」
「自主的に俺は決められる。ユフェルこそ、本当に大丈夫なのか?」
「ああ。どのみち、この国から俺はいなくなるからな。職務の移行も早い方が良い」
「そうか」
「――そう言う意味合いではなくて、俺はカルネとゆっくり過ごしたいと伝えたつもりだ」

 それを聞いて、俺は首を傾げた。ハルレさんも来たし、ここの所、ユフェルは俺をゆっくりと休ませてくれている。

「最近ゆっくりしてると思うけどな?」
「言い方を変えると、一緒に寝たい」
「!」

 俺はようやく意味を悟り――顔から火が出そうになった。