【28】隣
新年期間も過ぎて行き、王都の表情は通常のものに戻ってきた。そろそろ、冒険者としての活動を再開しようかなと考えていたそんなある日、ユフェルが俺に言った。
「陛下が、イゼルに会いたいそうなんだ」
「国王陛下が……」
「王妃様からも請われていてな。その際、ゆっくりカルネとも話がしたいらしい。時間を作ってもらえないか?」
「う、うん……」
緊張しながらも、俺は同意した。
そうして――三日後。俺はイゼルを抱っこして、王城に、ユフェルと共に向かった。今回は謁見の間ではなく、迎賓館の二階の応接室へと案内された。扉の前で、ユフェルが俺の背中に触れた。緊張しながら中に入ると、そこには、国王陛下と王妃様の姿があった。
「よく来てくれたな。次は晩餐でと約束をしたというのに、遅くなってしまった」
国王陛下は立ち上がり、俺達を椅子に促しながらそう言った。雰囲気が本当にユフェルによく似ている。王妃様は座ったままで、扇で口元を隠すようにしているが、瞳で微笑しているのが分かった。
「イゼルと名付けたそうだな? 良い名前だ」
「有難うございます」
俺が必死で言葉を絞り出すと、隣に座りながらユフェルが苦笑した。国王陛下がそんな俺を見て言う。
「そう固くなるな」
「陛下。俺であっても固くはなります。カルネに無理強いしないで下さい」
「いつまでたっても心開かぬ子だな。私は子育てに失敗したのであろうか、王妃、どう思う?」
「陛下は子育てには向いていないと思っています。ユフェルはその点どうなのでしょうか?」
「手厳しいな」
「私は、カルネさんに伺っているのよ?」
王妃様が悠然と微笑みながら、俺を見た。緊張していた俺は、慌てて述べた。
「ユフェルは、すごく面倒を見てくれます! ユフェルの子供で、イゼルは幸せだと思います!」
すると三人が一度息を呑んでから、それぞれ破顔した。
「それは何よりだ。我が息子が褒められて、私は嬉しいぞ」
「さすがは私達の子ですね」
「ああ。紛れもなくユフェルは私の子だ」
「カルネにそう思ってもらえていたとは……嬉しいな」
ユフェルが俺の腕の中のイゼルの髪を撫でた。
「イゼルもそう思ってくれていると良いのだが」
「パパー!」
イゼルが俺の腕から抜けて、ユフェルの膝にダイブした。ユフェルが慌てたように受け止めている。
「帝国からも、後継者の顔が見たいと連日、書(フミ)が届く」
その様子を優しい顔で見ながら、国王陛下が言った。その声に、俺は目を丸くした。
「しかし私としては、ユフェルも、カルネ君も、その子も、どこにもやりたくはない」
「魔王様も悪いお方では無いのですが」
「王妃。嫉妬するぞ」
「申し訳ございません」
国王陛下と王妃様のやりとりに、俺は何度か大きく瞬きをした。それからユフェルの様子を伺うと、ユフェルはイゼルを抱きしめながら、視線を落としていた。
「――帝国と和平関係を構築する事は、この国にとっても急務だと存じます」
「ユフェルは決めたら、譲らぬからな」
国王陛下が苦笑した。すると王妃様が俺を見た。
「カルネさんもそれで良いのかしら?」
「俺は……ええと……」
魔族の国に行ったら、冒険者としての活動は、やはり出来なくなるのだろう。だが、今となってはイゼルや何よりユフェルとも離れられる気がしない。嘗てのように、一人でこちらに残るという選択肢があるようには思えないのだ。
「……ユフェルの隣にいようと思います」
俺が小さな声で答えると、ユフェルが驚いたような顔をした。それから優しい笑顔を浮かべた。国王陛下と王妃様は、微笑しながら俺に向かって静かに頷いただけだった。
その後三人で、俺達は帰宅した。
ハルレさんにイゼルを抱き渡していると、ユフェルがそっと俺の腕に触れた。
「カルネ、少し良いか?」
「ん? ああ」
頷いた俺は、促されて、ユフェルの自室へとついていった。アーティさんがお茶を用意してくれて、下がってから、ユフェルは俺をまじまじと見た。俺はテーブルを挟んで正面の席で首を傾げる。
「改まって、どうしたんだ?」
「来月、帝国に渡航しようかと考えているんだ」
「来月……」
「一緒に来て欲しい。もう置いていくなんて考えられないんだ」
真剣な顔に変わったユフェルを見て、俺は唾液を静かに飲み込んだ。
「行ったら、もう戻ってこられないのか?」
「恐らくは、戻れない。あちらがこの機会を逃すとは思えないからな」
「そっか……」
「先程、隣にいると言われて、心から嬉しかった。俺も必ずカルネの隣にいると誓う。絶対に守る。だから共に来てくれないか?」
それを聞いて、俺は思わず苦笑した。
「俺は守られるほど弱くないから大丈夫だ」
「カルネ……」
「俺は、俺がユフェルのそばにいたいから、ついていきたいだけだ。幸せを自分で掴むために」
俺の言葉を聞くと、ユフェルが長めに瞬きをした。それから双眸を開けると、小さく首を傾けて、優しい表情で笑った。
こうしてこの日、俺達は、フェルディアナ帝国へ行く事に決めた。