管理癖の闇は永久に甘く





 俺の母が再婚したのは、昨年の事だった。

 ありふれた夫婦間の不仲で、実父の|渡会陽介《わたらいようすけ》と離婚後、|高瀬《たかせ》性に戻った母は女手一つで俺を育ててくれた。

 多分、俺には分からないような、大変な事も沢山あったと思う。

 別段シングルマザーの家庭は現在では珍しくも無く、保育士をしている母の|聡子《さとこ》と二人で暮らしてきた俺だが、もうすぐ大学生になる。

 高三だった昨年、その母が再婚を果たしたからだ。

「本当は、|永良《ながら》の事を考えて、もう再婚とかはしないようにしようと思っていたんだけれどね。プロポーズ、受けちゃったの」

 頬を染めて語った母を見て、俺は笑顔を浮かべた。俺は母によく似た顔をしていると言われるのだが、その母が命名してくれたという『|永久《とわ》に、良い日々を』からつけたという己の名前も気に入っている。

 俺は二人で暮らしてきたのが幸せだった。母には身寄りがなくて、俺達には親戚もいない。だからこそ、本当に色々、大変な事もあったはずだが、いつも明るく笑う母は、俺にその辛さを感じさせる事は無かった。いつも「永良がいてくれて幸せ」と話していた。

 けれど、母にはもっともっと、幸せになってもらいたい。
 母には、幸せになる権利が当然ある。

 いつも俺を優先し、俺の事を考えてくれるのは嬉しいが、俺は母の足枷にはなりたくなかった。だからこそ、俺は母に訪れた新たなる幸福を、祝福すると決めた。

 新しく俺の父となる人物は、母とは逆で、男手一つで息子を育ててきたと聞いていた。|宗谷博則《そうやひろのり》というらしい。お相手の宗谷さんの息子は俺の兄となる人物で、とっくに成人済との話で――俺でも聞いた事のある有名な企業に勤めているらしかった。

 四人での初の顔合わせにおいて、俺は義父の博則さんと義兄の拓斗さんを緊張しながら待っていた記憶がある。母の隣で、チョイスされた料亭の空気に、若干気圧されていた記憶の方が根強いが。

 別段貧しい生活を送ってきたわけでもなく、平均的に季節ごとのイベントや誕生日を祝ってもらって育ってきた俺だけど、いかにもな高級料亭に足を運んだのはこれが人生で初めてだったから、当初は格差が気になった。慣れない正座を必死で頑張っていた覚えがある。お品書きにも、値が張りそうな料理の名前が並んでいた。

 俺はその当時、奨学金を貰いながら高校に通っていたので、奨学生のバイトは禁止という校則もあり、働いた事はまだ無かった。ただ高卒後に就職したら、初任給で母にご馳走したいな、だなんて思っていたから、先を越された気持ちでもあった。

 俺はマザコンというわけではないが、養父となる博則さんという人物がきちんと母を幸せにしてくれる事を祈りつつ、顔合わせのその時を待った。

 それから少しして、先方の二人が入ってきた。

 今後養父となる博則さんは外資系の投資会社で若くして代表取締役を務める人物で、連れられて入ってきた義兄となる拓斗さんは、同じ会社の日本支店の社員との事だった。既に昇進して、日本支店の取締役になる事も決まっているそうだった。

 初めて視線を向けた瞬間……あっ――って、俺は思った。
 二人とも、気配が違ったからだ。

 艶やかな髪も、二人ともよく似ている切れ長の瞳も、何よりその整った顔立ちも、腕時計をはじめとした小物類にいたるまでも、何もかもが洗練されていて、そこには圧倒的な美があった。普通に生きていたら、交わる事の無い人種、そんな印象を抱かせる二人の姿に、俺は今度は別の意味合いで戸惑った。

 どちらかと言えばアットホームな母と俺。
 平々凡々を描いたような俺達の家族とは交わらないようにしか見えない二人。
 そんな自分達が家族になる事、それは当初、現実感を俺には抱かせなかった。

「初めまして、永良くん」

 しかし穏やかに話し始めた再婚相手の声は穏やかだった。何より、博則さんが母を見る目は優しかった。

 他方、隣に座した義兄となる拓斗さんは、じっと俺を見てから、笑うでもなく怒るでもなく、氷のように冷ややかな眼差しのまま、沈黙していた。その端正だが冷たい眼差しからは、感情が何も見えなかった。

 専ら母達が話している中で、時折水を向けられれば俺は愛想笑いで会話に交じった。
 だが拓斗さんは、ほとんど言葉を挟む事も無い。

 かといって、感じが悪いわけでもなく、母達の出会いの話になれば、「映画館で隣の席になって、外に出て感想を語り合ったのがきっかけだったなんて、運命的だな。しかも話した結果、十五年前のご近所さんとはな」と耳触りの良い声を放っていた。

 なんでも、博則さんと母は、アクション映画を見に行った先で出会い、その後二人でカフェで感想を語り合ううちに意気投合したらしい。色々話した結果、母が離婚前に暮らしていた土地で、当時博則さんは働いていたとの事だった。



 ――そんな顔合わせが、昨年の記憶である。

 会食の二日後には、母は婚姻届けを役所に提出し、俺達家族は再婚相手の宗谷さん宅へと引越しをする事になった。こうして俺は、|高瀬永良《たかせながら》から、|宗谷永良《そうやながら》に名前が変わった。

 宗谷さんのお宅は一軒家で、部屋数は有り余っているという話だった。

 本宅との事で、博則さんはいくつかの家を所有しているという事も聞いた。嘗て住んでいた場所は、その別宅の一つだったらしい。

 やはり生活水準が俺達とは全然違った……。

 また、俺は大学進学を勧められた。元々働く気でいた俺だけど、特になりたい職業があったわけではない。母の助けになりたかっただけだ。そんな話をしていたら、今後は金銭的な面で不安を感じる事は無いから、『なりたいものを見つける為』にも、進学してはどうかと養父となった博則さんに言われた結果である。

 確かに一理あるかもしれないと考えて、俺はその年、滑り込みで大学受験をした。

 高校の先生も応援してくれて、最後の追い込みの結果、宗谷さん宅の近隣の大学に合格した。奨学金を貰うために、俺はそれなりに勉強を頑張ってきた方である。

 それが春前の事であり、俺は新しい名前で、学生生活を開始するに至ったという流れだ。新しい環境においては、周囲には俺の苗字が変わった事を知る者がほとんどいない。俺の高校は、どちらかというと就職や専門学校に進学する生徒が多かったので、大学に入学したのは、その年俺を含めて三人だけであり、他二名は別の土地に旅立った。

 本当は、独り立ちしても良かったのだけれど、家賃の都合や――何より、母が仕事を辞し、博則さんの転勤に伴い、仕事で海外に行くと決定していた点などから、俺は宗谷家で拓斗さんと二人で暮らす事に決まった。本格的な赴任は五月の頭だと聞いている。

 一人暮らしは心配だと母が言った事や、かといって海外赴任についていって新婚生活を邪魔するのもどうかと思った次第でもある。この仕事の都合もあって、二人は結婚を急いでいたという話も聞いた。その為、家族四人での生活は、取り急ぎ四月いっぱいだなぁと話していて、それが寂しいと博則さんや母は苦笑していた。

 ちなみに拓斗さんはあまり家には帰ってこなかった。仕事が忙しいのだろうと感じつつ、俺はまだ馴染めていない二十七歳の義兄に対し、どこか緊張もしていたように思う。

 本日は、大学から与えられたオリエンテーション時に提出する課題をこなしながら、この頃の俺はまだ、自堕落に暮らしていた。小腹がすけば、ポテトチップスを味わったし、夜更かしをする事もあった。どこにでもいる大学入学前の学生という感じだろう。



 このようにして訪れた、春。

 オリエンテーションを無事に終えた俺は、空を見上げてから、歩みを再開した。

 アルバイトを探すべく、早速出来た友人達と学食で生姜焼き定食を食べた後、そのまま席に残ってスマホで求人サイトを見ていた。つい先日新調したこのスマートフォンは、家族割引があるらしく、宗谷家で提案されて受け取った品だ。GPS機能などが最新式らしい。格安スマホを使っていた俺には、とても面白い機能が豊富だった。

 ちなみに生姜焼きの付け合わせのキャベツの千切りは、残した。俺は肉が好きだが、野菜は嫌いだ。特に人参が大嫌いで、この大学では生姜焼きに、キャベツと一緒に人参の千切りも彩りのために入っていると早速学んだ。俺は今後も残し続けると決意している。

 両親の海外赴任はゴールデンウイークからだと聞いていたので、出来ればその前にはバイトを決めて、遅くはあるがささやかな結婚祝いも渡したい――そう考えながら帰宅すると、まだ午後三時だというのに、珍しく拓斗さんの姿がリビングにあった。本日、博則さんと母は不在だ。二人が昨夜、荷造りしていた姿を、ぼんやりと俺は思い浮かべた。

「あ……おかえりなさい。拓斗|義兄《にい》さん」

 俺が声をかけると、拓斗さんが眼を細くして、どこか蔑むような視線を俺に向けた。俺は笑顔を心掛けているが、義兄はいつも寡黙であるし、俺に対して冷ややかな顔をしている。

「ああ」
「そ、その……今日は早かったんだな」
「無理に|義兄《あに》と呼ぶ必要はない。今日は、少し『趣味』の成果を確認したくな」
「趣味?」

 聞き返した俺に対し、顎で頷いた拓斗さんを見ていた時、不意に家電が鳴り響いた。珍しいなと思いながらリビングの親機を見ていると、拓斗さんが静かにそちらへ歩み寄った。そして電話に出る。

「――そうですか。すぐに向かいます」

 淡々と応答している拓斗さんを見ながら、俺はキッチンへと向かい、冷蔵庫から取り出した牛乳を、グラスに注いだ。それを一気に飲み干す。俺は牛乳が好きだ。温かいものも冷たいものも。なお、ジュースであっても野菜は嫌いだ。

「永良」

 その時、珍しい事に、拓斗さんの側から俺に声をかけてきた。視線を向けると、拓斗さんが俺に言った。

「父さんと聡子さんが、事故に遭ったらしい」
「っ、え?」

 今朝から二人は、新婚旅行と称して、車で温泉に旅立っていたはずだ。

 暫く国内から離れるからと、行先は有名な温泉と決めたそうで、二人は博則さんが運転する車で今朝出発した。俺はオリエンテーションと日程がかぶっていたので、早く家を出たので、見送る事は出来なかったが。

「現地の病院で、たった今、二人とも息を引き取ったそうだ」
「な」

 愕然として、俺は目を見開いた。



 ――それからの事はあまりよく覚えていない。

 俺は拓斗さんに連れられて現地に向かい、霊安室で二人の遺体と対面し、車に不具合があったらしいと聴いたようにも思うが、そのまま近隣の火葬場に向かって……骨壺を持って戻ってきてからは、家族葬をし、と、怒涛の数日を過ごした。

 現実を上手く把握出来なくて、ただずっと、拓斗さんの隣に立っていた事をおぼろげに思い出す事しか出来なかった。

 色々な事柄が落ち着いたのは、本来ならば俺がプレゼントを用意していただろう頃合い、それこそゴールデンウイークの手前頃だった。次第に、俺は喪失を受け入れつつあり、同時に一つ決意した事もあった。

「あの、拓斗さん」
「なんだ?」

 冷淡な声音で、義兄が俺を見た。仕事を在宅での処理に切り替えたそうで、拓斗さんは現在、常に家にいる。それは大学を休んでいた俺も同様だが――このまま、迷惑をかける訳にはいかないだろうというのが、俺の考えだった。

「俺、出ていこうと思います」
「どうして?」
「だって……俺、たまたま再婚したからこの家に一緒に住まわせてもらってるだけで、その母さんがいない今……邪魔だろ?」

 一人になるというのは心細かったが、仕方がない。率直に俺は尋ねた。元々拓斗さんと俺が、親しい仲であるとは言えないというのも大きい。だが小さく息を飲んだ拓斗さんは、それから立ち上がり、俺の隣にやってきた。俺は座ったままで、義兄を見上げる。

「邪魔なはずがないだろう。俺達は、今となっては、たった二人の家族なんだ」
「っ、でも」
「永良は何も気にしなくて良い」
「拓斗さん……」
「ただこういう状況であるし、俺は幸い家でも出来る仕事であるから、今後は特に家事の一切は俺がする。不満があっても合わせて欲しい」
「俺も手伝うよ」
「そうか」

 元々口数の少ない義兄はそう述べただけだったが、ゆっくりと瞬きをした端正な顔立ちを見て、俺は拓斗さんの優しさに触れた気がした。冷たく感じる外見と声音をしているだけで、心はすごく温かい人なんだと、俺は義兄について考え直した。そばにいてもらえる事が、有難かった。



 こうして、俺達二人の生活が始まった。血は繋がっていないが、俺は拓斗さんを大切な兄だと思う事に決めた。母達に出来なかった分、拓斗さんに恩返しをしたいだなんて、どこかで思っていた。

 だが――。

「バイトは禁止?」

 ある日、履歴書を書いていた俺に、拓斗さんが言った。

「ああ。必要なものがあればこちらで購入するし、今後の生活を考えても金銭管理は重要だ」
「え、でも……だからこそ、俺も働いた方が良いんじゃ……?」
「ダメだ。学業にも支障が出る」

 目を眇め、普段よりも冷たい声音で通告されて、俺は戸惑いつつもひきつった顔で笑った。実際、宗谷家は資産家でもあるし、俺ごときのバイト代で何かが変わるわけではないというのも分かる。

「ただスマホ代とか……」
「こちらで支払う。そもそも名義も俺のものに変えてある」
「……昼食代とか」
「弁当を渡しているだろう」
「た、たまには、お菓子とか……ポテチとか……」
「健康に悪い」
「……服とか」
「俺が買っておく。そもそもの話だが、宗谷の家では、学業に集中する期間はそちらに専念するようにという教えがあった。父さんも、そして|義母《かあ》さんも、折角の大学生活を、永良が謳歌してくれる事を望むはずだ」

 無表情で拓斗さんが言う。俺は何も返答が見つからない。お世話になっている身でもあるし、義兄に嫌われたくないという想いもあったから、言い訳を封じられたままで、この日俺は頷いた。

 端緒は、この金銭管理だったのだと思う。

 しかし今後の生活を考えたならば、ある種現在の家の主である拓斗さんに、従う事は別段嫌では無かった。

 それに、両親の望みという言葉や、『宗谷の家』という声に、俺はここの家族として認められたいという想いもあったから、バイトをしたいというのは、自分自身のただの我が儘かもしれないとも考えた。

 さて、翌週。
 この日大学から帰ると、拓斗さんが俺を見た。

「今月の服を購入しておいた」
「あ、有難うございます」

 季節は夏に差し掛かろうとしている。本当に用意してくれたのかと思いながら、俺は段ボールの箱を受け取り、自室へと向かった。開封すると、俺好みの私服が大量に入っていた。ただ、好みではあるが、ついている値札を見た限り、常時の俺では決して手が出ない額の品物ばかりだった。

「すっごいなぁ……これ、本当に俺が着て良いのか?」

 一着ずつ値札を処理しながら、俺は目を丸くした。拓斗さんは金銭管理をしているというが、これらをあっさりと購入出来るようなお財布の余裕を思うと、素直に尊敬してしまう。

「やっぱ、拓斗さんに全部任せるのが良いのかもな」

 そう呟きつつ、俺はベルトや靴下といった小物も見た後――下着を手に取り動きを止めた。

「え?」

 当初俺は、女性ものが間違って紛れ込んでいるのかと誤解した。だがラベルをよく見ると、メンズラグジュアリーと書いてある。

「……」

 開封すると、非常に布地が薄い紐パンが入っていた。触り心地は抜群で、レースがついている。

「……セレブは、こういう下着をつけるのか? 俺、安物のボクサーばっかだったから、さっぱり分からない」

 だが拓斗さんがミスを犯したり、冗談でこういう品を渡してくるようには思えない。からかわれているとも考えられないので、曖昧に笑いつつ、俺はそれらの値札も取って、クローゼットへとしまった。

 なお夕食も、拓斗さんの手作りだ。

 デキる男は、何でも出来るとでも言うほか無いのか、これが非常に美味……では、ある。だが、俺は正直、あんまり食べたくない。何故ならば、俺の人参をはじめとした野菜嫌いが露見して以来、拓斗さんは必ず大量の野菜料理を用意するからだ。当初、嫌がらせをされているのかと思ったほどである。

「今夜のハンバーグは自信作なんだ」

 無表情で拓斗さんが言う。表情が変わらないのは、もうそういう人なのだと思うようにしているから慣れてきたが、一方の俺も曖昧な作り笑いに慣れてしまった。

「いただきます……」

 俺は見た目は美味しそうなハンバーグを、ナイフとフォークで切り分けた。そして一口、食べた所で察知した。中に人参のすりおろしが入っている……。

 俺の苦手な物の克服を意図してくれているのかもしれないが、肉は普通の肉で良いのに……。シーザーサラダも大量で、スープはトマト。

 どれも美味しいが、俺は好きになれない。しかし残すと、拓斗さんは非常に怖い顔をする。俺はもうそれを知っている。それに、折角用意してくれた品を残す事も気が引ける。

 食事中、拓斗さんはあまり喋らない。

 いいや、それ以外の場合であっても、必要最低限の事柄以外は、ほとんど話しかけては来ない。悪い人では無いと、もう俺だってよく分かってはいるけれど、若干の苦手意識は消えないままだ。

 なお、朝は七時、夜は八時と、食事の時間も決まっている。
 遅れる事も間食も許されない。

 昔から宗谷家はそうなのだと、前に拓斗さんが話していた。だから昼食のお弁当を食べる時間だけが、講義の都合で変わるのみだ。

 隠れて、砂糖をたっぷり入れたホットミルクをひっそりと作って飲む事だけが、俺に許された甘味となった……。ついぼんやりとそんな事を考えていたら、冷め始めて、カップの表面に牛乳の膜が出来てしまった。

 ほかにも、起床時間と就寝時間も決められている。

 必ず朝の六時に起こされて、夜は十二時には寝るように促される。睡眠は六時間と決まっているそうで、寝坊したりすると、その日の食事には、俺が嫌いな野菜が特に増える……。

 最初に感じたのは、『まるで小学校の時間割みたいだ』という思いだったが、次第に俺は慣れてきた。

 規則正しい生活のリズムというのは、体が勝手に覚えるらしい。

 そんな生活が続き、本格的に夏になる頃には、俺はこれが自然なものであるように感じ始めた。

 なお、私服は毎月拓斗さんが購入してくれるのだが、下着の種類に変化は無い。 結果として、俺はトイレは必ず個室を選ぶようになった。

 大学の皆に下着を見られるのが恥ずかしかったからだ。
 だが、はき心地は抜群であり、俺は今ではこの下着がお気に入りだったりもする。
 本当に、人には見せられないが……やはり、セレブが選ぶだけの事はあると思った。



「え? お前それさ、ちょっとおかしくね?」

 秋になって、大学の後期が始まり、俺は学生ラウンジで友達の|麦山《むぎやま》と共にシラバスを眺めて時間割を書きながら、雑談をしていた。

「何が?」

 唐揚げ蕎麦を食べている麦山は、茶髪を揺らしながら、頬杖をついて、奇怪なものを見る眼差しで俺を見ている。

「バイト禁止、お小遣い制――までなら、まぁ、いるよな、そういう奴もさ」
「うん?」
「でも大学生にもなって、寝起きの時間を決められたり、食事も全部決まってるってさ……正直、異常じゃね?」
「そうか?」
「うん。ま、人の家の事に口出しするのもどうかとも思うし、俺が気ままな一人暮らしだからそう思うのかもしれねぇけどさ……ちょっと異常」

 後期の時間割に、体育という講義があって、そこでスキー合宿のみで単位が取れる授業があり、一緒に行かないかと誘われて断った時、そう言われた。

 俺としては、合宿は簡単に単位が取れる代わりに費用がかさむから、それを思って話した流れで、『バイトすれば?』から始まった会話である。

「息が詰まったりしないのか?」
「う……ま、まぁ……で、でも! 俺の事を想って色々してくれてるんだよ」
「そういうもんか? なんていうか、話を聞いた限り、俺には支配欲とか……管理癖とか……なんかそういうものに聞こえたけどな」
「ほら、俺はもうあんまり気にしないようにしてるけど、俺の所、母さん達が亡くなったのもあって、拓斗さんも責任感が強くなったとか……」
「だとして、病的過ぎないか? ぶっちゃけ、気持ち悪ぃ」
「麦山、言いすぎ」

 俺達はそんな会話をしながら、時間割を仕上げた。

 あとは提出するだけだと考えながら、俺はスマホを見る。たまに、俺には機能が良く分からないアプリが起動しているが、詐欺などが怖いので、俺は弄らないように気を付けている。

「よし、バイト行ってくるわ。その前に、ちょっとバイクで走ってくる」
「気をつけろよ、麦山」
「おう。ま、永良もバイトの件、考えておけよな?」
「だ、だからそれは――」

 思わず俺が口ごもると、麦山が肩を竦めて笑った。

 その麦山の訃報が届いたのは、その二日後の事だった。

 エンジンに支障をきたしたバイクの事故との話で、知らせを聞いた時、俺は硬直したものである。

 母達が没した時は呆然自失としていた俺だが、今回は素直に泣いた。
 葬儀後、落ち込んだ気分で帰宅すると、拓斗さんが俺を見た。

「今日は友人の葬儀だったな?」
「ああ。なんていうか……入学してから一番仲良かったし、辛い」

 ポツリと零すと、拓斗さんは俺に歩み寄り、俺の頭を撫でるように叩いた。

「俺がいる」
「……有難う」

 その後は冬までの間、あっという間だった。

 クリスマスが迫ったので、俺は漠然と考えた。拓斗さんに何か贈り物がしたい。しかし、拓斗さんに貰う小遣いで購入しては意味が無い――と、考えて、俺は今回は料理をしてみようと決意した。

 母の手伝いをしていたから、俺はそこそこ料理が出来る。
 最も料理の内容自体は、平凡中の平凡な家庭料理であるが。

「拓斗さん、クリスマスなんだけど」
「どうかしたのか?」
「いつも作ってもらってるし、たまにはお礼に、俺に作らせてくれないか? 料理」
「気を遣わなくても良いんだぞ?」
「いいや、やらせてくれ。何もしない方が気を遣っちゃうんだよ」

 苦笑しながら俺が述べると、珍しく拓斗さんもまた口元を綻ばせた。義兄の笑顔は本当に貴重だ。この年のクリスマスは、ホワイトクリスマスで、俺達は、俺が作ったほぼ肉だらけのメニューと、気合いを入れて焼いたケーキを二人で食べた。

 クリスマスに肉じゃがもどうかと思ったけれど、俺の得意料理である。味付けは、麺つゆだ。ケーキは中学の家庭科の授業で習った事があるデコレーションケーキにした。生クリームでの飾り付けが、我ながらよくできたと思っている。

 ささやかだが、二人の生活にも慣れてきたなと、両親の一周忌が訪れた翌年の四月の終わり頃、俺は感じた。その年、俺は夏に二十歳の誕生日を迎えた。当日の夜は、拓斗さんが俺に人生初めてとなるアルコールを飲ませてくれた。

「シャンパンを買っておいたんだ。ただ甘めで飲みやすいから、飲みすぎないように気を付けるんだぞ?」
「有難う、拓斗さん。そういえば、拓斗さんは、誕生日はいつなんだ?」
「春だ」
「――過ぎてる。教えてくれたら良かったのに」

 大学生活も二年目、母達や麦山の事を時折偲びつつも、俺は新しい日々に順応しつつある。

 拓斗さんは相変わらず寡黙で無表情が多いが、段々俺は気軽に話せるようになってきた。

 時々怖い眼をする義兄に、今でも恐怖を覚える事や苦手意識を持つ時もあるが、それでも俺達は、やはりたった二人の家族になったんだと思っている。

 ずっとこんな毎日が続いていくのだろうかと、この時の俺は、漠然と考えていた。



 大学も三年生が間近になってくると、将来について考えるようになってくる。

 元々は、将来なりたい職業を見つけるべく、俺は大学に進学させてもらったわけでもある。本日は、二月。バレンタインデーの季節だ。しかし誰からチョコを貰う訳でもなく、寂しい気持ちで大学の春休みを迎えて家にいた俺は、洒落たフォンデュを用意してくれた拓斗さんを見て、何気なく尋ねた。

「拓斗さんは、どうして今の職業を選んだんだ?」
「父の職場だったから、当初は迷ったが――跡を継ぐ事を期待された結果だ。俺個人の選択では無かった」
「そうだったのか」

 拓斗さんは、今年、予定通りに日本支店の取締役の一人になったらしいが、宗谷家は色々あったからと、出社して代理に秘書の|堂島《どうじま》さんが色々と行ってくれているらしい。ちょくちょく拓斗さんは、堂島さんにスマホで連絡を取っている。俺は、亡くなった母達の結婚式の時に、一度だけ挨拶してもらった事がある。

「もっとも、様々な面で、まだ俺には跡を継ぐ余裕が無いから、堂島に色々と『後始末』を頼んでばかりだが」

 何気なく俺が頷い時、バナナを蕩けたチョコにつけた拓斗さんが、何処か追憶にふけるような目をした。

「ただ元々は、俺は母方の祖父が町工場で車やバイクのエンジンを弄っていたから、そちらの方向に進みたかったんだがな」
「え? そうなのか? 全然イメージに無い」
「無論職人には程遠いが、今でも簡単に部品を弄ったり、機械を直したりするのは得意だ。俺は車やバイクを弄るのが今でも好きだ。唯一の趣味と言える」
「へぇ」

 家で仕事をするようになってからも、パソコンと向き合っている姿をチラリとしか見ていなかったから、俺は本当に意外だった。ちなみに俺は、保育園に通っていた頃、近くに住んでいた小学生のお兄さんに、車の玩具が壊れた時に、直してもらった事がある。だから、機械に強い人には憧れる。既にその相手の顔すら覚えていないが、今でも大切な思い出だ。壊れた車の玩具が再び走り出すようになった時の感動は忘れられない。

 俺の実父は、あまり遊んでくれなかったし、俺は一人っ子なので、当時はすごくその近所のお兄さんに懐いていた記憶がある。

 一緒にチョコフォンデュを味わいつつ、俺は続けて思い出した事を訊いた。

「そういえば、春が誕生日って、何月何日?」
「三月十四日。ホワイトデーだ」
「そうだったのか」

 何か欲しいものがあるかも訊きたかったが、それは止めた。俺は今年、サプライズでプレゼントを贈ろうと決意していたからだ。相変わらずバイトは禁止だけれど、日雇いで一日くらいならバレないだろうと判断していて、春休みの間に一日だけ、倉庫で仕分けのバイトをする事に決めている。



 ――こうして、バイトの日が訪れた。

 工場はラブホ街を抜けた先の奥にあるとマップで見ていたので、俺は徒歩で現地を目指す。人生で初めてのアルバイトという事もあり、俺は緊張していた。

「永良」

 だが。
 ホテルが立ち並ぶ繁華街に入った所で、声をかけられて硬直した。
 そこにはコートを羽織った拓斗さんの姿があった。

「こんな所で何を?」
「えっ、た、拓斗さんこそ……何でここに?」

 スマホを片手に、非常に冷ややかな瞳をしている拓斗さんを目にし、俺はゾクリとした。怒っているのが伝わってくる。

「GPSは便利だな」
「――え?」
「アルバイトは禁止だと伝えてあったはずだし、そもそも、このように危険な場所を通るなど論外だ。先方にはキャンセルしておいた。帰るぞ」
「ま、待ってくれ。どうして俺がバイトしようとしてるって知って……?」
「画面共有も易かった。音声もそれは変わらない。いつもアプリを起動させて、俺はしっかり見守っているだろう? 全て、お前のためだ」
「は?」
「来い。お前は約束を破った。反省してもらう」

 俺の手首をきつく掴むと、拓斗さんが歩き始めた。呆然としつつも、俺は慌てて足を動かす。その後拓斗さんが待たせておいたタクシーに俺は強制的に乗せられて、家へと帰宅する事になった。

「何故言いつけを破ろうとした?」

 冷淡な声音で、拓斗さんが俺をリビングで睨めつけた。委縮した俺は、正座をして項垂れてから、チラっと上目遣いに義兄を見る。

「その……誕生日のプレゼントを……自分で稼いで買おうと思って……それで……」
「誰の?」
「拓斗さんの……」
「俺の? 俺にプレゼントを?」

 小声で俺が述べると、拓斗さんが短く息を飲んだ。それから組んでいた腕を解くと、顎に手を添えた。

「何故?」
「何故って、俺、拓斗さんに喜んで欲しくて……いつも、お世話になってるし、そ、その……大切な家族だから……」
「永良は、俺に喜んで欲しいのか?」
「わ、悪いか?」
「――いいや」

 その時、拓斗さんが唇の両端を持ち上げた。そして恍惚としたような眼差しに変わる。俺は義兄のこのような表情を見るのは、初めてだった。

「それならば、もっと簡単な事があるというのに」
「え?」
「俺にプレゼントをくれるのだろう? 俺には欲しいものがある。そしてそれは、永良からしか貰えないものだ」
「そんなのがあるのか? 何だ?」
「永良自身だよ」
「え?」
「俺は、永良が欲しい。俺だけのものにしたい」
「それってどういう意味――……っ?」

 訊こうとした俺の顎を、歩み寄ってきた拓斗さんが持ち上げた。そして屈むと、俺の唇に、一瞬だけの、触れるだけのキスをした。驚いて俺は目を丸くする。

「俺も永良を大切な家族だと思っている。だが、それは義理の兄弟や家族愛とは別で――俺にとってお前は、最高のパートナーだと感じているんだ。俺は、お前を愛している。恋愛感情で」
「え、そ、それって……」
「そばにいればいるほどに、永良の全てが欲しくなる。これでも良い義兄でいようと自制していたのだが、そのようにいじましい事を言われたら、もう抑制が効かない」
「拓斗さん……?」
「永良。俺にプレゼントをくれるんだろう?」
「う、うん……」

 じっと見据えられ、どこか獰猛な瞳で覗き込まれながら、俺は目が離せなくなった。端正な拓斗さんの顔に惹きつけられて、視線が離せない。

「永良は俺が嫌いか?」
「好きだけど……で、でも……恋愛感情って……?」

 大学入学後、家族の死や友人の死もあり、次第に平々凡々とは言えなくなりつつあった俺の人生ではあるが、中身は変わらず、俺は凡人だ。

 容姿も性格も能力も、ごくごく普通の一般人である。

 そんな俺の感性として、偏見があるわけではないが、同性に好かれるというのがまず予想外であったし、それが血の繋がりが無いとはいえ戸籍上の兄である上……何もかもが秀でている拓斗さんからの好意だというのが、中々には信じられない。

 しかし拓斗さんがこういう冗談を言わない人である事は、もう俺も良く分かっている。

「永良を抱きたい」
「!」

 決定的な言葉を放たれ、俺は目を見開いた。

「俺に、永良自身をプレゼントしてくれないか?」

 囁くように言われ、俺は思わず赤面した。
 恍惚とした表情を浮かべている拓斗さんは、指先で俺の唇をなぞる。

「……俺で、良いの?」
「永良が良いんだ」
「俺みたいな平凡なので、本当に……その……」
「俺にとっては、永良は平凡なんかじゃない。俺だけの、特別な相手だよ。分かれ」
「……」
「永良に相応しいのは俺だけだ。俺に相応しいのも永良だけだ。そうだろう? これからは、家族の名前を変えよう。兄弟から、恋人に」

 語りながら、俺のシャツのボタンを外し始めた拓斗さんは、それから俺の首を舐めてから、口づけてキスマークを付けた。ピクンと俺の体が跳ねる。緊張もあったが、求められる事に嫌悪が無い。

「永良の全てを俺にくれ」

 そのまま、その場で俺は押し倒され、服を開けられた。
 丹念に愛撫される内、俺の体が熱を帯びていく。

「――きっと似合うと思って購入したが、反応しているのが良く分かるな、この下着は。きちんと身につけていて、偉いぞ」
「ぁ……」

 その後、後孔を指で慣らされてから陰茎を挿入された時には、俺は切ない痛みが齎す甘い快楽に、背を仰け反らせてすすり泣いた。思わず拓斗さんの首に腕をまわし、膝を追って巨大な陰茎が俺に与える感覚に耐える。

「絡みついてくる」

 拓斗さんがそう言った時、俺は自分でもその自覚があって、羞恥に駆られた。締め付けようと思うわけではないのだが、初めて受け入れるものだから、内壁にはっきりと拓斗さんの形を覚えさせられるような状態になっていて、硬い熱の事しか、すぐに俺は考えられなくなった。

「ぁ、ア……ぁン……ああ……」

 根元まで挿入した状態で、拓斗さんは動きを止めている。最初は、動かれたら死んでしまう気がしていたけれど、気づけば俺の腰の方が揺れ始めていた。

「淫らだな。永良は、はしたないな。こちらもしっかりと、管理しておかなければならないと理解した。恋人として、当然だが」
「あ、あ、動い……て……ッっ……ひっ!」

 もどかしさから俺が訴えた時、最奥をグッと突き上げられた。

「ここ、分かるか? 結腸だ」
「ひあぁああああ! あ、あ、あああああ!」

 唐突に与えられた強すぎる快楽に、俺の思考が真っ白に染まった。

 思わず大きな声を上げながら、俺は射精した。飛び散った白液を、拓斗さんが一瞥する。

「初めから中だけでイける体か。これはいよいよ管理が必要だな」
「嫌だ、ダメだ、今は動かないでくれ、あああああああ!」

 俺が放った途端、激しく拓斗さんが動き始めた。そのまま連続で昂められて、俺は意識を飛ばしてしまった。



「――ああ。車もバイクも、俺が弄った。趣味だからな。成果もきちんと確認出来て理想的だったぞ。どうしてかって? 決まっているだろ、俺だけがそばにいれば良いからだ。邪魔だったからだ。渡会という実父? そんなものは最初に排除した。最近のタクシー事故は怖いな。ああ、そうだ。伝えてはいない。では、切るぞ。堂島、俺は忙しい」

 俺は拓斗さんが電話をしている声をおぼろげに聞きながら目を開けた。

 内容までは聞き取れなかったが、俺が瞼を開けた時、拓斗さんがスマホを操作して通話を終えた姿は視界に捉えた。

「おはよう、永良」
「ん……あ、俺……」

 気絶していたと気づいた俺は、己の痴態を思い出し、恥ずかしくなって赤面した。

 無性に拓斗さんが艶っぽく見える、と、そう感じた時、俺は自分の状態に気づいて思わず息を飲んだ。

「!」

 俺は寝室で、ベッドの上に運ばれていたのだが、下腹部に違和を覚えて上半身を起こし、己の陰茎を見て硬直した。

「こ、これ……」

 白い器具が、俺の陰茎にはまっている。先端には穴があって、側部にはカギがついている。

「ああ、貞操帯だ」
「な」
「これからはきちんと射精も俺が管理してやるから、安心して良い」
「え」
「恋人同士になったんだ、当然だろう?」

 うっとりとした色を瞳に宿し、愉悦を含んだ笑顔を浮かべている義兄の姿に、困惑して俺は冷や汗をかいた。続いて鈍い金属音を耳にし、俺は自分の左足首に鉄の輪がはまっている事を理解した。

「この鎖は……?」
「トイレには届く。不便は無い。今後は、食事は全てこちらに運ぶし、入浴時は俺が連れていくから、二人で入ろう」
「……?」
「永良は俺に、永良自身をプレゼントしてくれただろう? 大切に扱うから、安心してくれ」

 俺は唖然とした。てっきり、貞操を捧げるという意味だと判断していたのだが、この状況は、俺の理解とは著しく違う。

「さて、まだまだ永良の体を、俺はすべては確認していないからな。今後適切に管理するためにも、じっくり教えてもらおうか」
「……拓斗さん、あの」
「まずは、その乳首。今日はじっくり、その愛らしい突起の特徴を教えてもらうとするか」

 ベッドに上がってきた拓斗さんは、俺の背後に回ると、俺を後ろから抱きしめるようにした。そして、両手で俺の乳首をそれぞれ摘まむ。

「んぅ」

 緩急をつけて乳首を嬲られると、困惑と動揺で占められていた俺の脳裏に、再び快楽という概念が過ぎり始めた。ベッドサイドからローションを手に取り、ぬめる指先で乳首をツンと弾かれた瞬間、俺は思わず甘い声を上げた。

「ぁ、っ……」
「右と左、どちらが好きだ?」
「ン……っ、ァ……」
「教えてくれ、永良」
「そんなの分からな――っ、うあ」

 うしろから首筋を甘く噛まれ、俺は涙ぐんだ。この状況が怖くもあるのだが、じわりじわりと体の奥から熱がこみ上げてくる。拓斗さんの指先は巧みで、胸を弄られている内に、俺の陰茎が持ち上がった。すると貞操帯でギチギチに締められる形になり、俺は震えた。これでは、放つ事が出来ない。思わず自分の手を陰茎に伸ばすが、外そうにも外れない。カギがついているのだから当然か。先端の穴から、先走りの液だけが垂れている。

「や、やだ……拓斗さん、っ……これ、外してくれ……」
「イきたいか?」
「うん、うん」

 素直に俺が涙を零しながら言うと、優しく拓斗さんが俺の頭を撫でた。

「では、永良がちゃんと俺のを舐められたら、外してあげような」

 そう述べた拓斗さんは、俺の体を軽く押した。

 そしてシックスナインの体勢と取り、既に勃起している巨大な肉茎に片手を添えて、俺の口元へとあてがう。

「ほら、舐めてごらん?」
「あ……」

 言われた通りに、俺は口に拓斗さんの陰茎を含んだ。フェラなんかした事が無いから、必死に飲み込む努力をする。ローションを指につけた拓斗さんが、そんな俺の窄まりから、指を三本、一気に挿入した。まだリビングでの行為で解れていた俺の後孔の中で、縦横無尽に拓斗さんの指がヌチュリと蠢く。

「んンぅ……ふ……ッく――ン!」

 前立腺を指で強めに刺激され、俺はギュッと目を閉じた。

「ほら。きちんと舐めないと、外してはあげられないぞ?」
「ふ、ッ……んン――! んっ!」

 必死で舌を這わせながら、俺は後ろから響いてくる快楽に耐える。

 次第に、舐めているのが気持ち良いのか、拓斗さんの指が気持ち良いのか分からなくなっていく。チカチカと視界が明滅し、快楽がバチバチと思考を染め上げていく。

「これから毎日、きちんと舐め方も教えてやる。残念ながら、今は永良はお世辞にも上手だとは言えないな」
「っ、ぅ……」
「もう良い。今日は、そうだな。上に乗ってくれ。それで許す」
「ふぁ、ア!」

 俺の体を抱き起すと、拓斗さんが跨らせた。そして硬い熱で俺を下から貫いた。根元まで一気に挿入され、リビングの時よりも更に深々と結腸を刺激され、俺は嬌声を上げながら、何度も頭を振る。拓斗さんのものは巨大すぎる。ギチギチに俺の菊門が広げられている。

「ああああああ!」
「腰の使い方も沢山教えてやるからな。永良は何も心配しなくて良い。俺が一生ついているからな」

 俺の腰骨の少し上を強く掴み、下から激しく拓斗さんが突き上げてくる。そうしながら時折強く乳首を吸われ、俺は絶叫した。

「もうダメだ、無理だ、出した、イくからぁああああ!」
「俺はまだまだだ。ちゃんと俺をイかせてくれたら、外す約束だ。そうだな?」

 壮絶な快楽にのみ込まれ、俺はもう何を言われているのか理解すら出来なかった。



 次に目を覚ました時も、俺は全裸で繋がれていた。
 その次も、その翌日も。

 抱き潰されては意識を飛ばし、食事は寝室で、拓斗さんに食べさせられた。入浴時は鎖を片手に持った拓斗さんに浴室へと誘われ、そこでも散々犯された。日増しに現実感が薄れていく。快楽以外何も考えられなくなっていく。

 次第に、冷めたホットミルクの表面に出来る膜のようなものが、俺の思考を絡めとっていった気がする。なお砂糖をたっぷり入れたミルクと同様に、拓斗さんに抱かれ――拓斗さんの事のみを考えさせられる毎日もまた、非常に甘い。

「これは、もう不要だな?」

 ある日の入浴中、拓斗さんが浴槽に俺のスマホを落とした。防水仕様でも何でもないスマホが水没していく様を見ていた俺は、壊れてしまっただろうなとぼんやりと思っていた。ただ、不意に思い出した。大学からもスマホには連絡がある。そもそも、どのくらいの時が経過しているのか不明だが、春休みは長いとはいえ四月の頭には終わりだ。

「拓斗さん……大学に行かないと……」
「ん? ああ、休学届を出しておいた。退学届と迷ったが、まずは恋人としての生活に慣れるまでは、急に環境を変えるのも悪いかと思ってな。まずは二人きりで過ごす事にもっと慣れる所から始めような」
「……うん」

 俺は小さく頷いた。

 確かに、俺は俺自身を拓斗さんにプレゼントしたのだし、その結果、義理の兄弟から恋人同士に変わったのだ。その拓斗さんの望みなのだから、俺は早く適応するべきだろう。

 拓斗さんの言葉はすべて正しいし、そこに間違いはないはずだ。
 俺はもう、何も考える必要はないのかもしれない。



「再婚の席で『再会』して、俺はひと目で気づいたぞ。車の玩具を直してあげた大切な相手と運命の再会を果たした事。俺達の出会いも再会も、全ては運命だとしか考えられない。気持ちが再燃してしまった。そして今後は、一生冷めないだろう」

 パチンパチンと音がして、拓斗さんが俺の手足の爪を切ってくれているのが分かる。
 仕事以外の時、拓斗さんは全ての時間を俺に割いてくれる。

 その深い愛情は、兄弟だった時とは一線を画していた。これが恋人同士の間にある愛という感情なのだと俺は知った。

 夜毎、拓斗さんは俺に、「永良は俺が好きか?」と聞く。その度に俺は、快楽に啼きながら、何度も何度も頷いている。愛していると繰り返し、精一杯伝える。そうして、達する事を許してもらっている。射精管理をされるようになってから、俺の体は拓斗さんに触れられると熱くなるように変化しつつあった。

 恋人が出来たのは初めてであるから、世間の人々がこんなにも甘い日常を送っているなんて、俺はついぞ知らなかった。きっと、拓斗さんが教えてくれなかったのならば、一生知らなかっただろう。平々凡々な俺に、こんなにも幸せな毎日が待ち受けているとは。きっと天国の母さんも喜んでくれているに違いない。

「永良。今日は二十一歳の誕生日だな」
「あ……」
「何が欲しい?」
「拓斗さんがいてくれたら、それで良い。俺にも、拓斗さんを頂戴」
「ああ。俺はとっくにお前のものだが、今日はそれならば、いつもより可愛がってやるからな」

 拓斗さんが俺の唇を塞いだ。ねっとりと舌を絡めとられて、俺はその感触だけで果てそうになった。もう今となっては、どこにどのように触れられても、拓斗さんの体温を感じるだけで、俺の体は果てられるように作り替わってしまった。

「ただ、一応これを用意していたんだ」

 その時拓斗さんが、小箱を取りだした。ぼんやりと見ていると、拓斗さんが指輪を取り出して、俺の左手の薬指にはめた。驚いて俺は目を輝かせてから、思わず満面の笑みを浮かべる。ペアリングだとすぐに理解したのは、拓斗さんが同じ指輪をチェーンで繋いで、首から下げているものを見せてくれたからだ。

「ダイヤの他に、こちらにも特注でGPSを入れておいた。ここから外には出さないが、万が一迷子になっても、いつでも俺が永良を迎えに行けるようにな。壊れたら、いつでも俺が直してやる」
「拓斗さん……嬉しい……」

 ドロドロに俺を甘やかす拓斗さん。

 俺も今では、拓斗さんを義兄ではなく、恋人だと――大切な人生のパートナーだと、はっきりと理解している。当初は困惑も強くて体と快楽から理解させられた形だったが、今は違う。俺は、きちんと拓斗さんが好きだ。生涯そばにいたい。そしてそれを、拓斗さんが許してくれている事が尋常では無く嬉しい。拓斗さんに望まれ、愛される日々が、幸せすぎて、嬉しくてならない。

 その後も春夏秋冬、めぐる季節を、俺は拓斗さんと過ごした。

 日々が、幸せだった。俺は甘い日々を送り、良い人生を歩んでいる。きっと、それは永久に続くのだろう。






     【完】