何をやっても駄目な俺!
一回目は異世界トリップだった。
魔王を倒すための勇者召喚で、足下に魔法陣がいきなり現れたかと思ったら、気がつくと異世界の神殿にいた。どうせなら、チーレム&俺TUEEEEEEE! で行こうと思った俺は、その時までは平穏な18禁の小説をネットに投稿する&読む&ネトゲ廃、趣味に生きる人間だった。高校を卒業して、ひきこもり、ただたまにお金が必要になると、お小遣いを貰っていた。
ステータスチートな俺は、異世界でこそやり直そうと誓った。
魔王を倒すため、剣の腕を極めた。
無事にハーレムも築き上げ、その中から、本当に愛せる人を見つけ出した。
――後は倒すだけ。
その時だった。
「実は……私が魔王なんです」
俺の愛しい人はそう言った。泣きながら剣を突き立てた俺。
今でも頬を塗らしていく温水のことを思い出す。
そして俺は現実世界へと戻った。
二回目は、村人Aだった。
ひきこもっていた俺は、その日、意を決して外へ出ることにしたのだ。
そして。
俺は誤死したそうで、「また君?」と、自称神様に引きつった笑みを浮かべられた。
よく言う転生トラックだった。
「今度は、希望通りに転生させて上げるよ」
「村人Aでお願いします」
「OK」
そこは……平安時代風の異世界だった。
未だに平民は、竪穴式住居のような所で寝泊まりしていた。
勿論俺の家もそこである。
当然ながら、流行病と飢餓がたたって直ぐに死んだ。
俺にサバイバルスキルなんて無かった。
二度あることは三度あるとはよく言った物である。
三回目。
「ちょ、なんで? 陰陽師になるとか、頑張ろうよ」
自称神様が爆笑していた。酷い話しである。
「……俺、元々居た現実世界に帰りたいです。勿論日本で」
ポツリと呟いた時、俺はもうなんだか色々と疲れていた。
「しょうがないなぁ。それに君、チート能力無いと駄目みたいだね。次は何が欲しい?」
笑いすぎて泣いている自称神様を見て、俺は静かに目を伏せた。
何せ三回目である。色々と俺は考えた。
「――ハーレムを築けるような顔。抜群のスタイル。勉強しなくても何でも分かる知能。訓練しなくても良い筋肉と身体能力。後は金。家柄。要するに色々とチート。勿論男で、そうだなぁ、家柄? 年齢は高校一年生の入学試験後。勿論受かってる。腕っ節は強い方が良いな。当然記憶は保持で。何処の国の言語も理解していて、ペラペラの上、読める。音楽センスも抜群。特にヴァイオリンとピアノはプロ級。茶道も華道も書道も大得意。後は家事も万能で、特に料理は絶品。医学知識と薬学知識もあって、応急処置などお手の物。後は食べても太らない」
コレなら、イジメにあっても大丈夫だし、テストで赤点をとったり追試になったりしないし、大学生にもなれるだろう。そしてきっと三年もあれば、俺だって友達くらいきっと一人は出来る。
「OKOKよし、その条件でいこう。今度こそ頑張ってね」
自称神様がそう言うと、俺の体は光に飲まれた。
気づけば俺は、合格発表者を貼りだした紙を見ていた。
周囲を見渡せば、泣いて喜んでいる者もいれば、青い顔で落ち込んでいる者もいる。
俺は学ランの上に、コートを着ていて、マフラーを着けていた。
だが、首を傾げるしかなかった。
発表の紙には十数人の名前しかないのだ。
その上、周囲を見渡せば、男男男。
「?」
一体何がどうなっているのか、首を傾げるしかない。
「流石は西園寺家の誇りある御当主です」
すると真後ろから、誰かが俺に声をかけた。
振り返るとそこには、どこからどう見ても、執事っぽい人が立っていた。
もんのすごい美形である。イケメンである。切れ長の目をしていて、微笑していた。鼻筋がスッと通っていて、声まで聴き心地が良かった。
「合格発表など見るまでもなかったですね。さ、参りましょうか、博実様」
名前を聞いた瞬間、俺には”此処までの人生”の記憶が、いきなり詰め込まれた。
西園寺博実、それが俺の新しい名前だった。
なんでも両親共に亡くなっているそうで、俺は当主らしい。
西園寺財閥は、(あれ、俺の記憶だと財閥解体って無かったけ?)複数の会社経営をしている由緒正しい家柄で、大富豪らしい。その上、俺の祖父は、アラブ人でこれまたものすごく大金持ちだったらしい。
身長176cm体重59kg。
外部からの編入生であり、毎年数人しか通らない、とんでもなく難しい試験に合格したと分かったのが、たった今。――そこは、男子校だった! 男子校!? え!? 此処で俺は、ハーレムをどうやって築くんだろう!? あれか、今後の人生でって事か!?
よく分からなかったので、俺は思考停止を発動した。
俺は、難しいことは、とりあえず考えないで過ごすのが大得意だ。
そんなこんなで、自宅へと戻るとそこは……城だった。
あれか、アラブ人の祖父とやらが、建てたのだろうか。
まぁ、海外から来た人だから、日本家屋はあわなかったのかもしれない。
第一俺は、数日後から、全寮制の学校に通うらしいから、もう何でもいいや。
高校時代にハーレムを築けないなんて、酷すぎるよな……これじゃぁ、高校外での出会いもない。女の先生いたらいいなぁ。
さて、その様にして時は流れ、俺は編入の当日を迎えた。
学園もこれまた、城のようだった。いや城と言うか、宮殿? なんだか、全体的に白っぽい。その割に、周囲には最先端と思しき防御システムがある。入り方が全く分からない。
そんな時だった。
何か上の方から音がしたので顔を上げると、壁をよじ登っている不審者が居た。
腕を組み、俺は暫く眺めることにする。
頭が奇抜で、マリモ(?)というかアフロ(?)とでもいうのか、凄い盛り上がっている。
ただ、俺と同じブレザーを着ているから、多分生徒なのだろう。
もしかして、あの髪型が今の流行なのだろうか?
首を捻っていると、警備員室のような所から、人が出てきた。
やっぱり不審者だったんだろうか?
そう考えていると、声をかけられた。
「編入生ですか?」
「あ、はい」
「今、扉をお開けいたします」
「有難うございます」
会釈すると、ゴゴゴゴゴゴゴゴと音がして、大きな扉が開いた。
中へとはいると、さっきの不審者が、丁度庭の上に着地したところだった。
そして俺を見た。凄く分厚くて、目が五倍くらいに見える厚い眼鏡をかけている。
「俺は、石井小百合! 宜しくな!」
「よろしくお願いします。西園寺博実です」
「博実! お前、綺麗だな。小百合って呼んでくれよな!」
そりゃそうだ。チート能力で『顔面良し』、貰ったからな。
それにしても、下の名前で現実世界で呼ばれるのなんて、何年ぶりだろう。
昔の高校時代だって、名前で呼ばれた事なんてない。
随分と、この人は、良い人の様だ。なんだか、上手く学園生活が出来そうで、安堵した。
二人でそろって、待ち合わせ場所の、噴水前まで歩く。
寮の関係で、今日は、二人だけ先に編入生が呼ばれたと聞いている。
待ち合わせ場所には、まるで王子様のような人がいた。キラキラと薄い茶色の髪が風で流れていく。眼も茶色い。良かった、顔面を良くしてもらって、本当に良かった。じゃなかったらきっと俺は、浮きまくっていたと思う。
「あなた方が編入生ですか。僕は副会長の、流山静佳です」
「はい。宜しくお願いします」
きっと暫く俺は、宜しくお願いしますを、何度も言う事になるのだろう。
「俺は小百合! 宜しくな!」
明らかに先輩に対しても、小百合君(って本当に呼んで良いのかな……)は、フレンドリーだった。が、明らかに副会長の顔が引きつっているのが分かる。俺は、人の気配を窺うのが得意だ。だって、何か悪いことをしたら、虐められるのかもしれないのだから。嘗ての嫌な記憶が甦る。
その横で、小百合君は、ぶんぶんと握手をしていた。
――ボキリ。
不意に不穏な音がした。先輩が手を押さえている。まるで骨が折れたような音だった。と言うよりも、『医学』も得意になった俺的には、絶対に罅は入っていると思う。
「あ、悪い!」
流石に、小百合が身を引こうとした。瞬間、石につまずいて、二人の唇が重なった。
呆然と見ていた俺は、今の光景は事故だと脳内処理をした。
「あの、保健室に行った方が……」
「有難うございます。ですが理事長室まで、あなた方を案内するのが私の仕事ですので」
「大丈夫だぞ! 叔父さんの部屋なら、俺が知ってるから!」
そう言って小百合君が、副会長の後ろにあった壁を拳で破壊した。
――怖っ!!
「行くぞ博実!」
「……は、はい」
俺の声が震えた。すると副会長さんが歩み寄ってきた。
「コレは、お礼です」
そして俺の唇に小鳥のようなキスをした。魚の鱚ではない。
「!?」
お礼? お礼!? どうしてお礼なのに、男同士でキスしなきゃなら無いんだ? 明らかに罰ゲームだろう。速攻で、俺は嫌われたのだろうか。神速の速さだ、寧ろ。
「お大事に」
それだけ言うのが精一杯で、気まずかったので、俺は小百合君の後に従った。
その後俺は、叔父甥らしい小百合君と理事長さんの、感動の再会を見守っていた。
抱き合って頬に理事長さんがキスをした。
邪魔をしても悪いだろうと思い、壁際で眺めてた。
――もしかして、此処は俺の知る現代よりも進んでいて、挨拶がキスなのだろうか。
俺は絶対にしたくないけど。
そうしていたら、カードキーを貰った。
何でもこの鍵で、部屋や食堂の利用が可能になるらしい。
続いて、寮に向かうことになった。
俺と小百合君は別々の寮だったので、途中で別れた。
まずは寮監さんに挨拶だろうと思い、俺は人気のない一階で周囲を見渡した。
まぁまだ春休み中だし、人がいなくて当然だろう。
そうこうしていたら、ひょいっと地下へと続く階段から上がってきた誰かが顔を出した。
そうして俺を見て固まった。
「――壁を壊した方か? 壊してない方か?」
「……壊していない方です」
「良かった」
最初の会話がそれって、それってどうなんだろうか。
確かにそんな噂が既に広まっているとすれば、俺を見て硬直もするだろう。
「私は、寮監の、関家瞳だ。三年」
「はじめまして、西園寺博実です。これから宜しくお願いします」
「分からないことがあったら何でも聞いてくれ。部屋は6階だ。まぁ――6階が妥当だろうな。一人部屋だ」
妥当って何がだろう。編入生だからだろうか。
まぁきっとそうだろうなと思っていると、俺はエレベーターまで案内された。
こうして俺は、無事に自分の部屋へと辿り着いた。
「広ッ」
思わず呟いてしまった。部屋が沢山あるし、キッチンもあるし、リビングもあるし、トイレまで広かった。寝室だって当然ある。シャワーもついている。湯船だって当然ある。洗濯とゴミ出しは、定期的に、部屋の前に出しておけば、やってもらえるらしい。夕食も食堂で食べるかルームサービスらしいから、キッチンの存在意義がいまいち分からなかった。
とっくに引っ越し用の段ボールは事前に此処へと訪れた、俺の執事(?)らしき人が処理してくれているそうなので、俺はやることがない。
――以来それから日がな一日、学校が始まるまでの間、俺は引きこもって過ごした。
やっぱりこの怠惰な性質は消えないらしい。
大体、部屋まで食事を持ってきてくれるのだから、何もすること何て無い。
なので、ひたすらネットをしていた。嗚呼、在りし日が懐かしい。ずーっとずーと、ネット小説を読みあさっていた。何故なのか知らないが、大抵の純文学作品は、既に知識として頭の中に入っていたのだ。なんだか、箸の持ち方も綺麗になっている気がする。お腹もあまり減らない。だからずーっとネットをしていた。
そのようにして、ついに新学期を迎えた。
俺のクラスは、一年S組だそうだ。アルファベット式のクラス分けなんて、珍しいような気がした。
「おう! 博実」
廊下に立っていると、小百合君に声をかけられた。
「久しぶり」
どうやら同じクラスであるようで、ちょっとほっとした。これなら、ぼっちになると言う事はないだろう。そう願った。
丁度その時、ガラッと扉が開いて、担任の先生が顔を出した。
数学Aの担当らしい。まるでホストみたいな、茶色が入った金髪と、ごつい時計が目についた。これまた、すっごく顔立ちが綺麗だ。理事長さんも寮監さんもすれ違った生徒も、みんなが綺麗すぎたので、俺は気圧されている。コレ絶対『顔面よし』を貰った俺よりも、みんな綺麗すぎるだろう。それだけで、憂鬱な気分になった。不細工だって虐められたらどうしよう。教室の中へと入り、尚更そう思った。
すると、教室内がざわついた。
俺は静かに小百合君を一瞥した。
やはりこの髪型と眼鏡は奇抜なのだろう。ざわめくのも分かる。
良かった。俺の感性がおかしいのかと思ってしまった。
「俺は小百合! よろしくな!」
元気よく小百合君がそう言った。嗚呼、俺もこのくらいのコミュニケーション能力が欲しい。頼めば良かったなぁそれも。
「……西園寺博実です。宜しくお願いします」
それから、休み時間になる度に、小百合君は近隣の席の人に話しかけていた。
俺にはそんな度胸がないので、何故なのか俺を避けるように、休み時間の度にぽっかりと周囲に人気が無くなるのに堪えた。堪えたんだよ! 寂しかった。
みんな俺を見て、ひそひそしていた。やっぱりキモいとか言われているんだろうか。
「ちょっと綺麗すぎて近寄りがたいよね……」
「どうしよう!? どうする!? 今話しかけなかったら、直ぐに親衛隊が出来ちゃうだろうから、話しかけられなくなっちゃうよ!?」
その時、そんな声が聞こえてきた。
やっぱり俺の美的センスは狂っていて、小百合君て、絶世の美形なのだろうか。
要するに、俺が美形だと周囲を見て思うのが間違いで、目を瞠るほど、小百合君は綺麗なのかもしれない。だとすると、俺が思い描いていたイケメン的なものは、周囲を見渡しても綺麗すぎる人が多いから、平凡なのかもしれない。俺も、アフロ、カツラで良いから被ろうかな……だけど、これから夏が来るから、蒸れそうで嫌だなぁ……。
「あ、あの」
その時、俺に声をかけてくれる人がいた。
緊張しながら顔を上げると、ものすごく可愛い人が立っていた。
金髪の巻き毛で、頬は桜色だ。
チークでも塗ってんのか、まつげ長いけどマスカラでもつけてんのか?
と、ちょっと聞いてみたくなった。俺の昔の姉が、そう言った物を使っていた気がする。
「西園寺君は、そ、そ、その、ご趣味は?」
しかし響いてきた声に、俺は吹き出しそうになった。
速攻でオタバレしたんだろうか!?
それで誰も近寄ってこないのか……いいや、ここは、隠そう!
「読書です」
書、ではないが、嘘ではない。それに俺の頭の中には、不思議なことに教養知識が全部はいっているので、問題はないはずだ。
それよりも話しかけて貰ったのが嬉しくて、思わず笑みを浮かべてしまった。
「っ」
すると息を飲んで、その人は真っ赤になってしまった。
え、怒るほど、俺の顔気持ち悪いの!? ちょ、自称神様ふざけんな。
「あ、えっと、どんな本?」
「高遠優羽が最近は好きかな」
それとなく敬語をやめてみた。そして読んだことはないが、純文学雑誌に載っていた、何とか賞を取った人の名前を挙げてみた。
「そ、それと、あ、あの、急にこんな事を聞くのは、失礼なんだけど、恋人は居ますか?」
「いません」
相手が今度は敬語になってしまったので、俺も敬語に直した。
「良かったら、何ですけど……僕、東野紗雪って言います。紗雪って呼んで下さい」
「あ、はい。俺のことも良かったら、博実と呼んで下さい」
「良いの!?」
「え?」
「あの出来たら、敬語じゃなくて」
「は、はい……いやその、うん。分かった。有難う」
きっとぼっちだった俺に気を遣ってくれたんだろう。いい人だ。
その瞬間、今度は俺の周囲に人が溢れた。
「好きな食べ物は?」
「好みのタイプは?」
「普段、何して過ごしてるの?」
「運動は好き?」
「駄目、絶対文化部に来て!」
「放課後、一緒に部活見て回る?」
「委員会は何処にするか決めた?」
突如として、自己紹介と質問攻めにあい、俺は誰が誰で、誰が何を質問したのか分からなくなった。仕方がないので曖昧に笑ってみる。困ったら、笑え、と言うのが、前世を繰り返してきて俺が学んだことだ。
「――博実、一緒にお昼食べようぜ!」
その時、小百合君に声をかけられた。良かった、一人飯も回避出来た。俺は嬉しかった。
周囲が今度は水を打ったように静まりかえった。
え、人気者の小百合君と一緒にゴハンは、流石に不味いのだろうか。
「僕も行って良い?」
紗雪君の声に、俺は必死に頷いた。
そうして三人で食堂へと向かった。
メニューが豊富で、色々とある。何を食べようか。新しい実家では、なんだか高級なコース料理しか出てこなかったから、和食が良い。刺身定食にするか。
小百合君はオムライスを頼んだ。紗雪君は、ざるそばと天ぷらを頼んだ。
そうして料理が届いた頃、扉が開くと同時に大絶叫が漏れてきた。
俺は刺身に夢中だったので、うるせぇなぁこいつら、と思っていた。
「生徒会の皆様だ」
その時うっとりしたような顔で紗雪君が呟いた。
生徒会? ほぅ、雑用係だな。あ、この海老美味しい。
「あ、静佳、久しぶり!」
不意にオムライスを食べながら、小百合君が叫んだ。口から卵とご飯が跳んでいく。
刺身にかかったらどうしてくれるんだよという心境で、俺は味噌汁を飲む。
なんとそのまんま、生徒会の皆様とやらが、こちらの席へと歩み寄ってきた。
「お前が静佳のお気に入りか」
なるほど、小百合君に用事かと納得して、俺は一瞥した――瞬間、獰猛な顔なのにこれまた美形の人が、俺の肩を叩いた。嗚呼、小百合君は奥に座っているから邪魔だからどけって事だな。俺は立ち上がり、どうぞ、と思って掌で小百合君の方を促した。
「……は? 静佳、お前、あっちの方がお気に入りなのか?」
すると副会長さんが首を振る。
それを眺めていたら、もう一人が、俺をのぞき込んできた。
そして唇が近づいてきたので、俺は、俺に出来る全力で顔を背けた。また罰ゲームかよ!
俺は何か、生徒会の人々に恨まれることをしたのだろうか。
首を傾げていると、俺の周囲を双子が回り出した。
なんだコレ?
さっぱり意味がわからない。
「「どっちがどっちでしょう!」」
そんな事を急に言われても、俺には分かるはずがない。
代わりに、小百合君が答えてくれた。正答だったそうだ。あんな分厚い眼鏡をかけているにも関わらずだから、動体視力は良いのだろうか。そしてきっと俺は、クルクル回るための支柱にされたのだろう。
「気に入った」
その時、獰猛な顔の人が言った。きっと双子当てに正解したから、小百合君のことが気に入ったのだろう。安堵していたら――今度は不意をつかれてキスされた。俺は反射的に回し蹴りをしてしまった! 嗚呼、ビックリしたと思いながら、鳥肌が立った。
「あ、あのすみません。大丈夫ですか?」
それから慌てて、獰猛な顔の人に歩み寄った。
「ごめんなさい」
謝ってみたが、許してもらえるだろうか……。
「……大丈夫」
するとそれまで無言で立っていた人が、言ってくれた。
気がつけば、周囲が静まりかえっていた。凄い気まずい。俺、泣きそう。
「全く、博実君になんて事をするんですか!」
だがその時、起き上がろうとしていた相手の腹部を、副会長さんが踏みつけた。
中々ヴァイオレンスな学園なのかもしれない。
そんなこんなで、昼休みは終わった。
その日の放課後、俺は風紀委員会に呼び出された。
嗚呼、きっと、昼休みの回し蹴りの件だろうな。
憂鬱な気分で、風紀委員室へと向かうとそこには、威厳たっぷりの美形が座っていた。
どれだけこの学校には、綺麗な人が多いのだろう。
「お前が、西園寺博実か」
「はい……」
顔が引きつってしまった。
「生徒会長を回し蹴りして、倒したそうだな」
やっぱりあの件か。
「本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げながら、あの人、生徒会長だったんだと思った。
「いや、謝る必要はない。バ会長を、蹴り倒す実力、恐れない度胸――風紀委員会としては、是非欲しい人材だ」
「……はい?」
その言葉に笑顔の風紀委員長を見て、俺は首を傾げた。
風紀委員という事は、朝早起きして服装チェックとかをするのだろう。面倒くさい。
「いえそんな実力、俺にはありません」
「ある。その上家柄的にも、誰に脅されても屈しないだろう、お前は」
え、風紀委員て脅されたりするのか。尚更入りたくない。
「それに風紀に属していれば、強姦被害にも遭わないだろう。親衛隊からの嫌がらせもかなり減る」
俺は耳を疑った。今この人、さらっと強姦とかって言わなかったか?
「え、あの、此処は男子校ですよね?」
第一、親衛隊って何だ? 何それ?
「男しか居ないからな。全体の8割は同性愛者、残る一割がバイだ。異性愛者も一割」
その言葉に俺はハッとした。ままままさか、あれか、此処でハーレムを築けって事かよ!?
目眩がして、同時に寒気がして、俺は風邪なのか否か悩んだ。
「――異性愛者か」
続いた声に、俺は大きく大きく頷いた。
「尚更都合が良い。それともどこか入りたい委員会でもあるのか?」
「なるべく楽で、作業が少なく、集まりがないものです」
つい本音が出てしまった。すると風紀委員長が、僅かに考えるような顔をした。
「風紀委員は、特権で、授業を休める」
「え、本当ですか?」
「ああ。単位はきちんと認定される」
それ、すごくいいじゃん。休み放題って事じゃないか。
「よろしくお願いします」
そう答えた俺に、風紀委員長がニヤリと笑った。
「とりあえず暫くの間は、見回りを頼む。明日の放課後、一緒に回る相手を紹介するから、少し時間を取ってくれ」
「はい」
「用件はそれだけだ。帰って構わない」
「はい。これから宜しくお願いします」
そう言って俺が満面の笑みを浮かべると、掌で風紀委員長が顔を覆った。
よく分からなかったが、俺はそのまま風紀委員室を後にした。
翌日。
俺は下駄箱を開けた瞬間、眉を顰めた。
大量の手紙が落ちてきたからだ。
これはアレか、不幸の手紙だとか、カミソリレターだろうか。既にイジメが始まってしまった。怖い怖い怖い。
呆然としていると、そこへ小百合君がやってきた。
「よぅ、博実! おはよう!」
「おはよう……」
それから彼の下駄箱を見守っていると、生ゴミがダラダラと床へと散乱した。
そうか、成る程、編入生は、皆イジメに遭う運命なのが、この学校なのだろう。
慌てて近場から俺はスリッパを持って来て、小百合君に渡した。
「なんだよこれ!」
小百合君が怒っている。
俺は、近場の掃除用具入れから、掃除用具を取り出して、とりあえず小百合君の下駄箱を綺麗にする作業を開始した。
「さ、西園寺様! 西園寺様が、その様なことをなさる必要はありません!」
その時誰かに声をかけられて振り返ると、巻き毛の天使みたいな少年が居た。
――様?
あれだろうか、西園寺家の関連会社に家族が勤めてでもいるのだろうか。
するとその人が手伝ってくれた。
怒っている小百合君を眺めながら、二人で掃除をしていると、チャイムが鳴ってしまった。
「あ、ごめんなさい。どうぞ、先に行って下さい」
俺がそう言うと、その人が首を振った。
「僕は良いんです。西園寺様のお役に立てればそれだけで……!」
「え、いえ、あの――」
「僕は、日々塚菫って言います」
「よろしくお願いします。俺は、西園寺博実です」
「知ってます」
え、なんで俺の名前知ってんのこの人? 首を傾げていると、日々塚さんが頬を染めた。
「実はお願いがあって、お待ちしていたんです」
「お願いですか?」
「西園寺様の親衛隊を作る許可が欲しくて」
頬を染めながら、日々塚さんに言われた。親衛隊。そんな名称を確か、風紀委員室で昨日聞いた覚えがある。
「あの、親衛隊って何ですか?」
俺が聞くと、日々塚さんが息を飲んだ。虚を突かれたような顔をしている。
「え、あっと、その……編入生の西園寺様を何かとお支えするコミュニティです」
なんと! イジメられるだけじゃなく、逆に支えてくれる人もいるのか。有難い話しである。なんだか少しほっとした。
「嬉しいです」
俺が笑うと、日々塚さんがまた朱くなった。この人は、赤面症なのだろうか。
そんなこんなで掃除が終わり、日々塚さんに別れを告げ、俺と小百合君は教室へと入った。
盛大な遅刻である。
しかし、今日の一時間目は自習だったらしく、凄くほっとした。
その時だった。
キーンという音がして、放送が流れた。
『編入生の西園寺博実、直ぐに生徒会室まで来い』
周囲では、キャーっと言う声がした。
俺は、何か書類を出し忘れたのか、それとも昨日の件でまだ怒ってるから謝れと言うことなのだろうかと、どちらにしろ面倒くさくて双眸を伏せて溜息をついた。
すると再び放送が流れた。
『風紀委員会から通達する。昨日から西園寺博実は、風紀委員会に所属している。よって理由無く生徒会室への呼び出しは控えて貰いたい』
その声を聴いて、行かなくて良いのか、行った方が良いのか、第一この二人はそろって放送室にいるのだろうかと悩んだ。
「西園寺君大丈夫?」
すると隣に座っていた、確かサッカー部かなにかの、川口裕悟君にそう言われた。
「放送室って二つあるんですか?」
「敬語じゃなくて良いから。今のは、生徒会室と風紀委員室にそれぞれ着いてる機具で放送したんだよ……って、着眼点そこなのか!?」
へぇと思っていたら、扉が開いた。
「おぅ和樹!」
見れば、獰猛な顔の生徒会長が立っていた。
教室中がざわめいている。そりゃあいきなり生徒会長がやってきたら驚くよな。
小百合君が声をかけているが、生徒会長は真っ直ぐ、俺の方へと歩いてきた。嫌な予感しかしない。
しかしその時、俺の正面に、前の席に座っていた、日向龍斗君が腕を差し出し、生徒会長を阻んだ。
「――去年の中等部の風紀委員長か」
「今は授業中です、生徒会長」
二人がにらみ合っている。俺は、困惑した。どうしたらいいのか。どうしろって言うんだよ、コレ。そうしていたら、再び扉が開いた。
顔を上げると、昨日会った風紀委員長と、その隣に柔和な笑みを浮かべて佇んでいる人がいた。すると誰かが声を上げる。
「風紀委員長! 副委員長!」
ああ、じゃあ隣に立っている、色素が薄い感じの人が、副委員長なのだろう。こちらもまた人形みたいに端整な顔立ちだ。
入ってきた風紀委員長は、日向君に笑顔を向けた。
「よく阻止してくれたな」
「いえ、当然のことをしたまでです」
それから、風紀委員長と生徒会長がにらみ合った。凄く怖い。俺もう帰りたい。帰って良いかな。早退……したいけどなぁ、そう言えば放課後に、風紀委員室へと行かないとならないんだった。だがこの、二人、魔族みたいだ。俺の中の剣士としての血が騒いだ。
今ここに俺愛用の剣があったら、多分面倒なので、両方ばっさりと切るだろう。
そんな事を考えている俺の前で、二人が淡々とイヤミの応酬を繰り返している。
まるで昔俺が築き上げたハーレム内の美女同士のようだ。女々しいなこいつら。すげぇいらっとする。
――いっそ、転校しようか。
なんと良い案を考えてしまったのだろうか、俺は。
やっぱり共学が良いよなぁ。
その時チャイムが鳴った。まだ言い争っている二人の後ろを、俺は手に入れたチート能力で走り抜けた。後ろから二人の何らかの声が聞こえてきたが、聞かなかったことにして、全力で走り、寮まで戻った。
そうして、誰かとぶつかり、階段から滑り落ちて俺は死んだ。
「君さぁ、本当に何やっても駄目だね」
「……」
再び見た自称神様の姿に、俺はもう言葉も出てこなかった。
今度こそ、上手くやれるかなぁって思ったのにな。
「いっそ、女の子になってみる?」
「嫌です」
「じゃあさぁ、内政チートとかは? 生産チートもあるよ?」
「嫌です」
「そろそろ剣士やめて魔術師とかは?」
「嫌です」
「今度は江戸時代とか」
「嫌です」
「……じゃあどうしたいの?」
「もう俺は消えたい」
「それだと世界に歪みが生じちゃうからなぁ」
「いっそ、神様にでもなったら、違うんですかね、ハハハハ」
そんな俺の言葉に、自称神様が手を叩いた。
「あ、じゃあ僕の部下になる? 丁度人手が足りなかったんだよね。それに神様なら死なないし」
このようにして、俺は神様となった。
自称神様に押し倒されたのは、それから五百年後のことだった。
――神様になっても解決されない俺の不幸!
もう俺は達観することを覚えていて、最早涙さえも出なかった。