僕は手袋をはめない。





 僕は嘘つきである。
 いつからか、本音を人前で語る事が減った。減ったというか、皆無だ。
 恐らく僕は、他者から、世界から、興味が失せてしまったのだろう――たった一人を除いては。

 僕には、唯一の例外……『特別』が存在する。

「南くん」
「ンだよ、重い!」

 僕は正面の席に座っている南くんに、後ろから抱きついた。ギューギューと腕を回して、彼の大きな肩に顎を乗せる。そして押しつぶすようにすると、大袈裟に南くんが机に突っ伏した。

 高篠南(たかじょうみなみ)くんが、僕にとっての『特別』だ。

 僕に抱きつかれて真っ赤になっている南くん。耳まで赤い。照れている彼を見ていると、僕は気分が良くなる。

「離せよ、水城!」

 東雲水城(しののめみずき)は、僕の名前だ。この名前も、南くんに呼ばれる時は、大切に感じられる。口角を持ち上げて僕は笑い、腕を離した。そして南くんの机の隣に改めて立ち、先程返却されたばかりのテスト用紙を覗き込んだ。数学のテストだ。理系の南くんは、ほぼ満点である。さすがは眼鏡。彼の洒落た黒縁の眼鏡を、僕は奪ってみた。

「返せ」
「目、悪くないんでしょ?」
「まぁな」

 奪った眼鏡を、僕は自分でかけてみる。
 高校生の僕達は、戯(じゃ)れあって毎日を過ごしている。しかしその日々も、もうすぐ終わりだ。現在、高三の冬。僕と南くんの出会いは、三歳だったらしい(記憶には無い)――もう十五年も付き合いがあるというわけだ。僕らは幼馴染であり、多分関係性を無理に言葉にするならば、親友なんだと思う。

「だから、返せって」
「やだ」
「水城……」

 僕が我儘を口にすると、南くんが大きな手で、ポンと僕の頭を軽く叩いた。撫でられている気分だ。長身の南くんは、僕よりもずっと大きな体をしている。黒い髪と目、真面目そうな出で立ちだ。

 一方の僕は、決して背が低いというわけではないが、187cmある南くんよりは、15cmほど背が低い。髪質も、猫っ毛で、時々跳ねてしまう。色は染めていて茶色だ。ピアスを開けたのは中学生の時である。

 優等生の南くんと、ごく平均的な僕が親しい事を、周囲は不思議そうにしている事がある。そんな時僕は、『僕も根が真面目なんだ』だとか『南くんも本当は軽いんだよ』だとか嘯いている。僕の話す事は、その日によって変化する。だって全部、嘘だから。

「ほら、返せ」

 屈んで肘を机についていた僕から、南くんが眼鏡を奪い返した。

「なんで眼鏡にそんなにこだわってるの? 眼鏡が本体なの?」
「あのな……違う。俺の眼鏡をかけてるお前が可愛すぎるから、目に毒だって言ってるんだよ」
「?」

 南くんは、時々、意味が不明瞭な事を言う。溜息をついた南くんは、それから96点のテスト用紙を折りたたんで鞄に入れた。ちなみに僕は、85点。これでも平均よりはずっと良い。その後、鞄を手に、南くんが立ち上がった。

「ほら。帰るぞ」
「うん」

 頷き、僕は自分の机に視線を向けた。その時――ギュッと腕が回ってきた。驚いて首だけで振り返ると、今度は南くんが僕を抱きしめていた。

「何するの?」
「お返しだ」
「……離して」
「やだね」

 南くんはそう口にして意地悪く笑うと、腕に力を込めた。僕の心臓が跳ねる。心拍数が上がっていく。教室には、多くの同級生がいるのだが、誰も僕らを注視する事は無い。僕と南くんが戯れているのは、比較的いつもの事だからだろう。

 しかし、こんな日々も、もうすぐ終わるのだ。
 幼稚舎から高等部まで、僕と南くんはずっと一緒だったが、持ち上がり進学する僕とは異なり、南くんは外部進学する。

「ちょ、っ」

 南くんが僕のピアスに触れた。その感触が擽ったくて、僕は俯いた。頬が熱くなってきた。すると南くんが喉で笑ってから、僕を解放した。

「行くぞ」
「うん」

 こうして僕達は、生徒玄関へと向かった。警備員さんに会釈をしてから、靴を履く。僕と南くんの家は、住宅街で隣り合っている為、帰路は同じだ。二人で通学路を歩きながら、僕達は視線を重ねた。南くんが僕の手を握ったのは、その時である。ギュッと恋人繋ぎをされた。

「南くんの手って、冷たいね」
「はぁ? お前の手の方が冷えてるだろ」
「冬だからね」
「手袋をはめろ、手袋を」
「忘れてきた」

 これも嘘だ。僕は、敢えて手袋をはめない。僕が手袋をはめていないと、寒そうだと言って、南くんが手を繋いでくれると知っているからだ。そしてその温度は、本当は誰よりも温かい。体温が、というよりは、心遣いが。だけど僕は嘘つきだから、嫌がるそぶりで手を振った。しかし南くんは、僕から手を離す事はない。

 歩道に二人の影が伸びていく。
 冬の夕暮れは、日が落ちるのが早い。空には既に白い月も見えている。僕のマフラーが冷たい風で揺れた。

「今日も親御さん、遅いのか?」

 南くんが僕に聞く。僕の両親は、会社の経営なんてものをそれぞれしているから、帰宅しない日も多い。

「早いと思う」
「何時頃帰ってくるんだ?」
「二時とかじゃない?」
「深夜だろ。つまり、遅いんだな?」
「まぁね」

 僕は適当に答えた。すると南くんが嘆息した。南くんの家は、我が家とは異なり、ご両親の帰宅が早い。シェフだというお父さんと、キャリアウーマンのお母さんだそうだ。そんなおじさんとおばさんは、僕の事も小さい頃から可愛がってくれた。そして現在もそうであるが、僕の食生活を心配して、おじさん譲りの料理の腕前を持つ南くんを、日夜僕のもとへ派遣してくる。

「何が食べたい?」
「ハンバーグ」
「そればっかりだな」

 僕の言葉に南くんが微苦笑してから吹き出した。僕は、本当は別に、ハンバーグが特別好きなわけじゃない。実を言えば、食にはそこまでこだわりはない。だから一人ならば食べない事も多い。それも手伝って、南くんは僕に食事をとらせる事に熱心なのだろう。

 その日も、一緒に帰宅した先は、僕の家だった。
 自分の家であるかのように、南くんが、冷蔵庫を開ける。僕はリビングのソファに鞄を置きながら、遠目に見えるダイニングキッチンにいる南くんを眺めていた。

「今日は、鍋でもするか?」
「野菜嫌い」

 本当は、僕は比較的野菜が好きだ。僕の重ねていく無駄な嘘を、南くんはちなみに気にしていない様子である。僕の好みを、既に南くんは熟知している。

 その後南くんが鍋の準備をするのを、僕はダイニングキッチンへ移動して、椅子に座り眺めていた。野菜を切り終えた南くんは、載せた皿を、僕の正面に置く。そうしてから、そっと僕の頬に右手で触れた。

「何?」
「料理代をくれ」
「ン」

 南くんが僕の唇に、啄むようなキスをした。触れるだけの口付けは一瞬の事だったが、僕にはそれが永遠のように感じられた。南くんが僕に料理代と称してキスをするようになったのは、中学二年生の頃である。

 その後、お豆腐やキノコが運ばれてきて、最後に鶏肉が出てきた。
 僕らは鍋を挟んで向かい合う。

「あーあ。南くんの料理があとちょっとで食べられなくなるのかぁ」
「悲しいか?」
「別に」
「嘘つき」
「――自分で好きに買い食い出来るようになるわけだから、本当、別に?」
「お前、既製品嫌いだろ?」
「まぁね」

 実を言えば、僕はカップラーメンやポテトチップスが大好きだ。単純に南くんが作りに来てくれるのが嬉しくて、南くんと一緒にいたいがために、嫌いなフリをしているだけである。

 僕は、もしかしたら、南くんの事が好きなのかもしれない。
 友達以上ではあるだろう僕達は、けれど男同士でもあるし、恋人では無い。
 それでも、友達以上、恋人未満という表現がしっくりくるのは、僕達の間には、キスと――それ以上の繋がりがあるからだろう。

 食後、僕達は入浴した。南くんも、最近ではいつも、僕の家でお風呂に入る。
 僕は南くんが出てくるのを、リビングのソファで待っていた。
 少し濡れた髪で、首元にタオルをかけて戻ってきた南くんは、僕の隣に座って、ミネラルウォーターのキャップを捻る。喉仏が動いている。水をテーブルに置いた南くんは、それから僕の顎を持ち上げた。そして、再びキスをした。

「ん」

 触れるだけのキス――しかし今度は、その直後に、より深いキスをされた。そしてそのまま、大きなソファに押し倒された。僕は抵抗しない。僕と南くんが触りあいをするようになったのは、高校一年生の頃からだ。

 僕の着ていたロンTの下に、南くんが大きな手を入れる。そして僕の胸の突起に触れた。ピクンと僕の体が跳ねる。南くんはもう一方の手を、僕が下にはいていたスエットの中に忍び込ませた。そして僕の右胸を弄りながら、陰茎を握りこむ。

「ぁ……」
「なぁ、水城」
「何……っ……?」
「本当は、悲しいんだろ?」
「え? あ……あ、ぁ……ッ、ン」
「寂しいだろう?」
「何が?」
「俺がいなくなったら」

 そう言うと南くんが、僕の首筋に口づけた。ツキンとその箇所が疼いた。僕は唇を噛む。寂しくないはずがないではないか。ずっとこれまで、一緒に育ってきたのだ。常に一緒に過ごしてきたのだ。南くんだけが、僕の中で特別なのだ。その特別が、遠くに行ってしまうのに、寂寞を感じない方が、どうかしているだろう。しかし僕は、笑ってみせた。

「同じ街で暮らしているんだし、別に、いつだって会えるし、寂しくないよ」
「ふぅん」
「あ、あ、あ」

 南くんの手の動きが早くなった。僕の胸から手を離した南くんは、陰茎を握りながら、器用に僕の下衣を脱がしていく。外気に僕の陰茎が触れてすぐ、僕は息を詰めた。あんまりにも南くんの手つきは優しい。そのまま昂められて、僕は果てた。

「ン、は」

 肩で息をしていると、南くんが少し意地の悪い顔で笑った。

「俺がいなくなったら、どうするんだ?」
「どうって?」
「気持ち良い――も、無くなるんだぞ?」
「……別に。僕だって大学に入ったら、カノジョの一人や二人」

 僕はまた嘘をついた。僕は自分の隣に、南くん以外が立っている所を上手く想像出来ないでいる。そんな僕の回答は、南くんのお気には召さなかったらしく、南くんが冷たい顔になった。

「水城は、世界で一番俺の事が好きなのに、恋人を他に作る気でいるわけか」
「な……別に、世界で一番じゃないよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「じゃ、俺じゃない一番って誰だよ?」
「……僕自身」
「は?」
「僕は、自分の事が世界で一番大切です。ナルシストって呼んでも良いよ」

 これは本心だった。だから傷つきたくない。
 確かに僕は、世界で一番、南くんの事が好きだけれど――けれど、それは見透かされているが、直接は言わない事に決めている。

 ……僕と南くんは、常に一緒にいて、戯れあっていて、キスをして、お互いに触れ合って、その体温を確かめ合ってはいる。ただし、付き合ってはいないのである。即ち、南くんは僕の恋人では無いのだ。けれどやはり、ただの友達とは言えないだろう。

 僕達の距離感は、独特だと、少なくとも僕は考えている。

「気が合うな」
「へ? 南くんもナルシストって事?」
「違う。俺も、水城が世界で一番大切だって事だ」
「……」

 思わず僕は赤面した。南くんはズルい。いつも唐突に甘い言葉を囁くからだ。


 ――さて、そんな日々は、あっさりと終了した。
 卒業式が終わり、春休み……ではなく、大学までの準備期間が訪れた。入学前の課題をこなしながら、僕はテーブルの上のスマホを見る。ずっとトークアプリで、南くんとやりとりをしている。通話もしている。南くんはもう引越しを終えたのだが、寂しいのか、ほとんどずっと僕とやりとりをしているのだ。

 僕も家では、ほぼ一人だ。だから、通話を繋ぎっぱなしにしている事も多い。
 そうしていると、まるで同棲でもしているかのような気分になるから不思議だ。

『通話、良いか?』

 本日も南くんから通話のお誘いがあったので、了解すると、すぐにトークアプリに着信があった。

『食べたか?』
「まだだよ」
『昼は?』
「食べてない」
『……朝は?』
「忘れた」
『もう夜の九時だぞ。早急に冷蔵庫を開けろ』
「はーい」

 僕はスマホを持って移動して、それをテーブルに置いてから、指示に従った。

『何が入ってる?』
「卵とか」
『じゃあ、オムライスでも作ると良い。手順は、まず、卵を割る。それから――』

 こうして僕は、通話をしながら、時々カメラで進捗を見せつつ、料理に励んだ。これが最近の、比較的『いつも』だ。実際、そう遠くない距離で南くんは一人暮らしをしているのだが、まだ会いに行っていない。今週末には、遊びに行ってみようかと考えている。

「出来た」
『中々上出来だな』
「食べます」
『俺は風呂に入ってくる。一度切るぞ』

 頷き、通話を終了した。僕はスプーンを動かしながら、早く週末になれば良いのにと考えた。

 ――その三日後、土曜日になった。
 僕は南くんの家の最寄りの駅まで地下鉄で向かった。すると南くんが迎えに来てくれていた。春だから薄手のコートを羽織っている南くんは、眼鏡をやめたらしく、素顔だ。それが少し寂しい。前までは、南くんの素顔をまじまじと見られるのは、僕の特権だったからである。

「今日はたっぷり食べさせてやるから」
「うーん。うん。ハンバーグ?」
「既に仕込んである。あとは、サラダも」

 そんなやりとりをしながら、僕は南くんの家へと遊びに行った。
 1DKのデザイナーズマンションで、縦に長い。室内に入ると、良い香りが漂ってきた。僕は扉が閉まってすぐに、南くんに抱きついた。

「会いたかったか? 俺に」
「別に」
「俺は会いたかったぞ」

 南くんが一度僕の腕を振りほどくと、僕を正面から抱きしめ直した。僕はその温度に嬉しくなる。南くんが僕の顎を持ち上げる。そして本日は、最初から深いキスをしてきた。歯列をなぞられてから、舌を追い詰められる。すると僕の体がゾクリとした。

「先に、ベッドに行きたい」
「南くん、溜まってるの?」
「違う。お前が欲しいだけだ――というか、高校も卒業したわけだし、お前は恋人を作るつもりでいる以上……先に貰っておこうと思ってな」
「何を?」
「水城の初めてを」

 僕は体を固くした。ゆっくりと瞬きをする。そうして、南くんの言葉を理解した瞬間、カッと頬が熱を帯びた。真っ赤になった僕は、南くんの腕の中で俯く。

 その後、南くんに促されて、僕はベッドに向かい、静かに座った。見れば、ベッドサイドにはローションのボトルと、コンドームの袋があった。南くんが僕の服に手をかける。借りてきた猫のように、僕は大人しくなってしまった。緊張しない方が無理である。そばにある目覚まし時計の秒針の音がいやに耳についた。

「あ」

 僕を押し倒した南くんは、ローションをつけた指を、僕の中に挿入した。初めての経験である。一本の指の先端だというのに、その感触が妙に巨大に思えた。それが次第に、ゆっくりとゆっくりと、僕の内側を進んでくる。

「ん――……ッ」
「気持ち良いか?」
「あ、なんか変な感じ」

 僕の中のある箇所に触れた時、南くんが問いかけてきたから、僕は震える声で答えた。するとその箇所を、南くんが規則的に刺激し始めた。

「あ、あ、あ」
「ココらしいな」
「何、そこ」
「前立腺」
「ン、あ、ああ!」

 そこを刺激されると、触れられていないというのに、陰茎が反応した。出したい感覚になる。ギュッと僕は目を閉じた。

「指、増やすぞ」
「う、うん……あ、ハ」

 ローションを増量してから、南くんが、今度は二本の指を僕の中に進めた。押し広げられていく感覚に、僕は息を詰める。

 そのようにして、じっくりと僕は、内部を南くんに解されていった。体が次第に汗ばんでいく。どのくらいそうされていたのかは、分からない。そちらに意識が向いてしまい、もう秒針の音など気にならない。南くんがコンドームの封を破ったのは、そんな時の事だった。

「挿れて良いか?」
「え、あ……勃ってるの?」
「ああ。可愛い水城を見てると、基本俺は反応する」
「……可愛いって……」
「お前は可愛いよ。俺から見ると。世界で一番」

 南くんはそう言いながらゴムを装着すると、僕の菊門に先端をあてがった。そしてグッと少し勢いよく腰を進めてきた。

「あ、ン――あア!」

 挿入された僕は、指とは全然違う熱に、大きく声を上げてしまった。そんな僕の両手首を握ると、南くんがベッドに縫い付ける。体が熱い。

「ぁ……っ……ッく」
「辛いか?」
「だ、大丈夫……」

 本当は全然大丈夫では無かったが、僕の口からは嘘が出てくる。ひきつるような切ない痛みがあるのだが――それを言ったら、南くんが離れてしまいそうで、嫌だったのだ。涙ぐんだ僕は、南くんを見上げる。すると思いのほか切羽詰っているような南くんの顔がそこにはあった。

「大丈夫じゃなさそうだな」
「へ、平気だから――あ、あ……ぁ」
「――悪いが、逃がしてはやれない」
「あああ!」

 南くんが腰を揺さぶった。そうされると満杯の中で、感じる場所に刺激が響いてくる。そうして緩慢に南くんが抽挿を始めた。体が熔けてしまいそうに思えた。息が上がってきて、僕は喉を震わせる。南くんの動きは次第に早くなっていく。

「俺だけを見ていれば良いんだよ、水城は」
「あ、あ」

 言われなくても、南くんの事しか考えられない。僕は必死に頷いた。

「恋人なんか作るなよ」
「ん、ァ……あ、あ……ああ……あああ!」
「というより――ここまでしておいて、俺を捨てる気か?」
「へ? あ、ア!!」
「俺はずっと、口にこそ出さなかったが、水城の事を、恋人だと思っていたんだけどな?」

 南くんが苦笑したようにそう言ってから、荒い吐息をはいた。そして激しく打ち付け始めた。僕は何を言えば良いのか分からなくなって唇を開いたが、出てくるのは嬌声ばかりだ。次第に全身が快楽を拾い始める。

「ぁ……アあ!!」
「好きだ。俺はお前を誰にも渡したくない」
「ん、あ、僕も――ひ、ぁァ!!」
「知ってる」

 少し優しく笑った南くんは、それから、僕の感じる場所を一際強く突き上げながら、片手で僕の陰茎を撫でた。その瞬間、僕は出した。そしてほぼ同時に、南くんも果てたようだった。僕の放った白液が、南くんの腹部を汚している。

「あ……はぁ……っ」

 上がってしまった呼吸を落ち着けていると、南くんが僕から陰茎を引き抜いた。そしてぐったりしていた僕の隣に寝転がると、南くんが僕の頬に触れるだけのキスをした。

「水城は、口に出して伝えないと――そして約束しないと、分からないらしいな」
「……だって、今まで好きだなんて、一言も……」
「好きじゃない相手を餌付けしたりしないぞ、俺は」
「餌付け……」

 僕が呟くと、南くんが僕の髪を撫でてから、僕を抱き寄せた。

「もう、友達以上恋人未満の関係じゃ、俺は満足出来ない」
「やっぱり南くんも、僕達の関係をそうだと思ってたんだ?」
「ああ。水城は嘘つきで、俺に対する好意があんまり伝わってこなかったからな」
「僕は嘘つきじゃないよ」
「ほら、また、嘘だ」
「……だって、本心なんか伝えたら、振られたらと思うと怖かったし」

 今までの関係性が変わってしまうのが、何よりも恐ろしかったのだ。南くんが、僕の全てだから。南くんが『特別』になったからこそ、僕は本心を偽るようになったのだし、南くんしか見えなくなってしまったから、世界や南くん以外の他者から興味が消失してしまったのだ。僕は、南くんの事が、とっても好きなのだと思う。

「これからは、嘘は不要だ」
「……もう癖みたいなものだし」
「ま、俺も水城の可愛い嘘を聞くと、構いたくなるから、俺に甘える分の嘘は許す」
「僕は甘えたりしないよ」
「嘘だな」
「……南くんの事が好きだよ」
「それは真実だな。そうやって本当の事だけ言ってくれ」

 南くんは吹き出すように笑った。
 その後それぞれシャワーを浴びてから、僕は南くんお手製のハンバーグやサラダをご馳走になった。本当に美味しい。僕は特別にハンバーグが好きなわけではないが、南くんの料理は特別だ。南くんが生み出したものは、全部大切なのである。

「これからは、きちんと恋人として俺を見てくれるか?」

 食べ終えた時、南くんが改めて言った。僕は真っ赤になりつつも、小さく頷く事に決める。このようにして、僕達の関係性は、名前を変えた。




(終)