一巻の終わりのその前に




 俺はしがないライターだ。売れない。
 しかしそれはどうでも良い。とりあえず、生活には困らない程度の収入がある。
 元々俺がライターになったのは、俺が推理小説家志望で、ある推理小説家の弟子をしていて……もっと言うと、弟子入りまでしたのは、ある強い欲望があったからだ。それは――『名探偵の活躍をこの目で見たい』、という願望である。

 最初俺は、この衝動の理由が不明だった。だが、公的にこの国で、探偵免許が国家資格となった現在では、少しだけ広まった感覚の一つだ。何でも、『探偵』には、『語り部』が必要らしい。『語り部』あるいは『助手』にとっても、『探偵』が必要だそうだ。

 俺は運命なんて言葉は胡散臭いと思うが、生まれついての『助手因子』を持つ者……即ち俺のような存在は、対となる探偵を求めてしまうらしい。なんだよそれは、でも、でも、見たい。俺も名探偵の活躍を見たい。理屈じゃないから説明が困難だが、兎に角見たい。力になりたいとか役に立ちたいとかでは無く、ただ、見たい。そして全力で、名探偵の活躍を記憶して、胸に焼き付け刻みたい。

 こんな欲望の持ち主はごく少数なので、まだまだ世間的には認知されていないが、こうした探偵と助手の運命的な結びつきは――|Detective《ディテクティブ》|verse《バース》と呼ばれるそうだ。バースの意味って、架空世界軸らしいけど、詳しくは知らん。

 ああ……イッライラする。
 というのも、探偵というのは、大体が、探偵才能児として幼少時には、助手がいないと不安定になるという研究報告があるせいで、すぐに国家が助手探しを行う。だから所謂バディはすぐに見つかる事が多いのだが……俺の相棒は、ちゃらんぽらんとでもいうしかない奴であり、不安定になんかならずに成人し、寧ろ俺の方が不安定になってずーっとずーっと探偵探しに明け暮れていたほどなのだが……本当、残暑の熱気なみに俺を苛立たせる人物が、最低最悪な事に、俺の、俺だけの名探偵だったのである。

 ミーンミーンとか蝉が煩い。俺はライター業の事務所の扉を開け、ソファから見える生足を見て、完全に両眼を極限まで細くして、虚ろな顔をしていると思う。ここは、繰り返すが俺の事務所だ。決して探偵事務所ではない。その俺の事務所のソファで、完全に性行為の事後であるのが覗える見知らぬ足の持ち主と、上半身だけ裸で煙草を吸っていやがる名探偵……消えれば良いのに。

 俺の名探偵こと、駿河相(するがたすく)は全然働かない。推理もしない。
 やっている事といえば、ヤる事ばっかり。
 完全にダメ人間である。沸々と浮かんでくる怒りで、スーパーのビニール袋を握る手が震えそうになった。なんとか俺の相棒として見つかった駿河は、俺と初めて二年前に会って以後、完全に俺の寄生虫と化した。俺の収入でご飯を食べ、昼間から酒を飲み、ソファに寝っ転がって――いない場合は、ナンパか夜の蝶の舞うお店に出かけて誰かを引っかけ、俺のソファかベッドを無断で用いて性欲を解消していやがる。

 俺が助手で、駿河が俺だけの名探偵でさえなければ、俺は見放していただろう。というか、今も進行形で排除したいが……駿河がいないと、ダメなんだよなぁ。Detectiveverseってそういうものらしい……。俺は世界に呪詛を吐きながら酸素を吸って生きている。どうしても何らかの理由で無理なら、探偵と助手の関係は協会経由で解消可能らしいけどな……でも、駿河がいないと無理な自分がキツい。本当キツい。

「おう、おかえり。酒買ってきたか、秋保(あきほ)」

 秋保祈(あきほいのり)は俺の名前だ。悪びれも無く笑顔を向けられ、俺は控えめに言ってもブチギレながら、床の上にスーパーのビニール袋を置いた。右の手首がズキズキ痛む。たまぁに何もしていないのに痛むから不思議だ。

「ホテルに行けと何度言わせるつもりだ?」

 低い声で俺が告げると、駿河が首を傾げた。

「七百八十二回目だがな」
「さすがの記憶力ですね! なのにその記憶を何故使わない? おバカさんなんですかね? ですよね! 知ってた! 出て行け!!」
「あー、助手がこう言ってるから、そろそろ帰ってくれ」
「はぁい」

 生足の人物が立ち上がり、床から下着を拾って身に着けると、俺を見て妖艶に笑った。美人としか形容は難しかったが、男だったので羨ましさはない。駿河はゲイらしい。俺は女の人が好きだ。立ち尽くしているのも何なので、俺は簡易キッチンの方へと向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持って戻った。それを本日の駿河のお相手に渡す。

「良かったら」
「紳士なんだね。自分の恋人の浮気に遭遇しても冷静だし」
「恋人じゃないんで」

 ドきっぱりと俺は否定した。これはよくされる勘違いだ。駿河が名探偵でさえなかったら、俺は一緒に居る理由はゼロだ。一緒にいないと、見たくて見たくて不安になるほどの衝動を生まれながらに持ってさえいなければ、駿河のような爛れた人間とは関わりたくない。俺は比較的、特に性的には硬派だ。ライター業は浮ついているとみられがちだが、どちらかというと俺は真面目な方だと自分を評価している。

 その後お相手が帰ってから、俺は煙草を深々と吸い込んでいる駿河を見た。

「人の嫌がることをするなって誰かお前の人生で、言ってくれた奴はいないのか?」
「秋保だけだな。ほら、俺、天才だからさ」
「消えれば良いのに」

 俺は目を据わらせながら、ビニール袋を再度手に取り、キッチンへと向かった。すると駿河もついてくる。俺が見たかったのは名探偵の活躍であり、ダメ人間の生態ではない。最早怒りを通り越して泣きたい気分になりながら、本日の夕食作りの為に、ゴーヤを袋から取り出した。はぁ。疲れた。

「なぁ、秋保」

 駿河が不意に、俺の肩に腕を回してきた。そして指先で俺の顎の下に触れた。

「暑いだろうが! それに邪魔だ!」
「お前ってムードとか無いよな」
「駿河と良い雰囲気になって何か俺に一つでも利点があるのか?」
「――折角、お前がいかにも喜びそうな孤島に建ってる洋館への招待状を手に入れたんだけどな。俺には退屈すぎるミステリーごっこが行われるらしいが、お前が好きそうだなぁと言う理由だけで一応、本当に一応、ゴミ箱にいれないでおいたがもう捨てるわ」
「!」

 それを聞いて俺は目を見開いた。
 探偵資格保持者には、定期的に推理能力を磨くための、推理ツアーの招待状が届く。同伴可能なのは、助手のみ。そういえば昨日、大きな封筒が探偵協会から届いていた。俺はそれを思い出して、生唾を飲み込んだ。

「す、駿河……さん。あ、あの」
「あー?」
「ムードだな? 分かった。俺は今から全力で雰囲気作りを心がける! だ、だから! 捨てないで俺を連れて行ってくれ……!!」

 俺が懇願すると、ニっと唇の片端を持ち上げて、意地悪く駿河が笑った。


 ――三日後。
 俺と駿河は、フェリーに揺られていた。潮風が、俺の黒髪と、駿河の茶髪を揺らしている。駿河の髪は少し長めで、普段はボサボサだが、不思議と傷んでいるようには見えない。本日はその髪を整えて、後ろに流していて、客観的に見ればイケメンが横に立っている。方や俺は、ごく平凡な容姿だ。が、時々男前だと褒められる事がある。俺と駿河が並んでいると、真面目とチャラ男の謎のコラボ状態になるのが常であるが、本日は駿河が値の張るスーツ姿なのもあって、俺達は強いて言うなら婚活パーティとかでうっかり一緒になってしまってとりあえず世間話を始めた二名に見えそうだ。

 しかし本日は、探偵と助手のセットと関係者しかフェリーにいないので、誰も不審そうな顔はしない。俺はぼんやりと、メディアに引っ張りだこにされている人気者の探偵の姿を視界に捉え、羨ましいなぁとその人の助手を見ていた。人気なのが羨ましいのでは無く、毎日解決を見られる点が羨ましくてならない……。俺も駿河の推理を見たい。たまに推理する駿河は格好良い。悔しいが心躍る。

「秋保、見過ぎだろ」
「ん? あ……いや、その」
「なに、ああいう奴が好みだったのか? お前がガン見してるイケメン探偵さんみたいな奴が」
「何度も言うけどな、俺は女の人が好きだ」
「じゃ、奴の助手の美人か?」
「美人だけど、あちらの助手さんも男だよな?」
「なんで女しかダメだって分かるんだ? 男とも女とも試した事も無いくせに」
「な! 何で俺が試した事ないって分かるんだよ?」

 不意に童貞だと指摘されて、俺は目を剥いた。すると退屈そうな顔で駿河が推理を述べた。要約すると、『秋保は、臆病(チキン)だから』と言われた。俺は格好良いと思う反面、全部的中している俺の過去と行動の癖だった為、どんどん真っ赤になってしまった。思わず片手で双眸を覆う。

「なぁ……俺の童貞考察じゃなく、きちんと事件とかにその推理能力を発揮してくれよ……」

 消え入りそうな声で俺が述べた、丁度その時だった。

「おや、駿河じゃないか」

 不意に声がかかった。見れば、メディアでイケメン探偵と呼ばれている――海東裕幸(かいとうゆうご)氏が立っていた。傍らには、本当に男ながらに美人と言える、皆方葵(みなかたあおい)さんという助手が寄り添っている。え。え? こんな有名人二人と、知り合いなのかよ、お前?

「おう、海東、皆方。久しぶりだな」
「ご無沙汰致しております、駿河さん」
「いやぁ、君と顔を合わせるのは、黒猫館殺人事件以来だね」
「そうだな」
「見事だった君の推理を、今でも僕は鮮明に覚えているよ。この僕ですら、手も足も出なかった謎を、瞬時に見抜いた洞察力と記憶力……僕は駿河以外を今後もライバルだと思う事は決して無いだろう。君にだけは、勝てる気がしないけれどね」

 イケメン探偵が嘘か本当か、駿河を褒め称えた。
 黒猫館殺人事件……? 俺は初めて聞く言葉に、興味をものすごく煽られた。俺の本能的な部分が言う。絶対聞いておくべきだと。俺が求めているナニカが、そのお話の中にはあるはずだと。

「駿河。捜査協力をしなくなったこの五年間は、一体何をしていたんだい?」
「ああ……大切なもんを毎日守ってた」

 俺は叫びたくなった。何を格好付けているんだよ、と! 毎日ヤりまくってたの間違いだろうが! しかしイケメン探偵の手前、そんな事は言い難い。

「そうか。君にも大切な存在が出来たんだね。この世界から興味を喪失していた君にも漸く」

 だがイケメン探偵はお人好しなのか、目元を涙で光らせると、そっと傍らにいる皆方さんの肩を抱いた。あからさまに皆方さんは赤面している。あ、この二人って、そういう……。ま、まぁ、探偵と助手の恋は珍しくないし、ありふれているけどな……。俺は駿河に対してそういう気持ちは一切無いが、同性婚制度も施行されている現在、別に特異だとは思わない。

「所で、こちらは……」

 その時、海東さんが俺を見た。俺は引きつった笑みを浮かべて会釈する。

「俺の運命」
「ほう……そう、か。助手、という理解で構わないのかな?」
「え、ええと……そ、そうですね」

 助手らしい事はまだ一回もした事が無いが、一応そう登録はされている。運命といえば、探偵と助手の関係性はそう表現される事はあるが、駿河が言うと胡散臭すぎて、俺は虚ろな目をしそうになってしまった。

「駿河は繊細だから何かと大変だろうね」

 何処が? 色々な意味で大変だけどな? あのな? 大変の意味がハズれてるからな? イケメン探偵は推理能力実は低いのか? そうなのか?

「支えてあげて欲しい。そして君もまた、駿河を頼ると良い。では、また」

 そう言うと、海東さんは皆方さんの腰に腕を回して去って行った。俺、生活面では支えすぎてますよ、既にね! 全力でそう叫びたかったが、俺が口を開く頃には、二人はもう遠ざかっていたので、再び口を閉じた。イケメン探偵が自己完結型らしいというのは、脳裏にメモしておいた。絶対に忘れない。

「なぁ、秋保」
「なんだ?」
「……、いや」

 言い淀む駿河というのも珍しい。だが俺は気にしない事にして、じっと駿河を見た。

「それよりお前、なんで捜査協力しないんだ?」
「――危ないだろ」
「そりゃあ相手は凶悪犯罪者の可能性が高いとは言え――」
「ばーか。お前がだ、秋保。お前に何かあったらどうするのかって話だ。事件なんぞ迷宮入りしたって俺には問題は無い」
「――は?」
「さっき海東にも伝えた通り、俺はお前を守るので忙しいんだよ」
「お前は何を言ってるんだ? あのな……」

 俺は激怒しそうになった。探偵の活躍を見られない俺は、危険人物と二人っきりにされるよりも、余程悲惨な境遇にある。それが、助手という生き物だ。

「……本当に、さっき『大切』だっていったのが俺の事なら、具体的に聞くが一体何から俺を守ってると言うんだ、お前は」
「主に俺の性欲から守ってるだろうが」
「は!?」
「押し倒したい衝動を必死に抑えてる俺の気持ちにもなれ」
「真面目に聞いた俺がバカだった……」

 頭を抱えて俺は俯いた。全く、嫌になる……。どうして駿河が俺の名探偵なんだよ! 神様って本当意地悪だ。いるのかどうか、知らないけれど。


 フェリーで到着した小さな無人島は、金島(きんしま)と言った。全てが、金という漢字のように、左右対称らしい。そこに建設されている洋館も、左右が対称だった。探偵と助手は二人一部屋との事で、俺と駿河は三階の一室に案内された。

「はぁ……」

 本格的な推理合戦は明日からだ。今夜はゆっくり休んで良いらしい。本物の洋館に足を踏み入れたのが初めての俺は、少しだけ気分が浮上していた。ベッドが一つしか無いので、俺は壁際を選んだ。理由は、ベッドサイドのテーブルの上に灰皿があるから、ヘビースモーカーの駿河がさきにそちらを選んだ結果だ。

「楽しみだけど、緊張するな」

 ポツリと俺が呟くと、駿河が俺に振り返った。

「緊張、といてやろうか?」
「? どうやって?」
「SEX」
「……孤島って、デリヘルもないんだろうな……大変だな、お前みたいに性欲強いと」
「哀れまれるとは思わなかったぞ。ただの冗談だ」

 心底俺が悲しげに言ってやると、駿河が引きつった顔で笑った。ちょっとイラってしているのが分かって、尚更俺の気分は良くなった。

「だけど、ここの管理者が双子の美少年で――伝説の部屋に入ると片方だけ巨大化する魔術が使えるなんて、ちょっと不思議だな」

 今回の推理内容はそれを解く事である。
 金島の持ち主のご子息二名が双子で、まるでお人形さんのようだった。白磁の肌の美少年二人は、先程俺達の前で案内してくれた。

「魔術なんて無いと俺は思うが、駿河はどう思う?」
「存在を否定する気は無いぞ」
「え?」

 意外な言葉に、俺は驚いた。確かに俺もさっき神様なんて存在を思い浮かべはしたが……正直俺は本格ミステリー好きなので、異能系は想定外だった。だって今の現代、科学で社会は回っている。非科学的すぎる。

「根拠は? どうして駿河は非科学的な事を否定しないんだ?」
「ヘンペルのカラス。帰納法の問題だ」
「鴉は黒いってすると、じゃあ俺の髪の毛も鴉だって結論になるみたいな話だったか?」
「間違ってはいない。他にも鴉に限って言うのならば、鴉の全てが黒い事を確認していくよりも、一羽の白い鴉を見つけるだけで良いという話があって、それこそ秋保の言う科学がアルビノといった白い鴉の存在を教えてくれる場合もあるな」
「まぁなぁ……」

 呟きつつ、真面目に話していれば駿河は格好良いなぁと見惚れかけて――俺は慌てて首を振った。探偵はこれだからずるい。俺にとっては、メディアでイケメンと評判の探偵よりも、推理する時の駿河が世界で一番格好良く見えるから、本当に困る。推理していなくても、真面目に喋っているだけで、胸がドクンってなる。酷い話だ。

「それと――運命の問題だ」
「へ?」
「探偵と助手の間には、確かに運命が存在すると俺は確信している」
「……でもお前さ、俺の方は探偵不在で不安になったけど、俺が探さなかったら、助手を見つける気にならなかった程度の不安レベルだろ? 駿河は、俺がいなくても良かったわけだろ?」
「覚えてないんだな、やっぱり」
「ん? 何を?」

 何気なく俺が聞き返すと、駿河が煙草を消して、寝台の上にあがってきた。そして不意に俺の頬を撫でた。

「黒猫館」
「? それ、海東さんとも話してたな。気になる、聞かせてくれ」
「俺の助手になる前の事、お前は何処まで覚えている?」
「うん? 俺はある推理小説家の弟子をしてたと何度か話さなかったか?」
「その作家の名前は?」
「へ? それこそ前にも話した通り――……っ」

 俺は『先生』の名前を口にしようとして、ハッとした。先生は確かにそこにいたはずなのに、黒い影のようにぼんやりと思い浮かんでくるだけで、名前も顔も思い出せない。あれ? どういう事だ? 確か、俺の他にも四人弟子がいて、でも、あの時床に散らばった指の数は四十本だったから先生が激昂して、鋭い銀の光があって、俺の右手首を強く掴んで、後十本だと嗤って……――? なんだこの記憶は。

 そうだ、あの時、俺は動く事が出来なかったんだ。
 自分以外の助手達も、皆が縛られていた。みんなで食べた夕飯に、薬が入っていたと、確かに『保護』されてから俺は聞いたじゃないか。どこから保護されたのか、そうだ、先生が執筆活動に使っていた、『黒猫館』からではなかったか? 俺は黒猫館を知っているじゃないか、そうだ、今となっては誰よりも良く。何せ生存者は俺一人で――……。

「秋保」
「あ……」

 気付くと、ビッシリと嫌な汗を掻いていた。

「……なぁ、駿河。俺とお前は、探偵協会に、俺が問い合わせて引き合わせられたんだよな?」
「そうだな」
「俺はその前、探偵がいないのが不安で病院に行くほどで……いや……違う。違う……いいや、違わないのか。そうだ、俺は――駿河がいないのが不安で病院に行ったんだ。でもそれは俺だけの名探偵の活躍が見られなくて辛かったからじゃない。殺されかけた俺を救ってくれた名探偵がそばにいないと俺、確か……」

 思考がまとまらない。自分が何を口走っているのか、よく分からない。

「駿河は、助手がいなくても発育良好な探偵才能児だったんだよな……?」
「そんな探偵はいない。無論、俺もきちんと、お前を幼少時に見つけ出してもらった。だから今の俺がある。だが当時はそんな自覚は無かった。ただ自分が天才なのだとしか感じていなかった。だから俺の助手をするために、知識を身に付けたいからと、推理小説家に弟子入りするとお前が言い出した時も、どうでも良いと思っていた」

 気付くと俺は震えていて、駿河はそんな俺を抱き寄せた。

「俺はバカだったよ。推理小説家にお前が殺されかけたと知った時、それに漸く気付いた。奴の動機は、俺を煽る事だった。俺に勝つ事だった。その為だけに、お前を殺そうとした。無論、自分の作品に現実の狂気のリアルを取り入れたいという動機もあったからこそ、お前以外も殺めたんだろうが――お前が狙われたのは俺のせいだ。だから俺は、お前との関係を協会に交渉して解消した」

 俺は素直に駿河の腕の中に収まった。俺の髪を撫でる駿河の手つきが優しい。

「そして事件を解決した。海東も皆方も、お前の事は一被害者としては知ってる」
「……」
「ただあの日、捜査協力を求められる前に、俺は尋常では無く嫌な予感がした。お前を失う予感だ。それまで色褪せていた俺の世界に、初めて激震が走った。それも、嫌な意味合いで、な。もう、全てを悟った時、俺はお前の傍に居るべきでは無いと思った」
「駿河……」
「でもな、お前は俺をまた探してくれた。事件が理由で全てを健忘していて、そうである事すら自覚できないような状態だったのに、俺の事を求めてくれた。それを知ったら、やっぱり無理だとここでも気付かせられた。秋保から離れるなんて無理だ」

 駿河の手に力がこもった。俺は俯く。

「――俺と駿河は、二年前に出会ったんじゃないのか」
「ああ、違う。俺達は、再会したんだ」
「……」
「俺は二度と、秋保を危険な目に遭わせたりはしない。だから、推理なんかどうでも良いんだ。俺はお前が大切なんだよ」

 急に思い出した事件の悲惨な記憶と、優しい駿河の声が、俺の三半規管を麻痺させていく。なんだか胸が辛くて、俺は震える手を、駿河の背中に回した。

「でも、俺はお前の活躍が見たい……いい。危険な目に遭っても良い」
「ダメだ。お前が居なければ、俺は生きていけない」

 いつもだったら、生活費について軽口を俺は叩く。でも、今はそんな気にはなれなかった。その時、駿河が俺の顎の下に指で触れ、俺の顔を持ち上げた。

「好きだ、秋保。言ってなかったな」
「……思い出した限り、俺の童貞にはきちんと理由があったから、お前の推理はハズれてた」
「――へ?」
「俺の方こそ、俺こそ、駿河の事を出会った時から好きだったから、だから、そういうのに興味が無かったんだ」
「お前、女が好きって……」
「忘れてたんだよ、恋心も」

 俺が苦笑した直後、目を見開いてから、不意に激しく駿河が俺の唇を貪った。
 その感触が、決して嫌では無い。
 そのまま、俺は寝台の上に、駿河に押し倒された。

 見上げると、俺の右手首に駿河が触れた。

「今でも痛むんだろう?」
「ああ……でも、俺、痛くなる理由まで忘れてた。まさか、右手の指、切り落とされる所で……そこに駿河が来て助けてくれたんだったなんてな……」
「俺が忘れさせてやりたい」
「ン」

 再び唇を塞がれる。濃厚なキスにクラクラしていると、その口付けが終わった時、どこか焦燥感に駆られるような瞳で、駿河が俺を見た。

「抱いても良いか?」
「……うん」

 こうして――俺達の夜が始まった。

「ぁ……あああ、ア! ァあ!!」

 巨大な駿河の陰茎が挿ってくる。押し広げられる感覚に、俺は涙ぐんだ。初めての俺の体を、これでもかというほど丹念に愛撫した後、駿河は根元まで突き入れた。

「辛いか?」
「う、ぁ――息できない……っッ」
「悪い、止められそうにもない」

 ローションつきのゴムが、痛みは緩和してくれるのだけれど、引きつるような感覚を俺に齎す。俺はポロポロと快楽由来の涙を零しながら、駿河の体に抱きついた。

「あ、あ、もっと動いて、あ……ああ」
「好きだぞ、秋保」
「ああああ!」

 駿河の動きが速くなっていく。俺は喘ぎながら、体を震わせた。駿河は俺の感じる場所ばかり突き上げてくるから、頭が真っ白になったまま戻らない。全身がドロドロに熔けてしまいそうで、汗ばんだ互いの体が密着する度、俺は心地良い温度に浸る。

「ん、ンン!」
「締めすぎだ、力、抜けるか?」
「無理だ、あ、あああああ、ダメ、ダメだ。あ、おかしくなる、なんか、あ、あああ」
「――っく、イけよ。好きなだけ、イっていいから」
「あああああああああ!」

 その後激しく抽挿されて、俺は果てた。絶頂の齎す快楽の漣が、俺の全身を絡め取って離さない。必死で息をしている俺を見下ろしながらも、駿河は動きを止めない。

「あ、あ、待ってくれ、ダメ、まだ――やぁあああ」
「もう待てない。ずっと、お前が欲しかった」

 この夜俺達は、散々交わった。
 気付くと俺は意識を飛ばしていて、カーテンの向こうから差し込む光は白かった。

「っ……」

 酷く喉が渇いていた。それを伝えようとした時、寝台に腰掛けて煙草を吸っていた駿河が、俺の頭を優しく撫でた。

「可愛かったぞ」
「……冷蔵庫から、水取ってきてくれ」
「おう。そうしたら、もう一回な」
「――え」
「推理ごっこまでは、まだ時間はたっぷりある」

 狼狽えている俺に、既に用意済みだったペットボトルを渡した後、ニっと駿河は笑ったのだった。


 さて――。
 陰惨な過去の事件のほかに、駿河への恋心を思い出した俺は、イベントが始まってから、名探偵に腰を支えられる形で洋館の大広間へと向かった。すると駿河が、俺の耳元で囁いた。

「こんな簡単な、ロジックですらないトリックですらない、ただの知見の一つを、ドヤ顔で推理する連中を見るより、もっと俺と部屋で過ごさないか?」

 俺は赤面しつつ、駿河を軽く睨んだ。

「もうトリックが分かってるんなら教えてくれ」
「――エイムズの部屋。図で見せた方が分かりやすいな。心理学の錯視の実験の一つだ。魔術があるかは知らないが、これは少なくとも魔術じゃない」

 ふぅんと頷きつつ、俺は少し考えてから首を振った。

「知識がどれだけ誰にあるか知るのも楽しいからここに居る」
「……ほう」
「代わりに……島から戻ったら、一緒に過ごそう」
「――へ?」
「今度、恋人っていう俺がいるのに、他の誰かを俺の事務所――であろうがどこであろうが、どこかに連れ込んだら許さないからな。もし俺がそれを目視でもした日には、一巻の終わりだと覚悟しろ」

 笑顔で俺が宣言すると――駿河が嬉しそうな顔をした。
 俺と駿河が婚姻届けを提出するまで、あと少し。駿河が捜査協力を再開したのもこの直後だ。性的に奔放だったのも、嘘のように変化したが……代わりに俺は抱き潰される毎日だ。ただ、それらはまた別のお話だ。





     (終)