カプリコーンは食べられる






 ――地味。

 これは物心ついてから、俺が言われ続けてきた言葉だ。なんなら、誰かが作ったという遊びの星占いソフトで、性格診断をしてみたら、他の十一星座はそこそこ長いコメントが添えられていたというのに、山羊座だけ『地味』の一言だった過去すらある。

 それはこの株式会社プラNetに就職した今なお、俺に対してもたらされる変わらない評価でもあるし、俺自身もそう思っている節がある。というか、俺を挟んでいる同期が個性的過ぎる。

 営業の射手は、一見馬鹿だ。底抜けに明るく気の良い奴――っぽい、が、変なところで哲学的だったりするし、何より仕事が出来る。営業成績一位になったのは、入社してすぐの事だ。真面目に仕事をする姿は、率直に言って格好いい。明るすぎる普段とのギャップがすごい。

 もう一人の同期の水瓶も、天才肌だ。こちらは開発部に入って早々、優れた新商品はおろか理論を生み出し続けている。

 そんな二人の間にあって、俺は毎日パソコンのキーボードを叩く毎日だ。決して大きな会社ではない。部署が違ってもオフィスは同じだ。俺の仕事は、水瓶が開発した理論や商品をプログラミングして製品とする事で、それを売りに行くのが射手だ。所謂IT企業である。

「よぉーし、今日の仕事、終わり!」

 射手が椅子の背をギシギシ言わせながら声を上げた。視線を向ければ両手を上げていて、表情は笑顔だ。長身で手足が長い。口を開かなければ、イケメンの一言につきる。いいや、話してもそれはそれで面白いのだが。気取らない所も長所だと思う。

「おー、終わった? じゃ、行く?」

 すると別のブースから、双子が顔を出した。双子は途中採用で入ってきた営業だが、年齢でいえば、俺達三人と同じだ。射手と親しい。この二人は、いつも出かけていくメージがある。

「行く行く! あ、牡羊の事誘っておいた」
「天秤先輩は今日は長引くらしくて難しいって。獅子部長は来るって」
「おごりだな、飲むぞー!」

 どうやら営業部の飲み会があるらしい。うちの営業は、獅子部長と天秤先輩がひっぱっていて、そこに射手と双子、後輩の牡羊が頑張っている。他の部署のメンバーと合わせて、このオフィスには、総勢十二名が勤務している。俺もその中の一人だ。

「じゃあな、山羊、水瓶。先に行くわ」
「お疲れ様」

 水瓶が顔を上げた。俺も頷いて返す。にこやかに手を振ってきた双子には、手を振り返しておいた。それから、二時間ほどしたところで、水瓶も仕事を終えたらしく立ち上がった。

「僕も帰るよ。お疲れ様」
「お疲れ」

 見送りながら、俺はまだまだ終わらない作業風景が広がるパソコンのモニターを見た。明日までに終わらせなければならないから、残業は確定だ。比較的ホワイトで、うちの会社は残業代は出る。そこは有難い。俺は気を引き締めなおしてから、キーボードを叩く作業に戻った。視線は常にモニターを見たままだ。

 三十分、一時間、一時間半、二時間、二時間半――。

 時の流れが早い。幸い、俺のマンションは会社から近く、徒歩で通勤可能なので、終電を気にする必要はない。在宅作業も認められているし、遅くまで残った翌日は休む事も許されている。憎いのは納期だ。今俺が行っている作業が、会社のパソコンの方がやりやすいという理由さえなければ、今頃俺だって帰っていたと思う。

「……」

 今頃、射手達は飲んでいるのだろうか。別段酒が好きだというわけではないが、ちょっと羨ましくもある。俺の部署は、俺以外は在宅で作業している事が多い。だから帰りがけに一杯というような部署飲みはあまりない。飲みュニケーションは億劫だという話も聞くが、一切ないのも少し寂しい。ちなみに俺の部署のメンバーは、蟹先輩や蠍先輩だ。

 なお企画・開発は、水瓶の他には牡牛先輩と後輩の魚がいる。他には経理の乙女先輩は、一人で全てを担っていたりする。

 気づけばオフィスには、俺一人きりになっていて、時刻は夜の十一時半を回っていた。

「あれ、まだ残っていたのかい?」

 声をかけられて、俺はビクリとした。反射的に顔を上げると、そこには天秤先輩が立っていた。俺に歩み寄ってきた天秤先輩こそ、今まで営業に出ていたのなら、働きすぎ疑惑がある。

「は、はい」
「あ、ごめんね。邪魔しちゃって」
「いえ。お疲れ様です」
「客先でマフィンを頂いたんだけど、良かったら一つどう?」
「有難うございます」

 お礼を告げると、箱から取り出した袋入りのマフィンを一つ、天秤先輩が俺のデスクに置いた。天秤先輩は気遣いの人だと俺は思う。俺もこういう気遣いが出来る人になりたいが、現状自分の仕事に精一杯だ。

 この会社には、営業事務さんはいない為、その後天秤先輩は本日分をまとめてから帰っていった。俺の終わりは、まだ見えない……。

 結局、俺は一仕事終えたのは、リモート作業中の蠍先輩が起きだした午前二時過ぎだった。引継ぎをし、俺は席を立つ。ネクタイに触れながら、肩がこったと思いつつ嘆息した。その後はコートを着て、オフィスから出た。俺が最後になるというのはあまり珍しい事ではないので、鍵を一つ預かっていたりもする。

 帰りがけに何か購入しようにも、開いている店などコンビニくらいだ。
 俺は簡単にサラダと弁当、それから梅味の缶酎ハイを三本購入し、帰路を急ぐ。

「はぁ……」

 こうしてマンションへと帰宅し、俺は鍵を開けて靴を脱いだ。今日も肩がバキバキだ。俺はたまに温かい家庭を夢見る事がある。誰かが出迎えてくれて、美味しいご飯を用意してくれていればいいのにといった夢だ……。夢は夢だ。

 彼女いない歴イコール年齢の俺。しかしこれには理由がある。俺も薄々気づいている。過去、俺は女性を好きになった事が無い。つまり、多分、おそらく、いいやきっと、ドきっぱりと述べるとするならば、俺はゲイだ。だが、彼氏いない歴と年齢もまたイコールで結ばれている。

 地味な俺にも一つくらい個性があっても良いのかもしれないが、それがマイノリティというのは、結構辛い。なお、同性に心を惹かれた事は何度もある。社会人になってからは仕事をするのに必死で全然恋をする余裕も無いが……それだって例えばドキリとした事もある。悔しい事に、それは射手であり、数秒で終わったが。

 私物のパソコンを起動してから、行儀は悪いがその前で俺は買ってきた品を口に運ぶ事に決めた。疲れすぎて無性に出したい。しかし眠い。よって食事をしながら、エロ動画を見る事に決めた。我ながら寂しい。モニターに映るオカズも無論、ゲイビだ。

 割りばしを片手に、サラダのレタスを口に放り込みながら、いちゃいちゃから始まった、ちょっとストーリー性のある動画を眺める。俺は別にそれほど、行為にこだわるわけではなく、逆に夢見ている点を踏まえてもこうしたデート風景のような部分にも憧れがある。

 俺も彼氏が欲しい。休日にはデート……と、までは言わない。優しく隣でダラダラしていてくれたら良い。梅味の缶酎ハイを傾けながら、そうはいっても今のようなデスマーチ続きでは厳しいかなとも思う。

 その後弁当を食べ終えてから、俺はシャワーを浴び、その場で抜いて、欲求を収めた。



 仕事明けの爆睡は、本当に心地良い。

翌日、俺は誰かがインターフォンを鳴らす音に気づくまで、ずっと寝ていた。比較的規則正しい生活を仕事以外では心がけているのだが、熟睡してしまった。寝ぼけた頭で、ベッドサイドのスマホを手に取り確認すれば、既に十四時を過ぎていた。

 寝すぎた。

 慌てて体を起こし、手の甲で目元をぬぐってから、インターフォンを見に向かう。
 するとそこには、見慣れた顔が映っていた。射手だ。

「射手? どうかしたのか?」
『あ、いや今直帰する所でさ。天秤先輩に聞いたぞ、昨日も徹夜らしかったって。珍しく出社してた蠍さんも夜中に連絡があったって言ってたから――寝てたか?』
「悪いな、寝ていた」
『倒れてないか気になって、来てみたんだよ』

 射手の家は、比較的遠方らしい。その為、何度か飲み会の関連で、俺は射手を家に泊めた事がある。

「有難う」
『いやいや、ついでだから。一応食べ物買ってきたんだけど、開けてくれ』
「ああ、待っていてくれ」

 答えた俺は、慌てて顔だけ洗ってから、エントランスへと向かい鍵を開けた。
 するとビニール袋を下げた射手が、明るく笑っていた。

「どうぞ」
「お邪魔しまーす」

 俺が招き入れると、射手は勝手知ったる様子で入ってきた。そこそこの回数、泊めているのは間違いない。射手は酒好きだが、別に強いというわけでもないのか、たまに酔ったと言って俺に抱き着いてくる事があるほどだ。

「今、お茶を淹れる」
「おう、悪いな」

 テーブルの前に座った射手に首を振ってから、俺はキッチンへと珈琲を淹れに向かった。

『ぁ、ァ……あン……んンっ』

 そして戻った瞬間、聞こえてきた声に蒼褪めた。目を見開いて私物のパソコンを見れば、昨日途中まで見たゲイビの続きが――それもがっつり裸で睦みあう男同士の姿が映し出されていた。

「な」
「……」
「射手、か、勝手に触ったのか?」
「いや……突然始まった……? あ! 俺が今スマホで、自分の家の炊飯器のスイッチ入れたから、誤作動かもしれない。よく勝手に近場のオーディオ機器とかが動くんだ……けど、え?」
「!」
「ゲイビ? すごいな……」
「っ、そ、その……」
「山羊って、こういうの見るんだな」
「っ!」

 完全に視聴していた事がバレている。終わった。色々と終った。俺は自分の指向を、これまで誰かに語った事などない。ひかれる、絶対。射手は口も軽い方だと俺は思っている。少なくとも双子には伝わる気がする。もう明日、会社に行ける気がしない。噂になって、白い目で見られる想像と不安で、俺は凍り付いた。

 何より、比較的親しい同期の射手には、知られたくなかった。それに実を言えば、真剣に仕事をしている時(だけは)、射手はとても格好良く、何度か惹かれかけた事がある相手でもある。普段は陽気だし、すぐに気のせいだと俺は片づけたが。

「でも、俺が昨日見たやつの方がすごいな」
「――へ?」
「ドラゴンカーセックスって知ってるか?」
「は?」
「車をドラゴンが犯すんだけどさ」
「悪い、ちょっと何を言っているのか分からない」
「コレコレ」

 射手がその場でスマホを操作し、言葉そのままに、白い車体の後部座席までを凶暴な一物で貫いているドラゴン(CG)のエロ動画を俺に見せてきた。俺は呆気にとられた。

「男同士はまだ人間だからわかる。俺、さすがに排気口から挿れたのか悩んだわ」
「あ、ああ……そ、そうだな」
「車を丁寧に愛撫する神経って、洗車に通じるものがあるんだろうかとか考えてさ」
「そ、そうか」

 え……? まさかのバレてない? 俺の性癖は、露見していないのか? そ、そうか。ネタとして見たと思われているのか? こ、これが普通の反応か?

「と、とりあえず、ど、どうぞ」

 俺は思いっきり噛みまくりながら、珈琲を射手の前に置いた。そしてテーブルの角を挟んで隣に自分も腰を下ろす。ドラゴンカーセックスのインパクトが強すぎて、頭は白いままだ。

「それで、山羊はどっちなんだ?」
「何が?」
「上? 下? ドラゴン? 車?」
「ぶっは」

 話が変わるのかと思ったが、そんな事は無かった。俺は珈琲を勢い良く噴き出しかけたが、何とか堪えてせき込んだ。

「俺は上! まさにドラゴン!」
「射手……お前は、男も、その……?」
「うん? 俺は基本的に、愛に性別は関係ないと思ってるし、セックスに関してはスポーツに通じる所もあると思ってるかな。山羊は? 見てたんだし、イけるんだろ?」

 射手は雑談なのか、普通に聞いてくる。俺を逃してくれるわけではないらしい。
 どうしよう。ネタで見ていたとごまかすべきなのか、それとも……。
 そんな事を考えていたら、うっかり砂糖を入れすぎて、珈琲が大変な状態になった。

「山羊」
「な、なんだ?」
「動揺しすぎじゃないか? 俺、何かまずい事を聞いてるか?」
「……え、ええと……お、俺は……」

 自分が上か下かは、考えた事があまり無かった。だが、一回でいいから、本音を言うのならば、誰かに抱かれてみたいというのはある。そう考えた瞬間、顔から火が出そうになった。

「真っ赤だぞ? 大丈夫か?」
「……下ネタが苦手なんだ」
「つまり、むっつりって事だな?」
「っぶ」
「こんなに凄いの見てるんだし」
「もうやめてくれ!」

 思わず声を上げると、射手がクスクスと笑い始めた。

「山羊って今、恋人いないって言ってたよな?」
「悪いか?」
「いや、全然。俺もフリーだよ」
「へぇ」

 そういえば射手は、先月別れたと話していたような気がする。射手は結構モテるため、どうせその内、相手ができるだろうと俺は思う。いない歴イコールの俺とは違う人種だ。

「見てたって事は溜まってるんだろ?」
「っ」
「山羊さえ良ければ、俺、山羊なら余裕で抱けるけど」
「――は?」
「俺とさ、ドラゴンと車みたいな関係にならないか?」
「お前、どこまで本気で言ってるんだ?」
「? 俺は終始本気だぞ。山羊の事、ずっと可愛いって思ってたし」
「眼科の予約を取って来い。今日は直帰なんだろう?」
「うん。で、明日は土曜で、山羊も俺もお休みだしな。一発どうだ?」
「どうって」
「誘ってる」
「雰囲気も何も無いな。しかも軽い」
「甘い雰囲気出して、重々しく言えばOKって認識するけど」
「そ、そうは言ってない!」
「なぁ、山羊。俺じゃダメか?」
「え」
「俺はお前を抱きたい」

 そう述べた時の射手の瞳は、仕事に集中している時に稀に見せる格好良さを持っていて、俺の好きな色を浮かべていた。再び俺の頬が熱くなる。からかうなというべきだと理性的に判断したのに、過去に数秒は惹かれた事のある顔だったから、言葉に詰まってしまう。

「先に、シャワー借りるわ」

 射手はそう言うと立ち上がり、何度か貸した事のある浴室へと消えた。
 残された俺は、モニターをちらっと見た。

『ぁ、ア! もっと……』

 受け入れる側の男優が、気持ち良さそうに喘いでいる。慌てて俺は、動画の再生を停止させた。そして片手で顔を覆う。もう本当にどうしていいのか分からない。まさか射手は、本気で俺を抱きたいと口にしていたのだろうか?

「……いや、まさかな」

 言っては何だが、地味で平凡な俺だ。可愛さなど欠片もなく、普通の成人男性である。本当に射手が男もイけるのだとしても、俺を選ぶ理由が無い。

 射手が出てくるまでの間、それを無性に長く感じながら、俺はほぼ砂糖で埋まっている珈琲を二度ほど無意識に飲んでしまい泣いた。

「出たよ。山羊も入るか? 俺は気にしないけど」
「射手……っ、その、本気で言ってるんじゃないよな?」
「はぁ?」
「だ、第一! 体を重ねるとして、ゴムやローションも――」
「鞄に入ってる」
「……」
「常備しとけよ、山羊も。そのくらい」

 これがリア充の普通なのか? 俺には分からない。

「じゃ、ベッド行くか」
「……っ」
「脱げよ。それとも、脱がせてほしいか?」
「な……そ、そのくらい一人で出来る」
「つまり、シていいって事だな。了解」
「!」

 俺の口は迂闊だった。しかし興味がないわけでもなく、つい俺はそのまま服に手をかけた。緊張して指先が震えたが、幸い脱ぎやすいゆったりとした部屋着だった。

「キスして良いか?」
「う……そ、その……ほ、本当に?」
「するから」

 射手は強引だった。そのまま、俺の体を抱き寄せると、初めは触れるだけのキスをした。そして何度も啄むようにしてから、俺の下唇を舐める。緊張でガチガチになっている俺を見ると、その後射手が小首を傾げた。

「少し口、あけて」
「あ、ああ……――んン」

 するとすぐに深いキスが降ってきた。舌で舌を絡めとられる。実はキスすら初めてな俺は、息継ぎの仕方が分からず、大混乱状態になった。

「っ、ぁ……」

 だが射手は巧みに、呼吸を促してくれた。そうではあっても長い口づけが終わる頃には、俺の全身から力が抜けてしまい、思わず射手の胸板に体を預けていた。 

「山羊は、やっぱり可愛いな」
「……、……」
「いっぱいよくするって約束する」

 そのまま俺は、射手に支えらえてベッドへと移動した。


 ――射手の愛撫はとても丁寧だった。

「ぁ、ァぁ……っ、ぅ……」

 気づくと俺はすすり泣いていた。もう二時間くらい、ずっと内部を解されている。何度もローションを増やして、射手は俺の中を広げていく。時折その指先が、俺も知識だけは知っていた前立腺を掠めると、出したくなってビクビクと俺の体が跳ねた。

「ぅ……っッ……う、う……ぁ……ァぁ」

 張りつめた俺の陰茎は反り返り、先端からはひっきり無しに先走りの液が零れていく。

「も、もう……もう、もういいから……っ、ぁ」
「いいって何が?」
「やめ、射手……は、早く……あ、ぁ……ぁぁぁ」
「早く、何?」
「頼むから、早く……挿れ……」
「――同意、って事で良いんだな?」
「あ、ああッ、うん、ぁ……ァあ……」

 ついに堪えきれなくなって俺が哀願すると、射手がやっと指を引き抜き、ゴムをつけた先端を俺の菊門へとあてがった。

「挿れるぞ」
「あ、っ――うあ、ぁ……ア!」

 たっぷりと解されたというのに、挿入された時には、押し広げられる感覚がした。未知の体験に、俺は背筋を撓らせる。繋がっている個所が兎に角熱い。ぬめるローションの水音が恥ずかしい。痛みは無い。

「あ、あ、あ」
「絡みついてくる」
「あ、ァ」
「でもまだキツいな。初めてか?」
「う、うあ……あ、ああ……ああ……」
「ふぅん。じゃ、これからも俺の事だけ知っておけばいいからな」
「ああ!」

 射手の動きが荒々しくなった。かぶりを振って涙ぐみながら、俺は快楽に浸る。気持ちの良い場所ばかりを何度も突き上げられ、どんどん体が熱くなっていく。もう何も考えられそうにない。

「やぁ、射手。イく。イくから、っ……ぁア!」
「俺も」
「ああ――!」

 そのまま深く穿たれた時、俺は射精した。ぐったりとベッドに沈んだ俺の腰骨を掴み、射手も放ったようだった。


 目が覚めると、俺の体は綺麗になっていた。ぼんやりとしていると、隣に寝ころんでいた射手が、俺にミネラルウォーターのペットボトルを見せた。

「大丈夫か?」
「あ、ああ……」

 俺の声は、少し掠れていた。無性に気恥ずかしくなって、俺はギュッと目を閉じる。

「そうか。なら良かった。そろそろ俺は帰る。明日もゆっくり休めよ」

 射手はそう言うとベッドから降りた。慌てて目を開けてそれを見た俺は、その後帰っていく射手を無言のまま、真っ赤のままで見送るしかなかった。

 ――という週末があり、俺は土日の間ずっと、次にどんな顔をして射手と会えば良いのか悩んでいた。それでも出社しないという選択肢は無かったので、翌月曜日、会社に向かった。オフィスの扉を、深呼吸してから開ける。そして自分の席があるブースへと向かった。射手の姿は無い。営業で外回りをしている時間だから当然だろう。

「おはよう、山羊」

 いつも通りの水瓶に挨拶されて、俺はホッとした。

「おはよう」

 挨拶を返してから、俺は椅子を引く。そして座りながら、デスクを見た。

「っ」

 するとメモが置いてあった。

『今夜、行っていいか? 射手』

 と、書いてある。手に取り、俺は反応に困った。それから私物のスマホを取り出し、トークアプリを起動する。同期という事もあり、射手の連絡先は知っている。だがそちらには、特に何も着ていない。実はこの無反応も、俺が週末の間悶々としていた理由だ。射手にとっては何という事も無い遊びだったのかなと思っていた次第である。

 だが、このメモはなんだ?
 ……少なくとも、メモを理由に、俺から連絡をしても許されるよな?
 許されるはずだと、一人俺は内心で言い訳した。

『今夜は空いてる』

 俺がそう送ると、すぐに既読になり、すぐにスタンプが返ってきた。仕事の邪魔をしてしまったかと思ったが、『了解』と書いてあるスタンプの文字を見て、俺は騒ぐ鼓動をなんとか押さえるべく再び深呼吸をした。

 この日はそわそわと仕事をこなし、定時を回ってすぐに作業を終えた。
 先週までが忙しかった分、今週はちょっとゆっくり出来る。

 射手が帰社したのは、十八時過ぎの事だった。隣の席からキーボードを叩く音が聞こえるから、まだ営業の事務作業をしている最中だというのが分かる。妙に意識してしまって、俺は無駄に明日の分の仕事まで少し行い、気を紛らわせてしまった。

「よぉーし終わったー!」

 隣から射手の声が聞こえてきた。先週までそれはただの日常風景だったはずなのに、ドキリとしてしまい、俺は硬直する。

「山羊、終わった?」
「あ、ああ」
「じゃ、行くか」

 そう述べた射手の声があんまりにも大きく思えて、俺は一人で唾液を嚥下する。

「どこか行くの?」

 すると水瓶が顔を上げた。

「おう。山羊とデート」
「い、射手!」
「なんだよ?」

 デートだなんてさらりと言われて、俺は倒れそうになった。射手には隠す気はないのだろうか? いいや、ただの冗談か? わからない、何も分からない……!

「いってらっしゃい」
「おう。水瓶も今度一緒に飲みに行こうな」
「そうだね、たまには同期飲みも良いかもね。ただ、惚気とかは特に聞きたいと思わないから、気を遣わなくていいよ」

 水瓶の言葉も本音なのか冗談なのか分かりにくい。
 俺一人が困惑して震えていた。

「ほら、行こう」

 そうして射手に背中を押され、俺は入口へと向かった。

「お先に失礼しまーす」

 射手がよく通る声で言ったため、俺も慌ててそれに倣って挨拶をした。

「行先は、俺の家でいいのか?」

 歩きながら俺が尋ねると、射手が首を振った。

「いや。最終的にはそうなるけど、その前に食事をしよう」
「あ、ああ」
「きちんと、『甘い雰囲気』が出る、『重々しく告白可能』な店、予約しといたから」
「――へ?」
「道中では、これから待ち受ける俺の告白への返事、ちゃんと考えてくれ」
「な、何……を、え? こ、告白?」
「足が止まってる。行くぞ」

 俺は大混乱しながら、歩き出した射手についていく。
 そうして連れていかれた先は、電車で二駅先の、創作フレンチのお店だった。個室席ばかりで、洒落ている。

「ようこそおいで下さいました、射手様」
「お久しぶりです、オーナー」

 そんなやり取りがあり、俺達は奥の一室へと通された。

「ここ、接待で何度か来たんだけど、料理が最高に美味しいんだよ」
「そ、そうなのか」
「きっと山羊も気に入ると思う」
「あ、ああ……なぁ、射手? 告白というのは……?」
「うん。率直に言うけど、俺と付き合ってほしい。恋人になって下さい。それでワインだけど、赤と白どっちが好きだ?」
「白だな。え、ええと……」

 世間話のついでのように告白されて、俺は戸惑った。確かに雰囲気のあるお店だし、甘い言葉を囁かれたら陥落する人間が多数だろう店の空気感ではあるが、俺は震えるしか出来ない。

「……べ、別に責任とかを感じる必要はないんだぞ? あれは同意だったし、射手は別に俺を好きじゃないだろう?」
「責任? 感じないし、同意だって俺も思ってる」
「そ、そうか」
「でも、俺が好きじゃない? 好きじゃないのに、山羊を抱くと思うのか?」
「え?」
「山羊の事、アリだって思ったから抱いた。俺、無理な時は本当無理だ」
「……」
「考えてみると、これまでは同期としてだったけどな、山羊の事ずっと好きだったし――週末じっくり考えて、きちんとしたいと思ったんだぞ、これでも。山羊を大切にしたい」
「い、射手……」
「だから俺とお付き合いして下さい」
「!」
「慎重派な山羊の方こそまだ俺を好きじゃないかもしれない――と、思ってたけど、今日ずっとチラチラ俺の事みて意識してるの可愛いとしか言えなかった」
「っ」
「俺は幸せにするとか、生涯一緒にいるとか、その場しのぎの口約束は出来無い。でもな、山羊がそばにいてくれたら俺は幸せだし、一緒にいる時だけでも俺を見てくれたら幸せだよ。そしてその期間がずっと続けば良いと願ってる。だから、俺の恋人になって、そばにいてくれ」

 途中から射手の声が真剣なものに変化した。思わず気圧され、俺は視線が離せなくなった。そこへ、店員さんがやってきた。

「料理は予約した品を。ワインは、白のお薦めと、赤のこの――」

 するとそれまでの話題など無かったかのように、手慣れた様子で射手が注文する。そして店員さんが下がると、指を組んで、テーブルの上に肘をついた射手が俺を見た。

「他にも追加で頼めるから、気になるものがあったら言ってくれ」
「いや、任せるけど……本当に俺が、お前のそばにいても良いのか?」
「いてくれるのなら」
「……」
「悪いけど答えは急いでくれ。今日中に貰う。俺はまどろっこしいのは嫌いなんだ。欲しい答えを得るためなら、俺はチェーン店の牛丼を食べたい気分でも、好きな相手の好きそうな店をチョイスしてステーキを注文したり出来るけどな、結果がすぐに知りたいし、欲しいんだよ」
「!」
「要約すると、山羊が欲しい。そして基本的に俺は、狙った獲物は逃さない」
「っ」
「山羊、答えは?」

 ――この日。
 俺は料理が運ばれてくる前に、射手に陥落した。






   【了】