【2】他人は一律に他人であり、僕は嫌いだ。




 自分の魔術武器が評価されて嬉しくないわけでは無い。
 しかし、迷惑な客が多すぎる。
 注意書きに、何度「オーダーメイドを受け付けない」と記載しても、この手の客は来る。それも「ファンだ」と言って。何故、ファンなのに、注意書きを読まずに迷惑行為に及ぶのだろうか? 僕には理解できない。理解できない他人が多すぎる。だから僕は他者が嫌いだ。

「マーカス団長、また来ていたのかい?」

 続けて開いた扉の向こうからは――こちらも毎日顔を出す、迷惑な他人がいた。
 彼はユリスという名前をしていて、近隣でも評判の『親切な人物』だというが、僕の大嫌いな他人の一人だ。ユリスは、この二階建ての家の貸出主である。この街が誇る資産家の長男でもあり、世間の評判的には、『若くして天涯孤独になった魔術武器職人に目をかけている』そうであるが、僕からすれば、違う。

「迷惑な人だよねぇ。オーダーメイドは断ってるのにね」
「……」
「所で、僕にだけ、本当にちょっとだけ、新作の魔導書を見せてもらえないかな」

 僕はきつく目を伏せた。
完成するまで、一切の魔術武器について、僕は公開しない事にしている。
 これもまた注意書きに書いてある。

「僕とラストの仲だし、良いだろう?」

 ユリスもまた、迷惑極まりない傍迷惑な他人である。
 僕は親切ぶる他人が嫌いだ

 『大丈夫か』、『心配だ』と口にしながら、僕がやらないで欲しいと頼んでいる事を「自分はこれだけ親身になってあげたのだから、何をしても特別に許される」と勝手に誤解する事が多いからだ。

 他人は一律に他人だ。

 親切であろうが無かろうが、他人により害を被っている時、僕にとって他者は全てが害悪に等しく、その内の一握りに慰められ交流を結んでいようとも、それは心の傷を癒すことに繋がっているわけではない。常に傷つけられる脅威の元にある中で、こちらは答えている。その範囲に置いて、声を大きくして注意を書き、して欲しくないことを懇願しているのに、何故自分のみ許されると誤解しているのか。

 そう――僕は、他人がいる世界で、傷ついているのだ。

「そう言う気分じゃないんだ。帰ってくれ」

 僕がきっぱりと伝えると、苦笑してユリスは出て行った。
 苛立ちながらも、僕はようやく仕事を開始する事が出来た。

 今手がけているのは、魔導書だ。
 規定の術式とは少し違う。しかし、効力を高めるためには、今僕が用いている記術式の方が良い。魔導書は、魔術古語文法の正しさにより、威力が高まるわけではない。だが、製作する上において、記法を思案する事はある。そんな時――僕は、効果や威力を採る。

 気づくと昼を過ぎていて、我に返ったのは、再び扉が開いた時の事だった。

「どういう事だ!?」

 怒鳴り込みながら、見知らぬ他人が入ってきた。

「この結界魔導具の結界の狭さは何だ! 説明書の範囲より1mも狭い。お前にとってはたった1mであってもな、魔獣に怯えている購入者の気持ちを考えろ」

 その言葉に、僕は魔導具を受け取った。見れば――調整ネジが、最小に合わせてあった。最大にすれば、1m範囲は広がる。とはいえ、分かりにくい記載をしたのは僕のミスと言える。また、不快な思いをさせたという部分も、謝罪すべき事だ。

「まず、ご不快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」

 感情面に対して、最初に謝罪する。それから、説明書について伝え、効果について伝えた。すると――見知らぬ他人が、吐き捨てるように言った。

「謝れば良いってものじゃないだろう」

 ――僕は、ミスを許さない人間が嫌いだ。
 誰にでもミスはあるだろう。だが、謝罪をした時、謝れば良いというものではないと、ひたすら憤りをぶつけ、ストレスの解消を図る醜い人間は何なのだろう。見ていて愚かだ。こちらとて、許されたくて謝罪しているのではない。そこを誤解して欲しくはない。自身の道徳観と照らし合わせた時、それが自分の中で間違った行いであったから、自分の中での正当性と照らし合わせ、天秤にかけた上、それがミスであると理解したら謝罪を述べるのである。なお、これは、怒らせたという感情部分に対して謝るのとは意味が異なる事は付け加えておく。

 謝っても許さないというのであれば、糾弾になど来ずに、訴えでもすれば良いだろうに。結局の所、内心の感情を制御できない未熟な人間であるという証明なのだ。内心はどうあれ、謝罪を受け止められるのが大人だと僕は思う。だが、大人は少ない。だから僕は他人が嫌いだ。

 その後散々怒鳴り散らし、自分は被害者だと泣き叫んでから、その見知らぬ他人は帰っていった。疲労感に溜息を零した時、再び店の扉が開いた。入ってきたのは魔術武器専門店の店員だった。このハリルという人物は、自称魔導書の読書家だ。

「ラストくん。今回の一位の魔導書だけどね、効果は良いのかもしれないけれど、記述の文法が滅茶苦茶でとても読んでいられなかったよ」

 そこから始まり、滔々と、こちらが分かった上で使用している魔術理論の記載方法について、彼は語り始めた。