【5】俺の生活は、別に困窮していない。





 さて――お寺の年収百万弱の俺ではあるが、それ以外の(即ち)除霊報酬を含めると、年に七百万円前後は、例年稼いでいる。人には言えない仕事であるし、公的自己紹介となれば、ほぼほぼ無職の寺の住職となるが……別に生活に困窮しているわけではない。

 だが俺は別段、高額報酬を請求する悪質な詐欺師では無い。
 一回につき、俺は三千円から二万円で請け負っている。時々、「気持ちです」と言って十万円とか三十万円が入った、俺的に分厚い封筒を渡されると、硬直してしまう方だ。まぁ、良い。何が言いたいかというと、一回三千円で七百万円稼ぐには……つ、つまり。俺は、非常に大量に、この本業外バイトに精を出している――という現実だ。

 前回マッサージに出かけてからは、次の週末まで休みはゼロだった。
 除霊は、意外と夕方から深夜に頼まれる事も多い。
 その時間帯に霊が出るのだと主張してくるお客様が多いと言える。

 そうして折角出来たお休み……である、本日、金曜夜。
 俺はマッサージに出かけたかったが、今日は無理だった。
 というのも、寺から坂道を降りた場所の住宅街で、公営住宅を借りて暮らしている一番上の兄とその子供――つまり俺にとっての甥っ子が、帰省すると言うからである。

 藍円寺家長男の兄・朝儀と、小学六年生の甥である斗望(トモと読む)は、二人暮らしだ。俗に言うシングルファーザーである。奥さんの望美さんが、数年前に亡くなったのだ。それまでの兄夫婦は、藍円寺家の唯一のリア充一家で(多分)、都会で公務員をしていると聞いていた。

 俺は三人兄弟で、アサギ・ヒルイ・キョウヤで、朝儀・昼威・享夜――朝昼夜である。何とも安直な命名をした両親は、数年前に亡くなった。あの日は、「決して家から出るな」と高校生の俺に、当時住職だった父と、主婦をしていた母が告げて……翌朝になったら、近所の人が「事故でお亡くなりに」と知らせてきた。以来、俺は、ほぼ、玲瓏院本家のご隠居に育てられたようなものである。

 両親が没した頃には、既に次兄の昼威は、医学部に通っていた。俺の三歳年上なので、やつは今年、ぴったり三十歳である。さて、長兄の朝儀だが、やつは、今年で三十六歳だ。俺とは、九歳も違う。その上、中学から都会の全寮制の学校に進学していたので、俺は、実を言えば、ほとんど一緒に暮らした事が無いのである。

 その朝儀が退職して戻ってきたのは、やはり奥様の事があったからだろう。今は、その年金で暮らしているようだ。公務員って年金があるのだろうか? 何にしろ、羨ましい。勿論、奥さんを亡くしたのは、残念だけれど。職場結婚だったそうで、大卒後すぐだったそうだ。俺の甥は、現在十二歳であり、来年には中学生である。

 斗望を連れて朝儀がやって来るのは、週末が多い。月に一度くらいだ。
 理由はよく分からない。最初は俺や、救急のバイトで滅多に帰らない昼威を心配しているのかと思ったが、朝儀は大体の場合、斗望を預けて、翌日は出かけていくのだ。だから、俺の週末は、子どもを預かる事で潰れる。斗望が可愛いから許せるが。

「おかえり、享夜」

 先に来ていた朝儀が、除霊バイトから帰宅した俺を出迎えてくれた。奥からは、お味噌汁の良い香りが漂ってくる。朝儀が来た時だけ、この藍円寺家の住居スペースには、家庭的な食事の匂いが溢れる。

 兄弟の中で唯一、色素の薄い髪をしている朝儀は、瞳も茶色だ。この土地には、茶目と称される、こうした色彩の人間が時々生まれる。斗望もそうだ。

 少しだけ目が細い兄は、更にそれを細めて優しく微笑すると、踵を返した。
 靴を脱いで中へと入り、真っ直ぐに居間に向かうと、料理の数々が並んでいた。
 斗望もいる。

「享夜くん! ゲームしよう!」
「おう」

 俺は懐いてくれる斗望の柔らかな髪を撫でた。本当に可愛い。マッサージ店のローラが、マッサージ的天使とするならば、俺の人生の天使は、この甥っ子だ。なお、ゲームというのは、最近小学校で流行っているという、『黄色ピエロ』というカードを用いたモータブルゲーム機(?)の代物だ。俺の知るテレビゲームとは、今はもう時代が違う。

 そもそも俺が小さい頃は、ゲームをすると頭が悪くなると言われていた。勉強もできないとか。だが、最近では、ゲームをする子供の方が、勉強が出来るなんていうニュースを見た記憶もある。ただ、それが理由ではなく、朝儀は、比較的緩やかに子育てをしているらしい。長兄は、俺に限らず、子供にも昼威にも、等しく優しい。

 和食メインの夕食を終えて、その後、ゲームをして寝た。
 翌朝も和食。朝儀が作る料理は和食が多く、中でもヒジキが絶品だ。
 そして本日の土曜日も出かけていく朝儀を見送ってから、俺は宿題を始めた斗望を見た。

「学校は、どうだ?」
「うん……」
「どうかしたのか?」

 俺の言葉に、斗望の表情が曇ったため、思わず首を傾げた。

「あのね、芹夏くんっていう、一年生から今までクラスが一緒だった友達がいるんだけど……学校にね、来なくなっちゃったんだ」
「理由は?」
「最初はね、元々お父さんがいなくて、それで――去年お母さんも死んじゃって、僕より親の数が少なくてゼロ人なんだけど……お祖父ちゃんの家に引っ越す事になったから、落ち着くまでお休みだって聞いてたんだよ」
「大変なんだな……」
「うん。可哀想だよ。だけど……もうすぐ夏休みでしょう? 後、何日かしたら、もうお休みなんだけど……芹夏くん、去年の夏休みのちょっと前から学校に来てないから、もう……ぴったり一年だ」
「それは心配だな……」

 悲しげな斗望の頭を撫でながら、小学生にも苦労が多いんだなと、俺はしんみりした。それから気を取り直すように、俺はかろうじて理解できる社会を教えて、宿題をしながら、時が過ぎていった。

 よくある週末の一風景だった。