【8】熱を孕む体




 その後は、俺は毎晩バイト終わりにローラの所へ顔を出すようになった。

 若干、生活は辛くなるが、午後の八時以降は、除霊のバイトを入れない事にした。
 俺に頼んでくる人々は、「昼間でも良いから、どうしても!」と言っていた。

 毎夜八時――俺は、決まってcafe絢樫&マッサージへと顔を出している。

 最近では、店内には他のお客さんや、砂鳥くんの姿はない。

 喫茶スペースの椅子に座っているローラが、俺を見ると立ち上がり、マッサージ用の、セミダブルのベッドがある部屋に促すだけだ。最近、店内は、甘い薔薇の香りがする事が多い。

 俺は軽く肩を押されたので、いつも通りベッドに座った。

 肩に触れたローラの指の感触に、胸がドキドキする。あくまでもローラにとっては食事だと分かってはいても、俺はローラが好きなのだ。

 そう考えていたら、頬が熱くなってきたので俯いた。ローラが、傷痕を舌で舐めた。以前とは異なり、最近ははっきりと傷が見える。指の感触にピクンと体が跳ねた。全身を羞恥が襲った。

 不審に思われたのではないかと思い、俺は体を固くする。
 ちらりとローラを見ると、少し目を細め、首を傾けていた。

 そしてニッと笑うと、俺の手を取った。
 ――ローラが俺を見ているという事実に、それだけで胸が高鳴る。

 ローラは俺の右手の指を口に含み、じっくりと舐め始めた。
 舌の感触に、ゾクリとした。

 しばらくそうした後、ローラはしゃがんで、俺の足首を握った。
 くるぶしの少し上を、強めに短く吸う。

 それから、俺の右足の指を、一本一本舐め始めた。口に含んでしゃぶっては、指と指の間をねっとりと舐める。思わず唇を片手で覆った。

 息が上がりそうになる。恥ずかしい。今度は、左足首に口づけられてから、そちらの指と、その間を舐められる。

 こうやってローラは、いつも俺の手足の指やその周囲を舐めるのだ。
 なんでも場所によって、血の味が違うらしい。

 それから下衣をするりと脱がされた。

 ベッドに背を預けた俺は、ローラが俺の足を持ち上げるのを見る。
 それからねっとりと膝の裏を舐められた。

 そうされると、いつも俺は声が出そうになる。弱いその箇所を舌で刺激されると、体がぴくぴくと震えてしまう。膝の裏を音を立てて吸われ、俺は背を撓らせた。

 ローラが俺の太股の内側をゆっくりと撫でる。

 指先が、俺の太股の付け根の噛み傷のすぐ側まで動き、また膝まで戻る。

 それから服を全て脱がされ、俺はうつぶせにさせられた。
 膝を立てた俺の上にローラが体重をかける。

 そして首の後ろをじっくりと舐めた。舌が上下し、俺の背中をゆっくり蠢く。

 ローラの両手は、俺の骨骨をぎゅっと掴んでいる。手に力を込められると、今日はダイレクトに気持ちがよいと思ってしまった。これはまずい。

 このままだと俺は勃ってしまう。俺は一糸まとわぬ姿だから、そうなれば気づかれてしまう。ただ、食事をされているだけで、吸血行為の準備だというのに……。

 ローラは、今日はどこから血をとるのだろう。それが決まるまでの間は、いつもローラは俺の全身を舐めて、血を味見するのだ。自分の体がぴくりと反応するたびにシーツをきつく握って耐える。その時、右耳の後ろ側を、ねっとりと舌でなぞられる。

「ひっ……」
「藍円寺は、ココ、好きだよな」
「ッ」

 耳朶の下を舐められて、俺はきつく目を閉じた。声を殺す事に必死だった。

「――今日は、左手の親指の付け根だな」

 ローラはそう言うと、俺を起き上がらせて、吸血を始めた。最初とは異なり、痛みはない。その後、俺に服を着つけて、ローラは微笑した。

 天使のようにはもう見えない。最近のローラは、俺に優しく笑いかけてくれる事はない。
 獰猛な眼差しで、失笑するように俺を見るばかりだ。

 ……辛くないといえば、嘘だ。

 何も、作り笑いをして欲しいわけではない。ただ、冷たい目を向けられるのが、胸にザクザクとくるだけだ。

「もう帰っていいぞ」

 こうして、その日もローラの食事は終わった。

 ――俺達が、体を重ねた事は、この関係になってからは一度もない。
 一度、二日目に泊めてもらった夜に、そんな感覚がする夢を見たが、気のせいだと思う。

 ただの味見だと理解してはいても、俺の体は、日増しに熱くなる。
 寺へと戻り、俺は自室で座り込んだ。

「ッ」

 吐いた息があまりにも熱くて、俺は片手で唇を覆う。はっきり言って、俺はヤりたい。そうでなくても良い、出したい。

 なのに、いくら自慰をしようとも、勃起してガチガチになっても、出せないのだ。

 後ろじゃないとダメになってしまったのかと思って、恐る恐る指を入れてみた事もあるが、熱が酷くなって終わっただけだ。しばらく大人しくしていると、欲求不満のまま体は静まってくるが、最近の俺は、溜まりに溜まっている……。

 この状態でローラに触れられたらまずいと思うのだが、不思議と店に足を運ぶと、少しだけ体が落ち着く。しかし彼のそばを離れるとダメだ。今も、ゾクゾクゾクと背筋を欲求が這い上がっていく。

 熱い体を抱くようにして、俺は涙ぐみながら、この日も眠った。



 翌日も俺は、約束通りの時間に絢樫cafeに向かおうとした。
 だが――スマホが震えた。

 見ると、ご隠居からの着信だったから、歩きながら俺は電話に出た。

「もしもし?」
『享夜よ、悪いんじゃが、大至急、北門の斉藤さんの家の前の地蔵の元で、玲瓏院経文を唱えきてくれ』
「え」
『頼んだぞ』

 プツンと、電話が切れた。ツーツーツーという終了音を聞きながら、俺は嘆息して進行方向を変えた。ご隠居の頼みを断るわけには行かない。それに、明確に『八時』と約束しているわけではないからだ。

 こうして、ご隠居の指示通りに、俺は地蔵前でお教を唱えた。
 結果、十一時を少し過ぎてしまった。

 まぁ、日付が変わる前に行けば大丈夫だろう。

 そう考えながら、俺はローラの店の扉を開けた。
 瞬間――むせ返るような薔薇の香りに、意識がぐらついた。

「今日は遅かったんだな」

 気づくと俺はふらついていて、ローラの腕の中にいた。
 耳元で囁かれた瞬間、体がゾクリとした。

「ぁ……」
「どうかしたのか?」
「ッッッ」

 首筋を指でなぞられた途端、俺の体を灼熱が襲った。
 触れられているだけなのに、快楽が染み込んでくるような感覚だった。

 ローラを見上げる。俺は――その唇に釘付けになった。

 これまで必死に自制してきたというのに、ローラが欲しくて堪らない。

「立て、食事の時間だ」