【12】嫌われている……?



「なぁ、砂鳥」

 帰っていく藍円寺さんを扉の所で見送ってから、ローラは遠ざかっていく姿を眺めたまま、僕に声をかけた。

「どうかしたの?」
「――藍円寺が好きすぎて辛い」

 僕はむせた。チラッとローラを見ると、ローラが若干赤面しながら、何度か瞬きをしていた。

「俺、さ。告白しようか悩んでいるんだ」
「ローラから? 珍しいね」

 大抵の場合、ローラは巧みに相手側から自分に告白させる。ローラから先に好きになっても、あの手この手を駆使して、主導権を握ろうと試みる。僕は何度かそういう姿を見た記憶がある。

「告白すると、楽になるらしいだろ? 俺は楽になりたい」
「あー、うん。らしいね。自分の気持ちを伝えるだけで、違うって読み取った事があるよ」
「けど、だな……はぁ」

 頷いている僕の前で、ローラが肩を落として溜息をついた。


「藍円寺は、俺の事が好きだと俺は思ってるんだ」

 これはローラが自信家というより、心を読むまでもなく、眺めていれば僕にも分かる。

「でもあいつ、怖いのが嫌いだろう?」
「かなり無理みたいだね。例の民家――お化け屋敷に行った時なんて、半泣きだったしね」
「……仮に告白が成功して、恋人同士になったとするだろう?」

 僕が頷くと、ローラが俯いた。

「俺は愛する相手に自分を偽りたくない。吸血鬼だと伝えたい。けどな、そうしたら――怖いのが嫌いなあいつは、俺を嫌いになるかもしれない。だから最近暗示を少し緩め気味にしていて、なるべく藍円寺が、俺が吸血鬼だと知った場合の衝撃を減らそうと……それとなく悟ってくれるようにと思ってはいるんだけどな……俺は、藍円寺に嫌われるのが怖い」

 真面目な顔で僕は聞いていたが、言おうか迷った。
 ――もう、バレてるよ! と。
 しかし、普段は余裕たっぷりのローラが、こうやって悩んでいるのを見ているのは、非常に楽しい。藍円寺さんの事になると、迷える子羊にジョブチェンジしたかのようになるローラは、とても凶悪な性格の吸血鬼には見えない。

「ローラ、藍円寺さんを信じてあげたら? 信じてみたら? きっと、怖いとは言ってもさ、ローラを好きなら、吸血鬼というだけで、避けたりはしないよ」

 実際今日も、来ていたし、嬉しそうだったしね。

「……そうだな」
「うん。次に藍円寺さんが来たら、一回、ゆっくりと話をしてみたら?」
「ああ。そうする。そして――そのまま告白する!」

 ローラが大きく頷いたのを見て、僕は笑顔を浮かべた。
 二人が上手く行く事を祈りながら、僕は店の看板をクローズに変えた。

 こうして、毎日ローラは告白の言葉を考えながら、藍円寺さんを待つようになった。
 早く来ないかなぁと思いながら、僕は何度か外を見た。

 藍円寺さんは、実を言うと、毎日店の外まで来ている。

 前ならば、迷わず入ってきたが、自動お経再生装置(袈裟)と自動仏像放送装置(念珠)を身につけている藍円寺さんは、最近中を覗く事はあっても、入っては来ない。

 勿論、僕には無意味な品だから、挙動不審な藍円寺さんの心を、僕はすぐに理解した。
 読んだのだ。

 ――藍円寺さん、ローラとヤっちゃったものだから、照れすぎて中に入ってこられないらしい。童貞だった彼は、非常に純粋だ。


 意識しすぎているらしい。

 だが――ローラは、そんな藍円寺さんの考えは知らない。理由としては、基本的にローラは人の気持ちを読み取る能力は無いし、それをする場合、吸血をしながら血に宿る記憶や感情を読み取る手法しかないからだ。

 まぁ、それもあるが、本音を言えば、自分をどう思われているか知るのが怖いのだろう。
 ローラも恋をすると臆病になるようだ。

 そのため、藍円寺さんが入ってこないものだから、告白の言葉を考えつつも、どんどんローラの機嫌が悪くなっていく。ローラにも、気配は分かるから、藍円寺さんが店の外に来たのは分かるのだ。

 だからわざわざ扉の前までいくのだが、そのローラを見ると、意識しすぎて藍円寺さんは全力疾走に近い速さで帰っていく。

 その時の藍円寺さんの表情はといえば、ローラを睨むようにし、まるで視界に入れるのも嫌かのように――見えなくもない。


 今日も入ってこなかった藍円寺さんの姿を、窓から目を細めて見送った後、ローラが深々と溜息をついた。

 そしてその日の夜、食事の席で嘆くように言った。

「なぁ、砂鳥」
「ん?」
「俺は、なにかあいつに嫌われるような事をしたか?」
「してないんじゃない?」

 寧ろ好きすぎて辛いらしいから、ローラの考えすぎである。

 もっとも、確かに藍円寺さんの好き避けは、気持ちが読めなければ、普通に嫌いで避けているように見えなくはない。

「――じゃあなんであいつは来なくなったんだ? 猫に姿を変えて見に行ってきたが、特にお祓い案件もまずいものは無さそうだったぞ。ただ、いつも構っていた猫にすら手を出さないわけだから、何かに悩んでいる可能性は、あるのか……どうなのか……」

 ローラは会いたいあまり、黒猫の姿で、ウロウロしているらしい。

 それすら構ってもらえないのは辛そうだが――チラっと僕を見たローラに苦笑しそうになった。ローラは、暗に僕に、藍円寺さんの気持ちと現状を読み取って教えてくれと言っているようだ。うーん。

「んー、単純にバイトが忙しいんじゃない? 次に来たら、告白と一緒に、直接聞いてみたら?」

 僕が適当に返すと、ローラは何か言いたそうな様子で、片目を細めて頷いた。
 やっぱりね、恋愛は自力で頑張るべきだと僕は思うんだ。
 相手の心を知ってから動くなんて、不安なのは分かるけど、ズルい。


 さて――ローラと藍円寺さんの、藍円寺さん的には初体験から、一週間後。
 ローラの苛立ちが最高潮に達していたその日、やっと藍円寺さんが店の扉に手をかけた。

 ちょっと、冷や冷やする。何せローラは、かなり機嫌が悪そうだからだ。
 まぁ好きな相手に避けられているように感じたら、普通はそうなるのかもしれない。

 だけど、どうせこの後、ローラが告白したら、藍円寺さんが「NO」というわけがないし、ふたりの両片思いは終了だ。僕は、もうじき幸せになるんだから、少しくらい我慢をすればいいと思って、ローラを見ていた。その時、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」

 やっと入ってきた藍円寺さんに、僕は努めて満面の笑みを心がけながら、元気よく声をかけた。これでローラの機嫌も、きっと良くなるだろう。

 入ってきた藍円寺さんは、いつもよりも険しい表情をしていた。どことなく強ばっているように見える。すっと切れ長の目を細め、嫌そうに、周囲を見下すように、店内を見渡した。

 ――うん。完全に緊張している。内心の浮かれた恋心が表面に出ないように、藍円寺さんは頑張っているらしい。

 僕がそう考えた時、急に店内に冷気が漏れた。
 ローラだ……。

 反射的に一度素早く視線を向けた僕は、人間のお客様が全員いなくなっているのを理解した。
 裏口から帰したようだ。
 マッサージスペース側から、ローラは藍円寺さんを見ている。

 そんなローラからは、「これやっぱり、俺、嫌われてないか?」という心境がダダ漏れだ。