【番外】一日(★)



 ――夜。
 俺は、絢樫Cafeの扉を開けた。

「遅かったな」

 するとコーヒーカップを手に、ローラが視線を上げた。

「待たせたか?」

 俺が扉を閉めながら聞くと、ローラが微苦笑した。時計を見ると、現在は午後の十時過ぎだ。バイトが終わって訪れた俺としては、いつも通りだと思う。

「ああ、待った。すごく待った。働き過ぎなんじゃないのか?」

 ローラはそう言うと立ち上がり、俺に歩み寄ってきて、唐突に腕を引いた。
 彼の胸の中に倒れ込んだ俺は、そのまま抱きしめられた。

「会いたかった」
「ま、毎日会っているだろう……」
「仕事に嫉妬しそうになる」
「へ?」


「仕事と俺のどちらが大切なんだ?」
「そんなのローラに決ま……」
「……なんだって?」
「な、何でもない!」

 そんなやりとりをしてから顔を見合わせ、触れ合うだけのキスをした。
 この感触と温度に俺はもう慣れた。大好きになってしまった。

 ただ、たまに怖くなる。こんなに幸せで良いのだろうかと。穏やかすぎる幸せが怖い。安定している幸せが怖い。贅沢すぎるだろうそうした悩みを噛みしめながら、二人で場所を移動する。セミダブルのベッドがある部屋に入ってすぐに、服の首元を緩められた。冷たい外気に肌が触れた時、鎖骨の少し上、首筋を強く吸われる。

「ン」

 チクリと鈍く痛み、痕をつけられたことが分かる。

 ローラは俺に痕をつけるのが好きらしい。消えないようにと、何度も何度も会うたびに同じ場所にキスをする。自分の物だという証らしい。


「ふァ……ローラ……ぁ……」

 するりと下衣の中に手を入れられて、直接的に陰茎を掌で覆われて俺は震えた。ゆるゆるとその手を動かされるとすぐに、反応してしまう。

「ぁぁ、あァ、やっ……ローラ、待ってくれ」

 立っているのが辛くなってきて、思わず舌を出して荒い吐息を吐いた。すると耳の中に舌を差し込まれ、すぐに全身の力が抜けた。

「っ、フ」

 床の上に座り込みそうになった所を片手で抱き留められる。そのまま服を脱がされた。
 天井との間にあるローラの端正な顔を見て、猫のような瞳をまじまじと眺める。

 ――中へとローラの陰茎が入ってきたのは、その直後のことだった。

「ぅ、ぁ……は、ァ……あああ」
「キツイ、少し力を抜け」
「ひァ、あ、できなッ……や、無理、あ」


 腰が引けそうになった俺を逃がさないというように、しっかりとローラの骨張った手で引き寄せられた。より深々と繋がることになり、もう覚えさせられてしまった快楽から涙がこみ上げてくる。挿入の衝撃からではない。俺は確かにもう、ローラの体になじませられている。

「無理? 無理じゃないだろう?」
「あ、ハ……ローラ、う」

 動きを止めたローラが、意地の悪い顔で俺を見た。
 そして俺の手首を握ると、無理矢理体を起こして体勢を変えた。
 繋がったままで、今度は上にのせられる。

「あああン」

 内部で動いた巨大な質量に、体の奥がじんと熱くなった。
 その上深々と貫かれる形になって腰が震えてしまう。


「動いてみろ、自分で」
「や、ぁ……」
「俺はこのままの状態で朝まで繋がっていても構わないぞ。いいや、明日の夜までであってもな」
「ひッ、ンあ、あああっ、ローラ、そんな……フぁ」

 軽く緩く一度だけ突き上げられて、俺はボロボロと涙をこぼした。どうしたらいいのか分からないでいると、次第にもどかしさがこみ上げてくる。

「あ……ぁ……ァ……ッッッ」
「動け、藍円寺」
「……ンん」

 俺はおずおずと両手をローラの肩に乗せ、腰を揺らした。
 すると背骨を走りあがるように快楽がはしった。
 気が遠くなりそうな気分で、ただ質感と悦楽を味わう。

「ローラ、ぁ……」
「なんだ?」
「その……気持ちいいか……?」
「!」

 俺だけ気持ち良く立ってダメだ――と、思って聞いた瞬間だった。息を飲んだ直後、吹き出すように笑ったローラに、再び体勢を変えるように押し倒された。

「ああああ」
「決まっているだろう?」

 それまでとは異なり激しく抽挿され、俺の視界は白くチカチカと染まった。そのまま乱暴に突き上げられ、気づくと俺は快楽の内に意識を失っていたのだった。


 目が覚めると、ローラが俺を腕枕していた。なんだか全身を気怠さが襲っていたから、素直にその腕に収まって、額をローラに押しつけてみる。

「起きたのか? もう少し寝ていたらどうだ?」
「ローラこそ、起きていたのか?」
「お前の寝顔を見ていたくてな」

 その言葉に、思わず俺は照れた。半身を起こして顔を背ける。
 汗で髪が、こめかみに張り付いていた。吐いた吐息が熱い。

 ローラがベッドサイドにあったミネラルウォーターのペットボトルを俺に手渡した。受け取りながら酷く喉が渇いていたことを自覚する。ゴクゴクと飲みながら、体を癒して、俺はゆっくりと瞬きをする。

「藍円寺、愛してる」
「……俺も、ローラが好きだ」

 最近、ローラは頻繁に、俺に対して愛の言葉を囁く。俺も、出来る限り答えようと頑張っている。それでもいつも口に出すと恥ずかしくなってしまう。ペットボトルの蓋を閉めてベッドサイドに置くと、ローラが繰り返した。

「藍円寺、誰よりもお前が好きだ」

 ローラの少し低いその声がどうしようもなく心地よくて、ずっと聞いていたいと思った。

 それからローラは、俺を後ろから抱きしめて、首筋に唇を落とした。
 小さく吸われて、俺の背が撓る。

「ぁ……」

 片手で支えられ、もう一方の手で陰茎を握られる。胸の突起をはじかれた時、俺は思わず声を漏らした。最早作り替えられてしまった俺の体は、ローラの指先の与える刺激の一つ一つに歓喜してしまうらしい。腰が震え始めるまでに、そう長い時は要しなかった。

 ローラの骨張った指で筋をなぞるように撫でられて、俺の陰茎はゆっくりと頭を擡げていく。先端をグチュグチュと撫でられると、すぐに果てたいという欲求に駆られた。

「あ」

 その時、位置を変えたローラに、陰茎を口へと含まれた。


 唇で根本から雁首まで絞り出すように強く刺激され、舌先ではちろちろと舐められると、それだけで達してしまいそうになる。

「あ、ローラ、もう俺……っ、あア」

 離して欲しいと言おうとした途端、ローラの口の動きが早まった。
 腰が引けそうになると、片手で脇腹を撫でられた。

「ひぅ、あン……ッ……ん」

 しばらくの間はそれでも俺は何とか我慢しようとした。
 だが結局、ローラの口の中に俺は精を放った。

「っ、ローラ……」

 俺の白液を飲んだローラの喉が動くのを静かに見ていると、微苦笑された。

「もっと藍円寺が欲しい。噛んでも良いか?」
「……ああ」

 おずおずと頷くと、ローラが瞳を輝かせた。
 そして正面から俺を抱きしめると、首筋を舌でなぞる。


「……っ、ぁ……」

 それだけで体がビクンと跳ねて、体の奥がズキンとした。

「ま、待ってくれ……っ……っく」
「吸っていいか?」
「あっ、っ」

 そのまま噛み付かれながら、俺は胸の突起を撫でられた。ゾクンと快楽が走り、太ももが震える。噛まれた箇所から、内側に広がるように快楽が流れ込んでくる。

「あ、待ってくれ」
「――おう」
「っ……っ……ぅ、ぅあ、あ、あ!」
「待ったら辛いのは、藍円寺だろうけどな」
「あああっ」

 流れ込んできた快楽が、すぐに俺の全身を絡め取った。

 俺はこらえきれなくて大きく喘ぎそうになる。それが恥ずかしくて、慌てて口を押さえた。そうしたら、両脇の下に腕を回された。密着した体温から、露骨に快楽が這い上がってくる。


 ――だめだ。触れているだけで、身体が熱を持っていく。俺はすぐに震えだした。

「……ローラ、あ、あの……」
「なんだ?」
「してくれ……」
「どうして欲しい?」
「……っ、挿れてくれ……あ、ああっ、あ、待ってくれ、頭がおかしくなりそうだ、や、やだ、あ、ああっ」
「気持ち良いか?」
「あ、あ、あ、っ、く、あ、やめ、ダメだ、も、もう……ッ!」

 イキそうなスレスレの状態で、俺は涙ぐんだ。ローラが俺の、鎖骨を吸う。そこからも強い快楽が入ってくるが、イけない。

「ぁぁぁぁぁぁぁあああああ、やめ、だめ、やめやめ、やめてくれ」

 その時、指を差し込まれグチュグチュと音がした。ジンと疼きが広がる。

「やだ、あ、あ、あ、あ、体が熱い。なに、待ってくれ、ああああ、うあああああ」

 ローラが、指を根元まで入れた。グチュッと音がする。ローラは奥まで入れた指を振動させた。瞬間、一気に全身に優しい波が訪れた。出したわけではないが、全身が果てたかのような感覚がする。頭が白くなっていく。頬に涙がこぼれてきた。体がポカポカする。

「ぁ」

 その時、ローラの指が、内部のある点を強めについた。前立腺だ。思わず声を上げた時、そこを刺激された。小刻みだった。


「あああ――!!!!! あ、あ、あ! あ、あ! ン、ンンン、あ、あ、ま、待って、あ、ダメだ、俺、もう、イく、出る、あ、あ、待ってくれ、ダメだ、あ、あああ」

 そのまま再度前立腺をグリッと指で強く長く刺激されて、俺は泣き叫んだ。すぐに頭が白くなり、今度は快楽の波がもっと長い。強烈な快楽が体に染み込んでいく。

 それから体勢を変えられて、奥深くまで貫かれた。
 ローラの陰茎から広がる熱が、俺を内側から絡めとり、全身に広がった。

「ああああああああ!!!!!!」

 ローラが腰を揺らし始めた。その度に、俺は声が出た。そうしていたら、強く前立腺を刺激されて、また中だけでイかされた。頭が白くなった。

 ――体がおかしい。

 俺は、少ししてからやっと気づいた。ここの所は、暗示もなしで、快楽を流し込まれる事もなかったが――今は分かる。嘗てマッサージを受けていた時と同じように、今夜はローラが、俺の中に快楽を注ぎ込んでいるらしい。気持ち良すぎて全身が震える。

 腰を掴んで激しく抽挿され、その日は夜が白むまで繋がっていた。

 ――朝。
 ローラの腕の中で目を覚ますと、頬に口づけられた。

「今日も仕事か」
「ああ。夜には戻る」
「――みかきもり、衛士のたく火の夜は燃え、昼は消えつつ、物をこそ思へ」
「ん?」
「まさに俺の気持ちだよ。昼間お前を待っている間のな」

 ローラはそう言うと、起き上がった。俺も一緒に起き上がると、改めて俺を抱きしめる。

「藍円寺、本格的に俺も仕事について行っちゃだめか?」
「ああ、ダメだ」

 なにせ俺は、バイト代を払えない。

「――じゃあ、享夜って呼ぶのは良いか?」
「それもダメだ」

 恥ずかしすぎて死んでしまうから、ダメである。
 きっぱりと俺が答えると、ローラが苦笑した。


 ここの所は、こればかり繰り返し聞かれている。

「今夜も待ってるからな。早く来いよ」

 ローラにそう言われたので、俺は頷いてからシャワーを借りた。
 そして朝食をご馳走になってから、外へと出る。

「ニャァ」

 最近いつも顔を出す黒い街猫が、直ぐに俺の前へとやってきた。
 こうして俺は、猫とともにバイト先へとそのままこの日は向かう事にした。

 これは、最近よくある一日の終わりと始まりである。