【4】お風呂場(☆)



「――そうだ、藍円寺さん。お風呂の用意もしてありますよ」

 なるべく天井の方を見ないようにしながら夕食をご馳走になった時、ローラに言われた。料理は本当に美味しいと思ったのだが、恐怖の方が強くて、あまり食べた気がしない。

「風呂……」

 ローラの言葉を聞いて、確かにすごくお風呂に入りたいと俺は思った。体が汗をかいた後の感覚がしているし、服も着替えたい。

「案内しますね」

 彼がそう言って立ち上がったので、俺は頷いた。その後、ローラに続いて豪奢な飴色の扉から、外へと出る。そこには長い廊下が広がっていて、等間隔で調度品が並んでいた。壁には油絵もかかっている。豪邸だ……ローラは、お金持ちなんだなぁ。

 もしかしたら、住む世界が違うのかもしれない。
 最初はそんな事を考えていたが、俺は絵画の中に描かれた音楽家(?)の瞳が動いたのを見た瞬間、視線を床に下げて、何も見なかった事にした。泣きそうだ。しかしローラがすぐそばにいるのだから、情けない姿を見せるわけにはいかない。

「ここが脱衣所で、奥が浴室です。着替えを用意しておくので、ゆったりして下さいね」

 それから暫く歩いた後、ローラが笑顔で、俺に扉を示した。その指先を視線で追いかけて、俺は小さく頷いた。

 ――お風呂に入りたいのは、間違いない。だ、だが、この家のお風呂に一人で入る事を想像して、今から恐怖しかない。絶対怖い……けれど、風呂とは温泉でもない限り、一人で入るものだ。

「世話をかける」

 折角案内してくれたのだし、どうしてもお風呂には入りたかったから、俺はそう告げ、脱衣所の扉を開けた。すると幸い、そこには黒い靄は無かったし、嫌な気配もしない。安堵しながら、俺は首元の服に手をかけた。

 そして服を脱いでから、浴室に入る。洗い場には大きな鏡がある。洒落た湯船があって、その隣にシャワーがあった。高級そうなボディソープやシャンプー類のボトルが並んでいる。ラベルを見ても、俺にはどこの国の言語か判断出来なかった。薔薇が描かれている。

「はぁ」

 シャワーで体を流してから湯船に入り、俺は体を伸ばした。首までお湯につかると、疲れが溶け出していく気がする。すぐにポカポカと体が温かくなり始めて、俺はやっと人心地つけた。

「なんだ、全然怖くないな。怖い怖いと思って、俺は考えすぎていたんじゃないか?」

 口に出してみると、不安が一気に霧散していく。うん。絶対にそうだ。幽霊なんているわけがない。いたとしても、俺に視えるわけがない。

 ――その時だった。

 ぽたりと、天井から何かが落ちてきた。

「っ」

 反射的に、俺は硬直した。俺の真正面に、たった今、何かが落ちたのだ。思わず俺は、湯船の中で体育座りし、膝を抱えて震えを押し殺す。

「……」

 しかし何も浮かんで来ない。それから恐る恐る天井を見上げて、そこに水滴があるのを見つけた。……湯気が、天井にぶつかって水滴になってたようだ。俺、怖がりすぎだ。何のオカルト現象でもない。

「怖いと思うから怖いんだ。しっかりしないと……」

 そう口にして、自分を鼓舞しながら、俺は体を洗う事にした。ボディソープと判別できたボトルから液体を出し、まずは泡立てた。その泡で体を洗いながら、真正面の鏡を見る。何気なく見たのだが、そこには泡まみれの俺――と、その後ろに人影があった。

「うわああああああ!」

 思わず叫んで、俺はギュッと目を閉じた。いた。絶対後ろに何かいた。もう嫌だこの家。俺は早く帰りたい。だが無事に帰れるのか不安だ。俺が戻らなければ、藍円寺はどうなるのだろうか。とにかくまずは、泡を洗い流さなければ。しかし目を開けなければ、シャワーの出し方が分からない。俺は節約家なので、シャワーを止めて体を洗っていたのだ。出しておけば良かった……!

 後悔しても遅いので、俺は素早く目を開けた。

「ん?」

 しかしチラリと見た鏡には、もう何も映っていなかった。一気に体から力が抜ける。なんだ、気のせいか……。どうしよう、先ほどの叫び声が、外に聞こえていたら。ローラに、絶対に変に思われただろう……。そう思いつつ、一応確認しようと、俺は振り返った。やはりそこには何もいない。良かった。本当に良かった!

 俺は再び前を向き、鏡を見た。そこには俺しか映っていない。ホッとした俺は、瞬きをしようと目を閉じた――その瞬間だった。

「!」

 ガブリと、何かが俺の左の首筋に、後ろから突き刺さった。全身に鳥肌が立つ。鏡を見ると――そこには、ローラが映っていた。

「そんなに怯えるなよ。俺だ――俺に噛まれるの、お前、好きだろう? な? 『そうだろ?』」

 そこへ間違いなくローラの声が響いた。それを理解した瞬間、唐突に俺の体は弛緩した。ああ、いつもの夢が始まるみたいだ。ん? いつもの?

 俺はとろんとした瞳で、ぐったりと体を後ろに預けた。そこにはローラがいて、俺の首筋を舐めながら、俺を抱きとめてくれた。そうだ、ローラだ。俺はローラに噛まれるのが好きだし、ローラが大好きだ。何も怖い事は無いじゃないか。というより、これは夢なんだし。夢の中にお化けが出てきたとしても、それはただの悪夢だ。目が覚めれば、それで終わりだ。

「藍円寺は綺麗だなぁ」

 ローラはそう言うと、後ろから、俺の両方の乳首を軽く摘んだ。

「んぅッ、ンンン」

 泡を掬った指先で、羽を撫でるように優しく、左右の胸の突起を刺激された瞬間、全身にツキンと快楽が広がった。

「ぁ、ぁ、ぁあああっ、うあ」

 いつもとは異なる甘い感触に、俺の陰茎が一気に反応する。

「あ、あ、それダメぇっ」

 泡と指の刺激は弱いのに、逆にそのせいでいつもより感じてしまう。

「やぁァ」

 するとローラが、左手はそのままに、右手で俺の陰茎を握りこんだ。泡がぬるぬるとする。ただ握られただけなのに、俺は放っていた。

「う、うあ」

 その状態で首筋を再び噛まれる。するとそこから――強い快楽が流れ込んできた。入り込んできた熱が、俺の皮膚の内側を満たしていき、快感が渦を巻くように広がり始める。

「泡、気に入ったみたいだな。今は、いっぱい出して良いぞ。『許す』」
「ああああああ!」

 泡まみれの手で優しく扱かれると、すぐに俺の陰茎は硬度を取り戻した。そのまま再び高められる。 そして出そうだと思ったその時、ローラの手が陰茎から離れた。

「もっとこっちを可愛がってやるよ」

 ローラはそう言うと、再び両手で、後ろから俺の乳頭を弄び始める。ごく弱い刺激なのに、その箇所からジンジンと甘い疼きが広がっていく。

「ゃ、ァ、待ってくれ、あ、あああっ、ンあ――!!」

 今度はそうして胸を擦られただけで、俺は果てた。鏡に、俺が出したものが飛び散っている。あまりにも気持ちよすぎて、ポロポロと俺は泣いた。

「ローラ、あ、ローラ、も、もう……んン」

 しかしローラの指の動きは止まらない。優しく押しつぶすように、俺の胸の突起を虐める。そうされると、腰の感覚が無くなっていき、俺はむせび泣いた。体が汗ばみ、まだイったばかりだというのに、また出したくなる。

「胸、好きだろ?」
「うん、あ、好き。好きだ」
「泡も好きなんだろ? 気持ち良いんだよな?」
「う、ん、ア、ああっ、気持ち良っ――あああああ!」

 緩急をつけて乳首を弾かれると、もう快楽以外何も考えられなくなる。

「でも藍円寺は、俺に挿れられるのが、一番好きなんだもんな?」
「うん。あ、ローラ、早く、ぁ、あ……ァあ!!」
「まだダメだ。それは、寝室に戻ってから。な?」
「いやああああ!!」

 そのまま胸を撫でられて再び果てた時、俺の意識は暗転した。