【31】捜索チーム
――無事に結界が発動されてから……丸一日が経過した。本日はクリスマスだ。
昼威は朝儀と二人で、冬の藍円寺の居間にいた。斗望は、本日も御遼神社の芹架の元へと遊びに出かけている。滝澤教会のクリスマス会の後から、泊まりに出かけたのである。
「困ったよね」
「……そうだな」
二人は、ここにいない享夜について心配……は、あまりしていなかった。享夜に関しては居場所が分かりきっていた。自発的に、『ローラを守る』と意気込んで、絢樫Cafeに寝泊まりしている事は、周辺を監視していた心霊協会の者達に聞くまでもなく、昼威と朝儀には連絡があったからだ。なので、享夜に関しては敵の手に落ちたわけでもなければ、危険な状況にあるわけでもないのだろう。
寧ろ、昼威と朝儀は家族であるから、相応に心配していたが、ローラが除霊のバイトの手伝いをしていた関係で、心霊協会の面々は、除霊除外対象――というより、強すぎるから取り置きで近寄らない対象として、絢樫Cafeのメンバーに関しては認識しているようだった。
よって困っているのは、享夜が帰宅しない事では無かった。
「……一応僕はさ、縲とは長い付き合いなんだよね」
「そうなのか? 縲さんは入婿だし、朝儀と年は近いが、この土地で顔を合わせたのは、ごく最近じゃないのか? お前は小学時代から遠方に出ていたのだし」
「その遠方で、僕と奥さんと縲はね、一緒だったんだよ」
「――とすると、縲さんもまた、怪しい公務員だったという事か?」
昼威が半眼になり胡散臭そうなものを見る眼差しに変わると、大きく朝儀が頷いた。
「考えてみると、僕と縲が最初に職場で同じ班になったのは、ある吸血鬼の対策班を作ったからなんだよね。それで、その契機となった吸血鬼を玲瓏院結界の内側に閉じ込める事が、縲の悲願だったみたいではあるよ」
それを聞き、昼威は腕を組んだ。以前、縲が含みのある口調で除霊について話していた事を思い出す。昼威まで、その対象がローラではなさそうだという事実に安堵していた。やはり、見知った相手が殺害――除霊対象になるというのは、気分の良いものではない。
「それが、霊泉の教授なんだったか?」
「そうみたい」
二人が現在困っているのは、今回の結界再構築の指揮を執った、縲が失踪してしまった事が理由である。現在はご隠居が、『疲れたので縲は休んでいるため、代わりに指揮を執る』として正面に立っているため、縲の不在を知るのは、ごく一部の者だけだ。玲瓏院一門――血縁者や弟子のみである。
「その吸血鬼も出られなくなったのか?」
「夏瑪教授の場合はテスト期間も終わっていて――居場所が分からないから、結界の内外のどちらにいるのかも不明なんだよね」
「外にいるのならば問題は無いだろうが――出られないのであれば、無力化されているという事は?」
「仮に力を失っていれば計画通り対処するけど……内側にいて、出られないけれど、力だけを保っていたら、縲を攫った可能性がある。もしもその状況だったら、僕達は、かなり厳しいかも知れない」
朝儀の声に、昼威は腕を組んだ。
玲瓏院本家の人々は、表立っては動けない。この事実が露見すれば、混乱が広がるはずだからだ。そこでご隠居からの指令として、朝儀と昼威に、縲の捜索依頼があったのは、今朝の事である。
「手がかりが何もないからなぁ」
「朝儀……何か、怪しい公務員時代には、特殊な連絡法などは無かったのか?」
「そんなもの無いよ」
「妖の事は妖が詳しい――とするならば、同種の吸血鬼であるし、絢樫Cafeにでも聞きに行くしか無いな。俺は嫌だが」
「彼方さんの話だと、ローラという吸血鬼と夏瑪夜明教授は知り合いらしかったから、僕もそれしかないとは思ってるんだよね――だけどさぁ」
溜息をついた朝儀は、両手で湯呑を支える。
「彼方さんが言うには、ローラは夏瑪夜明よりも危険だから、絶対に単独で接触してはダメだと言うんだよね」
「俺もお前が行くなら仕方がないから同行するし、現地には享夜がいるだろう、既に。心霊協会の奴らには、監視だと俺達は言い張っておいたんだからな」
「それはそうだけど、彼方さんは、僕のことが心配だから自分も行くと言ってくれたんだ」
「何故そこで頬を染めた?」
「愛を感じちゃって」
唐突なノロケに、昼威は咽せた。お茶をこぼしそうになる。
「――話を聞いた限り、金でつながっている体だけの関係じゃないのか? 現実を見ろ、朝儀」
「……」
「その状態で、恋人と言われて信じるというのは、俺から見ると馬鹿げている」
「……」
「働け。斗望のためにも。そして可能であれば、六条彼方という不審者とは別れろ。俺は金で援助して囲うような愛の形態は好きになれないし、応援できない」
率直に昼威が言うと、朝儀が目を細めた。
「二月から就職が決まってるから」
「なんだって? なぜそれを早く言わなかった!」
「結界のことで忙しかったからね。それと――斗望がさ、お受験する」
「それこそどうして早く言わなかった! 学費はどうするんだ!?」
「本家のご隠居に相談済みで、出してくれるって。僕は就職して返済します」
「ということは、霊泉の附属中学か」
何度か昼威が頷きながら告げると、朝儀もまた大きく頷いた。
「貧乏なら恋をしちゃダメみたいに言われて不服だけど、無職じゃないから」
「そういう事ではなく」
「彼方さんは、専業主夫になっても良いと言ってくれたよ。新南津市には、同性の結婚相当の条例は無いけど」
「……」
「確かに彼方さんのプレイは変態チックだけど、僕も嫌いじゃないし」
「聞いてない! 生々しい話を弟にするな!」
そんなやりとりをしてから、昼威は座り直した。
「それよりも、まずは縲さんの件だな。じゃあ、何か? 六条彼方に連絡を取るのか?」
「朝、連絡したよ。もうすぐ来るんじゃないかな」
「相談して欲しかったな、一言。どの件もだが」
「僕の長男としての威厳が、どこにもないよね」
二人がそう話をしていた時、丁度呼び鈴の音がした。立ち上がった朝儀が玄関へと向かう。溜息をつきながら、昼威は客なのだからと、新しいお茶の準備に向かった。そして、戻ってきてから目を丸くした。
「侑眞?」
そこには、六条彼方の姿もあったのだが――その隣に、侑眞の姿があった。
「先生、メリークリスマス」
「あ、ああ……」
硬直した昼威を見ると、侑眞が笑顔になった。
その隣に立つ彼方はコートを脱ぎながら、微笑んでいる。
「ご無沙汰しております、昼威先生」
「……兄がお世話になっているようで……」
一応社交辞令を弁えている昼威は、顔が引き攣りそうになったが、急須を置きながらテーブルの前に座った。そばの棚から、朝儀が湯呑を新しく二つ取り出す。そこからは朝儀が準備を始めたので、昼威は角をはさんで隣に座った侑眞を見た。
「なんでここに?」
「先生が絢樫Cafeにいくと六条さんから聞いて、いてもたってもいられなくて」
「っ、斗望と芹架はどうした?」
「朝儀さんから聞いた縲さんの件を、御遼神社からとして玲瓏院に問い合わせたら、俺達二人にも捜索の依頼が正式に出て、ご隠居が預かってくれることになったよ」
それを聞くと、昼威が腕を組んだ。それから彼方へと視線を向ける。
「……」
信用できるのだろうか――と、言いたかった。昼威の中で、朝儀と侑眞は、お人良しというカテゴリに属しているため、しっかりしなければならないのは自分だと考える。実際には、昼威の方が人は良いだろうが、本人は気が付いていない典型だ。
「会いたかったよ、朝儀さん」
「彼方さん……!」
しかし、横で甘い空気が広がったものだから、プツンと昼威の緊張感が途切れた。
「おい、今はやめろ」
「――自分もすれば?」
「どういう意味だ、朝儀」
「え?」
そんな兄弟のやりとりに、彼方が吹き出した。それから侑眞を見る。
「今後は危険だし、単独行動は控えるべきだな」
「うん。俺もそう思います――という事で、昼威先生。慣れよう?」
「は?」
侑眞の声に、昼威が顔を上げた。すると、彼方が微苦笑する。
「俺は朝儀さんが心配だし、侑眞さんは昼威先生が心配で、お二人だけで行動させるのも不安な上、四人の目的は玲瓏院縲さんの救出であるから、しばらくの間、こちらの藍円寺を作戦本部とさせて頂き――つまり、滞在させてもらおうと考えているんです」
それを聞いて、昼威は複雑な胸中で湯呑を手にする。実際、朝儀の実力の程を昼威は知らないので、専門家らしき彼方や、現在では力が強い侑眞が共に対応してくれるというのは、非常に心強かった。
「――ん? だとして、俺は何に慣れれば良いんだ? 別段、六条さんに関して個人的に思う所があるからといって、塩対応するつもりはないぞ」
昼威が言うと、彼方がさらに苦笑した。思う所はあるのかと考えていた。
侑眞はといえば、吹き出していた。
「だから、ほら、六条さんと朝儀さんのやり取りに、免疫をつけたら?」
「冗談じゃない」
昼威が切り捨てると、朝儀が肩を落とした。そして顔を背けて遠い目をして笑う。
「自分が恥ずかしくてできないからって」
「朝儀、そこに直れ」
このようにして――藍円寺において、縲の捜索チームが出来たのであった。