【2】刻印(☆)
――刻印とは、吸血鬼が餌である人間に対して行う行為だ。
人間の血に、己の血液を混入させる事で、明確に自分の餌であると周囲に主張する行為であるとも言える。刻印は、一人の対象にしか行う事は出来無い。よって今回であれば、玲瓏院縲が死ぬまでの間、夏瑪夜明は、縲以外から吸血する事は出来なくなった。縲の側も夏瑪以外には提供不可能だ。
血液だけではない。吸血鬼の餌には、体液も含まれる。夏瑪は縲以外とSEXできなくなったが、それは縲も同じである。縲は全てを夏瑪に提供しなければならない状態となったのだ。死ぬまでの間。
人間の一生は、長い。尤も吸血鬼から見れば短いが。
だが、そういう意味合いではなく、『用済みになったら喰い殺す為』、刻印しても問題が無いというのが、刻印をする場合の吸血鬼の多くの見解だ。
しかし縲はエクソシストであるから、性行為を行えば――率直に言って、挿入するかされるかすれば、力を喪失する事になる。だが刻印により混じり込んだ夏瑪の血液が、体に灼熱をもたらす。それは同時に、縲の霊能力も高めるが、元々実力のあった縲には、さほど大きな変化とはならない。
「……ッ」
目を開けた縲は、鎖が軋む音を聞いた。全身が熱い。呼吸をするだけで、指の先端までをも灼熱が巡る。虚ろな視線を動かして、相変わらず己が拘束されているのを、縲は確認した。勃起したままであり、陰茎の先端からは透明な雫が溢れている。
「目が覚めたかね?」
ソファから立ち上がった夏瑪は、縲へと歩み寄った。そしてはだけてしまっている着物の首筋をぺろりと舐める。その刺激だけで、縲は果てそうになった。だが――……
「無論、玲瓏院結界を解除するまでは、おあずけだ。『命令だ』」
……――果てる事は叶わない。
それは夏瑪が、縲の体にそういう暗示をかけているからだ。夏瑪に『命令』されてしまえば、死の危険でも無い限り、縲の体は暗示に従う。それは吸血鬼の持つ莫大な力の影響でもあった。体内に混入している夏瑪の血が、縲の体を無理に従わせるのである。元々聖職者である縲に自慰の選択肢は無いが、仮に行ったとしても、夏瑪の許しが無ければ既に果てられない体である。
「私の精を受け入れない限り、縲さんは、達する事は出来無い。それが『全て』だ」
――命令。
――全て。
夏瑪が暗示をかける時に好んで用いる言葉である。統制訓練を受けてきたせいで、縲の思考だけは変わらなかったが、肉体には、その暗示の効果は絶大な効果をもたらしている。
「あ……あ……」
夏瑪はひとしきり舐めた後、縲の首筋に噛み付いた。二本の牙が、突き刺さる。その瞬間――痛みではなく、尋常ではない快楽が体を埋め尽くした。縲は、こんな快楽を知らなかった。人生で初めての、性的な接触であるとも言える。
「あああ」
深く牙を突き立てては、少し抜き、そうしてまた深々と夏瑪が噛む。そうされると、その箇所からジンジンと快楽が染み込んでくる。
他者の温もりを知らない縲の清廉な血液の味に、夏瑪は舌づつみを打つ。人生で摂取したどの人間の血液よりも芳醇で濃厚。口角を持ち上げた夏瑪は、再び深々と牙を突き立てると、今度は快楽をより酷くする己の体液を縲の中に流し込んだ。
「いやああ」
縲はむせび泣いた。既に陰茎は限界まで張り詰めている。しかし、果てられない。力が抜けてしまい、体重が一気に手枷にかかった。白い手首には、赤い跡がついている。太ももが震えていた。
「玲瓏院結界を解除して、私を外に出してもらえないかね?」
「……っ」
常人ならば、既に正気を失っているほどの快楽の渦中にあって、縲はボロボロと涙を零しながらも唇を引き結ぶ。それは、出来無い。折角宿敵を閉じ込める事に成功したのだ。目の前にいるその相手を、後は屠るだけだ。なのだから、絶対に解除など出来無い。
そもそも玲瓏院結界を解除すれば、他の妖し達も外に逃げ出してしまう。限定的な解除は可能だが、そうであっても妖しはその隙を見逃さないようにしているはずだった。せめて多くの妖しの排除が終了するまでは、決して解除するわけにはならない――いいや、そうなったとしても、夏瑪夜明を逃がす事など出来はしない。縲はそう考え、夏瑪を睨んだ。
涙で潤んだ瞳が力なく細められたのを見て、夏瑪は悠然と笑う。
「だが、果てたいだろう?」
「……ッ、ん」
声を出したくないと縲は思ったが、自然と口から出てしまう。
その時夏瑪が縲の右胸の突起を吸った。
「あああ!」
するとジンっと強く疼き、その場所が奇妙なほど感じるようになった。強く吸われ、唇で挟まれてチロチロと舐められる度、腰が熔ける。赤くなり尖った縲の乳首を、夏瑪が強めに噛む。
「ひっ!」
左手では縲の左胸の乳輪をなぞり、夏瑪が残忍な瞳をした。口元にだけ笑みが浮かんでいる。
「あ、あ、あ」
ガクガクと太ももを震わせながら、縲は涙を零す。腰が自然と蠢く。出したい。夏瑪はそんな縲の左の太ももに手をかけると持ち上げた。手枷と右足が床についているだけの不安定な状態になり、縲が震える。
「やああああ!」
夏瑪が縲の左の太ももの付け根に噛み付いた。そこから入り込んできた壮絶な快楽に、縲は泣きじゃくった。垂れた血液と溢れている透明な先走りの液を時に舐めながら、何度も夏瑪が噛む。それから夏瑪は、意地悪く縲の陰茎の根元を指で軽く握った。
「ひ、あ、あ……あああ! やぁ、あ、ア!」
「嫌、か。この程度で?」
「あ、あ……うあ、ああ、それは、そこは――っ!!」
その時夏瑪の指先が、縲の菊門をつついた。すると全身がカッと熱くなった。
――挿ってくる。
ギュッと縲は目を閉じた。涙が頬を濡らしていく。
一気に二本突き立てられ、夏瑪に指を動かされる。その時、縲は明確に理解した。指では全く足りない。もっと中に欲しい。そんな願望を。
中に進んできた夏瑪の指は、縲の内壁を広げるように弧を描く。既に蕩けきっている縲の中に、夏瑪は己の血液を塗り込めていく。灼熱が、縲の全身を絡め取った。
「あ」
その時、縲の全身が水をかけられたようになった。
「あああああああああああああああ!」
直後、初めて感じる壮絶な快楽に襲われた。中だけで、それも感じる場所を刺激されたわけでもなく、ただ指を挿れられているだけで、ドライオルガズムに襲われた瞬間である。人生で初めて達した瞬間でもあった。ビクンと縲の体が揺れ、そのまま彼は気絶した。