お前にとっての俺の姿


 一次創作BL版深夜の真剣一本勝負(@sousakubl_ippon)様より、お題をお借りしております。また設定に関しては、あとがきにて触れておりますが、noel様(@noelnoel_novel)よりお迎えさせて頂いた竜モティーフの栞から妄想した品です。

今回の使用お題(第327回のお題)
・喉仏
・ひと休み
・お前にとっての俺の姿

誠にありがとうございました!




 竜族が住まう、谷がある。星凪(ホシナギ)の谷だ。
 俺もまた竜族として生を受けた。平和な谷だ。

 様々な色彩の竜の一族が暮らしていて、俺は紫竜の一族に生まれた。紫竜の一族は、攻撃力が比較的高い。だから、この谷の防衛は、紫竜の族長の子でもある俺の役目だと考えていたし、谷を守る事が出来るというのは、誇りだった。

「ウィオラ様!」

 長閑な谷を見下ろせる場所にいると、白竜族の幼子が駆け寄ってきた。二百九十歳の俺から見ると、まだ十歳のアルブは、生まれたばかりに等しい。無垢に見える白い羽を一瞥しながら、俺は微笑した。白竜の一族は、治癒能力に長けている。

 幼い子供が、こうして健やかに過ごせる谷を、俺は守り続けたい。襲い来る驚異はといえば、魔獣や自然災害だが、余程の事が無い限りは、俺にも対処可能な事が多かった。俺が紫色の両翼を揺らすと、紫電の稲妻が小さく風を切る。

「今日も一緒に遊んで!」
「今日はこの後、ヒト族の、ある国の代表が谷に訪れるんだ。会議がある」
「カイギってなぁに?」
「大人同士の話し合いの事だな」
「俺ももう、十歳だから、十分大人だよ!」

 愛らしいアルブの声を聞いて、思わず俺は微苦笑し、短く吹き出した。
 俺が十歳だった頃は、果たしてどのようだったのだろうか。
 それはもう、思い出す事が出来無い。

 ――その日、人間の代表は、会議の場で、魔王が出現したと話して行った。ヒト族だけでは太刀打ち出来無い為、竜族にも共に戦って欲しいという依頼だった。竜族は気高い一族だ。大陸全土に戦禍が及ぶと聞いた時、全会一致で、助力を決めた。

 それから二十年が経過した。
 魔王軍の討伐の報せが届いたのは、星凪の谷が魔王軍により蹂躙されてから一年後の事だった。最終的には、人間の勇者達一行が、魔王討伐に成功したそうで、魔王軍は各地に敗走しているのだという。

 俺は、ずっと谷で、防衛に従事していた。一年前、竜族の動きを察知して攻めてきた魔王軍とも戦った。その結果――左の翼を切り落とされた。よって、俺にはもう、戦う力はほぼ残っていない。ほぼというのは、潜在的に竜族が生まれ持っている魔力を使う事は可能だという意味であり、翼を用いて魔力を放つ事が出来なくなったというのが正しい。咆吼して威嚇する程度は可能だが、とても紫竜の一族の者だと名乗る事は出来無くなった。

 既に俺の傷跡自体は、癒えている。白竜族の者達が、助けてくれたからだ。
 本来であれば、切り落とされた翼もまた、そこにあったならば、接着し治癒しただろう。だが、そうはならず、俺は片翼となった。竜族の体に宿る魔力を欲した魔族達が、魔王に献上するとして、俺の翼を持ち去ったからである。

 俺は首から下げている瓶を片手で握った。中には、切り落とされた羽の一部が入っている。欠けた本体と惹かれあうというのは、慰めてくれた白竜族の一人の言葉だった。

 今頃、俺の翼はどうなっているのか。加工され、武器とされ、悪しき事柄に用いられているのか。そう思えば、陰鬱な気持ちになるなという方が無理だった。最近では、魔王軍は敗北したが、その復活を目論んでいる輩がいるとして、その為に竜族の体を使おうとしているという話が実しやかに囁かれてすらいる。

 だからというわけではないが、俺は片翼を失ってからずっと、己の半身を喪失してしまったような気持ちでいる。魂が半分ほど欠けてしまった心境だ。

「ウィオラ様……」

 いつかと同じように、谷が見下ろせる場所にいると、どこか細い声がかかった。振り返れば、そこにはあの日と同じように、アルブの姿があった。アルブは今年で三十歳だ。竜族から見たならば、それこそまだまだ若いが、体だけは俺よりも大きくなった。竜族の成人期は非常に長い。俺は綺麗なアルブの両翼を見た時、胸が苦しくなった。

 アルブのような若き竜を守る事が出来て、幸せだというのは本心だ。
 だが――醜い俺の心は、自分にはもう無いものを羨んでしまうらしい。
 そう思えば、自嘲的な感情が浮かんできた。

「……ウィオラ様は、笑わなくなりましたね」
「そうか?」
「うん。いつも寂しそうな顔をしてる」
「そんな事は無いさ。今も平和が戻ってきた谷を見て、癒されていたぞ?」

 俺は内心を見透かされたくはなくて、無理に笑顔を浮かべた。すると歩み寄ってきたアルブが俺の隣に並んだ。そして、そっと手を差し出した。

「もう俺には、谷を守る力は無いが」
「ううん。ウィオラ様は、強いよ。それに、大きい」
「今ではアルブの方が大きいじゃないか」

 苦笑した俺の体に、そっとアルブが触れた。それから幼き竜は首を振る。

「俺に再生能力があったら良かったのに。そうしたら、ウィオラ様を治す事が出来たのに」
「――アルブ。お前はまだ若いし、能力の発現は今後も期待出来る。だが、そういう問題では無いんだ。俺の片翼は失われてしまったし、それが無ければ接着させる事も、再生する事も出来無い」

 保存薬の中で揺れる、片翼の破片を俺は再び握り締めた。
 ――そうだ。片翼さえ、見つかったならば。
 俺は地に視線を落とした。既に、俺にはこの谷にいる価値は無い。誇り高き竜族は誰もが、そのような真実を俺に直接告げたりはしないが、それは明白な事柄だ。もう俺には、族長の子として谷を守れるような力も無ければ、今後紫竜の一族を率いていけるような力も無いのだから。ならば……悪用されているかもしれない羽を探しに出ても、そう……俺がこの谷から不在となっても、誰も困らないのでは無いのだろうか。

「……そうだな。ああ、アルブ。お前のおかげで、俺はひとつ、なすべきことを見出した」
「え?」
「俺は片翼を見つけてくる。そうしたら、その時こそ、助けてくれるか?」

 実際には気が遠くなるような作業であるし、達成困難な事柄かもしれないと、理性が言った。俺の片翼の現在の形さえ分からない以上、どうやって探し出せば良いのかすら、見当もつかない。だが、俺はもう、この谷にはいられない。

 微苦笑した俺を見ると、アルブが目を丸くした。

 その日の夜、俺は父である族長に、旅の許可を得た。各色竜族の長が並ぶ中で、俺の決意を述べると、最初は皆が押し黙った。しかし、俺を止める者は、家族を含めて、誰もいない。いなかった。誇り高き竜族の谷において、やはり俺の居場所は、既に無かったのだというのもあるし、そんな竜族の体を悪用されているというのも、都合が悪いというのは皆の共通見解だったらしい。形だけでも捜索隊を組むべきだという意見はずっと以前から出ていた。隊とまでは言わないが、俺本人が探しに行く事は、何の奇異でも無いだろう。

 ――この時の俺は、己を半分喪失し、結果として残りも闇に飲まれ、絶望していたのかもしれない。

 こうして、俺は旅立ちの日を迎えた。人間の住まう領地に、敗走した魔族は紛れているからと、また竜族の巨大な体躯では旅もしにくいからと、俺は人型をとって、旅立つ事にした。

「行って参ります」

 見送りに来てくれたのは、父だけだった。父はどこか腫れ物に触るように俺を見ている。皆の前では毅然としている父だが、本当は繊細な心を持っていると、俺は知っていた。他の者達の見送りは無い。旅立ちの日にちを、俺と父は、誰にも話さなかった。

 その時の事である。

「ウィオラ様!?」

 巨大な風が起きた。驚いて、俺と父が視線を向けると、そこには白く輝く翼があった。

「どこに行くの!? どうして人型をしているんですか!?」
「アルブ……」

 昔から懐いてくれているアルブの姿を見て、俺は狼狽えた。竜族の羽が巻き起こす強い風に、一歩後ずさる。すると父が庇うように俺の前へと出た。

「ウィオラは、片翼を探しに行くと申しておる」
「え!? 俺も行く!!」
「……?」

 アルブの言葉に、俺は首を捻った。するとアルブがその場で、人型に変わった。驚愕した俺が硬直していると、アルブが俺の隣に立った。

「旅に出るって聞いて、一緒に行く用意をしていたんだ。どうして黙って行こうとしたの!? 絶対に待ってて下さいね!」
「アルブ? どういう事だ?」

 俺が尋ねると、家の方向へと走りながら、アルブが声を上げた。

「翼が見つかったら、俺がくっつけるから! 再生能力は無いけど、治癒能力で、接着だけならさせられるかもしれない! そうじゃなくとも、運ぶためにも使える、人魚の鱗が入った瓶を持ってる!」

 呆然としたまま、俺はそれを聞いていた。それから父を見た。すると父が嘆息した。

「アルブは、白竜の族長から話を聞いて、ずっと共に行くと言い張っていたのだが……谷を担う若き竜だ。よって周囲は止めていたし、此度の旅立ちについても内密にする予定だったのだが……察して見張っておったんだろうな」
「父上……俺は先に行きます」

 そうだったのかと納得した時、父が言った。

「――いいや。連れて行くが良い」
「何故です?」
「私も……ウィオラが元気な姿で戻ってくる事を願っているからだ。いいや、元気でなくとも良い。定期的に戻るように。手紙も寄越すように。心配なのだ。片翼を見つけたら、アルブに治癒させよ。これまで何と言葉をかけるべきか分からなかったが……私はお前を誇りだと思っているぞ」

 その言葉に、俺は硬直した。瞠目しながら、何度も父の言葉を脳裏で咀嚼する。
 そこへアルブが戻ってきた。

「準備は万端です! よし、行きましょう!」
「アルブ……本気で言っているのか?」

 俺が慌てて尋ねると、俺の腕をアルブが取った。人間の姿でも、やはり俺よりずっと背が高い。体も大きい。白銀の髪が揺れている。同色の瞳も、翼同様美しい。一方の俺は、紫闇色の髪と目をしている。俺が鋭い目つきだとするならば、アルブは形の良いアーモンド型だ。俺は人間で言う所の二十代後半の姿を取っている。アルブはそんな俺よりも若い。二十代前半といった見た目だ。だが――背が高い分、存在感がある。力も強く、腕を引かれると、俺は前のめりに足を縺れさせる形となった。

「行ってきます!」
「二人共、気をつけてな」
「っ、行って参ります」

 こうして――そのまま、俺はアルブと共に旅立つ事となった。
 星凪の谷とヒトの暮らす街の境界にある森を抜けながら、俺はアルブを見上げた。

「どうして着いてこようなんて思ったんだ?」

 すると俺を見たアルブが首を傾げた。

「ずっと一緒にいたいからです」
「……一緒に?」
「俺、ウィオラ様が大好きだから」

 それを聞いて、俺は困惑した。静かに唾液を嚥下すると、俺の喉仏が上下した。歩幅が違う為、俺は早足で歩きながら、アルブを見ていた。

 ――そんな旅立ちの日があった。
 これが、既に一年半ほど前の事である。
 現在までに、俺の片翼の手がかりは、何も無い。それこそ再生薬の瓶に入った羽の断片のみだ。嘆息しながら、俺は今日も、人間のふりをして、宿を取る。二人部屋だ。本日の寝台は一つきり、巨大だから、アルブと二人で寝ても問題は無いだろう。

 野宿も多いから、こうして旅の合間の宿屋は、ひと休みの場でもある。旅の資金は谷でも用意してはくれたが、路銀は基本的に、人間の冒険者ギルドから依頼を引き受けて、それをこなして得ている。俺とアルブは、翼探しをしながら、戦う日々だ。俺も、人間の魔術師と比較すれば十分な魔力を持った状態であるから、翼で戦う事が出来ずとも、杖や魔道書といった小道具があれば、魔獣の退治などは可能である。竜族は、強い。

 治癒能力を持つアルブは、基本的には人間に扮して、回復術を使ってくれる。その為、怪我をする事は滅多に無い。俺達は、魔王軍の残党を討伐したり魔獣や害獣を駆除しながら、旅を続けている。

「わぁ、今日は、ベッドが一つだ!」

 アルブが部屋の扉を閉めながら言った。振り返り、俺は頷く。するとアルブが俺を抱きすくめた。旅に出てから、何かとアルブは俺に抱きついてくる。谷の家族が恋しいのかもしれない。

「俺はウィオラ様と一緒に眠れるのが、すごく好きです」
「そ、そうか。離してくれ。お湯を浴びてくる」

 人間の世界には、魔導具を用いた入浴文化がある。俺が人型になってから、一番好きになった文化だ。竜族は滝や聖なる湖にて体を清めていたから、温水というのがまず目新しかった。

「俺も一緒に入る!」
「それは……悪いが……」

 アルブはちょくちょくこう言うのだが、俺は都度言葉を濁して断っている。理由は、背中に走る大きな傷跡を見られたくないからだ。人型になっても、片翼を失った傷跡が鮮明に残っているのである。俺は鏡でそれを確認する度に、苦しくなる。だから、アルブにそれを見られたくないのだ。きっと醜いと思われるだろう。

 ――最近の俺は、アルブに嫌われたくないという思いが強い。
 何より谷からついてきてくれたたった一人の同胞であるという想いも強いが、明るいアルブにいつも癒されているのだ。アルブは、アルブだけは、昔から何も変わらない。俺にとってはそれが救いなのだ。

「どうしてダメなの?」
「……一人で入りたいんだ」
「俺は二人で入りたい。もっとウィオラ様の体を見たい」

 それを聞いて、俺は胸が苦しくなった。俺は体を見られたくないのだ。
 だから俯くと、アルブが慌てたように、俺の両肩に手を置いた。

「ご、ごめん……下心しか無かったけど、気持ち悪かったですよね」
「――? 下心?」
「あ、いや、な、何でもないです」

 アルブは時折、意味が不明瞭な事を言う。だが、それも俺には分からない、若い文化か何かなのだろう。竜族の年齢を人間に直したならば、俺は正しく二十代後半であり、アルブは二十代前半だ。幼生期に竜族は一気に成長する。人間の場合は、数年違えばもう文化が異なるらしいが、竜族の場合はそこに百年単位の差が生まれるのだから、仕方が無いだろう。

 その後、俺は入浴した。温水を人を象った手で掬い、細く長く吐息する。
 ――扉が開いたのはその時の事だった。

「やっぱり俺も入る!」
「ア、アルブ!」

 狼狽えて、俺は両腕で体を抱いた。すると狭い浴槽に、アルブも入ってきた。慌てて俺は背中が見えないように、端による。アルブが入った途端、お湯が溢れた。

「頼む。頼むから、出て行ってくれ」
「どうして? そんなに俺とお風呂に入るのは、嫌?」
「嫌だ。嫌なんだ」
「やっぱり、俺の気持ちが嫌なの?」
「気持ち? 意味が分からないが、俺が嫌なのは、だ、だからその……だから……」

 俺は唇を噛んでから、正直に告げる事にした。

「お前にとっての俺の姿……醜く変わってしまった俺が、お前にどう見えるのか、それが怖いんだ……だから、頼むから」

 思いのほか、小さな声になってしまった。我ながら、情けなく、泣きそうな声音だった。

「え?」

 すると、驚いたようなアルブの声が返ってきた。恐る恐る俺が顔を上げると、アルブが不思議そうな顔をしていた。

「醜く? ウィオラ様ほど綺麗な竜を、俺は知らないよ? 人型になっても、どの人間よりも綺麗だよ?」
「それは、傷を見ていないから――……いいや、片翼の俺をお前は既に知っているんだったな」
「そんなの関係が無いよ。俺も全力で、翼探しを手伝うけど、ウィオラ様は、ウィオラ様で、羽があっても無くても、変わらずに俺の中では一番綺麗だよ」

 アルブはそう言うと、怯えて後ろによっていた俺に手を伸ばした。そしてそっと俺の頬に手で触れた。狼狽えていた俺は、目を見開くしか出来無い。

「俺は、ウィオラ様が好きなんです。だから、絶対に治してあげたいと思ってるけど――治っても治らなくても、ウィオラ様はウィオラだよ」

 俺はその言葉に息を呑んだ。本当に、そう思ってくれているのだろうか? そう考えて、何か言おうと唇を震わせた時、アルブが不意に俺に口付けた。

「っ」

 触れるだけのキスだった。唖然とした俺の腰に、お湯の中でアルブの腕が回る。アルブは指先で、俺の背中の傷をなぞった。敏感な部分に直接触れられて、俺は硬直した。傷跡には、自分で触れるのも怖いのだ。

「見せて、ウィオラ様」
「嫌だ」
「見るから」
「!」

 力強く強引な手で、アルブが俺を抱き寄せた。そして俺の体を無理に反転させる。俺はお湯の中でもがいたが、力の強さが違いすぎてどうにもならない。

「ひ、っ」

 その時、もっと直接的に傷跡を指でなぞられて、体から力が抜けた。俺の背中を、アルブがまじまじと見ているのが分かる。

「あ、止めろ、っ――!!」

 アルブがその時、舌先で傷をなぞった。思わず俺が震えると、アルブが俺の肩に顎を乗せた。

「痛かったと思う。辛かったと思う。だけどこの傷跡は、俺達を、谷を、ウィオラ様が守ってくれた証だよ。醜くなんてない」

 耳元で囁かれた。俺はそれを聞いた時、泣きそうになってしまった。そんな風に感じてもらえるのならば――あるいは名誉の負傷なのかもしれないと思えてくる。アルブはやはり、俺にとって、救いだった。絶望から、救い出されていくかのようだった。

「大好きだよ、ウィオラ様」
「有難うな……」
「ううん。俺が好きなだけ。好きすぎて、密着してると大変なんだけどね」
「大変? のぼせそうなのか?」
「そうじゃなくてさ……欲しくなって、大変」
「何が?」
「言ったら、何というか……ウィオラ様は拒まないんだろうなぁと俺は思う。だけどその理由は俺を好きだとかそういう事じゃなくて、負い目があるからなんだろうなって思うから、だから今は言わない」

 その夜、俺は、アルブと共に同じ寝台で眠った。俺を腕枕するようにし、抱きしめたアルブが、微苦笑していた。

 この頃は、俺はアルブの好意を全く認識していなかった。俺にとってアルブはまだまだ幼子であったから、その『好き』の種類を理解していなかったのだ。

 それが違うと知ったのは、旅を初めて二年と少しが経過した、ある秋の終わりの夜の事だった。風の強い夜の事で、その日も寝台は一つだった。俺はもう、アルブに傷跡を見られる事が怖くなくなっていたから、アルブの前で堂々と着替えをしていた。すると全て脱いだ時に、いつもの通り、アルブが抱きついてきた。

「目に毒」
「まだ、谷が恋しいのか?」
「――へ?」
「いつも俺に抱きつくのは、竜族の皆が恋しいからだろう?」
「は?」
「なんだ?」
「っ、違うよ。俺は、そこまで子供に見られてるの!?」

 声を上げたアルブが、俺を引っ張った。寝台に倒れ込んだ俺は、軽く枕に頭をぶつけながら、驚いてアルブを見上げる。すると俺の両手首を掴んだアルブが、俺を寝台に縫い付けた。そして唇を深く貪ってきた。驚いて瞠目していると、今度は首筋に強く吸い付かれた。

「俺は、子供の頃から、ずっとウィオラ様に恋をしていたんです」
「っ」

 それを聞いて、俺は赤面した。最近では、アルブはたまに俺の唇に触れるだけのキスをしながら、「好きだ」「好きだ」と言うから、実を言えば、俺も意識するようになっていたというのもある。しかし真剣な瞳で、直接的に告白されたのは、この時が初めてだった。

「ウィオラ様が好きだよ。俺、もう止められそうにないや。ウィオラ様、無防備過ぎて我慢できなくなっちゃった」
「な、アルブ……ぁ……」

 アルブが俺の右胸の突起を唇で挟んだ。そしてチロチロと舌先で乳頭を嬲る。人型になると、性感帯もヒトと同じようになる為、ゾクリと俺の体に熱が走った。アルブが左手で、俺の陰茎を握りこむ。そしてゆっくりと擦り始めた時、俺は熱い吐息を零した。

「ぁ……ァ……ンん、ア、アルブ……待て」
「もう待てない。ウィオラ様は、俺が嫌い?」
「そうじゃない、だ、だけど……うあ、ァ」
「好きだよね? 見てれば分かる。最近のウィオラ様は、どんどん艶っぽくなってく。俺を見る時に」
「!」

 見透かされた俺は、更に赤面してしまった。するとアルブが、指を二本口に含んでから、俺の菊門をつついた。

「っ、ぁ」
「膝、立てて」
「あ、あ」

 アルブの指が、二本一気に入ってきた。ゆっくりと進んできた指に、俺の内側が押し広げられていく。第二関節、根元までと進んできた指は、次第に弧を描くように動き始めた。

「あ、あ、あ」

 それから揃えた指を抜き差しされて、俺は思わず声を上げる。

「ン――!!」

 その時アルブが、揃えた指先を軽く折り曲げた。そうされると感じる場所を的確に刺激される形となり、俺の全身に快楽が響いた。息が上がり、苦しくなってくる。次第に、内側が解れてきたようで、指の動きが早くなっていく。すると前にもそこから響いてくる甘い疼きが直結し、俺は果ててしまいそうになった。アルブが陰茎を挿入したのはその時の事である。

「ああああ!」
「熱っ、それに、きつい。ウィオラ様、ちょっと力を抜いて」
「あ、あ、出来無い、や、うあ、あ」
「その声、すごくクる。ねぇ、ウィオラ様。俺の名前を呼んで?」
「あ、あ、ンん、ぅ、ぁ……アルブ、あ、アルブ!」
「もっと」
「あああ! やぁ、あ、気持ち良、っ、うあ、あア!!」

 アルブが激しく俺に打ち付け始めた。何度も最奥まで穿たれる内、俺の理性に霞が掛かり始める。若いアルブが俺の中に放ったのは、それからすぐの事だったが、繋がったままで、すぐにアルブは硬度を取り戻した。そして白液でドロドロになってしまった俺の中をより深々と貫く。

「あ、ああっ、ッ、あ、アルブ、あ、ああ!」
「ずっとこうしたかったんだ。もう、ずっと。ウィオラ様が欲しくておかしくなりそうだった」
「ン――あ、あ、ダメだ、出る、うあ、ああああ!」

 そのまま俺もまた放ったのだが、アルブの動きは止まらない。より激しく、楔を動かし、俺を責め立てる。せり上がってくる快楽が怖くて、俺はアルブに抱きついた。俺の陰茎もまたすぐに再び張り詰める。

 こうしてその夜は、何度も何度も交わった。俺は、自分がいつ、意識を手放すように寝入ってしまったのかを思い出せない。

 翌朝。
 目を覚ました俺は、アルブの腕の中にいた。

「おはよう、ウィオラ様」
「……ああ。おはよう」

 羞恥に駆られて、俺はどのような顔をしていれば良いのか分からなくなってしまった。すると俺を隣から抱きしめたアルブが、俺の頬に口付けた。

「『好き』、じゃ伝わらないみたいだから、別の言い方をすると、愛してる。愛してます。俺の恋人になって」

 こうしてこの日、俺は、アルブの『好き』の意味を知ったのである。
 その後も、俺とアルブの旅は続いた。

 俺が片翼の手がかりを見つけたのは、三年半が過ぎた時の事である。勇者により捕縛された魔族が、俺の片翼から削り出した盾を持っていたのだ。そこからは一瞬の事で、俺の翼が加工されている場所が判明した。武器となって散っていた俺の羽も、人間が制圧したそこに運び込まれ、俺は、全ての破片が集まった時、その場に招かれた。

 バラバラになっている自分の翼を見た時、俺は泣き崩れた。それは、形が変わってしまっていたからではない。一つ一つとの、再会が嬉しかったからだ。そんな俺の隣にはアルブが寄り添ってくれていた。そこで――アルブが、持参していた、人魚の鱗の瓶のコルクを抜いた。すると周囲に煌く光が舞い落ち、俺の目の前で、片翼が再生した。アルブ自身には再生能力は無いが、人魚の鱗には、再生能力があるのだ。その後アルブは、常に身につけていた、金色の装飾具を片手に、治癒能力を用いてくれた。俺の中に、片翼が光の粒子となって吸い込まれていく。

「……あ」

 俺は、全てが返ってきたのを実感した。気づくと俺は、その場で、久方ぶりに竜の姿に戻っていた。動かしてみれば、確かにそこには両翼がある。紫電の稲妻が空気を震わせた。俺の中に力が満ち溢れ、何かが戻ってきたのが分かる。アルブもまた、白い竜の姿に変わると、俺の隣に並んだ。やはり俺よりもずっと大きい。

 その後俺達は、翼で空を飛び、星凪の谷へと帰還した。父は泣いて喜びながら俺に、『何故手紙を寄越さなかったんだ』と怒ったものである。谷の者達は、俺達の帰りを祝福してくれた。この時になって俺は、やはり誇り高き竜族の谷の者達は、俺を遠巻きにしてなどいなかったのだと改めて気づかされたし、きちんと俺の居場所――帰る場所は存在していたと理解した。半身を取り戻した俺は、再び正しく、世界を見る事が出来るようになったのである。それが嬉しかったし、俺がそのようになれたのは、紛れもなくアルブのおかげだと俺は思っている。絶望から救ってくれたのは、紛れもなくアルブだ。片翼が戻った事だけが理由ではないのだ。だから、父や周囲に、アルブの事が好きなのだと告げようとした。

「父上、話があるんだ」
「ん? なんだね?」
「実はその、アルブと――」

 恋人同士になったのだと、俺は言おうとした。すると父が満面の笑みを浮かべた。

「ああ、番になるそうだね。結婚式の準備は既に整っている」
「――え?」

 そこまで考えていなかった俺が狼狽えると、俺の隣に立っていたアルブが笑った。

「嫌ですか? みんなには報告済みです」
「いつ報告したんだ?」
「俺は手紙を出してましたもん。ウィオラ様と恋人になった時なんて、谷中の友人という友人、みんなに手紙を書いたよ? その時に、ウィオラ様のお父さんにもきちんと、ウィオラ様を下さいって言ったよ?」

 全く知らなかった為、驚愕した俺は、赤面しながら俯いた。周囲に知られていると思うと気恥ずかしい想いもあったが――俺も、アルブと番になりたい。

 こうして、紫竜の俺と、白竜のアルブの旅と共に、恋人同士という関係も終了し、俺達は、番となり、伴侶となった。周囲は、体型こそアルブの方が立派だが、アルブが卵を産む側だと信じていたらしく、俺が卵を産んだと聞いた時には、谷に激震が走ったようであるが……皆、祝福してくれた。

 星凪の谷に、また一つ加わった恋愛譚は、これで終わりである。
 俺は思う。やはり、この谷を守る事が出来て、本当に良かったと。





(終)






【頂いた設定】(noel様)

紫の子)ずっと昔に翼を片方失っていて、探している。ビンの中に入っているのは再生薬か保存薬。小さいけれど白い子より年上。

白の子)治癒の力を持っている一族の子。紫の子の翼をなおしてあげたいと思っているけど再生力は持っていない。大きいけどかなり若い。

人魚瓶)人魚のウロコ。再生役の材料の一つと言われている