私は、我ながら、若くして国王になったと思う。即位したのは、六歳の時だ。あれから――二十年。今年で、私は二十六歳になった。
「なに? なんだって? もう一度、言ってくれ」
その内の約十年ほどを、特に私の片腕として支えてくれたリルバーツ侯爵が、現在、私の前で膝をつき、頭を垂れている。間違いなく彼は、私の右腕だ。本来そのポジションは、宰相がつくべきなのだろうが、私は宰相とはあまり仲が良くは無い。よって宰相は、左腕という事に一応している。
「ですから、占星術神殿において、私は自身の、
リルバーツ侯爵ことロイは、そう言うと、青闇色の髪を揺らし、嬉しそうにはにかんだ。彼は現在、騎士団の副団長も務めている。その騎士団の仕事は、この大陸の地下に広がる七色の遺跡の発掘調査を、ギルドに所属する冒険者達と共に行う事であるから、仕事に行くというのを止めるつもりはない。問題は、その前に響いた部分である。
「番? 番伝承など、ただの御伽噺ではないのか?」
私は率直に告げた。
男しか生まれなくなって、早有余年。現在子供は、番同士で婚姻した場合、占星術神殿から『お子さんです』と言って連れてこられはするが――誰と誰が結婚しても、大抵、『運命の番です』と結婚式で仲人が述べるのだから、信憑性は非常に薄い。
「――御伽噺では無いと私は考えています。が、実際に会うまでは、まだ今は、ただ期待しているだけです」
そう言うと、ロイは立ち上がり、謁見の間から出て行った。呆然とそれを見送ってから、私は左側に立っている宰相を一瞥した。
「どう思う?」
「次の謁見までに十五分あるので、書類を少しでも片付けるべきでは?」
「いや、そうではなくて! この国の名門貴族のリルバーツ侯爵家に、どこの誰とも分からない人物が、運命の相手としてやってくるかもしれないというのは……端的に言って、国の一大事ではないか?」
私が続けると、宰相が腕を組んだ。紫味がかかった黒い髪が揺れている。切れ長の瞳も同色だ。宰相――ギルベルト=レガリアもまた、レガリア侯爵位を継いでいる高位貴族だ。この国で、私の王家に次ぐ高位の侯爵家は、レガリア侯爵家とリルバーツ侯爵家が筆頭の座を争っていると言える。
ロイと私は年が近い。ロイが私の一つ年上だ。あちらも早くして侯爵位を継いでから、王宮に顔を出す機会が増え、私の右腕となった。親友だ。なお、宰相のギルは、現在三十六歳であり、私が即位した時には既に、宰相府で働いていた。レガリア侯爵家は、代々宰相を輩出してきた文の名門でもある。対するリルバーツ侯爵家は、武勇で名高い。
――そんな過去があり……ギルは、昔から口うるさく、働けと私に述べてきた。説教が多い。だから仲良くはなれないのだ。私は私なりに頑張っていると思う以上は。
「仮に平民が相手ならば、俺のレガリア侯爵家で養子として迎えてから、結婚を勧めはするが――貴族ならば特に問題は無いだろう」
気怠げな口調で、宰相が述べた。謁見に立ち会っている彼は、その間も右手に持った平たい魔道具に、羽ペンを走らせている。これは古代の叡智から復古された仕事用の器具らしい。古代の遺跡もそうであるが、何かとこの国には、成り立ちが謎めいた品がある。
なおそれらの詳細は、国王には告げてはならないという規則があるそうだ。法律にも明記されている。よって私ばかりが蚊帳の外になる事は非常に多い。意外とギルとロイは、それらの魔道具でやり取りをしているから、私とギルよりも親密であるようだ。
……さて。
はっきり言って、私は――実を言えば、平民との婚姻を認めても良いと思う。この国は絶対王政であり貴族制だが、それらが制定された古い時代と今は異なる。それでも口に出したのは……てっきりギルとロイが、いつか結婚すると思っていたからだ。
家柄も釣り合う。仲も良い。私が知る限り、ギルがプライベートでも顔を合わせたと聞くのは、ロイのみだ。
「本当に、それで良いのか?」
「どういう意味だ?」
人目がない所では、私に対しての口調が敬語ではなくなるギルは、顔を仕事用の器具に向けたままでボソリと聞き返してきた。
「……失恋は、辛いんじゃ?」
「は?」
「そ、その! ギルは、ロイの事が好きなんじゃ……」
いつか聞こうと思っていた事を、私は伝えた。すると、怪訝そうな顔で宰相が顔を上げた。
「ありえないな。過去に敵ではないか何度も勘ぐった事はあるが、今では彼は俺を応援してくれる貴重な友人だといえる」
「そ、そうか……」
敵……? 上昇志向の強いギルから見ると、貴族同士の人間関係で脅威を感じた事があるのだろうか……? 不穏な声に、私は首を傾げた。
「よって、リルバーツ侯爵が誰かとの婚姻を望むのであれば、俺は全力で応援する準備がある。レガリア侯爵家の総力を挙げて祝福し、実現させる」
「親しいんだな……で、でも……ロイと結婚したいとか、ちょっとは思わなかったのか?」
「一切考えた事は無いな。俺には、好きな相手がいる」
「え!?」
唖然とした。私がポカンと口を開けると、ギルが半眼になる。
「……その反応は、一体何だ? 俺に好きな相手がいたら悪いのか?」
「ロイでなければ、仕事が恋人だと思っていた」
「そうか。で? 逆に聞くが、リルバーツ侯爵の番の話にそこまで興味を抱くというのは、陛下こそ――ロイが好きで、己が失恋したからでは無いのか? 親しいのはそちらだろうが」
それを聞いて、私は首を振った。全力で首を振った。ロイは非常に良い奴だが、私の中で、恋愛対象から一番遠い。ロイは、猪突猛進な部分があるのだ。好きな事に全力投球で、周りが見えない時があるようなのだ。私は、時々ついていけなくなる。だから親友としては良いが、恋愛など考えられない。私はもっと落ち着いた相手が良いのだ。
「ならば陛下は、どんな相手が好みなんだ?」
「大人だな」
素直に私が答えると、短くギルが息を飲んだ。それからするりと視線を逸らすと、何故なのか唇を片手で覆う。その耳が少し赤くなったのを見て、私は首を傾げた。
「私が大人を好きだと、何か笑う要素があるのか?」
「い、いえ……そ、その……」
「確かに私も、もう良い年齢だ。私より年上で結婚していない人間は、非常に少ないが――何も笑わなくたって良いだろう。ギルなんて、三十六歳で未婚じゃないか!」
「笑ったわけじゃない……はぁ……俺は、生涯未婚でも構わない」
「それじゃあレガリア侯爵家が困るんじゃないのか?」
「甥がいるし、問題は無い。俺は好きな相手以外とは、添い遂げたくないんだ」
それを聞いて、純粋に私は驚いた。仕事一筋で、興味といえば権力争いしかないように思えた(ロイだけ少し別枠かと思っていた)、そんな宰相から、まさかこのように情熱的な言葉が出てくるとは思っていなかったのだ。
「陛下こそ、お世継ぎのために、そろそろご婚姻を」
「う……」
「大人と定評のある貴族を、取り急ぎずらっと並べる。俗に言う、行き遅れのような」
淡々とそう口にした時には、ギルの表情は元に戻っていた。
実を言えば……確かに、私は結婚をしなければならないのだが……ここまで二十年間、国王業に邁進してきたため、一度も恋愛をした事が無いのである。
現在世間は、古の世から伝わる、バレンタインムード一色だ。
しかし私に届くチョコレートはといえば(バレンタインとは、好きな相手にチョコレートを送り合う行事である。太古にはホワイトデーなる飴を贈る行事も存在したらしく、無定形文化財として一部残っている)――義理チョコなるものばかりだ。
「……」
私は、本命チョコが欲しい。人生で一度で良いから貰ってみたい。結婚前に、一度で良いから、恋愛というものをしてみたい。お見合い結婚後に愛が生まれないとは言わない。だが、だが、だが! 一回くらい、恋をしたいのだ。
「……今は、まだ良い」
「陛下。婚姻を結ぶ事もまた、陛下の責務です。別国の王族と、この国の貴族達に声をかけておきます」
「必要ない――そ、それに! 最終手段で、私には、結婚相手候補として待機している貴族がいるではないか」
「ええ、そうですね。陛下がご結婚なさらない限り、皆、結婚できないため悲しんでいる」
その言葉がグサリと胸に突き刺さり、私の笑顔は引きつった。
「……あ、ギルもその一人だったな」
「ええ」
「な、なるほど。添い遂げたい相手がいても、添い遂げられない理由は、私が結婚しないからか……」
納得がいったので私が一人で何度か頷くと、眉を顰めてギルが目を伏せた。
「添い遂げられない相手ではあるが、それは陛下の結婚とは無関係だ」
「無関係? はっきり言うが、お前が本気を出したら、断れる相手なんてこの国には、それこそ王族しかいないんじゃないか? あ、ま、まさか、既婚者か?」
「……非常に鈍い上に、俺をどちらかといえば嫌っている、独身だが、レガリア侯爵家でもどうにもならない相手とだけ言っておく――次の謁見の時間だ。準備を」
それを聞いて、私は腕を組んだ。毎年本命チョコを腐るほど貰っている宰相に、こんな悩みがあるとは、ついぞ知らなかった。
なお――ギルは、私の婚約者候補の一人であるが、ロイは違う。リルバーツ侯爵家は、代々が番伝承の相手を見つけ……即ち、恋愛結婚を推奨しているそうだ。よって、婚約者は、持たない家柄なのである。しかしレガリア侯爵家は違う。婚姻も勢力を維持する手段の一つだったはずだ。だが、話を聞く限り、ギルも恋をしているらしい。
――その後も仕事をし、そうして夜が訪れた。
私は私室で湯浴みをしてから、寝巻きに着替えて、寝台に座る。
「しかし今日は衝撃的だったな――ロイの番というより、ギルの反応が……」
仲良く出来ない相手だとは言え、長い付き合いだ。大切な仕事上の仲間であると言える。仮にレガリア侯爵家でどうにもならないとしても、王家の力ならば、どうにかできるかもしれない。私は応援した方が良いだろうか……?
ノックの音がしたのはその時の事だった。
「はい」
『陛下、取り急ぎ、ご確認頂きたい品が――明日使用しますので、今お願いします』
扉の外から、たった今考えていたギルの声がした。私は頷きながら、返事をした。すると静かに扉が開き、帰り際なのか外套を羽織っているギルが入ってきた。
「何だ?」
「明日の晩餐会では、バレンタインという古よりの行事に合わせて、特注のチョコレートリキュールを提供してはどうかと、アンザス伯爵家より提案があったんだ。これだ、飲んでみて欲しい。なんでも、特別な古くから伝わる成分が入っているそうで、運命の番が誰か気づくことができる――という、伝説があるリキュールらしい。端的に言えば、自分の好きな相手が誰か、明確に分かるそうだ。ただの御伽噺かもしれないがな」
そう言うと、ギルがテーブルの上に、トンと静かにボトルを置いた。そして片手に持っていた銀色の盆を置いた。蓋を取ったギルは、それからミルクの瓶とグラス、氷とシェイカーを見る。
「どうやって飲むんだ?」
「? 俺が振る」
「え? そんな事が出来るのか? ギルはカクテルが作れるのか?」
驚いた。普通貴族は、酒など作らない。それは使用人の仕事だ。ポカンとしていると、手際良くギルがシェイカーに氷やリキュールを入れ始めた。
そういえば、と、考える。
頷いてからカクテルを作り始めたギルは、昨年も今頃、私に、「試作品のケーキだ」と言って、チョコレートケーキを持参してくれた事があった。なんでもあの時は、貴族によるお菓子披露会なるものが開催されるという話だった。そんな行事があるというのは初耳だったが。
思えば一昨年も、「友人のたっての願いで、クッキーをレガリア侯爵家の人間が用意することになった」としてチョコチップの入ったクッキーをくれた。あれもお手製だった。その前の年も、更に前の年も、私は何かを味見したように思う。ギルが相手で二人きりだったから、毒見役は不在だった。
「もしかしてギルは、手作りの料理などが好きなのか?」
「いいや」
「だけど、毎年、何か一品は私に振舞ってくれるな。大体冬だ」
「冬、か――まぁ、冬だな。春とする場合もあるだろうが」
雪があったから冬だと思ったが、正確な日時までは思い出せなかった。ただ、シェイカーを振るギルを見ながら思った。
「料理や飲み物を作る事が出来るというのは、良いな。丁度バレンタインだし、今朝話していた本命に、チョコレートを贈ってみたらどうだ?」
私が何気なく告げると、グラスにカクテルを注ぎながら、深々とギルが溜息をついた。
「毎年振舞っている。好きになったと確信した年から」
「反応は?」
「……まず、本命チョコだとは気づいていないだろうな」
「そんなに鈍い相手なのか?」
ギルは、私の声を聞くと、私にグラスを差し出しながら、目を細めた。
「ああ。どうすれば好意が伝わるのか、全く理解出来ない。王宮の多くも、既に俺の好きな相手に勘づいているだろうに」
「え? 私の知っている相手か?」
「よくご存知だろうな」
「は!? 協力する、教えてくれ」
受け取りながら、私は思わず声を上げた。すると、自分のグラスには別の瓶からウイスキーを注ぎながら、ギルが長々と目を伏せた。それを見ながら、私はカクテルに口をつける。
「あ、美味しい……」
「それは何よりだ」
「この美味しいカクテルを振舞ったら、きっと本命の相手もギルに惚れるだろう」
本心からそう思った。私は笑顔を浮かべ、二口目を飲み込む。確かに私達は仲良しでは無いが、それは嫌いという意味ではない。無論、説教をする部分などは好ましくはないが、好きな部分だってある。勤勉なギルの姿勢は特に好きな部分だ。ギルは何より、落ち着いている大人だ――と、考えて、私は視線を下ろした。カクテルの中身を見る。私の好みのタイプと、ギルは完全に一致していた。いいや、正確には、好みのタイプを聞かれた時、私は咄嗟にギルについて思い起こして、特徴を挙げたような気がする。
幼い頃から、婚約者の第一候補として――それこそ、即位前から、私はギルを紹介されて、いつも見てきたのである。怖くて口うるさいと思いながら、ずっと見てきた。それはそれとして……私の中で、婚約者や結婚相手となると、ギルのイメージが浮かぶ。
「ん……」
胸がざわりとした。
――私と結婚するはずのギルに、好きな相手がいるだと?
酒が少し回ったのか、私は自分の本音に気がついてしまった。
それから改めてギルを見る。すると、何故なのかギルは真っ赤になっていた。
「もう酔っ払ったのか? ギルは、酒に弱いイメージはないが」
「……陛下が、それを飲んだら、本命が惚れるなどと戯言を吐くからだ」
「そんなに好きなのか?」
あるいは酔っているのは私の方かもしれなかったが、なんだか無性に、許せなくなってきた。私ですら貰った事のない本命チョコを、それもギルからのチョコを、ギルの本命は毎年もらっているのだ。
「ああ。好きだ。愛している」
「ダメ」
「――……分かっているんだ。叶わない事は」
「そうじゃない、ダメだ」
「陛下?」
「ギルは私を見なければならないし、私にチョコを贈るべきであるし、私の見合いの相手として、まず自分をセッティングするべきだ」
折角気づいたのだから、行動は早い方が良いだろう。私は、どうやらギルが好きだったらしい。そんな私の言葉に、ギルが目を見開いた。
「陛下、からかわないでくれ」
「からかっていない」
「――俺の気持ちにやっと気づいたんだろう?」
「ん? 気持ち?」
「もう限界なんだ、言わせてくれ。いいや、言う。陛下に気づかれたのなら、もう良い。俺は、陛下が好きなんだ」
「え!?」
「ちょっと待て、なんでそこで驚いた?」
「私もたった今、ギルが好きだと気がついたからだ」
私が率直に告白すると、ギルが硬直した。それから――真っ赤になって、唇を掌で覆う。
「――まさか本当に、このリキュールは、好きな相手を自覚できるのか?」
「そうかもしれないが……そうだな。今まで、考えた事がなかったんだ。ギルがそこにいて口うるさいのは、当然のこと過ぎた。私はそこも含めて好きだったみたいだ」
「おかしな成分は入っていないはずなんだが……え? 口うるさいだと? それは陛下が働かないからだ」
「働いている。そうか、え、じゃあ、私達は、相思相愛ということか」
内心では、動悸が酷かったが、私は誤魔化すように言語化した。ギルは、私を好き、私を好き、そうか、私を好きなのか。そのまま私は寝台を見る。
「……ギル、泊まっていくか?」
「陛下。直球だな」
「だって……相思相愛ということは、恋人になるということで、結婚をするということで、そもそもギルは私の婚約者の候補で――閨の先生だった。私はギルとしか体を繋いだ事は無いが……――ダメ?」
なんだか心が盛り上がっていた。これは酒の力かもしれない。
「俺がどれだけの根回しをし、金を積んで、閨の権利を勝ち取ったかも知らないんだろうな……」
「え?」
「陛下が悪い。誘ったのは陛下だ」
ギルはそう言うと、音を立ててグラスを置いた。そして、立ち上がり、俺の正面に立った。
「うわ」
そしてそのまま、横長のソファの上に俺を押し倒した。
「寝台まで待てない」
ギルはそう言うと、ポケットから小瓶を取り出して、テーブルに片手で置いた。もう一方の手では、私の首元のリボンを引っ張る。私はその瓶を知ってた。香油だ。閨の講義の後も、迂闊に誰かと交わるわけにはいかないからという理由で、私はそれを用いながら、ギルと何度か体を重ねてきた。
「ん……」
するすると私の寝巻きを脱がせたギルが、私の乳頭を噛んだ。甘い疼きに、体がゾクリとする。
「ぁ……」
片手で陰茎を握られながら乳首を舐められると、それだけで体が反応した。
私は、ギルの体温が好きだ。考えてみると、これまでもずっと好きだった。
「ンん」
「取り消したら、許さない。俺は、ずっと陛下が好きだったんだからな」
「ぁ」
ギルの指が中に入ってくる。二本の骨ばった指が、俺の中を暴いていく。バラバラに動いていた指が、揃えられて、私の中のある一点を刺激した時、私の体が跳ねた。
「ぁ、ぁあっ……うあ、あ、取り消したりしない。気づいたのは今だけど――っ」
その時楔を挿入されて、私は息を詰めた。圧倒的な質量に貫かれて、思わずギルの首に腕を回す。全身が蕩けそうだった。チョコレートよりも簡単にドロドロになりそうなくらい、私はギルの体温に慣れている。
「あ、ア!」
「陛下、好きだ」
「私もギルが好きだ……ん、あ、ぁ、ァ!!」
それから一際強く突き上げられた時、私は放った。ギルもまた、私の中で果てたようだった。
――事後。
「陛下……」
私を抱き起こしながら、ギルが言った。
「言質はとったし、明日には見合いをさせてもらう。俺と」
「ん……」
引き抜かれる感覚に息を呑みつつ私は頷いた。するとそんな私の額にキスをしてから、ギルが続けた。
「結婚してくれるんだな?」
「ああ」
このようにして――私の、結婚する前に本命チョコが欲しいという願いは、実は叶っていた事を、結婚の約束と同時に知る事となった。
なお、帰還したロイは驚いていたが、ギルの気持ちを知っていたらしく、満面の笑みで祝福してくれた。古代から続く文化――バレンタインも、悪くないものである。
ただ……あのリキュールには、隠された魔法があったのかもしれないとは、今でも思っている。あれが無かったら、私は自分の愛に気づく事ができなかったのかもしれないのだから。気づく事が出来て本当に良かった。古代の叡智には、感謝しかない。
【終】