ロイヤルなおもてなし
宗教院内部での襲撃、さらに法王猊下と舞洲猊下の意識不明、英刻院藍洲閣下と銀朱匂宮総取りは王宮を出たところで、アルト猊下とクライス・ハーヴェスト侯爵まで王宮へ向かい途中に襲撃され、さらにはラフ牧師までもが意識不明だ。ザフィス神父がかろうじて意識さえあるものの、ザフィス神父が異変に気づかなければラフ牧師は亡くなっていただろう。この結果、各集団は混迷を極め、宗教院の人々は王都大聖堂へと避難するに至った。
榎波と榛名達三名で王宮内をまとめようと試み、橘もまた関係各所との連絡に追われ、時東はひたすら医療関連で奔走、高砂に至っては武力を出すに至っている。万象院列院として存在しているガチ勢のみ協力的だが、他の猟犬を含めバラバラであり、かつ最下層出自の榛名達には従わない人間までいる始末だ。青殿下と伴侶補二名が必死にできる業務を並行し、ラクス猊下とレクス伯爵、桃雪と橘宮が戻ってきたのは、午前十一時半を過ぎた時のことだった。宗教院からはルクス猊下とリクス猊下、先ほど、もう一名の副議長であると公表したユクス猊下はギルドの代表としてレクスの横に居る。全員で軽食を取りながら、今後について溜息をついたのと、その場の扉がノックされたのは、ほぼ同じ頃合だった。
「兄上?」
「レクス、今回は大変だったな」
入ってきたゼクスの姿に、みんな頭にハテナが浮かんだ。
――兄上?
まず最下層勢は、救済戸籍の孤児であるゼクス=ゼスペリア牧師と、ハーヴェスト侯爵家と呼ばれる英刻院に匹敵するだろう名門貴族出自のレクスが兄弟だという事実に首をひねり、さらにゼクスの、普段の牧師服とは異なる上質な黒い外套を見て、同一人物なのか、同姓同名のよく似た他人なのか思案した。
「どうしてここに? というか、今までどこに?」
「宗教院からも連絡を試みていたんです、ゼクス猊下」
リクス猊下の声に、そちらを見て微笑し、ゼクスは頷いてから琉依洲を見た。
「ちょっとゼスペリア教会というところで、俺の専門は歴史と建築だからそれについて勉強しながら、牧師として生活していたんだ。それで、琉依洲の先生をやっていて、今も、琉依洲に『琉依洲から見てやばい事態が発生したら呼んでくれ』と言っておいて、やばいというから来てみたんだ」
「来てくれて感謝する……レクスの兄だとは初めて聞いたけどな……」
「あはは。まぁ聞かれたら話していたし別に隠していたわけでも何でもない」
「それはそうと兄上、あれ、どう思う?」
レクスが腕を組み、壁に展開中のロステクモニターを見た。
王都中央部から見て城と逆側の向こうに展開している大量の敵集団だ。
左右の山脈、遠くの海。
倒しても倒しても相手は減らず、防壁の内側で続出した怪我人が回復するとまた戦っている状態である。
「こ、怖いな……」
ゼクスが呟いた。それはガチ勢連中も良く知る、ミツバチだのが周囲にいた時のゼクスの反応だった。ゼクスは最下層の有籍孤児院街の牧師だが、ガチ勢ではないのだ。だから危険物を見ると、大体こういう反応が返ってくるのである。守らなくて良い程度にガチ勢内で見ても強そうだが、戦うことは期待できない。むしろ避難させる側、それが多くの共通認識だった。だが、今回、レクスの続けた言葉で、それは裏切られた。
「どの部分が?」
「ん? あんな薄い壁と軟弱な回復フィールドしか展開しないで、部下を送り込んだ鬼上司がだけど? 俺、そういう人間の下で働くくらいなら退職するのに、彼らは偉いな。十分の九くらい死にながら頑張っている……」
「――その向こう部分は、どうにかできるか? できるとして、どのくらいの時間がかかる? さらにあれを配置した敵集団を壊滅させて、今、モニターの横に出した兵器を二つ、最低壊したいんだ」
「ん? まぁ余裕を見て三十分くらいだろうか」
「兄上、俺の今後の仕事スタイルの参考と琉依洲への実践的な師匠としての側面を発揮して、即刻倒してきてもらえないか?」
「ゼクス、俺からも頼む。見てじっくり覚える」
「ああ、別に良いぞ。あと今、国内の最有事レベルを1に引き上げて、教会と学校での衣食住環境配布用意と医療院の無償開放用意が終わった所だから、この資料を見ておいてくれ。これは、まぁここにいるメンバーみんなで見て、必要各所に要件があれば連絡を」
ゼクスはそう言って、机の上の書類を置いてから、姿を消した。残ったメンバーはそれを受け取りながら、モニターの向こうに現れたゼクスの服装に驚いた。黒色のローブの背中には黒咲の匂宮直轄上層の闇の月宮冠位のマーク、左腕には万象院本尊直轄の紐、右腕には猟犬の証、黒い猫面を首から後ろに回しているのはゼスト家直轄の中でも強いという証拠だ。出現した瞬間、その場の防壁が完璧になり、カロリー補給等のフィールドも完璧になった。「ロードクロサイト闇枢機卿議会議長!」「ゼスペリア隊長!」「青黒曜宮様!」「若御院!」「ハーヴェストクロウ大公爵!」と、全集団が自分達の知る名前で声を上げた。その姿に、ゼクスが頷いた。
「お前ら、こういうひどい職場環境になったら、きちんと各組織の上の方に苦情を出して、最低このレベルのバリアとフィールドを要求しないとダメだ。いいな?」
「「「「「はい!」」」」
「今から倒すから、終わったら自由解散で良いけど、まだ働き足りない場合は、王宮に転移して、そこにいる各集団に加わるように」
ゼクスはそう言うと、サクサク歩いていき、朱色の扇をバサリと開いた。一億体程の目の前の敵が動作を一度停止後、倒れた。続いて宙を飛んで襲ってきた3000体ほどが衣類のみとなり、ゼクスが扇を降った瞬間には消えて、扇等が地面に落下した。
「よし終わった。もうここには出てこないように処理もしたから、解散!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」
そのまま全員撤収用意をし、全員が王宮に移動した。しかしゼクスの移動先は花束風の兵器の前で、ここの処理開始時にやっと三分が経過していた。気象兵器が青い十字架、生体兵器の群れが虹色砂嵐となり消滅、花束も安全処置で停止、最後に巨大生体兵器が内部から爆発して消えた頃には、ゼクスは雪原から最後の砂漠へと移動していた。そして時空の割れ目上のものを消滅封印処置をし、タバコを深く吸い込んで、消して、五分になる前にレクス横に、その格好のまま戻ってきた。
「琉依洲、レクス、ちょっと見てくれ」
「「ああ」」
つぅか早い、早すぎる、と思いながらゼクスに声をかけられた二人が見る先を、全員が見た。ゼクスが用意したモニターに亜空間拘置所や、扇の三ヶ所、仮面の五箇所、PSY融合繊維の服の工場七箇所、さらにぶちこまれていく人々のプロファイリングが表示され、その隣には、法王猊下達それぞれの襲撃実行犯、真ん中には敵首脳部情報、横には現在の摘発状況が表示された。
「とりあえず、扇とか持ってた7036人は既に拘置所だ。首脳部も。施設は全部封鎖がお渡し兵器も押収した。あと67人捕まえれば終わりだ。うーん、どうだろうなぁ、三十分以上かかるかもしれないな。半年前に離脱しているものもいるし」
「「……」」
最初の大人数の相手のみ三十分だと思っていたら、敵集団壊滅まで込みだったらしく、二人は言葉が出てこなかったし、周囲は目を疑うしかなかった。
「それと全員、意識とか回復して、三日もすれば前より健康になるから、そっちも心配いらない」
「え!? 治ったのか? 兄上が治したのか?」
「うん、まぁな。それと避難レベルの引き上げで来るのが少し遅くなったんだ――うん、全員逮捕が終わったし、判決とかもOKだから、あとは、うーん、一応こう、他にいないかのチェックだけだな。怪しいのは監視リスト入ってるけど、自動的にとける封印も終わったから、まぁ大丈夫だろう」
三十分どころか、十分で全部終わってしまった。みんな何も言えない気分だった。
そこへ焦ったように、橘大公爵が声を上げた。
「なぁゼクス、つまりお前はゼスペリア十九世猊下ってことだよな?」
「ん? そうだけど?」
「なんか非常事態だから、橘院の叔父上とか、俺の親父はともかく前国王陛下とか前法王猊下とか色々来るらしいんだけど、お前つまり王家の分家でもあるし、どうしよう、これ、手伝ってもらえないか?」
その言葉にそれぞれを知る全員が、顔面蒼白になった。
「……うーん、時東と高砂先生がこの腕輪をはめて、かつ時東がスペシャルロイヤルVIPかつ天才の患者向けにのみ披露する笑顔を、最低限今日一日、この、今回の意識不明患者を回復させた十字架あげるからやってくれるなら、やっても良いぞ。榎波と高砂先生には自発的な協力してもらわないとならないけど、この二人もやると言うなら、良いぞ。そうでなければ、誰か一人でも来る前に俺は大至急帰る」
「「「やる」」」
「やるって!」
「そうか――じゃあ、高砂先生、今、先生の列院総代分の万象院業務も終わったから、今日一日、俺の後ろでその時々の笑顔を浮かべて、榎波もそうしてくれ」
「「わかった」」
「まず上の階に、最高学府・天才機関・医療院の一般人も招く形の部屋作ったから、ここにいる華族と貴族の伯爵以下と逆にあっちの中の上以降の役職ある人間は全員、猟犬以外そっちに行き、黒色のその他所属は全員経済連に入ってるから、その左奥のそこに行き、貴族は左、華族は右に移動。青殿下と伴侶補二名、桃雪様と橘宮様、レクスとラクス猊下は今俺が出した席で、今出してるモニターを眺めつつ、俺が横に置いた資料を眺めて仕事に励んでいる空気を醸し出してくれ」
「「「「「はい!」」」」」
「「「「「わかりました!」」」」」
「あ、後、天機認定で音楽技能天才は、右上にまとまってくれ。それで、リクス猊下とルクス猊下とユクス猊下は左側前で、宗教院でここにいるやつら、音楽隊の前に榛名達三人並び、ガチ勢は時給百万円あげるから今共通倉庫に出した万象院列院僧侶の格好してそこにあるお辞儀と鐘の持ち方を覚えて、榛名達の後ろの華族全部の後ろに並んで、今から高砂先生が前に来たら敬う感じで同じお辞儀とかして、なにか聞かれたら『青き弥勒のお心のままに』を繰り返してくれ」
「「「「「はい!」」」」
「「「わかった!」」」
「で、貴族院の皆様は、向こう半年分の仕事を実データ必要なのにそれ記入自体で今終わったから、貴族に合流してくれ。中の華族の皆様は華族に」
「「「「「はい!」」」」」
「実務院の皆様も日常業務全部今俺が終わったから、俺の手配指示通りに動いてくれ。俺がいる限り、貴方達の身の安全を保証するし給料もボーナス出すから、完璧にロイヤルキーパー業務を頼む。ガチ勢でロイヤルキーパーな人々はこっち行ってくれ。あとガチ勢で最下層で牧師かシスターやってる場合は、宗教院メンバーの後ろに並んでくれ。で、枢機卿階級の会議メンバーはそこに立ってくれ。そしてロイヤル護衛隊は全員、音楽隊と青殿下達の間と各集団の後ろを埋めて、守ってる感を出してくれ」
「「「「「はい!」」」」」
「よし、橘、準備は出来た。あとは、来た順に俺が対応するから、お前は王家分家のロイヤルな微笑対応、榎波は、ロイヤル護衛隊の隊長と王家分家の対応のみ、高砂先生は悪いんですが、その都度頑張ってください。時東は、常にその笑顔で頼む」
「「「「了解!」」」」
「まず、英刻院閣下と旧宮殿ひと組目、花王院陛下と静仁様だ。橘と榎波、十秒後に扉を開けて。音楽隊、演奏用意。以後指示、脳内の今全員に完了したESP連絡網で行くから」
さて十秒後、扉を二人が開けて、ゼクス達三名がお辞儀、音楽が優雅に始まった時、三名が駆け込んできた。花王院陛下と静仁様は唖然としたように中を見回した。英刻院閣下は硬直した。
「ご無沙汰いたしております花王院陛下、伴侶補美晴宮静仁殿下、またご快癒何よりです、英刻院閣下。前国王陛下等のご来訪の予定を伺い、本日のスケジュールをこのように作成しておりますので、ご覧下さい」
ゼクスは顔を上げ、微笑し、三人にファイルを渡した。安心しきったように静仁様がファイルを開き、同じようにしながら花王院陛下が満面の笑みになり、英刻院閣下は一人だけ分厚いファイルを見た。
「貴族院と俺の仕事は?」
「全て英国院閣下担当分は一年分、実データと絶対的本人サインと本人の挨拶が必要なもの以外終了させておきましたので、本日から数日は、英刻院レベル2の貴族&宰相レベル6の政治家および適宜その他の外交接待にご注力下さい」
「病気治療も含めて感謝する。元老院と華族関連と来る奴らの追い返し方は?」
「前者は全て終わっております。追い返し方は、このファイルに記載してありますが、閣下よりも俺がそれをタイミング見て口にする方が角が立たないと思うので、俺に帰したい時には言ってください」
「承知した。では、宰相として横に立つ」
「俺と静仁はあっちにいって座って花王院王家のド級ロイヤルな笑顔で座ってる」
「本当にありがとう!」
こうして三名は、それぞれ移動した。完全に、奥へ行った二人が安心しているのがわかった。英刻院閣下はファイルを見ている。それからすぐに流れるように音楽が変わり、また橘と榎波が扉を開け、今度はゼクス達四名がお辞儀をした。
「藍洲大変だ! ……――ゼクス!」
「ご快癒なによりです舞洲猊下、ご無沙汰いたしております、法王猊下。宗教院・ゼスペリア執務院共に向こう二年分の実データの記載以外の処理は終わっており、今後の予定ファイルは、舞洲猊下、こちらですので、今より何も気にせず配偶者猊下としてのお役目と英刻院家の元宰相色を適宜取り入れながら、前法王猊下の接待にご尽力ください」
「さすが!」
「まかせたよ」
この結果、二名は引き返していった。前法王猊下の出迎えに行ったのだ。
来るなんて初耳の一同はポカンとしたし、それ以前に仕事の終わりっぷりにポカンとした。続いてやってきたのは、アルト猊下とクライスとザフィスだった。
「アルト猊下、父上。ご無沙汰いたしております」
「「ゼクス!?」」
「ゼクスよ、この十字架を私も欲しいのだが」
「ザフィス神父、このカゴいっぱいのゼルリア白金銀をお渡ししますので、本日一日、リオ・ハーヴェスト=ロードクロサイト風微笑で、時東の後ろに立っていてください。父上、ここに俺が発掘した使徒ルシフェリアの金の十字架があり、これをお渡ししますので、英刻院閣下の隣でハーヴェスト侯爵家当主を完璧に父上配合で行い、アルト猊下はいまご覧の本により父上どころか俺が何をしているかまでひと目でわかるので、あちらのルクス猊下達の前に立って、父上のかっこいいところを見守りながらゼスペリア十八世の笑顔を振りまいてください」
「「「わかった!」」」
こうして彼らは移動し、そのすぐ後、橘院と前橘大公爵が入ってきた。
後ろに院系譜の万象院以外の僧侶がずらっといる。
「ご無沙汰いたしております前橘大公爵様。お初にお目にかかります橘院様。今回は国内の非常事態でお越しになると伺っております。こちらでも避難レベルを1として準備は完了しており、さらに前方の青殿下達のご尽力と人望で、既に敵集団は壊滅し、現在このファイルの状態となっておりますので、お時間がある際にでもご覧下さい」
「ゼクス、久しぶりだな。それは何よりだ。藍洲もクライスも治ったのか?」
「ええ、ご心配をおかけいたしました」
「ハーヴェストとしてお恥ずかしい限りです」
「――全てはお前らが無能だからだろうが。それもこれもガチ勢五籍だのという怪しげな殺し屋集団に報酬を出して、万象院列院を名乗らせて、榛名をはじめ、出自も知れぬ人間を政治に関わらせたのが原因だ」
「橘院様、これを」
不満をぶつけた橘院に笑顔でゼクスが短刀を渡した。橘院が目を見開いた。全員目を疑った。
「どこの出自とおっしゃった榛名、そして政治に現在参加している若狭、政宗の三名は匂宮復古配下家当主です。華族法第三十七条二項において、匂宮配下家を含む匂宮の出自を詮索した場合、一時間以内の自害、それがなされない場合、二十四時間以内の処刑が法的に定められています。万引きをしたら警察に捕まるのと同様に、お店で買い物をしたら金銭を支払うのと同様に、これは花王院王家の下で施行されている厳粛な法律です。ご自害ください」
「えっ」
「また、ガチ勢だのと申しますが、彼らは救済寺院戸籍による万象院列院として法制度によって、ゼスペリア姓の救済孤児同様に戸籍を取得しているのですが、貴方には全くの僧侶としての概念が欠落しておられる。なにせ万象院以外を束ねる立場でありながら、僧侶としての服装さえまともに着ることもなく、それを恥に思うこともなく王宮に入り、さらには挨拶すらできずに法律違反。あなたはただの犯罪者です。そもそも院系譜の武装僧侶とは僧侶の上で必要な技術を身につけるのに、その教えが欠片も見についていないあなたは、ここにいるガチ勢以下というより足元にも及ばない、私、緑羽万象院当代から見てただの無能。さらに朱匂宮当主として、処刑用意は完璧です」
「……」
「あなたの後ろにいる僧侶を名乗る、ただの王宮に銃刀法違反をおかしながらやってきた人間も全て、あなたの処刑が終了し次第亜空間拘置所で尋問します。それとまさか、武装僧侶を名乗ってそうしているとは言わせません。武装僧侶にはそのような武器不要の技術が当然あるはずですし、教えを身につけずに武装僧侶にはなってはならないのです。これは院系譜義務規定第三項で定められている事柄であり、当然正装で武力行動が可能です。誰ひとりできていないのですから、ただの銃刀法違反です。ならびにあなた方は自分たちは何一つできていないのに、全ての摘発を終えたこちらを誹謗中傷したのですから、その側面からも立件し、既に俺が検事の資格を保持しているため、書類送検を完了しました」
「……ご慈悲を」
「あ、介錯ですか? この刀の切れ味は抜群です。あと、無論弁護士資格もあるので、ここに遺言状の書き方および必要な品を出現させました。それから万象院でもゼスペリアでも葬儀準備および墓石の手配まで終わり、葬儀の招待状も作成しました。何の心配も不要ですので、ご自害ください」
「……」
「――ゼクス、弟も心配してやってきたんだ」
「前橘大公爵は、心配すれば法律違反をして良いと?」
「……ゼスペリア猊下の優しさとして、ほら」
「優しさから法律を説明して自害を待って差し上げているだけで、俺がゼスペリア十九世でなければ、王宮に一歩立ち入った段階で匂宮侮辱の罪で頭部破裂全員でした。前大公爵以外。ご理解いただけますよね?」
「全員を僧侶として恥ずかしくないように教育し、今後は法律を決して犯すことなく、最下層でゼスペリア教会の牧師の皆様同様ご活躍中の列院の皆様を尊敬し、二度と榛名中納言達には文句をつけさせないように、橘大公爵家が責任をもって教育を家庭内からも行い、後にいらっしゃる前国王陛下に恩赦をお願いさせていただきながら、英刻院前ご当主への対応を俺が万全に行いつつ榎波男爵の代わりにロイヤル護衛隊を適宜指揮すれば良いかな?」
「そういうことでしたら、最低限の僧侶の格好をしてあちらの列院の後ろに僧侶らしき服の皆様は立っていただき、その前に橘院様も立っていただいても構いません。さらに橘院様には法律知識も皆無のご様子ですので、その教育も必要。まず五籍というのは、列院僧侶が俗世の苦悩を知るために取得している花王院戸籍を重ねた呼び名でありそれを五つ以上も経た橘院様と違う徳の深い僧侶を侮辱した恥、さらに報酬とは俗世へ対してのわかりやすい名称であり寺院への寄付であること、さらに暗殺者といいますが、依頼者はすべて王家であり、それは王家を侮辱したのと同じであることもしっかりとご教育いただけますか?」
「わかった。うん。今モニターに出ている法律をすべて完璧に教え、心から理解させて、報酬というのは、おみくじの代金、あれは代金とわかりやすく呼んでいるだけで善意の寄付だという寺の仕組みから叩き込み、さらにゼクスが出したリストの通り、ガチ勢達が手にかけた人物は、橘院本人や前国王陛下が敵だと考えた人間がこんなにいる点も納得させ、欠如しているから表示しているんだろうけど、華族対応の基本から橘大公爵出自が恥ずかしくないよう再教育もしておくから」
「そうですか、では、そのようにしても構いませんが、橘院様ご本人はどうなさいますか?」
「その通りにさせていただきます」
「わかりました。後ろの皆様は?」
「「「「「青き弥勒のお心のままに」」」」」
「良いでしょう。ならば、定位置に」
なんだかさらっと出てきた万象院による救済寺院戸籍だのといった法律に一同爆笑しかかった。なんだこれは。橘院、それ以外も打つ手なし。大人しく従い、前橘大公爵は、英刻院閣下の横に立った。扉を開ける二名、そのそばに、ゼクス・高砂・時東、その後ろが、クライス・英刻院閣下・前橘大公爵・ザフィス神父となっている。続いて雅な音楽が流れた時、ラフ牧師が駆け込んできた。
「やばいクライス、ザフィスをロードクロサイト風にして他全部どうにかしないと――……ゼクス!?」
「鴉羽よ、ザフィス=リオ・ハーヴェスト=ロードクロサイトは、既に万端である」
「鴉羽の父上、クライス・=リオ・ロードクロサイト=ハーヴェストもまた万全です」
「……――ゼクスありがとう! あのさ、どうしよう、朱の俺のお祖父様と美晴宮&橘宮の先代が……」
「対応は万全です、こちらにご接待内容を記載しておりますので、ラフ牧師は適宜、最下層での救済活動中のラファエル=ゼスペリア筆頭牧師か、王家の顧問であるハーヴェストクロウ前大公爵、大体は鴉羽卿としてご対応して頂ければ完璧です。位置は、あちらの対策本部の顧問席にて。挨拶等は、すべて月に一度の貴族院による慈善救済活動を俺に任せる感覚で大丈夫です」
「ゼクス! ありがとう! つぅか、捜査終了、何これ?」
「すべてそちらの席に専門の資料がございますのでご覧下さい」
「うわっ、死ぬほど助かったつぅか、嬉しくて涙が……! 俺、俺、うう」
「席につかないならば、今から先々代朱のご対応をしていただきます」
「よろしく!」
感涙しつつ、ラフ牧師が、琉依洲の斜め後ろの顧問席についた。すごい。完璧である。続いて、大量の貴族達が入ってきた。豪華な音楽、扉を開けるタイミングも完璧だ。姿を現したのは、前王妃の父であり、英刻院に次ぐ、貴族の最大派閥筆頭のミュールレイ侯爵家当主だった。この人物は、橘院よりも最悪だと評判だ。どうするのかと、橘院まで見てしまった。まさか法律違反を適用するのだろうかと、全員ヒヤヒヤした。
「お初にお目にかかります、ミュールレイ侯爵閣下。鴉羽ゼクス恩緑羽万象院朱匂宮真名リオ・ハーヴェストクロウ=ロードクロサイト=ゼスト・ランバルト=ゼスペリア十九世と申します」
が、余裕の笑顔でクライスが息子を紹介する感じで最初に声をかけて話題を振った。
「――お初にお目にかかる、ゼスペリア十九世猊下」
「予てよりお目にかかりたくてなりませんでした。今回の空き時間にでも、よろしければお話をさせてください。また、既に今回の犯罪者集団はすべて摘発済みです」
「摘発は何よりだ。だが話す気など起きない。無能な英刻院派と快楽主義者のハーヴェストと、頭がおかしいロードクロサイトを頭にした無秩序な貴族共になどもう任せておけないが、その後者二つを英刻院派の脇にまとめた手腕は評価に値する。用件を一言で済ませろ。そうでなければ、以後、貴族院を含めて全部こちらに任せてもらう」
「ええ、実は、亡くなられた王妃様を聖女として認定したいので、そのお願いを」
「っ!?」
その言葉に聞いていた全員が目を見開いた。
「――聖女? 亡くなった娘を利用されても心など動かない」
「そういうことでは聖人認定はおりません。三年前より検討に入り、既にミュールレイ侯爵家には侯爵様に七ヶ月半後にご面会のアポイントメントを取らせていただいておりますので、今回でなくとも良いです。お時間がある時で構いません」
「……あ、ああ……だがあれは、襲名挨拶では?」
「それは俺の出生時にお手紙で終わっていると思うのですが、届いていないでしょうか?」
「い、いや、無論受け取ったが……あのミュールレイ侯爵領地の横に完成した大聖堂の話だとばかり。ゼスペリア猊下執務院が買い上げて建てたが完成してから一度も開いていない無駄の産物」
「あれは聖女認定が後は侯爵閣下のサインで完了するので、そうしたら開くので、侯爵様のお時間をいただかない限り開きません。また、無駄ではありません。あそこにおいて、前王妃様の念願だったという使徒ゼスト自身の福音と王妃様のような悲劇を防止するための妊娠時の注意事項と王妃様がご注力なさっていた高齢者への配慮をひとまとめにした冊子を、妊娠時の健康保護にも効果のある使徒ゼストの銀箔をつかった鎖と、ミュールレイ侯爵家家紋の青い百合を使徒ゼストのサファイアでかたどったこちらの十字架を配布および販売し、収入で王妃様が建設なさって高齢者施設と王妃様と同じ疾患の妊婦療養施設に無償寄付するので、非常に有効です」
「……っ、こ、これは……し、しかし、あの娘は聖職者では……」
「聖人とは、聖職者がなるのではなく、ゼスペリアを信仰している人間の中で、まさに敬虔心が使徒と同等である人間がなるのです。政治に利用などと、そんな馬鹿げた条件もゼスペリア十九世として許すことはできません。またこれは、英刻院閣下が毎年命日の三日後、俺の祖父であるハーヴェストクロウ大公爵が五日後に花を持ってお墓参りをしている姿を見た俺が、独自調査で王妃様の優れたお人柄を知り、聖人検討にはいったのが三年前であり、七年前に俺はそれに気づき、五年前から彼らのお墓参りの撮影をし、遠隔でやはり時々父上までどちらかと一緒に行くので優れた王妃様だったのだと再確認しての行動です。王妃様のお人柄は、侯爵様のお孫様でもあらせられる青殿下を生み出した上、法王猊下や前法王猊下からもうかがい、聖人として完璧であると判断し、法王猊下と共に取り決めました。舞洲猊下や英刻院閣下にはまだお話しておりません。まずは侯爵様のお考えとサインを、と。ただその命日を、聖人認定がおり次第、国民の休日として祭日とすることも同時に検討中です。俺ももう少し早く生まれ、早く大人になり、直接お話したかったことが後悔です」
ミュールレイ侯爵の涙腺が崩壊した。ゼクスが展開したモニターの大聖堂映像および王妃様のご経歴と著作、さらに英刻院閣下とクライスとラフ牧師のお墓参りおよび一緒に行ったゼクス、さらに聖人認定をする法王猊下とゼクスの映像が綺麗に流れた。使徒ゼストの福音とセットになっている安産と老人の結構の冊子、青い花つきの十字架もモニターに出ているし、現物がミュールレイ侯爵の前にある。
「英刻院閣下、ハーヴェスト侯爵、ありがとう……娘のために……今後、ミュールレイ侯爵家は派閥全員をもって、ハーヴェスト同様英刻院家を支えよう」
「別にそうされたくて墓に行ったわけじゃない。王妃様がご立派だっただけだ」
「全くそのとおり。英刻院の言うとおり。が、とりあえず今回の前国王陛下対応と前英刻院当主対応は、ミュールレイ侯爵に頼みたい」
「承知した――全員そのまま並べ。そして、前橘大公爵の横に立つ私の前で、きちんと整列し、従うように。そしてゼスペリア十九世猊下のお人柄、宗教院の腐敗と若い世代の愚かさばかりが目についていたのは私の頭の硬さもあったと理解し、全ての貴族の誇りを持って今後も、ゼスペリアを信仰し、英刻院閣下から下の全ての世代を補佐することはあっても余計な口を出さず、信用すると生涯誓った。うるさい年寄りがいたらいつでも言え」
「全てはミュールレイ侯爵様のようにここまで国を支えて来てくださった先駆者および王妃様のように優れたお考えをお持ちの方がいらっしゃったからです。では、よろしくお願いします」
ゼクスはそういい、ここに貴族対応が完了した。英刻院閣下でさえたまに文句をいいにくい年寄り貴族まで全部まとまったのだ。その筆頭で青殿下の祖父であるミュールレイ侯爵を味方につけたゼクスがすごいというのは、もう誰から見ても明らかだった。続いて、また雅な音楽に変わり、扉が開くと目を細めた銀朱匂宮総取りと、橘宮配下の右大臣と左大臣と配下の黒咲にはなってはならない高位華族がやってきた。
「ようこそお越しくださいました、ご快癒なによりです銀朱様。ご無沙汰いたしております、左大臣・支倉様、右大臣の峯岸様はお初にお目にかかります。朱匂宮当代でございます。皆様、長旅お疲れ様でございました」
「若宮様……――いえ、若宮様のおかげで体調も万全に。では、以後の匂宮総取り対応はお任せ下さい」
「あ、朱の若宮様! 支倉家当主として橘宮様配下の大臣から5中宮家までは、ただいまより全部お任せ下さい! それと華族業務のこちら担当分一年半分までやっていただき感謝でなりません! 橘宮の若宮様に忠誠を尽くしていけば良いと理解し、朱匂宮の若宮様に支倉、すべて従う所存です」
「えっ!? は、支倉様……?」
「ご安心ください、朱の若宮様。帰るまでにきちんと右大臣・峯岸様の教育も支倉が」
「心強い限りです。では、皆様、あちらでごゆるりと」
銀朱は死ぬほどホッとしているし、支倉左大臣はミュールレイ侯爵より頭が固いのに完全に懐柔が完了している様子で、説得不要で全部まとめて、勝手に定位置についた。真朱匂宮と金朱匂宮と日向中納言が続いてやってきた。そしてゼクスを一瞥し、普通に挨拶した。その後、高砂がきちんとしている事に感動した後、黒曜宮衣装になっている時東を一瞥した。それからまたゼクスを見た。
「先々代の朱様がいらっしゃるそうですが、大丈夫でしょうか?」
「匂宮復古家に関しては、後押しで、真朱匂宮印鑑を押したけど、糸いいなぁ」
「金朱匂宮元総取りとして、匂宮教育の準備が終わった」
「日向中納言様、すべて大丈夫でございます。真朱様、お礼の小切手で1000億円です。金朱様のご配慮に感謝です」
「「「大人しく座っています」」」
こうして、一番口うるさい匂宮勢力もすぐに席に着いた。
直後、朱匂宮古稀宮と、緑羽万象院と、敷地にいた万象院の本院と列院の僧侶がやってきた。朱と緑羽以外は定位置に静かに移動した。緑羽が先に言った。
「ゼクス、先々代の緑羽も来るそうだ」
「ええ、既に準備は万端です」
「――連絡を取っていたのか?」
「取らずとも動きは把握しておくものであると学んでおります、緑羽の御院から」
「なるほど。良い、ならば朱の父上も任せて良いのだな?」
「ええ。お二人共、あちらで何の気兼ねもなしに、おやすみ下さい」
「「ありがとう!」」
続いて彼らの移動が終わった時、一同が聞いたことのない曲が流れた。
そして扉が開いた。法王猊下と舞洲猊下が先導し、前法王猊下が入ってきて、この時には、アルト猊下手動でビシッと宗教院メンバーが出迎えた。
「ご無沙汰いたしております、前法王ラファエリア猊下」
「ゼスペリア十九世猊下! この音楽、ヴェスゼストの赦祝を楽譜にしたのかね? す、すごい……!」
「ラファエリア猊下をお迎えするのですから、当然の王宮の演奏でございます。法王猊下とは、使徒ヴェスゼストの代理なのですから無論、他に最適な音楽など俺は知りません」
「ゼクス猊下……うん、そうだねぇ。ところで、宗教院内部に恐ろしい敵がいたとか」
「既に全て逮捕しております。恐ろしい出来事でしたね」
「そうですか。あと、あまり法王猊下とゼスペリア十八世猊下が働かず、また舞洲猊下は相変わらず配偶者猊下業務以外の危険な行為に熱心だという噂を」
「まさか。俺はそんな姿は見たことがありませんし、現にこうして皆、出迎えておりますよ。それどころか、前法王猊下がいらっしゃるということで、ゼスト家のみならず守護3家当主であるハルベルトのユクス猊下、ミナスのラクス猊下、そしてクラウのシルヴァニアライム枢機卿猊下までこのように馳せ参じました」
高砂の衣装チェンジ理由にやっと全員気づいたが、その驚愕の真実に唖然とするしかなかった。舞洲猊下も含めてポカンとしていた。
「す、すごいね……そういうことならば、ゼクス猊下の仕事負担も減っただろうから、兼ねてから話していた、ヴェスゼストの外典の翻訳が進んでいると思っていいのかね?」
「既に完了しておりますが、前法王猊下がご多忙だと考えてまだお話させていただいておりませんでした。こちらをご覧下さい」
「――!? こ、こ、これは、使徒ラファエリアの十字架!? こ、これ、これは、使徒ヴェスゼストのカフス!? こ、これ、これ、使徒ゼストの福音の完全翻訳!? な、なんということだ……しかもこちらは使徒ラファエリアの外典、ああ、もう、私は泣いても良い。生きてこれらを見ることができるだなんて……」
「全て前法王猊下がいらっしゃるとのことで用意したお土産ですので、これらをよろしければお持ちになって、あちらの席へ」
「土産!? 頂いて良いのですか!?」
「ええ、勿論です」
感涙しながら、アルト猊下達の誘導に従い、前法王猊下は専用席へと通された。隙がない。なんなんだろうか。続いて、不可思議な音楽が流れた。そして扉が開いた時、知る人々は目を疑った。
「ご無沙汰いたしております、先々代緑羽様、ハーヴェストの曽祖父様、ロードクロサイトの曽祖父様」
「ゼクスよ、アイテム配布会をしていると聞いた。僕にもザフィスにあげたものを全部無論用意していると期待している」
「いやぁクライスがハーヴェスト侯爵をしている姿、元総長として心強い限りだよ」
「……ハーヴェストとロードクロサイトのお祖父様たちも派手に葬儀をやらせた割にお元気そうでなによりかつ、偽装してどこか行くなと、クライス・ハーヴェスト、もしもこの使徒ルシフェリアの十字架をもらっていなかったら激怒していたこと確実です」
「いやぁハーヴェストは仲良しで羨ましい。してゼクス、万象院の調子はどうだね?」
「先々代様、何一つ問題はなく、万象院以外が問題だらけなのですが、先々代にお会いしたらと、ほら、このように旧本尊を特定して発掘調査等しておきました」
「! 万象院の旧本尊! す、すごい!」
「先々代様、こちらに資料がございますので、他二名の管理をお願いできますか?」
「ふむ、良い。しかしながら皆、わしの対策に頭を悩ませていただろうに、わしをこき使う手法を模索していたゼクスには感動だ。先代にも見習わせなければ。が、二人にもアイテムを配布してやるのであろうな?」
「先代の曽祖父様と俺と旧本尊と共に緑羽家についてその内語り合いましょう。ええ、既にロードクロサイトの曽祖父様の亜空間倉庫にはザフィスお祖父様にお渡ししたものと同じ品一式と、ロードクロサイトの曽祖父様が大量に欲しいけど作るのが苦手だと面倒に思っていらっしゃる完全ロステク医薬品を一式用意した結果の確認作業による現在の無言、ロードクロサイトの曽祖父様が走ってこようとしたのを阻止して、この時間まで調節して緑羽の先々代と合流させたハーヴェストの曽祖父様は、この騒動開始時点でアイテムによる買収完了状態ですので、何もご心配はいりません」
「承知した。ならば先代にも何ももうさず、橘院殿の脳血管もつまらせず無論最高学府で解剖する用意も撤回し、真朱様のサインもあるから匂宮の連中全員も容認し、そこのギルド元総長とロードクロサイト100パーセントの医者の二名はわしが管理しながら、前法王猊下の真後ろ付近でそちらの同行もチェックしておこう」
「よろしくお願いします。いやぁ、先々代が橘院様達を許して下さるかだけが俺の胃をキリキリさせていて……何度遠隔によるPKの炸裂を妨害した事か……」
「彼らは僧侶としての自覚が足りぬ。あんなものは邪魔なだけであり、万象院というより院系譜はゼスペリアと違い優しくないので不要物は殺して研究材料にするのが当然であるからして、ゼクスが対応しなければ、今頃わしは最高学府であんなに沢山、健康な検体を手に入れられていたというのに、ブチギレそうだったところをハーヴェスト元総長に説得させて、元総長までこき使ったゼクスに感動したので許しておく」
「ありがとうございます、では」
こうして三名が前法王猊下そばにあった謎の席を埋めた直後、花王院王家の曲が鳴り響き始めた。そして前国王陛下と英刻院家前当主の礼洲様が入ってきた。さっと、前橘大公爵とミュールレイ侯爵がお供として付き従った。完璧対応だった。
「ご無沙汰いたしております、英刻院の曽祖父様」
「ゼクスか――朱先々代対応策と彼らにお帰りいただく手段は終わっているのか?」
「終わっております」
「――元老院・軍法院・法務院、これらは?」
「終わっております」
「宗教院関係、貴族院関係、実務院関係と宰相機能、藍洲閣下と舞洲猊下の具合は?」
「二人共元気になり、他も全て万全です。旧宮殿の仕事も実データ必要分以外は完了しましたので、ご安心を」
「なるほど。ところで前国王陛下、舞洲側の曾孫のゼスペリア十九世猊下、ゼクスです」
「お初にお目にかかります、前国王陛下」
「はじめまして――この、壁……! すごい! 私が五歳で壊れていらい、はじめて王宮の政務宮の完全な状態を見た」
確かにみんな目を疑っていた。王宮の壁全体がオーロラのように煌きはじめたのだ。完全PSY融合建築だった。
「俺の専門は歴史と建築ですので。綺麗ですね」
「うん!」
「花王院王家の高貴なお血筋と審美眼、歴史を感じさせます」
前国王陛下はデレデレで壁しか見ていないし、英刻院前当主は、ゼクスが渡した分厚い資料を見ながら、ミュールレイ侯爵との貴族会話に移った。そうでなければ口煩いこの二名が、何も文句を言わなかったので、みんなもまた何も言えなかった。最後、音楽がやんだ。代わりに全員、音楽隊の後ろにあった巨大な箱がいきなり音を立てだしたことにびっくりした。オルゴールである。なんとも雅な音がする。そして扉が開くと、先々代朱匂宮、先代橘宮、先代美晴宮当主が立っていた。
「ご無沙汰致しております、先々代の朱匂宮様。お初にお目にかかります、美晴宮美紗仁様、橘宮先代様。朱匂宮当代でございます」
「この曲、治ったんですか」
「ええ、先々代朱より、美紗仁様がオルゴールが壊れている事をお嘆きだと幼い頃にうかがったので、修繕しておきました。また美晴宮家の高貴な元ご当主を一介の人間の住居へお越しいただくのですから、当然直しておくべきだと俺は思います」
「朱の若宮は良い方ですね。まるで淡橙色の海が毒でなかった場合のような」
「美紗仁様にそのようにおっしゃっていただけるなんて感激でなりません。あの毒の分解を先代橘宮様が試みていらっしゃったとうかがい、先日分解しておいたのですが、それもまた橘宮家と美晴宮家のご当主としてのお二人の会話を先々代の朱様が俺に教えてくださって知った華族の心のあり方として深く学ばせていただきました」
「「解毒したのか!?」」
「ええ。ですがお二方共に、高貴中の高貴。俺ごときがお伝えさせていただける立場にはなかったので……そういえば、橘宮の先代様がお考えだった完全PSY血統医術の体系化と外部習得方法をまとめておきました。橘宮の先代様のご聡明な観点を学ばせていただき、このようにすべて復古し、現在、そちらにいる黒曜宮家の当主と共に、医学方面で発展させる努力を行っている所存です。また、美紗仁様が、天照大御神扇と青照大御神の明け方の打掛をご覧になりたいと耳にはさみ、あちらに用意してありますので、専用の椅子にてご覧下さい。扇と血統医術資料の扇はこちらに」
「「すごい!」」
「若宮、迎賓館」
「整っております、復古修繕起動、人員配置も終えています。ただ、当時のベッドメイキング等は一般シティホテル、食事は現在のファミリーレストランと同等の内容でしたので、ロイヤル三つ星とロイヤルホテルの状態にしてあるのですが、復古メニュー等も残してあり、希望で和洋その他好きなものを選べるお食事の体制で、華族・貴族・聖職者・僧侶・あちらにいる特別三機関等や経済関連の民間から今回招致した一般階層それぞれに最適な配置となっております」
ゼクスがそう言ってモニターを出すと、王宮敷地内にドドーンと二つの迎賓館が出現していて、さらにいつのまにか、有識者会議の看板の所に、上から戻ってきた最高学府教授等に服装を変えた人々がさくっと並んでいた。
「先々代の朱様を悩ませるような雑事等、若宮として可能な限り排除していく所存です」
「そう。この王宮とオルゴールが治せるなら、華族敷地の月宮本宅と旧美晴宮邸宅と平安神宮も直せるの?」
「ええ。建築が専門ですので。ただこれまでは、高貴な皆様にそのためだけのご移動いただくことが心苦しくて言い出せなかったのですが、明日の午前中にすべて完了致しますので、本日は王宮および迎賓館をご確認いただき、ご帰宅後にご覧下さい」
「うん――美紗仁様、橘宮先代、座ろう」
「「はい!」」
こうして、全員が完璧対応で迎えられた。しかも明日の午前中にこの三人は帰宅まで決定した。完璧だった。完璧だが最後にESP脳内連絡網により『なぁ橘、こんなんじゃだめ?』とまでゼクスが出した。ダメではない、完璧だ。だからそう返すと、『良かった。じゃあこのまんま、おかしくい終わったら迎賓館に移動させて、明日の朝から順番に帰すから、見送ってくれ。俺、帰っていい?』と来た。『帰らないで、みんな帰るまでいろ』という英刻院閣下の答えにちょっと黙ったあと、『わかった。じゃあ明日いっぱいはいる』とゼクスがいい、そういうことになったのだった。