レクスの結婚相手に対する考察【◆】
レクスは悩んでいた。結婚相手について。
まず青殿下。王妃というのは、論外だとレクスは思う。しかしながら、親友の琉衣洲が乗り気だし、青殿下は熱烈に愛してくれている。
次、ラクス猊下。こちらは、完全なる政略結婚だ。法王猊下候補とゼスペリア十九世弟であるから、双方立場を強化できるし、闇猫と黒色の連携もやりやすくなる。この先、ゼクスが今のまま色恋沙汰に鈍かった場合はゼスペリア二十世は、レクスの子供しかいないのだが、その点でも良い。また、王妃でないし相手は聖職者であるから、別姓可能で、ハーヴェストも維持できる。とても良い。しかし――愛のない結婚だ。別に愛など求めてはいないので、第一候補ではあるが。
ギルドとして見るならば、ロードクロサイト議長こと、時東が望ましい。ハーヴェスト派とロードクロサイト議長派の結びつきは今後重要となるし、ハーヴェストの人間ではない時東の後ろ盾になる事も出来る。だが、時東はゼクスといい勝負で恋愛に疎い。逆に玄人すぎるシルヴァニアライム闇枢機卿事高砂――こちらは、匂宮の関係でも、万象院でも、ギルドでも、あちらがクラウ家当主というのを兼ね合わせても、非常に良いのだが、玄人すぎて逆に結婚から彼は遠ざかっている。そうなってくると、ロードクロサイト議長派のNo3であり、闇司祭議会のもうひとりの副議長……ハルベルト闇枢機卿ことユクス猊下。彼もまた、闇猫との繋がりも強化できるし、ハルベルト家当主だから表向きにも都合が良い。年齢的にも悪くはないのだが、何分レクスとユクスは、あんまり仲が良いとは言えない。こう考えていくと、仲が悪くも良くもなく、華族系でいうなら、桃雪という選択肢もあるが、桃雪は橘宮に好かれている。貴族なら琉衣洲と釣り合いが取れるが、お互い当主である以前に、琉衣洲もまた、好かれている。
「はぁ……」
レクスが溜息をついたので、ブラコンであるゼクスが顔を向けた。
「どうかしたのか? 何か悩みか? 俺に何でも話してくれ」
「――結婚相手を考えていてな」
その言葉に、人々は衝撃を受けた。
なお、青殿下のみレクスにも伝わっているが――実を言えば、ラクスもユクスもレクスを好きである。
「まだ早いんじゃないか?」
「いいや? 父上達は既に結婚して兄上を設けていた年齢だ」
「……そ、そうだな」
「兄上が遅いんだ」
「う……ほ、ほら! 時代が違う」
「そうか? そうとは思えないが。桃雪と橘宮様だって話が着々と進んでいる」
確かにそれはそうなので、ゼクスは笑顔を引きつらせた。
「どんな相手と結婚したいんだ?」
「――理想を言うのであれば、黒色・闇猫・黒咲・万象院・ガチ勢・猟犬の全てに顔が聞き、婚姻により表ではゼスペリア関連、裏ではギルド内での影響力を強める事が可能な人物だ」
「え、俺!? 俺達、兄弟だ……嬉しいけど」
「その発想は無かった」
「てっきりレクスが兄弟愛に目覚めてくれたのかと……うーん。その条件で行くと、高砂となるな……俺、反対だな。レクスには、もっとこう、優しい配偶者が良いだろう」
ゼクスの言葉に、レクスが小さく頷いた。興味はなかったが、勝手に振られた高砂が、遠くで目を細めていた。
「うーん、ユクス猊下なら、黒咲とガチ勢と猟犬以外はカバーできる。万象院も始めたと聞いたし。どうだ?」
ひっそりとユクス猊下の恋心を知っているゼクスが言った。するとレクスが曖昧に頷いた。
「そうなんだ。条件としてはとても良いんだ。だが、ユクス猊下は何かと俺に楯突いて来る。恐らく、使徒ルシフェリアの十字架などの品物で釣らない限り、結婚は難しい」
真顔のレクスに、聞いていた周囲は吹き出しそうになった。ユクスの気持ちさえ知らなければ、そのイメージは正しい。
「ラクス猊下も優しいけどな」
ユクスだけ応援するわけにもいかないだろうと、ゼクスが続けた。闇猫としては、ラクス猊下にもお世話になっている。
「ああ。ラクス猊下も条件としては、最高だ。特に表向き」
「――青殿下は?」
そこでゼクスが核心に触れた。するとレクスが首を振った。
「俺は、王妃にはなれない。ハーヴェストを離れるのも嫌だ」
「思うんだけどな、レクス。今名前が上がった人々は、全部条件で良い悪いとなっている。レクスの好きな相手というわけではない。レクスが、こう、幸せな家庭を思い描いた時、結婚したい相手はいないのか?」
「そんなものは琉衣洲しかいない。俺の周囲で唯一まともであり、性格が良い」
人々は、吹き出しそうになった。ツンデレを見破れば、その通りである。琉衣洲のよさを知る数少ない――友人。それがレクスだ。琉衣洲にとっても、レクスは唯一といっていい友人だ。青殿下と朝仁はちょっと別である。あの二人が親友であるように、琉衣洲とレクスは親しいのだ。貴族なりの一線はあるが。
「それは恋か?」
「いいや、友情だ」
この言葉に、ホッとした人は多かった。琉衣洲も、実はホッとしていた。
「なお、俺のこの悩みは、兄上が結婚して後継を設けてくれたら、すべて解消可能だ」
「え」
「兄上が結婚すれば、ゼスペリア猊下後継者問題がまず消え、ハーヴェスト血統の維持問題も無くなる。兄上と父上はロードクロサイト議長派と比較的仲が良いのだからギルドでの影響力は、強まることはあっても減ることはない。それはたった一人の若御院兼若宮でもあるから、万象院や匂宮も同じだ。しかも兄上はガチ勢の中で育った上、猟犬の顧問でもある。猟犬に琉衣洲という弟子がいるように、兄上が落ち着いたら、兄上の弟子が色々やってくれるだろう。ギルドでは俺がやるし、闇猫はラクス猊下、黒咲は桃雪――万象院は元々高砂列院総代と兄上は死ぬまでセットだ。色恋沙汰無しに。さらに兄上の場合は、誰と結婚しても問題がない。全部兄上が賄えるからだ」
レクスが元々言いたかったのは、実はこれである。
それを聞いたゼクスが言葉を失った。
「け、けど俺ほら、鐘の音がまだ響いてないから……」
「兄上には恋愛部分でハーヴェストの血は受け継がれていないのかもしれない。ゼスペリア猊下なのだから」
そう言いつつ、レクスは腕を組んだ。候補としては、榎波・時東・高砂だ。年齢的にも。榎波はランバルトの従兄と考えると、誰と結婚しても、とても好条件である。
「兄上こそ、好みのタイプはいないのか?」
「俺? それこそ、レクスが弟でなかったならばな……――あるいは、父上が父上で無かったならなぁ……俺、頭が良くて優しい人が好きなんだ。俺の好みは、アルト猊下に似たのだろう」
「……」
レクスが小さく首を傾げた。
「ロードクロサイト議長は、頭が非常に良い。シルヴァニアライム闇枢機卿も」
榎波は知らないし、ギルドメンバーでは無いので、レクスは省略した。
それに榎波とユクスは異父兄弟であるから、自分がユクスと結婚する場合、旨みが減る。
「時東と高砂……俺むしろさ、この二人が結婚したら良いと思うんだ。大天才が生まれるかも知れない」
「確かにそれは、興味がある。しかし今は、兄上の話をしている。どちらかだったら、どちらが良い?」
「ん? 考えた事が無いけど、時東だろうな。だって俺と高砂は何かとセットだから、ロードクロサイト議長の後ろ盾的にも、ほら」
「その通りだ。ここはぜひ、兄上とロードクロサイト議長の婚姻を勧めたい」
「いやいやいや。俺にもだけど、時東にだって、好みというものがあるだろう」
「――シルヴァニアライム闇枢機卿は、自分で結婚できそうだが、俺が知る限りロードクロサイト議長は、兄上と同じくらい可能性が低い。ここは可能性が低い同士で」
「ちょっと待ってくれ! 俺を時東と一緒にするな!」
「じゃあ誰かいるのか?」
散々な言われようの時東は、遠くで白衣のポケットに手を突っ込んでいた。
「え……俺は、その、ほら……」
「ほらと言われてもな」
「――鐘は鳴ってないけど、憧れの人はいる」
「英刻院閣下か?」
「ばっ、違う! それは、ちょっと前までだ」
実は、ゼクスは高砂の事が気になっている。二人は肉体関係にもある。これは高砂がそれとなく誘導した結果だ。なお、榎波と橘も付き合って長い。というか、ゼクスと高砂が付き合う一歩手前であるのは、レクスとゼクス本人以外は、分かっている。きっとゼスペリア二十世は無事に産まれるだろう。全方向に顔が利く高砂を配偶者として迎えた形で。
よって実は、レクスは誰と結婚しても問題がない。
――あれ?
そこで人々は、ふと、時東の事を思い出した。レクスの言葉ではないが、ロードクロサイト議長は、一向に浮いた話を聞かない。時東は非常にモテる。その際、別に鈍くはないのだ。あれ?
「――なぁレクス」
「なんだ?」
「真面目な話、時東って誰かいないんだろうか?」
「親友の兄上が知らないのに、俺が知っていたら変だろう」
それはそうである。さてそこへ――クライス・ハーヴェストがやって来た。
「やぁ。面白そうな話をしているね」
「父上」
「俺としてはあまり面白くないが、聞いていたのならば、父上はどう思う?」
クライスが首を傾げている。なおこの人物は、ゼクスと同じくらい鈍い。しかも、現在彼の恋愛のお相手は、英刻院閣下なので、周囲の誰ひとりとして気づいていない。アルト猊下とクライス侯爵は一応夫婦だったが別れているので、バレたとしても別に問題はないのだが。英刻院閣下も配偶者を亡くしているのだし、それぞれ後継者もいる。
「時東くんは、レクスが好きなのかと思っていたよ」
「「!?」」
「けどほら、年の差もあるし、レクスにはユクス猊下というのが何となくギルド内部でも、喧嘩するほど仲が良いイメージで存在しているし、ゼクスと時東くんの仲を推す声も高かったしね――まぁ俺としては、時東くんとレクスは、良いと思うけどな」
「え、え!?」
ゼクスが時東をガン見した。レクスが虚を突かれた顔をしている。
「それはない。俺は十三歳の頃に、ロードクロサイト議長に告白して振られた」
「え!? レクス、それ、真面目にか!?」
「ああ」
「――十三歳と二十四歳というのは、中々ね。ただ、十七歳と二十八歳なら、まだね」
「「……」」
二人が沈黙した。クライスがニヤニヤと笑う。それからクライスは、時東を見た。というか、ほぼ全員、その場にいた連中は、時東を見た。時東は不機嫌そうな顔で、白衣に手を入れている。切り出したのは、高砂だった。
「時東、そうだったの?」
「――いいや」
即答だった。だよねぇと人々は思った。みんな若干ホッとしてもいた。だから続いた言葉にぽかんとした。
「俺はクライス様の事が好きだったが、友人の父親かつアルト猊下がおられるのだからと諦めた所――まさか英刻院閣下とクライス様がお付き合いなさるとは」
「「っげほ」」
時東なりの復讐である。自分で遊ばれたので、知っていた二人の関係を暴露した。しかし、誰も英刻院閣下とクライスの付き合いなど知らなかった。周囲に驚きが満ち溢れる。聞くまでもなかった。英刻院閣下が真っ赤になった直後神速で黒色フードをかぶった。クライスは顔を出したまま、真っ赤で硬直している。見れば分かった。
「あ、うん……言われてみれば、お似合いだよね」
高砂なりのフォローだった。高砂は一度咳払いしてから、時東を見る。
「華麗に話を変えようとしたけど、じゃあ今は? クライス様を引きずっているようにも見えないし、過去に本当に好きだったことが一秒程度以外にあったかもわからないんだけど」
「二分くらいは好きだった」
「ごめん、吹いた。二分って……何それ、どういう状況?」
「初対面時、顔だ。口を開いた瞬間に、鐘の音は消失した」
みんな吹き出した。鐘の音は比喩かも知れないが。
「レクス様に、鐘の音が鳴ったことはないの?」
「せめてあと六年くらいしてからならなぁ……十七歳はちょっとな。二十と三十一もちょっとな。二十三と三十四なら、ギリかもなとは思う」
何となくみんな、納得させられた言葉だった。
「ハルベルト副議長とレクス伯爵の何が悪いんだ? 俺は、応援してるけどな」
時東がまとめると、こちらにもみんなが納得しかけ――た、所でレクスがわれに帰った。
「そう思うなら、ユクス猊下を説得してくれ」
「おう」
こうしてその日、レクスとユクスのお見合いが決まった。今更であるが。
なお同じ日、ゼクスと高砂の婚約が発表されたのだったりもする。