時東が吸血鬼だった場合のギルドの話



「ロードクロサイト議長、別にハーヴェストの人間の命令だからと言って、従う必要はない」

 ゼクスはそう言い、執務机の前に立った。一緒に入ってきた時東は、俯いている。
 少し前――レクスが、ゼクスに言ったのだ。
 ハーヴェストとして、時東には褒美を取らせなければならないと。兄上は人間だから分からないだろうが、もう長らく血を吸っていないロードクロサイト議長は辛いに違いない、と。よって、ハーヴェストとしては人間の血を褒美として与えたいが、兄上しか人間はいない。

 レクスとゼクスは、仲が良くない。レクスと時東も仲が悪い。
 一度吸血すれば、ゼクスの血液なしでは、時東はいられなくなる。
 一度吸血されれば――人間は、多くの場合、相手の吸血鬼に抵抗できなくなる。

 レクスから見れば、二人が潰れる計画なのかもしれない。
 ゼクスはそう考えて、ため息をついた。
 そして振り返ろうとし――目を見開いた。

「っ……」

 気配などまるでなかった。嫌な冷や汗が浮かぶ。左の首筋に、ツキリと痛みが走った。それを理解した時、ググッと時東の牙が深くなる。強い痛みが走った。

「……っ……」


 外では、ロードクロサイト議長がゼクスを噛む姿を、多くがモニタリングしていた。これは、レクスが「見たいのならばみれば良い。ハーヴェスト派は、報奨の確認をしているだけだ」と嘲笑うようにして、流していたものだ。

 これまで時東は、何より医師であったし、他の吸血鬼が血を吸う事を別に糾弾しては来なかったが、人間を前にしても、無闇に噛むこともなかった。非常に余裕があった。

「「「……」」」

 しかし――今回は、レクスさえ目を見開いていた。レクスの予想では、噛みたいけど噛めない時東が映し出されるはずだったのだが……予想が外れた。部屋に入って数分、許可を取ることもなく、時東はゼクスを噛んだのだ。迷いも何も無かった。


「っ、ロードクロサイト議長……」

 ゼクスが、今度こそ振り返った。人間であるゼクスには、どの程度の吸血が必要なのかなどが分からないから、確認をしたほうが良いと思っていた。時東が体を話してくれたため、どこか安心して振り返り――ゼクスは目を見開いた。

「ロードクロサイト議長?」

 初めて見る時東の顔がそこにはあった。獰猛な瞳が暗く光っている。うっすらと笑っていた。瞬間、ゼクスは本能的な恐怖を感じて一歩後ずさる。逃げなければ、この捕食者に殺される。そんな思いがこみ上げてきて、無意識にポケットの中の短剣に触れる。

 直後、気づくと机の上に、ゼクスは縫い付けられていた。これまでの間、ゼクスは時東に遅れを取ったことなどない。が、圧倒的に実力の差があった。いつもは手加減されていたのだと思い知らされる。

 再び、今度は右の首筋に牙が突き立てられた。反射的に押し返そうとするが、びくともしない。



「「「……」」」

 レクス達は、それをポカンと見ていた。彼らもまた、こんな時東は見たことがなかったのだ。いつもの気だるい感じとは全く違う。強いのは分かっていたが、予想外過ぎた。怯えた顔のゼクスというのも新しい。


「……っ……――!」

 その時、ゼクスが仰け反った。小刻みに体が震える。

「ぁ……っ!!」

 小さく喘いだ口元をゼクスが抑えた。瞳が潤み始めている。ゼクスは、吸血鬼が、吸血を簡単にするために、人間にとっては媚薬となるような体液が牙から放たれる事を知らなかった。人間は、知らない。そもそもが聖職者であるゼクスは、快楽の経験が無い。

「……っ……ぅ……ぁぁ、あ、いやだ、やめ、やめろ!」

 ついにゼクスが抵抗の声を上げた。涙がこぼれ、吐息が荒い。牙の痛みは霧散し、代わりに――内側から快楽がせり上がってきていた。ゾクゾクと這い上がってきた熱が、全身の力を奪う。抵抗していたゼクスの手からも、ついに力が抜けた。かろうじて時東の服を押し返そうとするように、指でシャツを掴んでいるだけだ。

 いつもだったら、時東はやめろと言われたらやめる。
 誰もがそう思っていた。だが――この時、時東の牙が深くなった。

「!!」

 ゼクスが目を見開く。

「ぁ……ぁ、ぁ、ぁ……や、やっ……ん」

 牙が上下し、何度も白い肌に突き刺さっては引き抜かれる。ただの吸血ならば、一度さして吸い取れば良い。それを吸血鬼達は知っていた。このようにするのは――人間の体の快楽を煽る時だ。快楽に染まっている方が――人間の血は美味しい。つまりこれは、食事だ。この時になってレクス達は、ようやく時東の異変に気づいた。

「あっ……あ、あ、あ、あ! 待ってくれ、あ、あ、あああ」

 ゼクスが啼く。瞳が快楽に染まり始めている。まつげが濡れ、喉が震えていた。その時、時東がゼクスのシャツの下に手を入れた。

「!! ぁ……あ、あ、あっ、うあ」

 目を閉じたゼクスの目尻から、ボロボロと涙がこぼれる。乳首をきゅっとつままれた瞬間、ゼクスの理性が倒壊したらしい。快楽を怖がるように、怯えたように頭を振っている。シャツをはだけた時東が、ゼクスの乳首を今度は唇で挟んだ。強く吸う。

「うあぁ……ッ、ぁ」

 ベルトが外れる音がして、ゼクスの下衣が落ちた。既にそそりかえっている形の良い陰茎を、時東が指先でなぞる。あっさりと時東がそれを咥えた時、ゼクスが声にならない悲鳴を上げ、目を見開いた。牙を突き立てなくても吸血は可能だ。また、血である必要はない。精液でも良い。だから吸血鬼の食事と人間の肉体交渉はある意味同じでもある。しかしゼクスには、そんな知識は無かった。聖職者であるゼクスにとって、重要なのは、婚前交渉が禁忌であるという事だけだ。だが――おぼろげにしかそれを思い出せない。既に全身が蕩けていた。

「ゃ、ぁ……ぁ、ああっ、あ」

 時東に吸われて、ゼクスが放つ。初めての他者による解放の快楽に、ゼクスが肩で息をしようとしたが――時東は口淫を続けた。

「やああっ、あ、ああっ、待って、もう、あ」

 そのまま何度も何度も果てさせられて、ゼクスはその内に泣き叫ぶ事しかできなくなった。時東が少しすると指を噛み、ゼクスの中に押し込む。吸血鬼の体液、それ自体が、人間にとっては甘い毒だ。時東の指先から、媚薬じみた血が、ゼクスの中へと塗り込められる。すぐに体に火が付いた。

「やぁっ」

 しかしもう抵抗する気力も体力も残っていない。だから、強すぎる快楽が嫌だと泣くしかできない。時東が昂ぶりを進めた時、ゼクスは抱き起こされ、正面から時東の胸の中に倒れた。

「ぁ、ぁ、ぁ」

 首筋をザクザクと噛まれながら、中を突き上げられる。血も精も抜かれていく。時東が一度中に放った。これは――吸血行為ではない。吸血鬼であっても、射精するというのは性交渉だ。ゼクスから一度体を引き抜き、時東が体勢を変える。そして今度は後ろから抱き抱えるようにして、深く下から貫いた。

「!!」

 時東がゼクスの首元を噛みながら、乳首を指先でなぶりつつ、下から突き上げた状態で動きを止めた。

「ああっ」

 ゼクスはそれだけで果て、陰茎から白液が垂れる。しかしもう味わい尽くされていたから、その勢いは鈍い。時東がもったいないというようにそれを指で絡めとり、舌で舐めた。それから指は、今度はゆるゆるとゼクスの陰茎を撫で始める。

「ひっ!!」

 その時、時東がゼクスの中に力を込めた。ゼクスは少しだけ我に返った。変だった。体がおかしい。

「あ、あ、あ、あ、あ」

 聖職者であるゼクスの奥深くには、ゼルリアとゼガリアの封印がある。性交渉を禁じられているのは、それを染め上げられると、神の配偶者ではなく、染めた者の配偶者になってしまうという伝承があるからだ。しかしこれまで――人間は伝承だと思ったいた。しかし――吸血鬼達はそれが事実だと知っている。

「いやだ、あ、あああああ」

 本能的にゼクスも危険だと感じていた。無我夢中で逃れようと動いたが、すると時東の太く長い陰茎が内部で擦れて快楽を生み出す。

「だめ、まっ、うああっ、あああ!」

 体を少し浮かしても、時東が意地悪く陰茎をなでると全身から力が抜けて、深々と突き刺さるだけの結果となる。ゼクスが号泣した。時東は許さない。

「いやあああああああああああ」

 その時、時東が激しく動き始めた。ゼクスは前立腺を刺激され、頭が真っ白になった。

「!!」

 そして、二つの封印を染め上げられた時には――快楽から意識が途絶した。




「「「「……」」」」

 見ていた人々は、見てしまって良かったのかとちょっと気まずくなりつつ……悩んだ。封印を染めた――ということは、ゼクスは定期的に時東に抱かれないと体が熱くなり気が狂う体になったのだと、吸血鬼は理解している。これは、肉体的な問題だ。吸血行為ではない。本来これは――吸血鬼が伴侶である人間に行う事だ。快楽で血を熟成させ、自分だけの美味しい血とするのだ。この状態だと、他の吸血鬼は、染めた吸血鬼の気配が濃すぎて、その人間に手出しできなくなる。

「レ、レクス様……あの、僭越ですが、これではゼクス様はロードクロサイト議長のものになったといいますか……」
「……」
「確かにロードクロサイト議長も、ゼクス様の血がなければお辛くはなるでしょうが……どちらかというと、ゼクス様は人間ですし……あの……」

 レクスが小さく頷いた。
 これまでは――吸血鬼より強い人間の兄と、吸血鬼なのに血を吸わず頭は良いがそこまで強くない人物として評価していた二人だったが――ただしく人間と吸血鬼だった。しかも吸血鬼の側は、吸血鬼同士で見ても、正直戦慄するほど容赦がなかった。