【1】
ゼクス=ゼスペリアは、最下層の孤児院街のはずれにある、ゼスペリア教会の牧師だ。
時折、最下層の地下に広がる、廃棄都市遺跡にて、生体兵器討伐をするのは、近所のハーヴェストクロウ大教会の牧師である、育ての親、ラフ牧師や、最下層にて長老と呼ばれる人々に武術を叩き込まれ――現在は、雑談交じりに、雑用として頼まれる形で、さくっと退治をしている。
本来は、生体兵器討伐は、非常に危険が伴うため、専門家が行う。
しかしゼクスは、自分が専門家なみに強い事に気づいてはいない。
ガチ勢と呼ばれる、最下層に屯している殺し屋連中よりもずっと強いのだが……。
ちなみに、殺し屋達もまた、生体兵器を殺している。
だから、人を殺めているわけではない。
さて、そんなある日――ゼクスは、いつものように、煙草を吸ってから、裏庭に出た。なんと真下に生体兵器が出たらしい。最下層に構築されている探知システムが、発見したそうで、すぐにゼクスに連絡があった。
「殺るか……」
夕方のお祈りまでは、まだ時間がある。昼食に、ピクルスを食べたし、満腹だ。腹ごなしには丁度良い。ゼクス――に、限らず、最下層の孤児や孤児上がりの人々は、貧乏なので、毎日ご飯が食べられるだけで、非常に幸せな事である。
なお、生体兵器を倒すと夕食をおごってもらえる。だからゼクスは、思った。
「今夜は、カツ丼を食べたいな」
つい、口に出して呟いてしまうほどだった。
そのまま――さくっとゼクスは、地下に向かってPSY-PKを放った。
轟音が響き渡り、砂埃が舞う。
「……呆気ない。これでカツ丼が食べられるなんて」
ゼクスがそう口にし、踵を返そうとした――その時の事だった。
「ッ」
避ける暇もなく、真後ろから吹き出てきた温水が、ゼクスの背中と後頭部を濡らした。黒い牧師服がどんどん湿っていく。あたたかい。
「――へ?」
驚いてゼクスが振り返ると、先程攻撃のために開けた穴から、噴水のように、お湯が噴き出していた。ポカンとしたゼクスは、暫しの間、それを眺めていた。そうして……ポツリと言う。
「これ、は……温泉だな」
誰でも分かる事だろうが、口に出して、現実感を増したかった。
何故、何故、何故、ゼスペリア教会の裏庭から、温泉が……? と、内心では、非常に困惑していた。何せ、地下に、温泉をもたらすような、マグマは存在していないはずだからだ。しかし現実として、目の前で、温水が吹き出ている。
ゼクスは思った。
「これ……きちんと温泉にして、料金を取ったら、毎日カツ丼が食べられるんじゃないか……?」
我ながら、良い案だ。そう確信し、ゼクスはすぐに、温泉を作り始めた。幸い、ぜくすは手が器用である。その日の内に、無事に温泉の施設まで完成した。最後に、『ゼスペリア教会温泉』という看板を設置し、ゼクスは非常に満足した。
翌日――。
高砂と時東は、毎朝恒例の事であるが、ハーヴェストクロウ大教会前のベンチで、煙草を吸っていた。
左に高砂は斜め前に、完全ロステク兵器研究所を設置している、最高学府をクビになった教授だと――みんなが噂している。
右に座る白衣の時東は、医療院を左遷された医師であり、孤児院街唯一の病院――慈善救済診療所で働いている。が、こちらは、左遷された後、何度も呼び戻されているというのに、最下層の方が良いと言って、居着いている。
「あのさぁ、時東」
その時、指に煙草を挟んで、高砂が声をかけた。
「あ?」
答えてから、時東は煙草を吸い込む。
「なんかさ、ゼスペリア教会の方からさ、神聖な気配がしない?」
「どうせゼクスが何か祈ってるんだろ」
「確かにゼクスのお祈りは、無駄に神聖感があるけど……なんかこう、もうちょっとフル目の気配というか」
「ゼスペリア教より古いって言うと、あれか? 万象院? 珍しく青き弥勒とかに祈ってるのか? ゼクスは牧師をやめて、僧侶になるのか? 無いだろう、さすがに」
冗談めかして言った時東に、首だけで高砂が向き直った。
「もっと古い感じ」
「――は? じゃあ何か? 神道か? 神主になるのか?」
「ううん。更に古い感じ」
「……そんなもん、ロードクロサイト文明の遺物か、更に前の、ゼルリアかゼガリアの関連しか、考えられないだろ」
「うん。だから時東に話してるんだよ」
みんなが知っている事であり、本人も度々口にするのだが、時東は、ロードクロサイト文明という嘗てあって滅びた文明の皇帝の末裔だと名乗っている。実際、それは事実だ。
「特に、俺が感知したものはないがな」
「――つまり、ゼルリア? ゼガリアまで行くと、都市伝説レベルだしね」
「その可能性が高いな。廃棄都市遺跡の大部分は、ロードクロサイト文明時の遺跡だが、一部はゼルリア神殿ゆかりのものだしな」
「一応、見に行って、確認した方が良いかな」
「おう。行ってみるか」
こうして二人は煙草を消して、ほぼ同時に立ち上がった。
そして、ゼスペリア教会を目指して歩き出す。
「ああ、お前ら。耳が早いな」
「「……」」
そこで二人は、看板を発見し、立ち止まった。首を傾げている高砂と時東に対し、ゼクスは満面の笑みだ。
「さっき丁度、オープンしたんだ」
「おい、ゼクス。なんだこれ? ゼスペリア教会温泉?」
時東が吹き出した。笑いが殺せなかったらしい。温泉付きの教会なんて、無神論者の時東であっても、予想外だった。
一方の高砂は、遠い目をしながら、施設の方を見据えている。
「あのさ……ゼクスは、これが温泉だと判断したの?」
「ああ。あったかかったんだ。俺が保証するぞ。高砂、入っていけ! 時東も! お前達なら、友人価格で割り引く! 一度入ったら、きっとクセになるだろう。毎日来てくれ。あ、その時は、通常料金だからな」
ゼクスの、のほほんとした声を聞いて、高砂がひきつった顔で笑った。
「いやあのこれさ、どう考えても、ゼルリアの泉じゃ?」
「へ? なんだそれ?」
未知の言葉に、ゼクスが笑顔のままで、首を傾げる。
高砂は、どのように説明するか、思案した。
ゼルリア文明は、今の時代から数えて、四つ前の、古の文明である。