ゼルディの失恋





「好きだゼルディ」
「俺も」
「今日からは何でも話し合える仲になろう。恋人同士なんだからな。本音で語り合おう」
「分かった」

俺の胸は高鳴っていた。一目惚れしたゼルディと、まさかつきあえる日が来るとは思ってもいなかったからだ。ゼルディは優しく儚く可憐で、抱きしめたら壊れてしまいそうだった。だけど今は、俺の腕の中にいる。告白して良かった。愛おしすぎて、俺は腕に力を込めた時だった。

「暑ぃんで、離してもらえますー?」
「あ、ああ、悪い」

確かにもう夏だ。梅雨は一瞬で過ぎ去った。

「みんなが俺達を見ているよ」
「まぁ。同性愛がメジャーっていっても、そうはいないすからね」
「あ、う、うん」
「嫌だな。俺の方が美しすぎて、金で買われたとか思われてるんすかね」

思わず俺は吹いた。た、確かに俺はお世辞にも見目はよくはないかも知れない。

「絶対釣り合わないって思われてるわー」
「……そ、そうかもしれないな」
「で? 昼食は? 腹減ったんすけど」
「あ、ああ。最高級のヴァルディギス料理の予約をしてあるんだ」
「あんたにマナーとか分かるんすか? 俺、マナー無い奴と飯くうの嫌だから、これまでも一緒に食べるの苦痛だったんすけどー」

その日俺の恋は終わった。








あーやってらんねぇ。

「――てぇわけなんすよ。どう思います? 殿下」
「全面的にお前が悪いだろう」
「へ? だって、本音で語り合おうって言われたから、そうしただけっすよ?」
「馬鹿だな。いい大人が、本音で語り合ってどうする」

本日は殿下がお忍びで街の酒場へ来たので、俺もお忍びでついてきた。
これでも次期王位継承者と宰相だから、まぁそれなりに気づいてる人はいるだろう。
しかし皆空気を読んだのか声をかけては来ない。

「例えばごってごての宝石がはまったネックレスがあるとするだろ?」
「はぁ」
「みんな、『綺麗ー!』『本当に美しい』とか言うだろう?」
「……」
「本音は『折角の宝石の無駄遣い』『装飾具で台無し』『本当趣味じゃない』って思っていたとしても、『綺麗』っていうだろ?」
「……」
「大人が本音言ってどうするんだ。それも関係を悪化させるだけの本音なんて」

ジョッキを傾けながら、殿下の言葉を考えてみる。
頬杖をついてみる。それから煙草を銜えて火をつけた。ラーザ師匠には魔術師は煙草を吸わないべきだと言って止められているが知らない。

「汚れてる。汚れてるっすよ。そんな本音を覆い隠して生きるなんて」
「でも結局お前は、本音……というなの毒舌を吐いてもそいつに嫌われるかも知れないとは考えなかったのか?」
「だって、腹を割ろうって……恋人だからって……」
「所詮は他者だ。全てを分かり合うなんて無理だ。もっと相手を気遣え……ってそういうことじゃなくて、嫌われても良い程度の愛だったのかと聞いてるんだ」
「失恋してるんすけどー。嫌われたくないすよ、恋人に。まぁもう終わりましたけど」

グイグイと俺はジョッキを煽った。イライラしてきたので貧乏揺すりをする。
足をバシバシ叩きながら、深く煙を吸い込んだ。

「お前今月に入って何人目だよ?」
「まだ三人すよー」
「十分多い」
「殿下は浮いた話し一つないすね。お見合い計画建てていいすか? 裕福な国のお姫様と。逆玉の輿」
「それは待ってくれ。俺も、心に決めた相手がいるんだ」
「はぁ? 王族にそんな自由あると思ってるんすか? つぅか誰」
「そこは宰相のモエの手腕でどうにかしてくれ」

モエ・ゼルディ=サカザキは俺の名前だ。ごくごく飲みながら目を細めた。
振られた日という物は、無性に酔っぱらいたくなる物である。
酒に逃避、大歓迎だ。

「それと、ん、お前」

不意にそんなことを言われて、俺は思いっきり目を細めた。

「これでも俺傷ついてるんでぇ、からかうの止めて下さい」
「これこそ本音だ。ずっと言おうと思っていたんだ」
「一夜限りならいくらでもお相手しますけどぉ、俺、上っすよ」
「できれば永続的な関係を臨む。そして残念ながら、俺も上だ」
「ウイ様、冗談じゃないすよ。俺面倒だから職場内恋愛はちょっと」
「じゃあ俺は失恋だな」

どこまで本気なのか、ウィフィラート殿下第一王子殿下が苦笑しながらジョッキを傾けた。
やってられねぇなと思う。

このようにして夜は更けていったのだった。