【3】林間合宿――シオン


 今日から、文化部の部員強制参加の林間合宿だ。  僕は緊張しながらリュックを背負った。  合宿自体は、これまでも定期的にあったらしいのだが、僕は一度も参加したことがない。強制参加というのは、今回が初めてである。  なんでも四人一班でコテージに泊まり、さらに二人一組で文化部の活動について語り合ったりするそうだ。部屋も二人部屋なのだという。二人組で考えた案を四人で話し合い、さらに全体で話し合うと聞いたが、まだ議題も組み分けも発表されていない。現地で発表されるそうだった。 「シオンと組むやつとか不憫」 「僕絶対に嫌」  道中で、クスクスと笑いながら言われた。  主に、僕にそういうのは、レナールくんだ。彼は、金色の髪を伸ばしていて、女の子みたいに可愛い。まつげも長い。この男子校において、アイドル的な存在だ。同性愛が盛んな学校なのだが、彼は非常にモテるという。色白で、桜色の頬と唇をしている。小悪魔と呼ばれている。毒舌なのだという。実際、僕に対して、お世辞にも口が良いとは言えないだろう。 「僕、シオンみたいな根暗、大っ嫌い」  聞こえるように言われてしまった。しかし僕は聞こえていないふりをした。  俯いて歩く僕は、確かにネクラに見えるかも知れない。 彼と違い、僕の場合は、痩せこけている。貧弱だ。顔色も悪いだろう。  同じ白い色でも、あちらは健康的で、僕は青い。  これには理由がある。僕は、外に登下校でしか出ないので、日焼けというものを一切していないからだ。昔は外で遊ぶのも好きだったのだが、人は変わるものである。  合宿は、エルナールの林で行われるので、僕達は現在、そこへ向かう坂道を上っている。今日は穏やかな日差しだから、幸い足も痛まない。  そうしてしばらくレナールくんのイヤミを聞きながら歩き、やっと目的地に到着した。するとレナールくんが走っていった。先に到着していたグレン様を見つけたからだろう。レナールくんがグレン様に恋をしているというのは、有名な話である。  それを一瞥してから、僕は早々にベンチに座った。  痛くはないが、無理はよくないから、足を休めることにしたのだ。  すると、部長が歩み寄ってきた。部長は、文化部で唯一僕に優しい。 「昼飯ちゃんと食べてきたか?」 「はい」 「よしよし。お前は細すぎて心配になるんだよなぁ」  部長はそう言うと、僕の頭を撫でた。くすぐったくて思わず笑った。  その瞬間――なにか殺気のようなものを感じた。  驚いて振り返る。だが、特に何も変化はない。そこにはグレン様とそれを取り囲む集団しかいない。首を傾げてから、僕は部長に視線を戻した。 「組み分けはいつ発表なんですか?」 「おう、今だ」  頷いて笑った部長は、それから周囲を見渡した。 「はーい! みんな注目!」  パンパンと手を叩いて、部長が大きな声を出した。  全員の視線が集まる。会話が止まった。 「組み分けを発表しまーす!」  そう言って部長が、近くの木と木の間に吊るしたロープに、巨大な模造紙を吊るした。 すると、一瞬奇妙な沈黙が訪れた。  そして――阿鼻叫喚となった。  僕はといえば、目を見開いて、ポカンとしてしまった。 「グレン様がシオンと!?」  レナールくんの叫び声にハッとして、僕は我に帰った。  なお、四人一組の班のほうは、レナールくんと部長と、僕、グレン様である。  うわぁ……――僕は泣きそうだ。  みんなが射殺すような顔で僕を見ている。周囲がざわついている。  グレン様も僕じゃ嫌だろうと思って、ちらりと見た。  彼はいつもと変わらない、冷静沈着そうな表情だった。ほぼ無表情だ。  何を考えているのかはさっぱりわからない。 「じゃ、移動開始! 部屋に行って、荷物を置いてきてくれ。その後、まずは今夜の夕食の準備!」  部長がそこで声を上げ、再び手を叩いた。え。本当にこれで決定なのだろうか?  恐る恐る、僕はグレン様を見た。今度は、しっかりと見た。  すると目が合った。それに驚いた。僕がシオンだとよく分かったなと思った。  まぁ、これだけ周囲に嫌われていれば、見かけたこともあるかと考え直す。 「行きましょうか」  その時、グレン様が言った。慌てて頷き、僕はベンチから立ち上がって、カバンを手にした。 「同じ班で嬉しいです!」  そうしたら、レナールくんが走ってきた。軽くだがぶつかってしまい、僕はよろめいた。足に力が入らなかったせいで、彼が悪いというわけでもない。 「大丈夫か?」  すると部長が、支えてくれた。部長も同じ班だから、歩く方角が同じだったのである。部長とレナールくんが同じ組なのだ。そして僕達と四人で、一つの班である。A班だ。それから僕は、部長とともに歩いた。少し前をグレン様とレナールくんが歩いている。僕は心底思った。グレン様と部長が逆だったら、みんなにとって幸運だっただろうと。僕との組み分けも、部長なら、責任を取ったんだなと思われただろ。責任というのは、誰も組む相手がいない僕を、部長として引き取ったという、まぁ言うなれば、責任感だろうか。  しかし……ううむ、レナールくんとグレン様は、お似合いである。  見目麗しい二人だ。レナールくんもグレン様にはイヤミなど言わない。桜色の頬が、さらに赤く染まっている。完全に恋している。一方のグレン様は、どこか不機嫌そうではあるが、いつもああいう顔なのかもしれない。 「ああっ、シオンは可愛いなぁ!」  その時、不意に部長がそんなことを言った。一体何がだろうか?  そう思った時、なぜなのか空気に雷が飛んだ。ん?  強い魔力が放たれたのだとわかったが、出処は不明だった。 「ワーク、ちょっと良い?」 「お、おお、おう」  そこへグレン様が振り返った。怖い顔をしてこちらを見ていた。  今の魔力の話を部長と相談するのだろうか?  そう考えながら、僕は前に走っていく部長を見送った。