宿題










 煙草を深く深く吸い込む時、胸が満たされる感覚がする。
 肺の輪郭を際立たせられるような、紫煙の重み。

 例えば、よく言う。
 ――煙草を吸うのは大人っぽいから、子供が手をだしがち、だとか。
 ――背伸びをした子供の焦り故の行い、だとか。

 だが、そういう事では無いのだと、黄天化は考えている。
 煙を吐き出すその一時に、喉元で閊えている遣る瀬無い想いなども一緒に吐き出せるから、冷静でいる為に煙草を吸うのだと。

「モヤモヤを全て吐き出せたら、それで満足さ」

 ポツリと呟き、紫煙が上っていく空を見上げた。本日の空は白くて、低い雲が世界を圧迫している。現在は朝練――修行中だ。青峰山の地の利を活かしながら、跳び、鍛錬用の木刀で、師父が設置しておいた的を攻撃していく。今はそれが済んだ所で、しっかりと地面に立ち、一服していた所である。

「もうじき、朝食さね」

 吸い終えてから、ゆっくりとした足取りで、天化は洞府へと帰還した。
 紫陽洞の玄関をくぐり抜け、中へと進めば、良い匂いが香ってくる。

「おかえり、天化」

 台所にて振り返った道徳が、両頬を持ち上げている。頷き、天化も笑顔を返した。

「ただいまさ。何か、手伝うさ?」
「大丈夫だ。座っていて良いぞ」

 道徳はそう述べると、お湯が揺れる鍋を見た。低温で作っているのは、お吸い物らしい。具は、麩だ。既に白米は、炊きあがっているようで、そちらが入る鍋も見える。他には、コゴミを漬けた品がある。メインのおかずは、本日はゼンマイの炒め物らしい。人間界にいた頃のように生臭が出てくる事は無いが、紫陽洞の食事は相応に美味だ。

「コーチが料理、出来るっていうのは本当に意外さ」
「まぁ長い刻を生きていれば、ある程度は、な」

 食卓に皿を並べる道徳の答えに、天化が柔らかな笑顔で頷く。座っていて良いとは言われたが、率先して碗にご飯を盛っていく。

「一人の時も、いつも作ってたのさ?」
「――体は資本だからなぁ」
「ふぅん」
「べ、別に……太乙や雲中子に勧めて貰ったスポーツドリンクのみという日は、多くはなかったぞ? 信じてないな?」
「信じてないさ。コーチは、俺っちがいない時は、スポーツドリンクで生きているイメージさ」

 そんなやりとりをしながら朝食に移行し、二人は揃って箸を手にした。出来立ての温かな朝食を囲む朝は、空模様が不穏でも、無関係にその場を和やかにしてくれる。こんな洞府での時間が大切に思えて、天化は口元を綻ばせる。


 朝食後は、二人で筋トレ――鍛錬に励む事になった。形としては、道徳が稽古をつけてくれるという状態なのだろうが、行っているのは、腹筋である。天化の足を押さえた道徳、後頭部で手を組んで励む天化。そんな構図は、別段珍しくは無い。体幹を鍛える事や、仙道としての呼吸法を学ぶ事なども、重要な事柄だというのは天化にも異論は無い。

「もう少し、という時に、きちんと届くようにしておかないとならないと俺は思うんだ」

 道徳の言葉に、汗をタオルで拭いながら、天化が視線を向けた。

「あと一歩という時に、届くように」
「コーチは、それが持久力だと思うさ?」
「そうとは限らない。が、無いよりは良いだろうし、何より常に自分を追い込むシチュエーションで耐え抜く訓練をしていれば、本当に困った時にも、いつもと同じ動きができると、俺は思うんだ」
「コーチでも困った事があるさ?」
「そうだな……――何があるか、分からないからな。それは短い人の生でも、長い仙道の生でも変わらないよ」

 一人頷きながら道徳が述べたのを見て、天化は小さく頷いた。
 今では、比較的素直に、道徳の言葉を受け入れられる。だが、当初からそうだった訳ではない。振り返れば、惜しい事をしていたなと、過去を振り返ってしまう。筋トレは、ただの筋トレであり、人間界でも可能だと、そう考えていた時分もあった。変化したのは、道徳の意図をきちんと把握するようになってからだと、天化は考えている。

 では、何故、把握するようになったのか?
 把握したいと考えるようになったのか?
 実はこれは、非常に簡単なきっかけからだった。

 天化が、道徳の考えを知りたいと思った理由。
 それは、偏に、清虚道徳真君という名の師匠に惚れてしまったからである。

 惚れた契機が明確にあるわけではなくて、一緒にいる内に、気が付いたら意識するように変わっていた。ただはっきりと、好きだと自覚したのは、たまたま手が触れ合った時だ。筋トレが終わり、スポーツドリンクを受け取ったその時、たまたま手袋を外していた道徳の指を触ってしまった時に、明確に意識している己に気づかされた。

「天化?」

 思案していた天化を一瞥し、道徳が首を傾げた。我に返った天化は、慌てて笑顔を取り繕う。

「なんでも無いさ。次は、崑崙山を三十周の予定さね?」
「そうだな。競争するか!」
「お手柔らかに」

 その後も昼食の時刻まで、二人はトレーニングという名の鍛錬に励んだ。前を走る道徳の背が、天化には大きく見えた。じわりじわりと好きになり、現在片想いをしている相手――そばにいたら、惚れない方が無理があると、天化は内心で考えていた。


 午後は雨が降り出したので、外での修行は中止となった。
 道徳と二人、洞府のリビングにて、天化はソファに座っていた。横長のソファの左右に、それぞれ陣取る。正面には、点心と珈琲がある。珈琲は、熱い地方に出かけてきたという雲中子からの土産の品だったが、現在までに異変は無い。意外と、餡子と珈琲は合うなぁと、考えながら天化は食べた。別段、甘いものが好きでも嫌いでもない。一方の道徳は、真面目な顔で、カップの中の水面を見ている。室内トレーニングではなく、今日は休もうと提案したのは、道徳だった。これもまた珍しい事でもある。

「なぁ、天化」
「何さ?」

 カップの中を見たままで声をかけた道徳に対し、天化が顔ごと視線を向けた。

「天化は、俺の事が好きだよな?」
「へ? な、何さ、急に……そ、そりゃあ! コーチの事は尊敬してるし、好きさ!」

 内心を見透かされたのかと驚いた後、天化は言い訳交じりに答えた。すると漸く視線を上げた道徳が、真面目な表情のままで、天化へと視線を流すように向けた。

「俺はそこまで鈍くはないぞ」
「え、え? ど、どういう意味さ?」
「弟子の恋心に気づかないほど、鈍くはないよ」

 決定的な言葉を道徳が放ったものだから、天化はカップを取り落としそうになった。頬が熱くなっていく。朱くなった事が自覚できて、今度は天化が俯いた。

「……だとして、何さ? 想うのは自由さね? 別に俺っち、付き合ってほしいとも何も言ってないし、求めてないさ。そもそも、告白もしてないのにフラれるのも納得いかないさ。本当、コーチは何が言いたいさ?」

 思わず口早に天化は続ける。
 本当ならば、自意識過剰だと言ってやりたかったが、己の気持ちに嘘はつけない。

 静かに聞いていた道徳は――それから破顔した。その上、吹き出すように笑った。

「いや、な。最近の天化は、俺が何を言いたいのかを随分と察するようになっていたから、今回も俺の気持ちを理解しているのかと焦った。まだまだ、だな。俺の言いたい事が分からないんだから」
「へ?」
「俺が何を言いたいのか、当ててくれ。宿題だ」
「な」
「少し昼寝をしてくる。天化も今日はゆっくり体を休めつつ、考えてみてくれ」

 道徳はそう述べると立ち上がった。
 てっきりフラれると考えていた天化は一人残され、何度か瞬きをして考えてはみたが、結論は何も見つけられなかった。


 ◆◇◆


 自分の気持ちを抑えて、断り文句を告げる事。
 それはそう、困難では無いし、師としてはあるべき姿なのかもしれない。
 道徳は、戻った自室で考える。

 ――そんなつもりで弟子にしたわけではない。
 ――お父上に申し訳が立たない。
 ――邪念は修行の妨げになる。

 いくらでも、自他に対する言い訳は思いつく。
 ただ、道徳はそれを良しとはしない。

「俺の方が天化を先に好きになったんだもんなぁ」

 こちらこそ、片想いをしてきて、そうして、次第に色気を増していく天化の姿に困惑していた当人だ。弟子の気持ち、だからというよりも、愛しい相手が次第に艶のある瞳で自分を見るようになった事に気づいた時の歓喜があったから、理解したといえる。

 大切な弟子であるという部分は変わらない。
 だが、それと恋愛感情に蓋をし切り離すという観点は、また別だ。
 師弟関係とは難しくて、親子とも異なるし、血を分けた家族では無い。
 そうではあっても、大切で愛おしいのが、弟子だ。

 けれどその愛しさや好きの種類は様々で、道徳は天化の事を、恋愛的な意味合いで好きになった。真っ直ぐな瞳、ひたむきな姿勢、それらにすぐに心を掴まれた。

「俺の方こそ、気持ちを天化に気づかれているのかと焦ったんだよ……それで、変に意識させてしまったのかと……でも、違ったみたいだな」

 ブツブツと呟いてから、道徳は腕を組んだ。
 天化が、『宿題』の正解を導出したら――その時は、もう灰色の曖昧な現状は打破し、思い切って告白しようと決意してみる。明瞭な関係を、求めてしまう。想いを伝えたいのも、恋人同士になって付き合いたいのも、道徳は己の方だと考えて、微苦笑した。


 ◆◇◆


 ――三日後。
 道徳の態度は嘘のように変わらないし、好意の話をしたのが夢だったのかとすら感じられる状態の中、天化は朝練後に煙草を吸い、空を見上げていた。青い空に、白い雲。長閑だ。

「宿題……」

 一番いやな考えとしては、からかって遊ばれたという予測だが、道徳が人の気持ちを弄ぶような性格をしていない事を確信しているから、それはないと天化は判断している。

「……コーチは、何が言いたかったのさ? うーん」

 深く深く煙を吸い込み、そうしてゆっくりと吐き出してみる。断り文句を言いたかったのでなければ、それこそよく分からない。

「もしも俺っちとコーチが逆の立場で、ああいう反応をするとしたら……」

 人差し指と中指の間に煙草のフィルターを挟み、天化は呟いた。
 それは、幸福な空想かもしれないが、少なくとも――『嫌ではない』あるいは『嬉しい』という反応のように思えた。

「まさか。コーチが俺っちを好きだとか、両思いなんて事は……いや……可能性は何事も捨てるべきではないさ」

 ぐるぐると回る思考を、何とか整理しようとする内に、天化は肩を落とした。考えれば考えるほど、プラスの方向に考えたくなってしまう。前向きなのは悪い事ではないのだが、それを盲信できるほど幼くはない故の葛藤だ。

「不正解だとしても、一度で正解しなきゃならないとは言われていないさ……確認するだけなら……」

 この日、天化はそう決意をしながら、煙草の火を消した。
 そうして戻った洞府において、食事中や、その後の鍛錬時、天化は道徳の横顔を、何気ない素振りで見守りながら過ごした。宿題に対して出した答えの正否を問うのは、夜にしようと決めていた。

 夜はすぐに訪れたので、入浴後、タオルで髪を拭きながら、天化はリビングで巻物に目を通している道徳の前に立った。

「コーチ」
「どうしたんだい?」
「宿題の答え、聞いてほしいさ」
「――おう。良いぞ」

 顔を挙げて巻物を置いた道徳は、いつもと変わらない笑顔だった。天化は下ろしていた片手の拳をギュッと握ってから、一度大きく深呼吸をした。そして告げる。

「コーチも俺っちの事を好きさ?」
「ああ。勿論だ。俺は天化が好きだよ」
「俺っちと同じ意味でだろ? 恋愛感情さね?」
「……だとして?」
「コーチは俺っちと違って、俺っちと恋人になりたいと思ってるさ」
「大正解だ。さすがは天化だな!」

 満面の笑みに変わった道徳を見て、半信半疑で口にしていた天化は虚を突かれた。瞠目してから、しかし天化もまた両頬を持ち上げる。

「俺っち、言いたい事があるさ。やっぱり、聞いてほしいさ」
「俺に、先に言う権利をくれ。愛してる、天化。恋人になってほしい」
「ずるいさ……」
「ずるい俺は嫌いか?」
「残念ながら、愛してる。俺っちもコーチが大好きさ。勿論恋人になるさ」

 二人は視線を交わしながらそんなやり取りをした。その後、天化は道徳の隣に座る。いつもと同じソファであるが、いつもよりも距離を詰めて。すると、道徳がその肩を抱き寄せた。道徳の武骨な指の温度に、天化はドキリとしてしまう。

「大切にするからな」
「約束さ。俺っちも、コーチの事、大切にする」

 こうして、二人は恋人同士となった。道徳の手の温もりが、やっぱり好きだと天化は思った。


 ◆◇◆


 二人の付き合いは、順調に進んでいく。
 ただ、道徳の内心での言い訳の一つにあったような事例――邪念により、修行時に、ピタリと双方が硬直するタイミングが、日常風景の中に加わった。

 例えば今がそれだ。

 体術の訓練中、偶発的に天化を押し倒す形になった時。目を丸くして見上げる天化が赤面したものだから、それまで意識を切り分けていた道徳の方も、意識して頬を朱に染めた。自然と見つめあう形になり、その場の時が止まったような錯覚に陥る。

 他には、こんな事もある。
 修行後、ソファに座ってそれぞれお茶を飲んでいる時、天化がそれとなく道徳にもたれかかれば、愛らしい仕草に感じて胸がドクンと疼いて困る道徳が、紫陽洞のリビングで見られたりする。

 そんな二人が、同じ寝台で眠る事にしたのは、ある冬の出来事だ。
 天化の部屋の暖を取るための宝貝が不調で、風邪を引かないようにという意図で、道徳が己の寝室へと誘った結果である。

「コーチ」

 寝間着に着替え、二人で寝そべって数分後。
 道徳の胸板に手をまわし、天化が上目遣いに道徳を見た。実際の所、道徳はこの状況にあまり余裕はないのだが、それを悟られたくはなかったから、いつも通りの顔をしている。

「何だ? 眠れないのか?」
「眠りたくないさ、まだ」

 天化はそう言うと、少し上体を起こしてから、道徳の顔に己の顔を近づけた。そして天化が、道徳に頬ずりをする。天化なりに勇気を出した結果だ。そのしなやかな黒髪を撫でながら、道徳は結局はこらえきれないなと感じて、愛しい天化の頬に口づけをする。

「そう言う事を口にしていると、朝まで寝せないぞ?」
「良いさ。コーチとずっと起きてるさ」
「意味、分かっているのか?」
「俺っちこそ、そこまで鈍くないさ」

 軽口交じりにそんなやりとりをした直後、道徳は天化の手首を掠め取るように軽く握り、そして寝台に縫い付けた。のしかかる体勢で、押し倒す。真摯な道徳の瞳を、天化が軽く息を呑みながら見上げる。

 その天化の唇に、道徳が己の唇で触れた。柔らかな感触に、天化が自ずと目を伏せる。道徳は次第にキスを深めていきながら、指先で天化の首の筋をなぞる。そうしつつ寝間着を開けながら、角度を変えては天化の口腔を貪る。

 舌を舌で絡めとられて、天化がドキリとしつつも、息継ぎの仕方が分からないと考えていると、道徳が一度唇を話して呼吸を促した。

「コーチ……」
「嫌か?」
「そうじゃないさ。手慣れてるさ」
「――は?」
「俺っち以外とは、もう金輪際キスをしたらダメさ」
「それ、俺のキスが巧いって意味か?」
「っ」

 そう言う意味になってしまったと気づき、天化が赤面する。道徳は喉で笑ってから、天化の小さな嫉妬心を感じさせる声に気を良くした。道徳の瞳が、僅かに獰猛に変わる。

 顔を背けた天化の鎖骨の少し上に、道徳が唇を落とした。ツキンと疼いて、その個所に痕をつけられたのだと天化は理解した。道徳は左手の指先では、天化の胸の突起を弾いている。

「ッ、ぁ……」

 左胸の乳頭を捏ねながら、右胸の乳首を口に挟んで、道徳が舌先で刺激する。未知の感覚が両胸から浮かび上がり、天化の体が熱を帯びた。丹念に丹念に、道徳が愛撫をしていく内、天化の陰茎が自然と反応を見せ始めた。

 道徳はそれから左手で、天化の陰茎を撫で上げながら、今度は自分から、天化に頬ずりをする。ゆっくりと昂められて、天化は小さく震えた。

「ぁ、ァ……んン……コーチ……出る、さ……」
「一度出しておくか?」
「嫌さ。一緒が良いさ」
「可愛い事を言うんだな」

 天化に対して微苦笑してから、道徳が、ベッドサイドにあった香油の瓶を手繰り寄せた。いつかは、こうなる日が来るかもしれないとして、用意していた潤滑油である。

 それを指にまぶした道徳は、天化の窄まりへと触れた。そして人差し指の第一関節までを、天化の後孔へ挿入する。

「んぅ……っ、く」
「辛いか?」
「へ、平気さ」

 震える声で、天化が答えた。本当は緊張から体が強張っていたのだが、早く一つになりたいというのは、本音だった。道徳はそんな天化の様子を暫し気遣うように見ていたが、その後頷いて、第二関節まで指を進めた。そうして根元まで差し入れてから、指を振動させるように動かす。

「っ、ふ……ぁ……ァぁ……」

 それから一度指を引き抜き、今度は中指と揃えて、二本の指を道徳が挿入する。

「あ、あ、あ」

 二本の指が内部でバラバラに動き始めた時、天化が鼻を抜けるような甘い声を放った。緩急をつけて動かしていた道徳は、天化の内壁を押し広げるようにした後、よりいっそう獰猛な目をして、天化の内部のある個所を刺激した。

「ああ!」

 前立腺を的確に刺激された瞬間、天化の背が撓った。そこばかりを道徳が責めるから、天化は涙ぐんで、思わず頭を振った。艶やかな髪が揺れ、生理的な涙で天化の瞳が濡れている。

「ぁア……ん、あ……は、ッ……うあ、あ、そ、そこは――っ、ン!」

 天化の陰茎が反り返り、先走りの液を零し始める。
 じっとりと汗ばんでいる上気した天化の肌を見てから、道徳が指を引き抜き、既に反応していた自身の肉茎の先端を、天化の菊門へとあてがった。

「挿入るぞ。辛いかもしれないが――」
「大丈夫さ、ァぁ……コーチ、早く……――ん!」

 天化の声が終わる前に、道徳が一気に雁首までを挿入した。その衝撃と熱に、震えながら、天化が道徳の体に抱きつく。指とは比べ物にならない硬い質量に、全身をドロドロに蕩けさせられるような心地になり、天化は思わず必死で息をした。

「あ、ああ……気持ち良、っ……うあ」
「俺もだ。少し、力を抜けるか?」
「無理さ、それは無理。う……ンん……あァ!」

 道徳が深く突き入れては、ぎりぎりまで引き抜き、そして更に深く貫いては、また限界まで腰を引くという動作を開始した。緩慢な抽挿から始まったのだが、次第にその動きが早くなっていく。良く引き締まった二人の筋肉には汗が浮かび、肌と肌がぶつかる音もまた、次第に大きくなっていく。道徳が激しく打ち付ける度に、天化は腰が引けそうになった。だが道徳はそれを許さず、天化の腰骨の上を掴む。天化もまた、繋がれた事が嬉しいため、道徳に抱き着く腕により力をこめる。

「好きだ、天化」
「ああ……俺っちもコーチが好きさ。あ、ア! あああ!」

 その後、一際強く道徳が打ち付けて、天化の中へと放った。その衝撃で、天化もまた果てたのだった。天化が放った白液が、道徳の腹部を濡らした。

 ぐったりとした天化から陰茎を引き抜き、道徳が隣に寝転がる。
 天化がそのまま寝入ってしまったのを見て、道徳は優しい目をした。

「朝まで眠らせない予定だったんだけどな」

 そんな事を嘯いてから、道徳は天化の体を綺麗に処理していく。こうして、二人は肉体的にも結ばれた。


 ◆◇◆


「――と、これが俺と天化の馴れ初めだ」

 幸せそうな笑顔で語る道徳の惚気を、太乙と雲中子が聞いていた。
 道徳は、天化への溺愛っぷりを、色物でくくられる友人二人に隠す事は無い。

 幸せそうで何よりだと、応援している他二名は、各々の弟子の事を考えつつ、道徳が羨ましいなと思ったりもするのであったが、『自分の弟子が一番だ』と、内心では考えていたりするのだったりもする。

 そんな一コマが、崑崙山の日常である。





     【終】