確かに倖せだった日もある




温室にある、七色のバラの花。
どれも凍っていて冷たい。
この温室にある遺伝子操作された植物は、全部間宮が作ったものだ。
務はこの部屋が好きだった。何もかもがなかったふりをして、ただ無心で間宮とまた、仲の良い友達に戻れる気がするから。

「またここにいたのか」
「落ち着くんだ」

音も無く入ってきた間宮に、振り返らずに僕は答えた。
ここには、僕ら2人しかいないから。
何処かで道をたがえたはずなのに、それでも僕は今も、間宮のそばにいる。
僕は思うんだ。
きっといつか、僕は間宮を殺そうとして、逆に殺されるんだ。
それが僕らの自然なあり方で、きっと僕はかつてによく似た未来なんて見られないで、消えて行くんだ。
僕はその時、このバラと一緒に逝きたい。
そう思ってておろうとしたらーー「痛」
氷のトゲが、僕の指に突き刺さった。
凍っていた部分は指の温度ですぐに溶けたけれど、中から現れた本物のトゲは消えず、突き刺さったままで、ポツリと血の球を形成し、次第に流れ始める。

「バカ。なにやってんだよ」

歩み寄ってきたマミヤが僕の指を手に取ると唇に含んだ。
鈍い痛みがしたから、トゲを抜いてくれたのだとわかる。
それから間宮の口が離れると、だいぶ血が止まっていた。

「処置してやるから着いてこいよ」
「別にいいよ、この程度」
「その血から、ばい菌が入って食中毒にでもなったら困る。お前のためじゃない」

嘘つきだと思う。本当は間宮は優しいのだ。
ただちょっとそれが歪んでいるだけで。だからいつか僕はそれに耐えられなくなりそうなんだ。間宮がかりに死んだら、きっと僕もしんでしまうのだろう。
もう僕は間宮から離れられない。
だけど間宮は、僕がいなくても両足でしっかり大地を踏みしめて歩いて行くのだろう。
僕と間宮の間にあるのはきっと友情なんかじゃない。
もっと歪でドロドロとした感情なのだ。
それに名前をつけるとしたら、愛か執着か憎悪か。別にどれでもいい。
務はそんなことを考えていた。

「そうだ。ドーナツをもらったんだ。食うか?」
「うん。じゃあ珈琲をいれるね」
「クッキーもある」


ただいつかそんな日が来るのだとしても、今だけは幸せを甘受してもいい気がした。間宮の優しさは、僕が友達ゆえのものだと、思いたかった。