もう喪うモノなんて何もない





僕は両手の指を組み、肘を机についていた。
その手を額に当ててうつむくと、冷めたコーヒー入るカップが目に止まった。
あゝ、僕の心と同じで冷め切っている。
ふと考えてみる。
ーー間宮の心は、どんな温度をしているのだろうか。
切り離せない僕らの関係はきっと、執着みたい名前をした糸だ。
少なくともそんなもの僕入らないと思うのに、なのに、地獄に垂れてきた蜘蛛の糸のようにすがりついてしまう自分がいた。ただ僕は物語の主人公とは違って、群がる数多の塵芥なのだろう。
いやーーいっそうのこと、地獄に落ちて灼熱に焼かれる方が僕の気は楽になるのかもしれない。定期的に訪れる悔恨と抑鬱に次第の僕は絡め取られて行く。その時、紛れもなく絡んだ糸を紐解いてくれるのは、間宮なのだ。
それがどうしようもなく鬱陶しい。

「ああ、腹が空いた」

その時、白衣を血に濡らしたまま間宮が部屋へと入ってきた。
僕は無言で立ち上がり、わざとローストビーフとしぐれ煮を取り出す。
無秩序な料理でも、酒のつまみだと納得させる。
そしてーー先ほどまで人間の内蔵をいじっていた間宮が嘔吐感を覚えていることも知っている。ああ、死ねばいいのに。ーーそれは、誰が?
間もやは料理を机に並べた瞬間わずかに息を飲んだ。

「麦酒でもあればいいんだけどな」
「もちろん用意しておいたよ」

酒に逃避しようとする間宮に、僕は満面の笑みを浮かべた。
ただ滑稽だなと思う。
ジョッキにビールを注いで渡すと、間宮がしぐれ煮に箸をのばした。
無論レバーなんかのしぐれ煮なんかじゃない。
以前間宮が施術中に殺した誰かの内蔵を僕が拝借して作り保存しておいたものだ。当然間宮はそんなことは知らない。
僕は間宮を確かに恨んでいる。だから、間宮も人肉を食べればいいのだと嗤う。
あるいはそれこそ間宮の身体を裂いて、その胃を切り取って、僕の姉の体の一部を取り出すことが叶うなら、こんな衝動は消え去るのかもしれない。だがそんな日が来ないことも僕はよく知っている。
そこが、僕と間宮のギリギリの境界線ーーボーダーラインだからだ。

「務は食べないのか?」
「ごめん、先に食べちゃったんだ。味見をしていたら止まらなくなっちゃって」
「これは、何の肉だ?」
「なんだと思う?」
「レバーじゃないだろう? 独特の臭みがある」
「レバーだよ、ゴメン、臭みが取れていなかったのかな」

僕の言葉にそれ以上間宮はなにも言わなかったが、そのあとしぐれ煮にはしが伸びることはなかった。
本当は間宮も気がついているのだろうと思う。
僕らの危うい関係について。
けれどそこにつながる線は錆び付いているから、切れないんだ。僕はいつまでも間宮とともにいて、間宮もおそらく僕とともにいる。

それが僕たちの日常だった。