僕たちのカウントダウン




胸元を掴まれて、僕は壁に頭を激突した。後頭部がジンジンと鈍く痛む。
「別にお前が俺のことを嫌いでもいい。俺だってお前に吐き気がするからな」
間宮はそういうと、僕の首に、ナイフを突き刺した。骨のギリギリのところだ。
もう少しずれていれば、骨ごと傷がついていただろう。

「俺にはカニバリズムの趣味がないと何度言えばわかるんだ」
「だっていまひとつ足りないんだ」

残った声帯を震わせて僕は笑った。

「だからってーー」
「僕の行為にはなに一つ無駄なことなんてないよ」

僕は笑いながらそう告げた。激情が間宮の瞳に宿ったのを確かに見る。

「じゃあーーお前を料理して食べてやろうか?」
「間宮にそれができるの?」
「できないと思うのか?」

僕に詰め寄った間宮が、僕の右手を手にとった。
そして捻じってから、簡単に、至極簡単にボキリと骨をおった。激痛が走って僕は声を上げる。しかし多分その悲鳴はうまく言葉のはならなかった。

ーーただ多分僕は知っていた。

僕が挑発すれば、間宮が行動を起こすことを。
それは自分自身で自分を痛めつけるよりもずっと気が楽なことだった。

「肉を削ぎ取ってカレーでも作ってやるよ」
「ビーフシチューがいいな」

「自分の腕の肉を食べるっていう神経が信じられないな」
その言葉が、僕の体の中を背骨に沿って突き抜けて行く。
この世界に果たして、信じられるものなんて存在するのだろうか?
仮にそんな空想にとらわれているのであれば、間宮は哀れだ。
間宮が包丁を取り出して、僕の腕にあてがった。僕はただそれを眺めていた。そして削がれて行く肉。痛みは当然あったし、眼科の奥が赤く染まった気がした。だがそれよりも僕は、腐ったような色をした肉片と、走る神経、脂肪に目を奪われた。多分もう苦痛には慣れていたからだ。

「結局お前は何がしたいんだよ、務」
「さぁ。僕にもそれはわからないんだ。ただ、間宮に苦しんで欲しい」
「……それは、恨みとか憎悪とか嫌悪だとかいう感情の権化か?」
「あるいはそうなのかもしれない。ただね、そういう意識には全て霞がかかっているみたいになるんだ。総合的に考えると、僕は間宮のことが大嫌いだけど、同時に好きでもある」
「嫌い、か。それはいい。だけどな、好きな相手に人間の内蔵を食わせるってどうなんだよ」
「全ての命が君のものになって欲しいのかもしれない」

ああ、そんな二人だった。