夜桜
桜の下には死体が埋まっているというーーきっと次に埋まるとしたら僕だろう。
悠久に等しい生を受けたところでそれは変わらない。
そして多分、僕は間宮に殺して埋めてもらうことを祈っている。
桜を見るたびに僕のことを思い出させる呪いをかけて。
いや、間宮はすぐにそんなことは忘れてしまうだろうか。
僕らは今、夜桜を眺めながら、お酒を飲んでいる。
ただ僕は口約束だけでもいいから、欲しかった。
「ねぇ間宮」
「なんだ?」
「いつか死ぬ日がきたら、僕のことを殺してよ。できれば楽に」
僕がそう言うと、間宮がすっと目を細めて何度か瞬きをした。
その表情に僕はバカにされている気になった。だが、それでも良かった。
「それでこの桜のしたに埋めてよ」
「ーー仮に俺がお前を殺すとして、五体満足で埋められると思うのか?」
「さぁね。その時になって見ないとわからないよ」
「ま、ありえないな。ただそれは、この星が滅びるまで、地球最後の日までありえないな」
その言葉に僕は驚いて瞠目した。
「お前は、俺が殺す価値もない」
間宮はそう言ったのだけれど、何かを押し殺すように夜桜を見上げた。
その表情を見て、きっと決して間宮は僕のことを殺してはくれないのだろうなと悟った。それは、あるいは寂しい事だった。
「じゃあ僕の価値って何?」
「呼吸してることだろ」
「それなら、間宮の価値は?」
「俺という存在だ」
桜の花びらが夜の闇に溶けるように舞い散ってくる中で、僕はその言葉を聞いた。
「務こそ、俺の今際の際には、楽に殺してくれ」
「え? 間宮は僕よりも先に死なないでよ」
「そんな約束無意味だろ。死はいつ何時、誰に起きるかわからない平等な事象なんだからな」
僕は間宮が死んで一人きりになる未来を夢想して苦笑した。
結局それは恐らく僕の死でもあるからだ。
「じゃあ右の桜の木下には僕が、左には間宮が埋められよう」
「なんだよ、それ」
「どちらの妄執がすごいか競争だ」
そんなやり取りをした花見だった。
徳利の中には、花びらが舞い降りた。