地上での初めての拷問訓練(☆)



 性的な――快楽的な拷問に、ラーゼは馴染みがなかった。

 だから、魔力を封じる鎖で両手首を壁に拘束された時、何が起きているのか、始めは分からなかった。そもそも、誰かに拘束されるという自体も、これまでの十七年間では、一度も記憶にない。

 命令が大人しく捕まる事であったから――ラーゼは大人しく、壁に両腕を貼り付けにされたが、その時両手首に嵌った黒い枷が、己の魔力を抜き始めた瞬間は狼狽えたものである。拷問具として、魔力を吸収して封じる品が存在するという知識はあった。

 しかし、十七歳のラーゼには、そこまでの知識しかない。

「……」

 質問は、何も許可されていない。だから、己を拘束した、正面の実習中の上司をただただ見上げているしかない。上司――ラーゼは、あくまでも女王陛下に仕えるために、魔術樹の街から地上へと降りてきた。

 女王陛下の願いは、隣国へと出向き、長子である王子殿下を保護する事だった。
 だが、即日向かうのではなく、三週間ほどの研修を受ける事になっていた。
 その担当部隊の長官――リオン=カーティスを眺めたまま、ラーゼは沈黙している。

 彼は、女王陛下の兄であるフィニ公爵閣下の、直属部隊の人間だった。

 リオンは、三十代後半の青年で、ラーゼより年下の子供がいると、一度話しているのを聞いた事があったが、ラーゼはそれ以外を知らなかった。それまでの間は、魔術樹の街では習う事のなかった礼儀作法や、具体的な『敵』の見分け方ばかりを習ってきたが、褒められる事はあれど、懲罰を受けるような失態を犯した記憶も特にない。

「これより、最後の訓練となる。拘束され、拷問を受けた場合の対処だ」

 だから――低いリオンの声が響いた時、己に罪が無い事を知り、解雇されるわけではないと気づいて、内心ラーゼは安堵すらしていた。拷問も痛みを伴うものだと疑いもせず、耐えられると確信していた。

 コツコツとブーツの音を響かせて、リオンが歩み寄ってくる。
 その手には、長い銀色の棒を持っている。
 真っ直ぐなその棒には、同色の球体が規則正しく並んでいた。

「……」

 拘束されているラーゼの横には、簡素な木製の椅子がひとつ有り、そこには水桶が乗っている。ただ、中に浸るものが水ではなさそうであると、ラーゼは考えていた。ピンク色をしていたからだ。粘着質にも思える。そこに、リオンは銀色の棒を置いた。ぬるりと、硬そうな棒が液体の中に沈んでいく。

「ラーゼ、これは、よくある出来事だ」

 リオンはそう口にすると、ラーゼのベルトに手をかけた。
 きょとんとしていたラーゼは、首を傾げようとしたが、その前に下衣を下ろされた。
 ヒヤリとした空気が、腹部から足先までに触れる。

「公爵閣下が、明後日直々に訓練の成果を見においでになる」

 一体何の話をされているのか分からないでいる内に、ラーゼは右足首を掴まれた。折り曲げられて、膝の部分と足首もまた、壁の鎖に繋がれる。この時になって始めてラーゼは、性器を人前に晒している自分に気づいて、僅かに羞恥を覚えた。

 けれど、いついかなる時も、感情を表してはならないと、幼少時に叩き込まれていた。だから表情を変えずにいると、再びリオンが、銀色の棒を手にとった。

「ッ」

 直後、迷う様子など微塵も見せずに、その棒を、リオンがラーゼの中へと押し込んだ。悲鳴を上げそうになったラーゼは、懸命に唇を噛む。拷問訓練において、声を出す事は、負けと同じだと考えていたからだ。

 不思議と痛みはない。

 それはねっとりとしたピンク色の液体のなせるわざだったのかもしれないが――球体の異物感が進んでくる度に、ラーゼは別の事柄に驚愕して震えを押し殺す事になった。

 今まで存在を感じた事のない、体の内側が蠢いていたのである。

「……ぁ……ぁ……ぁぁぁ」

 声を出してはいけないと知っていたはずだったが、しかし球体がひとつ、またひとつと、棒が進むにつれて入ってくるたびに、自然と喉が震えた。硬く冷たい玩具が進んでくる。

 不安定な体勢の中、唯一自由になっている左足に、ラーゼは力を込める。
 その間も、容赦なくリオンは硬いディルドを進めた。
 それが入りきった時、ラーゼはむせび泣いていた。

「――公爵閣下の目に留まるというのは、誉れ多い事だ。弁えて、それまでに受け入れる準備を整えておかなければな」
「あ、あ、あ」

 ラーゼの耳には、もうリオンの声は届かない。

 初めて年相応の――あるいはより幼い子供のように、髪を振り乱してラーゼは泣いていた。未知の感覚、快楽がその時、彼の全身を染め上げていたからだ。潤滑油の役目を果たしている媚薬が、内側からラーゼの身を焦がす。

 リオンは棒についた球体の四つ目の半分までを挿入した所で、手の動きを止める。
 菊門を押し広げられる形になり、ラーゼは仰け反ろうとした。
 しかし拘束されているせいで何もできない。

「穢痴族の由来は、卑猥な肉体を持つがゆえと聞いた事があるが、事実なのかもしれないな。いくら薬を用いようと、このように順応が早いとは」

 失笑するような声音を放ち、リオンがそそり立っているラーゼの陰茎に触れた。
 棒を持つのとは逆側の人差し指で、ゆっくりとラーゼの陰茎の筋をなぞる。

「ああっ」

 その刺激だけで、ラーゼは果てた。しかし体の熱は酷くなるばかりで、解放は訪れない。ゾクゾクと背筋に従い、射精感と同時に強くなった快楽がせり上がってくる。

 快楽に震える十七歳の少年を一瞥し、リオンは静かに唾液を飲み込む。
 ――訓練だというのに、ガラでもなく、色気を感じていた。

「惜しいな――あの醜悪な公爵閣下に差し出すのが」

 ポツリとそう呟きながらも、それが『仕事』だとリオンは考え直す。

 同性愛者であり変態趣味の公爵閣下が、新参者の特に若い少年を食い荒らす――犯し尽くす趣味を持っている事は、直属の配下であるリオンを除けば、知る者は少ない。仮に女王陛下に露見すれば、いくらフェニ公爵閣下であってもただではすまないだろうとリオンは考えているが――これは『仕事』であり『命令』であるし、何よりその際に『味見』を許されているから、密告する気も特には起こらない。

「ぁ、ぁ……ッ……あ、ィ……ヒぁ……あ、ああっ」

 リオンが銀色の棒を再び押し込むと、こらえきれない様子でラーゼが嬌声を漏らした。四球目が入りきった所で、傍らの椅子の上から、リオンは黒い革製の玩具を手繰り寄せた。

「ぅぁ、ぁ、ああ!」

 陰茎の根元にリングをはめられた瞬間、ラーゼは喉を震わせた。
 触れられた刺激で再び果てかけたのだが、その直前でそれが阻止された。
 ――この瞬間だけではなく、この拘束具がある限り、果てられない状況となる。

「や、やぁあっ」

 銀色の棒を、今度はかき混ぜるようにして、リオンが動かす。
 内壁を広げられていく感覚と、その度に広がる熱と疼きに、ラーゼは悶えた。


 その日――ラーゼは、拷問訓練という名目で、初めて玩具による快楽を味わった。それは、公爵閣下の『訓練の視察』の日まで続く事となる。銀色の玩具と媚薬がラーゼの体に馴染むまで、そう時間は要しなかった。

 訓練、とはいうが、それは――同性の性器を受け入れるための、拡張に等しい。

 しかしこの時のラーゼは、そうだとは知らなかったし、ただただ涙するしか無かった。
 ――あまりにも強い、快楽に。