湖岸の黒鴉




「白いね」

 響いた声に、ゆっくりと瞼を開ける。
 相変わらず、目の前に広がる色は翠色だ。
 だけど。
 だけど『俺』はもう、煙草の煙の色を知っているし、世界の色彩も識っている。

「昔のお前の頭みたいだな、ハゲ」
「伊波君にそう呼ばれたのは久しぶりだね」
「もう俺達は、傷を抉り合う関係性である必要はないからな。そうすることで自分を保つ必要なんてないんだって解った気がする」
「そうなんだ」
「多分。そんな気がしたり、考えるようになったには、お前のおかげだよ」
「かいかぶりすぎだよ」
「狭山さん」
「その呼び方には、まだ慣れない」

 俺は、深く深く煙草を吸い込み、肺を満たしてから、形態灰皿の中で消した。
 それからしっかりと振り返り、狭山さんを見る。
 もう、現実から目を逸らさない。
 しっかりと捉えた世界は、俺にとって優しかった。


 ――これは心に傷を負った人々の物語だ。
 現実とは、かくも厳しい。前提条件を語るならばこれは、とある破壊的カルト集団の被害にあった二人の物語だ。それを契機に様々な事件に巻き込まれる未完の物語。

 ――人生なんて、常に未完成なのかも知れないのだけれど。
 友情、愛情、そんなモノ。嗚呼、どこにだって転がっているはずなのに、忘却していく、追憶していく、そんな物語。

 二人の名探偵と、その友人の物語は、きっと透明で、けれど何よりも粘着質な泥沼に絡め取られて汚れていく。
 人間の生死など、そんなものなのかも知れない。

 ただの人の生涯を、眺めたい時に。そう言った時に、人間観察がてら読んで欲しい。
 人間観察など滑稽だと知ってはいたとしても。
 人は、自分自身のことすら分からないのだから。