【一】前世の記憶
「あ」
その時、僕は唐突に思い出した。
実を言えば、お受験をする頃になった時から、この樋高学園という名を、どこかで聞いた事があった気がしてたまらなかったのだけれど、今はっきりと思いだした。
そうだ……そうだよ!
樋高学園って、僕が読んでいたBL小説に出てきた学園の名前じゃないか……!
今世において、僕は過去に一度も、BL小説を目にした事はない。存在すら知らなかった。だが、たった今、僕は思い出してしまった。
前世で僕は、小学六年生だった。それは三月までの今の僕と同じだ。そしてその当時の僕は、姉の影響でBLに目覚めて、スマホでWebサイトのBL小説――中でも王道学園ものを読み漁っていたのだったりする。腐は、いい。本当に、いい。幸せに浸れる。別段僕は同性愛者ではないし、自分がBL展開になりたいとは微塵も思わなかったが、いつか生BLがみたいなと思い暮らしていた。そして、卒業式を終えて、家に帰る途中で突っ込んできたトラックを目にしたのが、最後の記憶となっている。きっとそこで、前世の僕は没したのだろう。
先に逝ってしまって家族に申し訳ないと思ったけれど、既にこちらでも12年間生きているため、こちらの家族もいるからなのか、どうしても再会したいというような思いはなかった。幸か不幸か、既に僕は、現在の今村瑞樹という人生に慣れている。
今村家は小さな会社を経営している。
僕は次男で、父の勧めでお受験に臨んだ。実は父も兄も、入試で落ちたそうだ。
だから僕が合格した時は、みんなが泣いて喜んでくれた。
それはそうと、BLである。
僕が読んでいた小説のタイトルは、確か【副会長の淫らなお仕置き】という、生徒会の副会長と王道転入生の、実に王道なBLだった。非王道とアンチ王道も好きだが、一周回って王道展開すぎて非常に新しかった。その舞台が、まさしく樋高学園だったのである。
何故それを、たった今思い出したのかはわからないが、少なくとも作中に出てきた理事長と、パンフレットで読んだ理事長の名前も同じだ。転生って本当にあるんだなぁ。
それも、好きな小説の世界に転生だなんて、僕ってちょっとラッキーなんじゃないだろうか。なにせ生BLが見放題という事だ。僕は決めた。壁になる。
現在は中等部の一年生だから、まだ作中の時間軸ではない。そのため生徒会役員や風紀委員のメンバーも違うはずだ。ちなみに僕の最推しは、脇役だったが風紀委員長だった。早く実物が見たい。推しが喋っているのを目視したい!
一人でテンションが上がってしまっていた僕の耳に、その時、ピンポーンというレトロなインターフォンの音が入ってきた。慌てて振り返る。寮の部屋は、二人一部屋だ。まだ同室者の名前を僕は確認していない。誰だろう? 名もないモブかな? 僕もそうだし。
そう考えながらエントランスの方を見守っていると、ドアが開く音がした。