【第一話】母の再婚
「お母さん、再婚する事にしたの」
それは唐突な事だった。
小学校六年生の俺が学校から帰ってくると、頬を桃色に染めた母が、そんな事を言った。
俺の父親は、俺が物心つく前に、交通事故で亡くなっていたから、これまでは母に育ててもらってきたのだが、あんまりにも急だったから、俺は目を丸くしてしまった。
「そうか。母さんが幸せなら、俺はそれでいい」
本心からそう考えて、俺は小さく笑った。
嬉しそうな母を見ていると、胸が温かくなってくる。
「今日の夜、再婚相手の晃久さんと食事の場を作ったから、一緒に来てほしいのよ」
「うん、わかった」
こうしてその夜、俺は母と共に、食事へと出かけた。
何故なのか学校の制服でと言われ、母も仕事に来ていくスーツ姿だった。
その理由は、店に入って理解した。
俺が過去の人生で、一度も来たことがないような、高級店での食事だったからだ。
病院の事務の仕事をしていた母の再婚相手は、病院経営者だった。
高梨晃久さんである。
「君が孝大くんか」
「はい。はじめまして」
「気楽にしてくれて構わないからね。これから私たちは、家族になるのだから」
優しそうだ穏やかだというのが第一印象だった。
その後食事が進んでいくと、不意に晃久さんが言った。
「孝大くんは、中学はどこへ進学するんだい?」
「ええと……まだ迷っていて」
実は俺は、成績的には、少し遠方の私立を勧められていた。
だが貧しい生活をしてきたし、近隣の公立校しか選択肢はないと思っている。
俺のその考えを、そのまま母が、その場で口にした。
「そういう事なら、私の母校などどうだい? 現理事長は、私の弟なんだが」
「え?」
俺の偏差値を聞いた晃久さんに、提案された。
俺はその時、はじめて雛沢学園という名前を耳にした。
全寮制の男子高校で、外部進学は俺の偏差値でギリギリ可能かというくらいの難関らしい。本当に受かるのか疑問だったが――俺は、全寮制という言葉に惹かれた。
これから新婚になる二人の邪魔をしたくないと考えた結果だ。
「学費の心配は不要だよ」
「俺、そこを受けてみたいです」
「うん。もうじき推薦入試があるから、受けてみるといい」
こうして、俺は小学校六年生にして、お受験をする事になったのである。
受験当日は、外部進学希望者のみだったため、在校生はいなかった。
試験問題は予想よりは簡単だった。
だが、義務教育では習わない、経営学などの特別な科目があった。
それ自体は、晃久さんに聞いていたから、予習ずみでったので、なんとか対応できた。体育の課題も面接も、その他の小論文などもこなした。
結果として、俺は合格した。
次の春、中等部一年から、俺は雛沢学園へと入学する。
この時の俺は、楽しみでたまらなかった。
新生活が、待ち遠しい。