【二】古いフレンド
ログインすると、長閑な街に出た。
ここは風国ウィンドレイルの二つ目の街である、【シルフィ村】である。俺が一番好きな風景の街だ。長閑で、BGMも穏やかだ。隣のマップでは、生産素材が入手可能だ。生産技能は、全キャラが上げる事が出来る。ただし、生産専門職の錬金術師だけは、他の職業には六つしか無い生産技能の他に、更に一つ別の技能も上げられる。
俺はメインは、【叡術士】だが、二番目のキャラクターは【錬金術師】であり、三番目のキャラクターは【爪術士】だ。【爪術士】は、パーティではなくソロ活動に特化した職業だ。俺はパーティで遊ぶのも、生産をするのも、ソロで遊ぶのも、いずれも好きだ。
なお、生産六種類は、【料理】【薬剤】【鍛冶】【装飾】【木工】【裁縫】で、錬金術師のみ更に【錬金術】のレベルを上げる事が出来る。
「遅かったな」
その時、フレンドチャットが飛んできた。
このゲームには、『ワールドチャット』『フレンドチャット』『ギルドチャット』『パーティチャット』『グループチャット』が存在する。フレンドチャットとは、フレンド登録したリストから、フレンドにチャットを飛ばす機能だ。
俺に声をかけてきたのは、【スズカ】という【盾槍士】だった。俺がゲームを始めたその日に、同じく始めたという一番付き合いの長いフレである。正式配信日に始めた同士だから、五年も続いているゲームでもあるし、俺達は古参といえる。スズカは女キャラ使いだが、中身は男で、俺と同じ高二だと聞いている。
「こん」
挨拶を返した俺がタップして画面を動かすと、丁度【シルフィ村】の入り口に、スズカが立っていた。こちらへ移動してくる。俺もスズカも課金勢だから、アバターは煌びやかだ。あちらは女キャラ、俺は男キャラを使っているので、同じアバターでも見た目は変わる。アバターは、通常装備とは別に見た目で選べる特別装備だ。
壁役のスズカと、火力の俺は、何かとよくパーティを組む。
そういう相性もあるし、何より同じ歳なのも理由なのか、一緒に居て楽しいし気が楽だ。
学園では常に気を張っていると言える俺としては、学園の同級生達より、よっぽどスズカの隣の方が、居心地が良い。
「今日も連戦行くか?」
スズカに聞かれた。
連戦というのは、ボスを連続で討伐して、ドロップ品を狙う遊びだ。装備や高額アイテムをドロップして、露店機能で販売する事で、ゲーム内通貨のルセルを稼ぐ事が出来る。
「そうだな。どこか行きたいボスはいるか?」
「そうだなぁ、んー、アズは?」
アズというのは、俺のキャラ名だ。本名の梓からとった。
「ルセルもそこそこ蓄えがあるしな、これといって欲しい装備も……」
……。
思わず本音を呟いてしまった。
五年も遊んでいると、一通りのアイテムも資産もそろうものである。
「早く新イベントでも来ればいいのにな」
スズカが首を縦に動かすモーションをしている。ゲームキャラクターは、こうやって動かす事も可能だ。
「来月にはアニバーサリーがあるだろう?」
アニバーサリーイベントは、半年に一度ある。最初の三ヶ月間は、正式配信ではあったもののテスト期間も兼ねていたため、このゲームでは八月にアニバーサリーイベントがある。現在は七月。今月は七夕イベントもあった。
「そうだな。丁度期末テストが終わる頃だ」
「俺も期末だ。スズカは勉強してるのか?」
「勉強はしてる」
「してるのか。意外だな」
「意外って何だよ。言っただろう? 俺様にはライバルがいるんだよ」
チャットのその文字を読んで、俺はスマホを見ながら思わず小さく吹き出した。
何でも同じ高等部に、勉強面でも運動面でも競っている相手がいるらしい。
青春(アオハル)……。
俺にはないものだ。俺は、勉強面では海外で学んできた事もあって、大体一位だ。基本的に、同点一位に生徒会長がいるが、別に争った事は無い。なお、体力テストも大体俺か生徒会長が一位だ。だがこちらも特に争っていない。
なお偶然すぎる事に、その生徒会長の名前もスズカだ。
涼鹿颯(スズカハヤテ)がバ会長の名前だ。唯我独尊系の俺様――らしい。だが、俺は風紀委員会室からは見回り以外で出ないし、同じSクラスだがテスト時くらいしか授業免除で教室にも行かない関係で、会議で時折顔を合わせるのみなので、本当に俺様かどうかは知らない。
「まぁ頑張れ。スズカなら行けるだろ」
「おう。次こそは勝つ――……のは、どうだろうな」
「せめて意気込みでくらい勝てよ」
「あいつ、俺様のライバルだけあって常に満点だからな」
「つまりスズカも満点をとれば……ああ、なるほど。二人とも一位じゃ、勝ちも負けも無いな」
「そういう事だ」
なんだか順位だけ聞くと、俺とバ会長に似ているな。
なお『バ会長』というのは、あだ名だ。歴代の風紀委員長は、皆生徒会長をそう呼んできたそうで、俺も踏襲した。別によく知らない涼鹿会長を馬鹿だと思っているわけでは無い。ちなみにあちらは、『アホ風紀』と呼んでくるが、俺は別に反応は返していない。きっと俺の名前を覚えていないのだろう、程度に考えている。それくらい接点が無い。多分生徒会長は、俺を『風紀委員長』としか認識していないだろう。
「テスト、いつからだ?」
「来週一週間だ。アズの所は?」
「俺の所もそうだ」
「その後は夏休みか?」
「……その、委員会活動で少し忙しい」
「俺様も似たような感じだ。でも、アニバの頃には休みになる!」
「俺もだ」
どこの学園も似たり寄ったりのスケジュールなのだろう。スズカと話していると、俺は度々そう感じる。
しかし、早く夏休みが来て欲しい。もっと言うと、夏休みの最初は風紀委員会の見回りがあるから基本的に休みではないので、それが落ち着く八月になって欲しい。桜瑛学園の夏休みは、七月半ばから八月の終わりまでだ。ただし八月の終盤には、林間学校が控えているので、また風紀委員会の活動が始まる……。
「落ち着いたらアニバ回そうな」
回すというのは、アニバーサリーのイベントボスを周回(連戦)するという事だ。俺の提案に、スズカがまた頷くモーションをした。実に楽しみである。