【十六】月曜日
月曜日が訪れた。朝ログイン後、俺はネクタイを締め直して、風紀委員会室へと向かう事にした。夏の朝の空気は清々しい。今週を乗り切れば、後は夏休みだ。そんな事を考えながら歩いて行き、俺はエレベーターに乗った。
風紀委員会室に行くと鍵が開いていて、中に入るとそこには舞戸の姿があった。
「おはよう」
俺が声をかけると、舞戸が微笑した。いつも通りの表情だが、いつもよりも嬉しそうに見えるのは間違いない。
「おはよう、委員長」
「――幸せそうだな」
ボソっと俺が述べると、瞬時に舞戸が赤面した。
「上手くいったんだよ」
「見れば分かる」
「一番に報告したくて」
舞戸の顔が融解した。幸せそうでドロドロに蕩けている。舞戸と青波が上手くいくだろう事は、当事者二人よりも先に俺は知っていたに等しいが、まぁなんだろうな、幸せそうで何よりだ。
「まだ実感がわかないんだけど、こういうものなのかな?」
「少しずつ変わるんじゃないのか?」
「そうだね」
その後他の風紀委員が入ってきたので、この会話は止まった。
昼休みは会議があるので、その後教室に行くまでは、その際に配布するレジュメの最終的なチェックをして過ごした。俺の恋路はどうなるのだろうかと漠然と考えながら。
さて、テストの返却があるので、俺と舞戸は予鈴が鳴る手前に、風紀委員会室を出た。並んで廊下を歩きながら、二年S組を目指す。開いていた教室後方の扉から、俺が先に中に入った。続いて舞戸も入ってくる。
俺はほぼ無意識だったが、涼鹿の姿を探してしまった。すると見つける前に、青波と目が合った。青波は舞戸に向かって笑顔を向けていたのだが、隣に居る俺に気付くと――こちらもまた非常に嬉しそうな顔をした。
青波に特定の相手が出来たとなれば親衛隊が騒ぐ可能性はあるが、相手が舞戸ならば皆受け入れる気がする。逆に舞戸のファンの方が、青波に対してあたりがきつくなる予感がした。風紀委員に対する親衛隊の結成は許可していないが、それでも一定数のファンがいるのは確実だ。ただ統率がとれているから、あまり酷い事にはならないとは思う。
そんな事を考えていると、強い視線を感じた。見れば、そもそも探していた涼鹿が俺の方を見ていた。目が合うと、涼鹿がニヤリと笑う。俺は対応に悩んだ。いつも涼鹿と目が合った時、俺はどんな反応をしていたのだったか。それとなく逸らしていた記憶しか無い。
だがそれでは距離は縮まらない――という事で、俺は微笑してみる事にした。
すると。
「!」
「!?」
クラスがざわついた。なんでだよ……。ひそひそと皆が、周囲と話しながら俺を何度も見た。俺が笑ったらおかしいとでも言うのか? まぁ別におかしいと思われても良いが、涼鹿にひかれるのは嫌だと思って改めてそちらを見ると、涼鹿が唇を震わせていた。どんな反応だ。
予鈴が鳴ったのはその時で、教室の前の席から担任の、相良(サガラ)先生が入ってきた。
「席に着け。SHRを始める。その後は、そのまま俺の授業だからテストの返却に入る」
それを聞きつつ、席に着いた俺は鞄の中身を机の中にしまった。相良先生は、三久先生と灰野先生と同期だと聞いている。
なおその後返却されたテストは、無事に満点だった。
この日は他の授業もテストの返却や解説だったので、俺は頭の中では昼休みの会議について考えていた。それもあってなのか、短い時間の会議だったが、風紀委員会内部での周知は無事に済んだ。昼食は高速で、事前に購入しておいたカレーパンを食べた。
午後もテストの返却だった。
なので明日の全体会議について考えながら俺は過ごした。
そんな風に過ごしていると、一日はあっという間で、すぐに放課後が訪れた。
「印刷しておきました!」
俺よりも教室を出るのが早かったらしい別のクラスの風紀委員が、明日の分のレジュメの束を見せてくれた。有難い。とすると、今日の仕事は終わりだ。急ぎの事件でも無い限りは。このまま夏休みまで何事も起きませんように、と、内心で祈る。
「大変です!」
ガラッと風紀委員会室の扉が開いたのは、その時の事だった。駆け込んできたのは、一年生の風紀委員だった。片手には学園新聞を握りしめている。室内にいた俺や舞戸、その他のメンバーはそろってそちらを見た。
「こ、これを、これを見て下さい。じ、事実なんですか!?」
ダンッと音を立てて、その生徒は俺の執務机の上に新聞を置いた。見ればそこには――青波と舞戸がキスをしている写真が記載されていて、『熱愛発覚』と書いてある。俺は咽せそうになった。
チラリと舞戸を見れば、呆気にとられたような顔をしている。それからすぐに、舞戸は両手で顔を覆った。二人の熱愛が事実だという事も、報道部が凄腕だという事もよく知っている俺は、それから記事を読んでみる事にした。
こう書いてある。
――『風紀委員長は失恋か?』と。
大嘘である。全然失恋なんかしていない。だが写真のインパクトが大きいから、これでは学園中が信じてしまいそうだ。
「断言するが、俺と舞戸は恋人同士ではなかったし、俺は失恋していない」
俺はとりあえず事実だけを述べた。すると舞戸が指の間からチラッと俺を見た。
小さく頷いて俺は返す。ここまで来ては隠し通すのは無理だろう。
「……僕と青波はその……うん、まぁ……付き合ってるよ」
非常に小声で舞戸が言った。風紀委員会室が静まりかえった。俺は咳払いをしてから一同を見渡す。
「幸せを祈ろう」
そしてそう述べると、風紀委員会室内の緊張感が僅かに途切れた。
「そ、そうですか」
「委員長が応援すると仰るなら……」
「で、でも、委員長は本当にそれで良いのですか?」
委員達まで、俺と舞戸が付き合っていると誤解していたようだ。見ていたら何でも無い事くらい分かるだろうにな……。
「俺には他に好きな相手がいるから、本当に気にする必要は無い」
ドきっぱりと俺は宣言しておいた。すると再び風紀委員会室が静まりかえった。皆がポカンとしている。しかし折角叶った舞戸の恋を邪魔したくないし、俺は涼鹿が気になっているのだから嘘は言っていない。
「まず風紀委員会としては、青波と青波の親衛隊の動きをチェックしておく事としよう。それ以外は別段、校則違反をしているわけでもなんでもないのだから普通の恋愛だ。こちらで関知しておくような事柄ではないし、舞戸のプライベートだ。そう騒ぐ必要は無い」
俺がまとめると、おずおずと皆が頷いた。