【二十三】林間学校への出発





 夏休みもあっという間に数日が経過し、カレンダーの八月という表記を見て、俺はいよいよ明日に迫った林間学校について考えた。普段ならばログインしている時間帯だが、今は明日の出発に備えて、荷造りをしている。

 この桜瑛学園はマンモス校なので、学年全体で行くのは難しく、風紀委員会と生徒会の役員と実行委員は全ての日程その場に滞在するが、基本的に一クラスずつに同伴する形になる。Eクラス、C・D合同、B・A合同、Sクラスという合計四班が、それぞれ二泊三日の日程となる。つまり俺や涼鹿の場合だと、八泊九日ほど現地で過ごす。

 富裕層の通う学園なので、テントで夜は明かすものの、すぐそばに施設があって多くの従業員がおり、洗濯などはクリーニングサービスがある。俺と舞戸のように委員会側での参加者は、テントには泊まらず、その施設内の客室に泊まる。生徒会役員もそれは同じだろう。他には教員もそうだ。今回は、生徒会顧問の灰野先生と風紀委員会顧問の三久先生は、やはりずっと滞在する。

 テントで過ごしたいとは思わないが、俺はぼんやりとキャンプファイヤーについて考えていた。着火係なので俺は四回ほど着火するが、果たしてじっくりと見る余裕はあるのだろうか。

 Tシャツを折りたたんで鞄に入れつつ、それでも皆に楽しんで貰うには裏方仕事は重要だと思い直す。

「涼鹿だってこの日のために頑張ってきたんだろうしな。成功のためには、俺も頑張らなければ」

 そう呟きつつ、荷造りを終えた。
 明日は先に、風紀や生徒会、実行委員や教職員は、バスで移動する。
 それに備えて、ログインして手紙だけ確認してから、俺はこの日は休んだ。
 そしていつもより早起きをして稽古をする。
 さすがに林間学校中は稽古をする暇はないかもしれないので、いつもより気合を入れてしまった。シャワーを浴びて、きっちりと学園指定のジャージを着込む。有名デザイナーがデザインしたそうで、洒落たデザインのジャージだ。腕章だけは、変わらず『風紀』と入っている。それを身につけてから、俺は学園へと向かった。航程には、既に幾人かの者が来ていた。

「おはよぉ、委員長」

 すると青波に声をかけられた。

「ああ、おはよう」

 珍しいなと思いそちらを見ると、ヘラりと笑った青波が、俺の小声で言った。

「あ、あのさ、移動するバスの席なんだけど……俺ぇ、侑李ちゃんの隣がいいから、その……場所かわってもらえない?」
「バスの席順に指定は無いし、好きに座ったらいいだろう」
「ありがとう! 一応元々俺は、会長の隣の予定だったから、それは伝えておくけど。ほ、ほら? みんな自由とは言っても、役割ごとに座りがちだし」

 青波は頷きつつ、ちらりと涼鹿の方を見た。つられてそちらを見ると、涼鹿は副会長の遠賀と話していた。

「? あいつは遠賀と座る姿をよく見る記憶があるが」
「副会長は、今回は臨時で採用してる生徒会補佐の子に指示しながら移動したいんだって」
「そうか。分かった」

 生徒会も大変そうだなと思いつつ、俺も来年の引退を踏まえると、次期委員長の指名や、来年の委員勧誘予定者のチェックをそろそろ始めなければならないなと思い出した。俺を指名した前任の真鍋委員長は、現在は大学生だ。やはり俺も真鍋先輩のように、次代の生徒会長候補者の確認も行ってから、後任は選ぶべきなのだろうか。

 そう考えていると、全体連絡の時間になり、今回の実行委員会の担当でもある相良先生から、様々な説明があった。報道部の顧問もしている我が担任教諭は、はめをはずさないようにと釘を刺してきたが、風紀委員会のメンバーは少なくとも、そういった者の取り締まりのためにいるので大丈夫だと伝えたくなったが、黙って聞いておく。

 こうしていざ、バスに乗り込んだ。
 俺は最後の方に乗ったのだが、するとすぐに涼鹿に、空いている隣の席を指で示された。軽く頷き、俺はその隣に立って、上部の棚にスポーツバッグを置く。

「よぉ、梓。これからお互い大変だな」
「そうだな」
「キャンプファイヤーの話、覚えてるか?」
「ん? 四回着火する俺に、キャンプファイヤーを失念するという事態は発生しないが?」
「そうじゃねぇよ。だ、だから……『隣で見ると相思相愛になる』って話の方だ」
「ああ。涼鹿が俺の隣に並んでくれるんだろう? 期待しておく」
「名前」
「颯?」
「おう。ま、まぁ……四回もチャンスがあるんなら、一度くらいは行けると……気合を入れる!」
「頑張ってくれ」

 俺達はそんな話をしながら、並んで座った。すると少しして、バスが走り出した。
 青波と舞戸は、俺達の一つ後ろの席だ。
 通路を挟んで俺達の隣には、灰野先生と三久先生が座っている。窓の方を向いている三久先生と、タブレット端末で資料を見ているらしい灰野先生は、外で見ていると親しそうにはやはり見えない。

 バスは坂を下り始める。桜瑛学園は、山をくり抜くようにして、脱走なども――というと不安だができない状態の、男子が煩わしいことを考えずに過ごせる立地に建設された一戸の城のような学園であるから、林道を進む度に、緑の木々が目に入る。

 林間学校が行われるのは、普段の俺達には馴染みのない水辺だ。
 ……しかし、煩わしいことというが、爛れた同性愛が横行しているのだから、世話はない。今では俺もそれに染まっているが。そう考えて、チラリと涼鹿を見た。目が合う。

「楽しみだな」

 ニッと笑った涼鹿に対し、俺は頷く。
 行き先である湖畔のキャンプ場を、今回は学園が貸し切りにしている。例年のことらしい。テントを設営する実習の他には、調理や、応急処置の講習などが予定されている。自由時間も多い。ただ元々がその施設自体も富裕層の会員向けのものだという。牧場も併設されており、濃い味のソフトクリームが売りなのは、昨年も俺は委員長として出かけているから知っている。行き先は毎年同じだ。

 強姦対策に気を取られがちな俺ではあるが、実際、告白する人々が多い行事なので、そちらで、成功すればいいものの、失恋した結果号泣する生徒を慰めるなども、場合によっては風紀委員の仕事となるので、やや気が重い。やることは山積みだ。

「この日のために、今年も生徒会で俺様は全力を尽くした。絶対に成功させてやる」

 涼鹿の決意を聞きながら、俺は頷いて笑い返しておいた。
 こうして、バスが進んでいった。