【二十五】キャンプファイヤー
――こうして、俺にとっての最終日が訪れた。
今日でキャンプファイヤーへの着火も最後である。来年は引退するし、高等部の三年生は修学旅行に行くので、風紀委員会に籍はあっても、三年生の場合は見回りには参加しない。そう考えると、このキャンプ場に訪れるのもこれが最後だ。感慨深いなと思いながら、俺は薪を見ていた。Sクラスのメンバーは行儀が非常に良く、本日は一匹狼が一人で離脱しそうになったのを引き留めたくらいの仕事しか無かった。
「はぁ」
既に夕暮れの空には、一番星が輝き始めている。
着火を待つ生徒達の輪、司会進行をしている副会長の声を聞きながら、俺は火をつける準備をしていた。合図を待っていたその時、隣に立つ気配があった。顔を向ければ――期待していなかったと言えば嘘になるが、そこに涼鹿が立っていたので、俺は嬉しくなりつつも、冷静に考えて薪の不備を疑う。
「涼鹿、こちらの準備は万端だぞ」
「名前」
「――さすがに人目がありすぎる」
「人前では呼ばないって言うのか?」
「……」
俺としては呼んでも構わないが、涼鹿の想い人に誤解をさせてフレンドの恋を潰したくないという善意もある。俺は涼鹿の幸せを願っているから、ここで独占欲を丸出しにしたいといった考えはない。
「颯」
それでも小声で呼んでみた。すると涼鹿が嬉しそうな顔をした。
それから周囲を見渡し、改めて俺を見る。
「そろそろ着けたらどうだ?」
「そうする。危ないから、俺の後ろまで下がってくれ」
「横にいる」
「危ない」
「じゃあ火がついたらお前が俺様の横まで下がれ。約束しろ」
「いいだろう」
こうして俺は、副会長からの再度の合図を待ってから、キャンプファイヤーへ着火した。
そして火がついたのを確認してから、一歩後ろに下がる。
すると涼鹿が、ぐいっと俺の腕を引っ張った。驚いてそちらを見ると、幸せそうな顔をしている涼鹿が視界に入る。大勢がこちらを見ているのを理解し、俺は少し焦った。一体涼鹿は何を考えているのだろうか。
「あー、生徒会長として、ここで一言!」
涼鹿が声を上げた。
イベントにかこつけるつもりだと判断し、俺は胸をなで下ろす。
確かに最終日のイベントで、中央に生徒会長がいてなにかをコメントするというのは自然だ。もっとも、そんな企画は存在していなかったが。
「俺様には好きな相手がいる。この夏! 俺はこの恋に全力を尽くす!」
よく通る声で、涼鹿が言った。
俺は腕を横から抱きしめられた状態で、その宣言を聞いた。隣に立ってキャンプファイヤーを見ている状態で、涼鹿には好きな人が居ると改めて聞いた形ではあるが……少なくとも今横にいるのは俺だ。今夜の思い出は、悪いが俺が貰っておくことにする。
その場に拍手が溢れた。
俺はどんな顔をすればいいのか分からなかったので、キャンプファイヤーの炎をじっと見る。すると涼鹿が俺の隣で笑った気配がした。
「一緒に見るって約束、俺様は果たしたぞ」
「そうだな」
「なぁ、梓。俺は人前でも、お前をそう呼ぶ」
「好きにしろ」
「ああ、好きにさせてもらう」
その後は無言で、俺達はキャンプファイヤーを見ていたが、その間ずっと俺は腕を抱きしめられていた。不思議と振りほどこうという気にはならない。周囲の生徒達も、それぞれが自分達の世界に入っている様子だ。
このようにして、最終日の夜も更けていき、林間学校は修了した。
帰りのバスも、俺は涼鹿の隣に座ったが、疲労が抜けていなかったため、俺はずっと爆睡していた。
「――以上が、林間学校における見回りの最終報告書です」
二日ほどあけてから、俺は夏休みの職員室へと向かい、三久先生に書類を渡した。概要を説明し、被害者数やどんな罪が多かったかなどを、後世のためも考えて記録に残し、顧問に報告して、そこでやっと俺の仕事は完遂だ。
報告を頷きながら聞いていた三久先生は、それから顔を上げた。
鉄壁の無表情であり、ゲームの三雲とはやはり印象は重ならない。
「よくできているね。完璧だよ」
「ありがとうございます」
その言葉にほっとしていると、不意に三久先生が言った。
「僕と灰野もキャンプファイヤー、当時隣で見たんだよね」
突然の一言に、俺は虚を突かれて目を見開いた。
職員室は本日は閑散としているし、灰野先生の姿はないが、逆隣に相良先生が座っている。聞こえる声音だった。
「正直ゲームで君と灰野の距離が近くて嫉妬してたけど杞憂で良かった」
「先生は、キャラ変わってませんか?」
俺は想わずそう口走った。
氷という設定は、一体どこへ行った? 嫉妬? と、内心で狼狽える。
「? 僕、顔には出ないけど内側の熱は、灰野の五百倍は軽くあるよ」
「へ、へぇ。そうなんですか……」
俺が曖昧に頷くと、隣で吹き出す気配がした。
そちらを見ると、相良先生が笑いながらこちらを見ていた。
「当時から三久委員長と、灰野会長は凄かったからね。いやぁ、そこのカップルはお熱い」
「相良。君は当時から僕達の撮影に熱心だったよね」
「報道部でしたからね」
そこから先生達の思い出話を俺は聞いた。
いつか大人になったならば、俺も林間学校や、この学園での生活を、懐かしいと感じるのだろうか。そんな風に考えさせられる。やはり俺の日本での思い出の半分は、この学園での生活だとして間違いは無いようには思うが。
そんなこんなで職員室で会話を終えてから、俺は退出して風紀委員会室を目指した。
これにて、夏休み最大の、風紀委員会の仕事は終了したと言える。
「今日からは【タイムクロスクロノス】に打ち込めるな。あとは――……」
涼鹿の別荘に泊まりに行くという楽しみがある。
アニバも楽しみだが、涼鹿と対面してゲームをできると思うと、心が躍る。
「その前に、一度、家族に会うんだったな」
俺は兄二人と甥や義姉に会うべく、今日の夕方家を出る。
そちらには特に荷造りはいらないが、忘れてならないのは充電器などだ。
風紀委員会室にも明日から不在だと改めて伝えておく必要がある。
そんなことを考えながら、俺はしばしの間歩いた。