【三】入学後テスト





「ん……」

 目を覚ますと、全身が重かった。空が白んでいる。ちらりと横を見れば、参考書を開いていた恢斗が、顔を上げてこちらを見た所だった。

「起こしたか?」
「……いえ」

 自分だけ勉強をしているのは、ずるい。本日も、テストだ。僕だって勉強したかった……! そうは思いつつ、恢斗は真面目だなと同時に思う。

「恢斗さんは、眠らなかったんですか?」
「恢斗で良いと何度も伝えたし、はっきり言って――二階堂には、敬語じゃなく普通に話すんだろう?」
「え、ええと……」
「許婚の俺様よりも、二階堂と距離が近いというのは、どういう事だ? あ?」

 流すような瞳で問われて、僕は困惑した。そういえば昨夜、喘がせられながら、風紀委員長とどんな風に話すのかを散々問われたのだったようには思う。だが快楽の記憶の方が強すぎて、僕は自分が何を話したのかは、ほとんど思い出せない。

「呼べ」
「……と」
「声が小さい」
「……恢斗」
「もっと」
「恢斗……なんだか、今まで会っていた時と全然違う」
「お前に嫌われたくなくて気を遣っていたんだ。紫樹、これが本当の俺だ」

 そう言うと、恢斗が口角を持ち上げた。しかしその眼差しは優しかったから、意地悪くは思えない。そして僕には、やはり『俺様』にも思えない。ちょっと強引には変わったが、端緒はそれこそこんな感じだったのだし。僕がそんな事を考えていたその時、恢斗が静かに僕の頭を撫でた。

「もう少し休め」
「……はい」
「敬語もやめてくれ」
「……うん」

 素直に頷き、僕は目を閉じる事にした。実際、眠気が強かった。


 その週は、テストと風紀委員会への挨拶、あとは――放課後からは恢斗と共に部屋で過ごした。このテスト期間が終わると、週末を挟んで来週から通常授業に戻るのだと言う。僕にとっては、新たなる始まりだ。

 今日でテストも三日目。最終日だ。
 今の所、簡単な問題が続いている。しかし毎夜、容赦なく行為も続いているため、勉強時間が取れているわけでもない。ただ幸いな事に、僕の中学時代に当たる自宅学習の方が、この学園の進行速度より学ぶのが早かったらしく、現在までには困ってはいない。

「どうだった?」

 寧ろ困るのは、休み時間の度に、僕の隣にやってくる恢斗に関してだ。昨年の一年間のそっけなさが嘘であるかのように、ずっと僕のそばにいる。

「問三に正解が無かった気がして」
「そうだな」

 僕達の間では自然発生頻度が低い日常会話であるが、こちらも共通の話題があるせいなのか――いいや、どう考えても、二人きりの時と違って恢斗が喋るおかげで生まれている。

「夜、一緒に自己採点するか?」
「うん」

 頷いた僕は、その方が、どう考えてもSEXより良いと思った。もう僕の体は限界だ。そもそも僕は、BL観察をしに来たのであり、恢斗との仲を深めに来たわけではない。このたったの三日で、僕の体はもうドロドロである。

 なお、現在までに、僕はまだ一度も学食には行っていない。朝夕は、ルームサービスで、昼は購買部が教室に売りに来るパンを食べている。恢斗がそうしろと言ったのだ。まだ学園の事がよく分からないので、僕は従っている。

 こうしてこの日も一緒にパンを食べた。前の席の二階堂が時折チラリとこちらを見ては、ニヤニヤ笑っていたから、僕は無駄に気恥ずかしさを覚えた。

 恢斗は僕が早く馴染めるようにと配慮してくれているつもりなのかもしれないが、はっきり言って……やはり目立つ。辛い。ひっそりとした腐男子ライフから遠のいている気がする。来週になって通常授業になり、正式に風紀委員として活動を開始したら、この状況は変化するのだろうか?

 そんな事を考えながら最後まで試験に臨み、僕は無事にテスト期間を終えた。本日は恢斗も真っ直ぐ寮に帰るとの事で、僕達は放課後一緒に部屋へと向かった。


「――ぁ、ア……っ、自己採点するって言っ――ぁ、ああ!」

 帰宅するなり、僕はリビングのソファに押し倒されて、うなじを噛まれた。そうされるともうダメで、ゾクゾクとした快楽がせり上がってくる。

「もうテストも終わりだし、明日と明後日は週末だからゆっくり出来る。もう昨日までのように、手加減しなくて良い」
「え……ぁ、ァ、ああ、待っ――あああ!」

 僕は喘ぎながらも、かろうじて残っている冷静な部分で、狼狽えていた。
 ――昨日まで手加減していた? あんなに何度も僕を貫いたのに?
 唖然とするなという方が無理だった。

「ひ、ぁ――っ、んン……!!」

 恢斗は僕のうなじを噛みながら、二本の指を僕の後孔へと挿入し、ぐちゃぐちゃとかき混ぜている。卑猥な水音が響いてくるから、僕は羞恥に襲われる。けれどもたらされる刺激が尋常ではなく気持ち良いものだから、抵抗する気力も起きない。

「ああ……っ、ぁ……ひぁァ……恢斗、ぁ」

 早く恢斗の熱が欲しい。ギュッと目を閉じて、僕は体を震わせる。恢斗は僕のうなじから舌を這わせ、背骨をなぞるように舐めている。

「あ、あ……早く……っ」
「紫樹に求められると抑制が効かなくなりそうになる――が、今日からはじっくりとだな」
「あ、ぁ……恢斗……あ、あ」

 ――こうして、最初の週末が始まった。